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第二十一話 英霊祭(二)

「おっ待たせ-!」

「お待たせ致しました」

「ごくろー」

「場所取りありがとう」

 幸多(こうた)たち四人がそれぞれ自分なりの言葉をかけると、圭悟(けいご)は、気怠そうに上体を起こした。彼が場所取りのために広げているブルーシートの上には、重し代わりに法器(ほうき)が置かれている。圭悟も法器を使って飛んできたのだろう。

 それも、朝早くだ。

「ちゃんと間に合ったな」

 圭悟は、幸多たちを迎え入れるため、法器を敷物の隅に退かした。

「あのね、いくらなんでもあんたの厚意を無駄にするわけないでしょ」

「そうです。米田(よねだ)くんがわたくしたちとの友情を示すために払ってくれた貴い犠牲なのですから」

「うんうん」

 真弥(まや)紗江子(さえこ)(らん)の三人が、圭悟に対し、涙ぐむような素振りを見せながら言いつのれば、圭悟が半眼になって言い返した。

「なにが厚意でなにが犠牲だ。貸しだっつってんだろ。それもどでかいな」

「なによー、ここは美しい友情話として締めくくるところじゃない?」

「冗談だろ。おれ三時起きだぞ」

「いくらなんでも早すぎない?」

「それくらいしなきゃ、この一等地は取れなかったっての」

 圭悟は、多少の自負を込めて、敷物を叩く。周囲を見回せば、確かにこの場所は一等地という以外に評価のしようがなかった。

 大舞台を見ることの出来る場所は、中央公園内の南半分だ。北側からは、大舞台の反対側であり、設備等が視界を遮るため、舞台上を見ることがかなわない。故に南側にひとが集まるのだし、場所取り合戦が加熱したのだろう。

 全方向、あらゆる場所から舞台が見れるのであれば、もう少し余裕があったはずだ。しかし、大舞台の性質上そういうわけにもいかず、結局、場所の取り合いが発生してしまった。

 それは毎年のことであり、讃武(さんぶ)()を執り行う戦団(せんだん)も、そのことでなんらかの規制をすることはなかった。

 もっとも、余程悪質な行為が見受けられた場合、警察部によって注意されたり、場合によっては退場もあり得たし、過去には逮捕者も出ている。それだけ讃武の儀を直接この目で見たいと思う市民が多いということでもあるのだが。

 幸多たちも、英霊祭に参加するなら、せっかくだし、讃武の儀を見たいと考えた。しかし、そのためには場所取りが必要だ。

 讃武の儀は、午後一時に行われることが決まっており、場所取りは、早くとも午前中には終わっているに違いなかった。

 例年通りなら、だ。

 場所取りに圭悟が名乗りを上げたのは、ほかの四人を見かねてのことだっただろうし、自分以外に適任がいないことを悟ってしまったからだろう。体格も良く、強面と行って差し支えない自身の容貌について、彼はよく理解していた。

 場所取りは、戦争だ。

 場合によって、因縁を付けてくるものもいるかもしれない。

 だから、自分のような図体がでかく、図々しく、傲岸不遜な人間こそがやるべきなのだ、と、彼は考え、実行に移した。

 彼は、昨夜、場所取りの準備だけをして、早くに寝た。午前三時に起床し、用意していた鞄と法器を持って家を出た。まだ空は真っ暗で、肌寒かったが、法器に跨がり、公園に向かった。

 公園は、街灯のおかげで明るく、場所取りに問題はなかった。圭悟が領土を確保して一時間後くらいには、ぞろぞろと、場所取り合戦の尖兵たちが姿を見せた。

 圭悟は、自分の判断が間違っていなかったことにほっとするとともに、空きっ腹を満たすために鞄の中からパンを取りだして頬張ったものだ。

 それから数時間、彼は、退屈と戦わなければならなかった。

 幸い、多目的携帯端末さえあれば、大抵のことができた。ネットを見ることもできたし、通話をすることも、動画を見ることだってできた。ゲームだってできる。暇潰しには持って来いだったが、圭悟が携帯端末で見ていたのは、高校の情報だった。

 対抗戦に出場する選手たちの情報である。それらは、蘭が日々収集し、常時更新されている情報だ。蘭の情報網は凄まじく、素晴らしい精度の情報の数々が圭悟たち対抗部員の携帯端末に送られてきているのだ。

 そうした情報に目を通しながら、対抗戦の戦術、戦略を考えるのは、十分すぎるほどの暇潰しになった。

 そして、気づくと、十一時を過ぎ、幸多たちがやってきたというわけである。

「はい、お土産」

 そういって真弥が圭悟に手渡したのは、道中、出店に立ち寄って購入した飲食物の数々だ。焼きそば、たこ焼き、お好み焼きにカフェオレ、炭酸飲料、果物ジュースなど、大量に購入している。

「お、案外気が利くじゃねえか。ちょうど腹が減ってたんだ」

「案外って、なに。いつも異様なほどに気が利く真弥ちゃんって有名なんだけど」

「どこでだよ、初めて聞いたんだが、そんな異名」

「嘘でしょ」

 愕然と、真弥が紗江子を見れば、紗江子は困ったように視線を逸らした。そんな紗江子の反応に真弥が頬を膨らませると、紗江子は口元を抑えて肩を震わせる。

 幸多は、そんな二人の仲の良さに心が温かくなりながら、圭悟が焼きそばに手を付けるのを見ていた。

「でも、本当に感謝しているんだよ」

「おう、もっと感謝しろ、崇め奉れ。そうして将来、おまえが導士(どうし)になった暁には、何百倍にして返してくれりゃいい」

「……そういうところは、どうかと思うけど」

「そうそう、そういう恩着せがましささえなければ、ねえ」

 蘭が幸多に同意するとともに笑う。

 圭悟は焼きそばを頬張り、たこ焼きを口に詰め込むようにしながら、二人を睨み付ける。そんな圭悟の暴食振りには、さすがの真弥と紗江子も驚いていた。

 余程腹を空かせていたのだろう。

 

 やがて、正午を過ぎると、大舞台周辺が騒がしくなってきた。

 讃武の儀が始まろうとしており、参加者、参列者が続々と大舞台へと向かっている様子が、観覧客の騒然とした反応からも窺い知れた。

 舞台上では、戦団の関係者、あるいは央都政庁の関係者らによる準備が進められており、後は儀式への参加者の到着を待つだけになっているように思えた。

 大舞台の周囲はなにもないだだっ広い空間であり、その全域が観覧場所として解放されているわけではない。観覧場所と通路が、魔具(まぐ)を用いた縄張りで区切られている。無数に張り巡らされた光の糸が、立ち入り禁止区域とそれ以外を分断しているのだ。

 その区切られた通路を歩いてくるのは、戦団の代表者といっても過言ではない人々だった。

 凄まじい熱狂が、場所取り合戦に勝利した市民たちから燃え盛るようにして上がっている。悲鳴にも似た歓声、あるいは嬌声が幾重にも響き、壇上から注意の声が飛ぶほどだった。

 幸多は、なんだかそわそわした。

 幸多が讃武の儀に観客として参加するのは、これが初めてだった。いままで中継映像や記録映像でしか見たことがなかったのだ。

 それをいままさに生で見られるというのだ。昂奮しないわけがなかったし、そこに参加する星将(せいしょう)の名前を聞いたときにも喜びを隠せなかったものだ。

 そして、星将たちは、様々な方向から通路を通り抜け、大舞台に辿り着いた。戦団総長と副総長、そして戦闘部の六名の軍団長である。

 戦団総長・神木神威(こうぎかむい)

 戦団副総長・伊佐那麒麟(いざなきりん)

 第四軍団長・八幡瑞葉(やはたみずは)

 第五軍団長・城ノ宮日流子(じょうのみやひるこ)

 第六軍団長・新野辺九乃一(しのべくのいち)

 第七軍団長・伊佐那美由理(みゆり)

 第八軍団長・天空地明日良(てんくうじあすら)

 第九軍団長・麒麟寺蒼秀(きりんじそうしゅう)

 錚々(そうそう)たる顔触れといっていい。

 十二名の軍団長全員が参加するということは、戦団という組織の性質上あり得ないことであり、仕方がないことだ。

 六名もの軍団長が参加するだけでも希有といっていい。

 大舞台の中心に立ったのは、戦団総長神木神威だ。

 見るからに威圧感を持つ大男であり、とくに厳つさを感じるのは、右目の眼帯のせいかもしれない。

 隆々たる巨躯には導衣(どうい)を纏い、胸元には、総長を示す白金の星印(せいいん)が輝いている。真っ黒な髪と、暗い緑の瞳を持つ。戦場にいるかのような鋭い顔つきは、彼が齢七十を越えていることを忘れさせるし、そもそも外見上はどう見積もっても四十代そこそこにしか見えない。

 そうした肉体年齢の若さは、魔法時代の到来とともに人類の誰もが享受することのできた大いなる恩恵といえるだろう。

 神木神威は、戦団創立以来、戦団の頂点に君臨し続けている人物であり、英雄の中の英雄、導士の中の導士と呼ばれている。だれもがその戦歴を知っており、故にだれもが彼を英雄と褒めそやした。

 右目の眼帯は、彼が地上奪還作戦の直後、竜級幻魔(りゅうきゅうげんま)とやり合った挙げ句、右目を奪われた結果であるといい、その戦いで失った物を忘れないためにつけているとまことしやかに囁かれていた。魔法医療が発達した現代において欠損した部位を治療することなど容易いはずであり、故にこそ、そうした噂が立つのだろう。

 幸多は、人生で初めてこの目で見る神木神威の威容とでもいうべき姿に、震えさえ覚えていた。

 圭悟たちも、言葉を発することさえできなかったようだ。

「――今年も、今日のこの日を迎えることができたことを心より喜び、感謝している次第である」

 神木神威の大音声には、公園の外にも響き渡るのではないかと想うほどの迫力と強大な力が込められていた。重くのしかかるような、深く包み込まれるような、そんな感覚を抱く。

「地上奪還作戦から五十二年目を迎える今日に至るまで、数え切れないほどの命が失われ、数多の血が流れてきた。それは、悲しむべきことか。否、喜ぶべきことである。それら多くの犠牲は、みずからの意志で死地に飛び込み、命を懸け、戦い抜いた戦士たちのものだからだ。彼らは、嘆き、悲しまれることを望んではいない。彼らは、己が命を無駄に失われた、などと考えてはいない。彼らは、胸を張って――」

「「死んでいった」」

 幸多は、思わず口をついて出た言葉が、戦団総長とまったく同じだったことに気づき、はっとした。

 それは、法子に言われた言葉だった。

 そして、幸多は、今日に至るまでそのことをずっと考えてきたのだ。

 胸を張って死んでいくとは、どういうことか。

 どうすれば、そうなれるのか。

「だからこそ、どうか市民の皆様方には、我々のことで悲嘆に暮れないで欲しい。皆様の嘆き、哀しみ、苦しみ、痛み、それらをなくすことこそ、戦団の使命、我々導士たちの戦う意味なのだから。我々は、あなた方のために戦い、死んで行こう。そして、必ずや人類復興を成し遂げると約束しよう。これは宣誓である。戦団総長として、央都市民の皆様に約束するものである」

 神木神威が大音声で宣言すると、しばらくして観衆から拍手が上がった。感動で噎び泣く声も聞こえたし、すすり泣くものも少なくなかった。

 戦団総長の演説には、そういった力があり、幸多たちも自然と拍手していた。

 歴戦の英雄である。その言葉ひとつひとつに強大な力があり、なにものもそれを否定することはできそうになかった。

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