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第二百十三話 ネノクニ(一)

 天燎てんりょう高校一年生百二十名と教職員ら、その他大勢の旅行客を乗せた大昇降機が降り立ったのは、ネノクニの中でも虹橋にじはし区と呼ばれる区画である。

 ネノクニは、全部で六つの区画から成り立っており、その中でも虹橋区は第三区画として知られている。

 第一区画は、ネノクニの中心にして中枢たる黄泉よみ区である。その名の由来は、無論、黄泉だ。ネノクニが黄泉の国と呼ばれる所以のひとつでもあり、ネノクニという名称そのものの由来ともいえるだろう。

 ネノクニの開発は、まず、黄泉区から始まった。黄泉区を中心として、徐々に拡大していき、最終的に六つの区画が、歪に重なった複数の円のように広がっている。

 そのため、黄泉区は第一円とも呼ばれる。

 第二区画は、平坂ひらさか区である。円形の区画である黄泉区の外周から、虹橋区との間に横たわる区画であり、名前の由来は黄泉平坂よもつひらさかだ。

 そして、幸多たちが降り立った虹橋区が、第三区画として存在している。由来は、虹の橋とされているが、ネノクニにおいてこの区画名だけ異質といえば異質かもしれなかった。ある意味では、同じなのかも知れないが。

 第四区画は彼岸ひがん区、第五区画は三途さんず区、第六区画は此岸しがん区という。それぞれ、名前の由来が死後の世界に纏わるものだが、それらは、ネノクニというこの地底世界、地下都市の名前との関連性を考えられて名付けられたという話だった。

 ちなみに、三年生一同は黄泉区と直結する大昇降機に、二年生一同は平坂区の大昇降機に、それぞれ乗り込んでおり、全校生徒が合流するのは明日のことになる。

 ネノクニは広大な地底世界だが、第一円から第三円にかけては極めて計画的に開発されたということもあり、交通に関する利便性は極めて高かった。

 幸多たちを乗せたバスが大昇降機の建物から出ると、虹橋区の閑静な町並みを通り抜けていく。大昇降機が町中に突如として存在するのは、地上も地下も同じだということだ。

 それはつまり、大昇降機を中心とした街作りをしていないということでもある。

 虹橋区の町並みは、一見して、葦原あしはら市を連想させた。どの建物も低く、道幅が極めて広いのだ。

「ネノクニの都市構造は、葦原市や出雲いずも市の開発に際して大いに参考にされていることは、皆さんも御存知ですね。そうです。ネノクニそのものが、幻魔げんま災害対策都市として計画的に開発され、建造されたのです。ですから、建物の高度制限が厳しく、道幅も出来る限り広くされているわけですね」

 バスの添乗員がにこやかな笑顔を生徒たちに見せながら、虹橋区の町並みについての情報を述べる。それらは、一般常識ではある。誰もが学ぶことであり、また誰もが忘れていくことでもあった。

 生徒たちの中にも、いま知ったといわんばかりの反応を示すものもいたが、それは大げさな反応だろうと圭悟けいごが苦い顔をして、らんが笑った。

 幸多は、車窓から見える景色の地上との代わり映えの少なさに多少の落胆を隠せなかったが。

「がっかりしてる?」

「多少はね。子供のころに来たときは、多分、興奮したんだろうと思うけど」

 実際、大昇降機から見渡すネノクニ全体の景色というのは、壮観だったし、そのときには大いに興奮したものだったが、地上を走るバスの中から見える景色というのは、央都おうとのそれとほとんど変わりがなかったのだ。

 故に、幸多は、なんともいえない気分だった。

 すると、圭悟が幸多にいう。

「だからいったのさ。期待しすぎんなよってな」

「いったっけ?」

「いった」

「覚えがないなあ」

「いってないかもな」

「なによそれ、皆代みなしろくんをからかうんじゃありません」

「てめえは保護者か」

「そうだけど?」

「はあ?」

「うふふ、真弥ちゃんらしい」

「らしいのかなあ」

 他愛のない、普段通りの友人たちのやり取りには、幸多も釣られて笑うしかなかった。これが日常なのだ、と、感動すら覚える。心の底から癒やされていくような気分がした。

 観光バスは、虹橋区から初日の目的地である平坂区へと向かっていく。

 道中、何事もなかった。

 央魔連おうまれん魔法士まほうしたちが帯同する必要性など本当にあったのかと思うほど、問題が起きる様子もなかったが、しかし、警戒は常にしておくべきだということもわかっている。

 ネノクニは、現在の央都ほど幻魔災害が起きていない。

 もっとも、央都で幻魔災害が頻発するようになったのは、特別指定幻魔壱号こと鬼級おにきゅう幻魔サタンの現出が確認されるようになってからであり、それまでは、ネノクニ同様、幻魔災害が起きることなどほとんどなかったのだ。

 だから、央都からネノクニへの移住を考える市民が増えつつあるという報道がなされるほどだった。

 それくらい、央都とネノクニの幻魔災害の頻度というのは、隔絶した差があった。

 ネノクニ旅行ほど安全な旅はないのだ。

 それでも、だ。

 この数の修学旅行に一切の護衛をつけないというのも、考えられなかった。

 ネノクニは、央都とは異なる世界だ。

 戦団の管轄ではないのだ。

 央都のようにどこにでも戦団の基地があり、導士たちが待機している駐屯所があるわけではない。常に多数の導士たちが目を光らせているわけでもなければ、強大な戦力がいつでも出動できるように準備しているわけでもなかった。

 無論、ネノクニ統治機構も、ネノクニ全土の治安維持のために戦力を有しており、幻魔災害や魔法犯罪が発生した際には即座に対応できるように手配している。が、地上ほどの深刻さはなく、当然、央都のような厳重さもなかった。

 どこか、暢気そうなそんな雰囲気すら感じられる。

 車窓の外の町並みを見ているだけだというのに、だ。

 バスは、やがて、平坂区の外れにある宿に辿り着いた。

 ホテル・フラットヒルという名前の宿は、周囲の建物群の中では一際大きな建築物だ。それなりの収容人数があるのだろうが、こちらは一年生だけで百二十名の大所帯である。

 そのため、学年ごとに異なる宿で過ごすことになっていて、そのことを大いに嘆いたのは、一年三組の魚住亨梧うおずみきょうごだった。

法子ほうこ先輩も雷智らいち先輩も別々かよお」

「そんなことで嘆くなよ」

「嘆くに決まってんだろうが!」

「変わっちまったな、おまえ……」

 亨梧の落胆ぶりに困惑していたのは、北浜怜治きたはまれいじだった。彼は一年一組で、当然だが、亨梧とは別のバスに乗っていたが、合流した途端、亨梧が嘆き始めたものだから肩を竦めるほかなかったのだ。

 そんな二人を遠巻きに見つめていた幸多だったが、バスを降りるなり、なんだか不思議なまでの爽快感を覚えていた。体が妙に軽くなったような、そんな感覚だ。

 長時間、バスに乗っていたから、などではあるまい。大昇降機での移動中は、バスに乗っている時間のほうが短かったくらいだ。

 一方で、

「やっぱりあれだな……」

「うん、あれだね……」

「うーん……」

 圭悟たちを始め、幸多を除く一年の生徒たちや教職員、珠恵たまえら央魔連の魔法士たちすらも不調を訴えるような様子を見せていた。

 幸多は、その様子を見て、疑問を感じた。

「どうしたの?」

「ここはネノクニだよ」

 蘭が当然のようにいってきたものだから、幸多は、小首を傾げた。

「逆になんでおまえは平気なんだ? ふつー、ネノクニに降りたら違和感を覚えるもんだろ」

「皆代くんは、ほら」

「あー、そういうことか」

「どういうこと?」

 幸多が、友人たちの反応にまったく理解できないといった顔を見せると、後頭部に重みを感じた。

「ああん、もう駄目よう。幸多くんが助けてくれないと、歩けそうにないわぁ」

「ここまで歩いてきたじゃん」

 幸多は、全体重を預けてきた珠恵に対し、一瞥もくれずに告げた。

「ちょっといけず過ぎない? あたし、幸多くんをそんな風に育てた覚えがないんだけど」

「育てられた覚えもないかなあ」

「うっそお、あんなに可愛がってあげてたのに!?」

「そういうこと、大声でいわないで欲しいかなあ」

「ええ!? なんで!?」

「……たま姉は元気、と」

「本当に元気じゃないんだけど」

 珠恵の全く信用にならない発言を適度に聞き流しながら、幸多は、教師たちが生徒一同を招集しているのを見遣って、友人たちとともにそちらに向かった。

 叔母は、幸多にもたれかかるのを諦めて、一人歩き始めた。なんだかんだで元気そうだったので、安堵する。

 態度や表情で不調を訴えているのは、幸多を除く、全員だった。程度の差こそあれど、全員が、なにかしらの不調を感じているようだ。

 それもバスを降りてすぐだ。

 それまではなんの異変もなければ、そんな兆候すらなかった。

 大昇降機に乗っているときも、バスで移動しているときも、全員が平然としていた。

 この偽りの空の下、どんな問題があるのか、幸多には皆目見当もつかない。

 ネノクニは、平穏そのものだ。

 少なくとも、央都のように頻繁に幻魔災害に遭遇することはあるまい。

 しかし、と、幸多は、一年生を担当する教師たちの前に整列した生徒たちや、周囲を警戒するように立つ魔法士たちを見回して、思う。

 どうして彼らは苦しそうにしているのか。

 そしてどうして幸多はまったく変調を感じていないのか。

 幸多がその理由がわかったのは、ホテルに入ってからのことだった。

 彼らが魔法士で、幸多が完全無能者だったからだ。


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