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第二百十話 ネノクニへ(三)

 央都魔法士連盟おうとまほうしれんめい

 通称、央魔連。

 央都には、いくつもの勢力が存在する。

 央都最大の勢力は、戦団であることはいわずもがなだが、戦団という勢力の中には、当然のように央都政庁も組み込まれている。

 央都政庁は、戦団が幻魔げんまや魔法犯罪者との戦闘に専念するため、央都の管理運営を行う部署を切り離し、改めて作り直したものである。

 戦団と央都政庁を一つの組織、勢力として見ることは、ごくごく当たり前だった。央都市民ならば誰もが知っている、当然の、常識のようなものだ。

 戦団も央都政庁もそれを否定していないし、むしろ、繋がりがあることを度々強調してさえいた。

 それが今の時代には必要だからだ、と、戦団はいう。

 この時代、この地上を生きていくためには、戦団が土台となり柱となる必要があるのだ。

 その上で、人々は生きていけばいい、という態度だった。

 そんな戦団が打ち立てた土台の上に央都は成り立ち、その央都の中に様々な勢力が混在している。

 央都の様々な企業が寄り集まって誕生した央都企業連合、ネノクニ出身者の互助会であるところのネノクニビト、そして、央都において魔法を生業としながら戦団に所属していない魔法士たちの集まりである央都魔法士連盟、それらが戦団以外の主立った勢力である。

 企業連は、光都事変こうとじへんによって大きく失墜しているものの、戦団に次ぐ勢力といっていい。

 ネノクニビトは、互助会の域を出ない。なにかしら野心があるわけでも、勢力を広げようという糸もなかった。

 そして、央魔連は、そこそこの規模の大きさの勢力として知られている。央都市民の大半が生まれながらの魔法士なのだから、ある意味では必然なのかもしれない。

 無論、魔法士ならば全員が所属しなければならないわけでもなければ、そのような強制権が一勢力に与えられるわけもなかった。

 央魔連に所属しているのは、戦団に属さない一般市民の中でも主に魔法を使う職業に従事する人々であり、また、央魔連で様々な職務を全うしている人々である。人数だけで言えば、戦団の総人数よりも多いが、それもまた当然の結果だ。

 戦団は幻魔と戦うための組織だ。そこに集う人材も限られている。

 一方、央魔連は、魔法を扱う職業の組合みたいなものであり、大半が本来の職業での悩みや問題を解決するための相談先として、央魔連を利用し、そのために在籍している。

 故にこそ、その在籍人数は戦団の倍以上であったとしても、なんら不思議ではないのだ。

 さて、長沢珠恵ながさわたまえは、といえば、央魔連そのものに所属し、央魔連の役員として活動している。

「なんで、たま姉が……」

 幸多こうたは、小沢星奈おざわせいなの隣に立つ叔母おばの姿に困惑を隠せなかった。

 珠恵が、古の魔法使い染みた漆黒の長衣ちょういを身にまとっているのは、央魔連の職員だからだ。牡丹色ぼたんいろの頭髪がより際立って見えるのも全身黒ずくめの格好の所為だろうし、その長衣が何処か煽情的に見えるのは、珠恵の体型のせいだろう。長沢三姉妹の中で最も長身を誇る彼女は、日頃の鍛錬の成果なのか、引き締まった美しい肢体をしていた。

 特に男子生徒などは目のやり場に困るくらいに、その優美な肢体が強調されている。

 妖艶な魔女という言葉が人の姿をしていた。

「皆代くんの叔母さん、だっけ?」

「うん、母さんの妹。でも、たま姉って、確か央魔連の幹部だったんじゃ……」

「幹部!?」

「まじかよ!?」

 幸多の発言に圭悟けいごたちが驚くのも無理はない。幸多が圭悟たちに親類縁者について語ったことはなかったからだし、たった三ヶ月でそこまで踏み込んだ話をすることもないというのも当たり前のことだった。

 対抗戦という青春を通して真に親友といえる間柄になってはいるが、だからといって、互いの家族構成はともかくとして、親類縁者に至るまで詳しく話し合ったり、語り合ったりするようなことは、そうそうあることではない。

 そもそも、対抗戦の練習期間中にそのような話を交わしている暇はなかったが。

 だからこそ、珠恵の肩書を知り、圭悟たちのみならず、一年二組の生徒たちも吃驚仰天といった有様だった。

 央魔連の幹部ともなれば、それなりに名の知れた魔法士でなければならなかった。

 魔法士の魔法士による魔法士のための組織が央魔連である。

 そこに幹部として名を連ねるには、相応の魔法士としての技量と実力、実績が必要だ。でなければ、在籍する魔法士たちに示しがつかない。指導もできなければ、相談に乗っても、説得力がない、などといわれかねない。

 そして、それほどの魔法士であれば、当然、名も知られている。

 長沢珠恵という名前は、圭悟たちも聞いたことくらいはあった。ただ、央魔連の活動は、天燎高校の生徒である圭悟たちとはほぼ無縁のものであるといってよく、だから、対抗戦の際に一度顔を見ただけの幸多の叔母と、央都でも有名な魔法士である長沢珠恵が結びつかなかったのだ。

 これが魔法専門の高校ならば、もっと大騒ぎになったこと間違いなかったし、珠恵に声援を送るものが現れたとしても不思議ではなかったのだが。

 この魔法社会においては、優秀な魔法士ほど社会的地位の高い人間はいない。

 が、残念ながら、天燎高校というのは、一般的な魔法社会とは大きく価値観を異にする世界だった。天燎財団系企業に就職することが最大の正義であり、そのためにこそ日夜勉学に励んでいる学生ばかりの高校なのだ。

 魔法士よりも、勉強を教えてくれる教員のほうが余程偉く、頼りになった。

「そうよ! そうなのよ! 諸君! あたし、央魔連の幹部なのよ! その上、そこの皆代みなしろ幸多くん最愛の叔母なのよ!」

 幸多たちの話し声に聞き耳を立てていたのか、突如、珠恵が大声を発して周囲の注目を集めたものだから、幸多は、頭を抱えたくなった。

 珠恵はといえば、むしろ誇らしげですらあるのだが、その胸を反らし、ふんぞり返っている様子は、幸多にとっては気恥ずかしい事この上ない。

「大変だな、おまえも」

「わかってくれる?」

「まあ、なんとなくな」

 圭悟は、この修学旅行中も結局注目の的にならざるを得ないのだろう幸多に大いに同情した。

 

 天燎観光バスが貸し出している観光バスは、乗車人数四十五名の大型バスである。

 天燎高校は、一学年につき四つの教室があり、各教室に三十名の生徒が通っている。

 総勢三百六十名の生徒と教職員、そして央魔連の魔法士を含めた四百名近い乗員が、十二台のバスに分乗することになっているのだが、バス一台につき一教室の貸し切り状態である。

 これだけの規模の修学旅行など、中々あるものではなかったし、天燎高校でも開校以来初の試みという話だった。

 それだけ天輪技研てんりんぎけんの発表会とやらが大々的なものであるらしく、その場に将来の天燎財団系企業の社員となるだろう天燎高校の生徒たちを送り込むことは、社員教育の観点からも重要なことのようだ。

 幸多には、全く関係のない話だが。

 B車両に乗り込んだ一年二組の生徒たちは、星奈の指導により、教室での席順に近い形で座ることになった。

 幸多は、後ろから二番目の列の席であり、右隣には真弥まやが、背後の座席には圭悟がいた。圭悟の右隣にはらんがいて、真弥の席の通路を挟んだ向かい側に紗江子さえこが座している。

 教師の星奈は最前列にいて、その隣に珠恵が座っていた。

 当然だが、央魔連から出向し、帯同しているのは、珠恵一人ではない。各バスに央魔連の魔法士が二名ずつ乗り込んでいるのだ。

 珠恵とともにB車両に乗り込んでいるのは、男性の魔法士である。名を岸真樹夫きしまきおという、うぐいす色の髪をツーブロックにした、どうにも厳めしい印象を受ける人物だ。彼は、珠恵と通路を挟んだ隣の席に座っている。

 バス旅行には付きものであろう添乗員も乗車しており、出発に当たって色々と話していた。若い女性だった。

 幸多は、真弥と譲り合いをした結果、窓際の席に座ることになってしまって、少しばかり申し訳ない気分だった。窓際のほうが景色も見れていいのではないか、と、思ったのだ。

 しかし、それは杞憂きゆうだった。

 真弥は、紗江子との会話を楽しんでいるようであり、そんな様子を一目見て、幸多は胸を撫で下ろした。すると、背中に軽い衝撃があった。圭悟だ。

「なにさ?」

「楽しんでるかよ」

「楽しむもなにも、まだ出発したばかりだよ」

 幸多は、圭悟の気遣いに苦笑さえしながら、窓の外を流れていく見慣れた景色に目を細めた。

 天燎高校の敷地内を出発したバスは、長大な列をなして、葦原市東街区篠原町あしはらしとうがいくしのはらちょうの町並みの真っ只中を進んでいく。

 それも途中までのことだ。

 これだけの数のバスとなると、ネノクニ行きも簡単なことではない。

 ネノクニは、地上に栄える央都から異世界といっても過言ではないくらいに離れた場所だ。

 地下世界ネノクニ。

 あるいは、黄泉よみの国などとも呼ばれるその地と、ある程度自由に往来できるようになったのは、ほんの十年ほど前のことである。

 それまでは、断絶に近い状態であったといっても、過言ではない。


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