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第二百三話 皆代小隊(二)

 皆代みなしろ小隊の今回の任務は、この大社たいしゃ山頂野外音楽堂跡地周辺の調査である。

 特別指定幻魔弐号(げんまにごう)バアル・ゼブルの一撃によって大穴が穿うがたれた山頂は、どういうわけか他と比べて異様なほどに濃密な魔素まそが検出されるようになっていたからだ。

 原因は、紛れもなくバアル・ゼブルだ。

 バアル・ゼブルが野外音楽堂一帯を飲み込んだ異空間攻撃、その残滓が、周囲一帯の魔素濃度に影響を与えていた。そして、その結果、なにが起こるのかわかったものではないというのが戦団本部の考えである。

 戦団本部は、野外音楽堂消滅事件を虚空事変と命名している。

 山頂一帯が虚空に消滅したからだ。

 虚空事変そのものは、バアル・ゼブルの消滅が確認されたことで解決したということになっているものの、その後始末はまだ完了していない。

 虚空事変解決後、この地には何度となく小隊が派遣された。

 多数の小隊が魔素濃度の濃密な周辺地域の警戒に当たり、技術局もまた現地の調査に乗り出しているのだが、いまのところ、目立った異変は発見されていない。

 異様なほどの魔素濃度は、それだけで体に毒だ。故に現地での調査には、特別仕様の導衣を身につけることが推奨されていて、皆代小隊の面々が装備しているのがそれだった。

 導衣は内衣と外衣に分かれているが、特別仕様の導衣は、外衣が全身を包み込むようになっていた。手足のみならず、顔面もフードの上から垂らされた透明な素材で覆われている。

 この地上には、魔素異常地帯と呼ばれる場所が存在するのだが、そこは、魔素の濃度が極めて濃密であり、普通の人間はそこに立ち入るだけであっという間に死んでしまうと言われている。

 戦団の導士たちは普段から鍛え上げているため、即死するような事態にはならないだろうが、念のため、魔素濃度の濃い場所での任務には、今回身につけているような特別仕様の装備を用いるのだ。それらの装備は、耐魔圧装備などとも呼ばれる。

 もっとも、虚空事変の現場で検出された魔素濃度は、致死量ではない。致死量ならば、あのとき、あの現場にいたほとんど全員が死んでいるだろう。

 しかし、死者は、出なかった。

 昂霊丹こうれいたんの多量摂取で死亡したアルカナプリズムのボーカルを除いて、だが。

「調査といったって、なにを調べるっていうのかしらん」

「まあ、現場近辺の捜索だろう。なにがあるかわからんからな」

「なにがあるのよ?」

「さあな、おれがわかるわけないだろ」

「そりゃあ、そうだけど」

 益体やくたいもない会話を繰り広げながら、香織かおり枝連しれんが、皆代小隊の先頭を進んでいく。

 虚空事変によって穿たれた大穴を離れ、山の北側へと向かっていた。

 大穴近辺の調査は、ここ数日の間に何度も行われていて、その調査結果については、統魔とうまあざなも目を通している。

 確かに異変が起きている。

 その異変というのは、大社山の山頂付近の植物が枯れていたり、動物の死骸が山のように積み重なっていたりと、とてもではないが自然のものではなかった。

 植物の枯死こしは、魔素濃度の影響をもろに受けたせいだろうと考えられるが、動物の死骸の山は明らかにおかしい。不自然だ。魔素濃度の変化に耐えられずに動物が死ぬのはわかる。だが、山のように積み上げられるのは、人為的、作為的なものを感じずにはいられない。

 大社山頂周辺の調査が念入りに行われているのは、そうした異変が確認されたからでもある。

「幻魔が潜んでいる可能性が高いかな」

 つるぎが、先頭を行く二人についていきながら、いった。

「ほかに考えようがありませんね」

「だとしたら、固有波形が観測されてるんじゃないの?」

「ああ、観測されてる。あの大穴を中心に広範囲に渡ってな」

「……なるほどねー」

「なにがなるほどだ」

 憮然ぶぜんとした顔で唸った香織に対し、枝連が冷たく告げた。

 二人は、鬱蒼うっそうと生い茂る草木を押し分けるようにして前進を続けている。その後ろに剣が並び、字、統魔と続いている。

 大社山の頂から北へ、まさに道なき道を歩いていく。

 山道を歩くだけでは調査にならない。夏の日差しを浴びて緑に輝く木々の群れの真っ只中に足を踏み入れ、周囲を見回しながら、なにか異変はないかと目を光らせる。

 しかし、しばらく歩き回っても、異変の兆候ひとつ見当たらなかった。

 さすがの香織も、徒労感を隠せないと言いたげに後ろを振り返る。

「ここらへんには異常はないみたいだけどー」

「草木も無事だ。やはり、調査するなら魔素濃度が濃い地帯のほうがいいんじゃないか?」

「そちらは既に調査済みですよ」

「念入りに調査するとかさー」

「念入りに、調査済みです」

「そっかー、じゃあ、こっちかー」

「仕方がないな」

「なにもなければないでいいさ。おれたちは、与えられた任務をこなせばいい」

「そうだね。異変なんてないほうがいいもんね」

 剣が、普段通りの皆代小隊の様子に、にこやかな笑顔を浮かべた直後だった。

 草木が激しく擦れるような音が聞こえ、五人全員がそちらを振り返った。統魔の目を掠めたのは、黒い影であり、彼は真っ先に飛び出していた。この山に住む動物かもしれないが、構わなかった。それならばそれでいい。

 確認することが大事なのだ。

 もしかすると、この異変と関連するなにかかもしれない。

(なにかってなんだよ)

 内心毒づきながら、法機ほうき転身機てんしきで呼び出す。BROOM型(ブルームがた)法機・流星りゅうせいを手にした統魔は、飛行魔法を発動させた。

飛天翼ひてんよく!」

 統魔の周囲に魔力が舞い踊り、草木が騒いだ。そして、統魔の体が浮き上がり、急加速する。統魔が法機に跨がったのは、それからだった。

「ちょっ、たいちょっ!?」

「この状況でか!?」

 香織と枝連が驚嘆したのは、ここが山中である、生い茂る木々が高速飛行の邪魔になること請け合いだからだ。

「追いましょう」

「当然!」

 字と剣が次々と法機を召喚するものだから、香織と枝連もそれにならった。そして、飛行魔法を唱え、統魔に追従ついじゅうする。

 統魔は、既に四人を置き去りにするようにして、突き進んでいる。乱立する木々が、飛行魔法の加速に制限をかけるが、問題はなかった。なぜならば、追いかけている対象の速度も大したものではなかったからだ。

 黒い影。

 その速度は、統魔が木々を華麗に回避しながら飛行して追いつける程度のものだが、しかし、だとすれば動物ではありえなかった。

 幻魔。

 ほかに考えようがなかった。

 人間の魔法士まほうしという可能性は、端からない。ありえない。これほどの速度で木々が乱立する山中を移動できる人間など、それこそ一人しか思い当たらなかった。

 幸多こうただ。

 幸多ならば、統魔の追跡から逃げ切ることも可能だろうが、しかし、幸多がこんな場所にいるはずもなければ、統魔から逃げる理由もない。

 となれば、幻魔以外に考えられない。

 そして、通常、幻魔が人間から逃げるわけもないから、統魔は一つの答えに辿り着くのだ。

「待ちやがれ! バアル・ゼブル!」

 統魔は、叫び、飛行魔法を加速させた。眼前に大木が現れる。法機をさばき、大木を迂回して、さらに速度を上げる。

 そして、山の中の少し開けた場所に出た。

 頭上には太陽が輝き、まばらな雲が夏の光を受けて眩しいくらいの白さを蒼穹の中に浮かべている。その真下、無数の木々に囲われながらも、やや開けた空間には、それが、いた。

「まったく、貴様らは……」

 鬼級おにきゅう幻魔バアル・ゼブルは、統魔を睨み付けるなり、吐き捨てるように言ってのけた。 

「人様の食事を邪魔ばかりして、一体何様のつもりだ?」

「それはこっちの台詞だろ」

 統魔は、飛行魔法を止めると、地上に降り立った。

 鬼級幻魔にして、特別指定幻魔弐号バアル・ゼブルは、その赤黒い双眸そうぼうを見開くようにして、統魔を見ている。どす黒い血溜まりのような眼を持つ、灰色の幻魔。顔立ちは端正で、ぼさぼさの髪の上にはなぜか紅い眼鏡が置かれている。均整の取れた体つきは、しかし、上半身までしかなかった。

 腰から下が失われているのだ。

 完全に。

 そして、バアル・ゼブルは、上半身だけで空中に浮かんでいた。背に生えた透明なはね羽撃はばたき続けている。

「鬼級じゃん!」

「まじかよ」

「うっそ……」

「作戦司令部、こちら皆代小隊。特定弐号を発見、対応お願いします」

 バアル・ゼブルを目の当たりにして誰もが愕然とする中で、作戦司令部に報告を行ったのは、字だ。

 相手が鬼級幻魔なのだ。香織たちの反応も当然だったし、字の対応も完璧だった。

 統魔たちは、バアル・ゼブルを相手に時間稼ぎをすればいい。

 鬼級幻魔の力は圧倒的だ。

 星将以外が立ち向かうべき相手ではない。


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