第百九十八話 九月機関(二)
九月機関。
高砂静馬を所長とする研究機関である。
高砂静馬は、元々、戦団に所属していた人物であり、戦団において様々な貢献を果たした後、退職、九月機関を立ち上げている。九月機関では魔法に関する様々な研究を独自に行っており、戦団では出来なかったことを実現するためにこそ、組織を立ち上げたのだろうといわれている。
九月機関は、悪い噂の絶えない研究機関としても知られている。
生命倫理に抵触しているのではないか、というのがもっぱらの噂であり、九月機関こそ徹底的に取り締まるべきだ、という声を上げるものも少なからずいる。
しかし、戦団が九月機関と協力関係を結んでいると言う事実もあれば、現在、九月機関出身者が戦闘部で大きな戦果を上げているということもあり、九月機関の扱いは慎重にならざるを得ないのが実情なのではないか、などとも囁かれている。
戦闘部でも特に有名どころの九月機関出身者といえば、先程の二人もそうだが、第十二軍団副長の水谷亞里亞が筆頭に上げられるだろう。煌光級一位の水谷亞里亞は、次期星将候補筆頭であり、その圧倒的な魔法技量は、既に星将に匹敵していると言われているほどだ。
次に第八軍団の矢井田風土、南雲火水だ。二人とも煌光級三位で、第八軍団の杖長である。
杖長とは、戦闘部の各軍団において、軍団長、副長に次ぐ役職と考えていい。小隊を纏める立場である。
九月機関出身者は、優秀極まりない魔法士ばかりであり、その力量は導士としても遺憾なく発揮されていた。階級がそれを示している。
一方、九十九兄弟は、灯光級三位である。
二人は、今年の四月に入団したばかりだ。だから、階級が低いのも仕方のないことなのだが、真白は全く納得していなかった。
入団後、戦闘部第八軍団への配属となり、様々な任務を経て、小隊を経由してきて、そこそこの戦果を上げているつもりだった。しかし、全く昇級の話を聞かない。
真白が評価されていないと考えるのも、当然なのかもしれない。
「なあ、どう思うよ?」
真白は、対峙する閃光級三位に向かって尋ねた。
場所は、広大な競技会場を模した幻想空間である。半球形の広大な会場は、天井から降り注ぐ照明が妙に強烈だった。円形の競技場を中心とし、外周には客席が並んでいる。当然だが、観客など一人としていない。
この戦場を選んだのは幸多だが、彼がなぜこんな場所を選択したのかは、真白たちには皆目見当もつかなかった。が、どこでもいいといったのは、九十九兄弟だったし、実際、どうでもいいことだった。
二人は、幸多と訓練をすることができるというのが楽しみだったのだ。
九十九兄弟が幸多に注目するようになったのは、対抗戦からだ。
対抗戦決勝大会における幸多の活躍は、九十九兄弟にとっても鮮烈で強烈だった。
会場警備に当たっていたこともあって、そのときこそじっくり見ることはできなかったものの、幸多が魔法不能者でありながら魔法士に立ち向かい、活躍し、最優秀選手に選ばれたことは、彼らにとっても大きな励みとなったのだ。
生粋の魔法士である九十九兄弟が、生まれながらの魔法不能者である幸多の在り様、生き様に希望を見出すというのは、本来ならばあり得ないことかもしれない。
しかし、九十九兄弟は、幸多にこそ、光を見たのだ。
失敗作の烙印を押され、成功作たちに罵倒される日々を送り続けていた二人にしてみれば、社会そのものが失敗作といって憚らない魔法不能者が、成功作たる魔法士たちを相手に大立ち回りを演じ、ついには大会出場者中最高最強の魔法士を一対一で破ったというのは、この上なく大きな衝撃を与えることとなった。
失敗作が成功作に打ち勝つ――これほど溜飲が下がることはなかったし、これほど眩いこともなかった。
自分を卑下していてはいけない、と、真白と黒乃は、表彰台ではにかむ幸多の姿を見て、話し合ったものだ。
もっと自分に自信を持たなければ、ならない。
でなければ、自分たちは失敗作のまま終わってしまう。
それだけは、嫌だ。
だからこそ日々訓練に勤しんでいるというわけだが、今日はたまたま幸多を発見したものだから、つい声をかけてしまった――というのが、先程のことだ。
幸多が応じてくれるかどうかなど知ったことではなかったし、駄目で元々だった。誰もが暇を持て余しているわけではない。特に幸多は閃光級に昇級したばかりだ。任務が次々と舞い込んでいたとしてもおかしくはなかった。
が、こうして彼を交えて訓練を行うことができたのだから、なにもいうことはなかった。
真白は、導衣を身につけている。第三世代導衣・流光を自分流に改良したものだ。
導衣は、世代を重ねるごとに性能が向上しているのだが、それだけではなく、拡張性も大きく上がっている。
第三世代ともなると、その拡張性たるや第一世代とは比較にならないほどだった。導士の戦法や任務の目的、戦術に合わせて変更することも可能なのだ。複数の導衣に状況に合わせた改良を施し、転身機に登録することによって、状況や戦術に対応した導衣を即座に身につけるといったことも可能だった。
真白は、防型魔法を得手とする魔法士である。そのため、導衣も防御能力を高めることに重点を置いていた。厚手の外衣と内衣が、幻魔の強力な攻撃から身を守ってくれるし、光札も防型魔法で揃えている。
導衣の基調は黒だが、所々に差し色として白を取り入れている。
手には、WAND型法機である迅星を持っており、こちらは全体的に白かった。
法機は、一般的に出回っている法器同様、ROD型、WAND型、CANE型、BROOM型の四種類が存在する。
BROOM型は、特に飛行魔法に適した法機であり、長距離移動時や、空中戦闘時に利用されることが多いが、取り回しそのものは決して良くないため、戦闘では別の法機を用いられることが多い。
もっとも平均的な大きさのCANE型法機は、中杖型とも呼ばれ、よく利用される。短杖型とも言われるWAND型法機は、取り回しの良さ、利便性の高さで知られる。ROD型法機は、長杖型。BROOM型に次ぐ長さの法機であり、性能は高いが、その分取り回しが悪いという難点がある。
WAND型は迅星、ROD型は流星、CANE型は双星、BROOM型は彗星という呼称があり、現在、それぞれの第三世代である参号が広く使われている。
当然だが、これらを装備し、用いるのは、魔法士だからこそだ。
魔法不能者である皆代幸多は、導衣はともかくとして、法機を利用する意味がない。法機で殴ったところで、幻魔には効果がないのだから当たり前だろう。
だからこそ、なのだろう。
真白は、幻想空間上に出現した幸多の姿を目の当たりにして、昂揚感を隠しきれなかった。
幻型兵装ともF型兵装とも呼ばれる装備を身につけた幸多の姿は、野外音楽堂でも目にしたものだし、戦いが終わった後にはじっくり観察させてもらったものだが、戦場たる幻想空間で対峙するのとでは、気分もなにも違うものだった。
幸多の身につけているのは、全身を覆い隠す闘衣と呼ばれる装備だ。それは、導衣を元にして作られたというだけあって、どことなく導衣に似ている。しかし、全く異なる外観をしているのも事実だ。
導衣は、魔法使いの長衣のような印象を受ける装備だが、闘衣からは、魔法使いの片鱗すら見出すことが出来ない。魔法不能者専用装備なのだから当然なのだろうが、それにしても、どこかすっきりとしているように見受けられた。
導衣自体優れた意匠だが、闘衣のそれは、より洗練されているように感じるのは、気のせいなどではあるまい。
導衣は、内衣と外衣に分かれ、全身を包む内衣を外衣によってさらに包み込むという形だが、闘衣は、導衣で言う内衣だけのような構造だった。導衣の内衣自体、急所などを装甲で護っているのだが、闘衣は、その装甲をより厚く、多くしているようだ。
特に頭部は、兜を被ることで完全防備といった有り様だ。
魔法士は、防型魔法や簡易魔法で身を守ることができるが、魔法不能者にはそれができない。そのため、防御面をさらに堅くしているのは間違いなかった。
「どうって、いわれてもね」
幸多は、闘衣の調子を確かめるように柔軟運動をしながら、苦笑した。
幸多が総合訓練所での訓練を行うことにしたのは、第四開発室からF型兵装を総合訓練所の幻創機・神影に反映したという報告があったからだ。これで総合訓練所でも闘衣や白式武器を使えるようになったというわけであり、幸多が訓練に勤しむためにわざわざ第四開発室に出向く必要がなくなったということだ。
そして、総合訓練所での訓練情報は、第四開発室に提供され、それら情報を元にしてF型兵装の調整や改良が行われるということだ。
「ぼくの昇級は、過去の実績も考慮されたものだし」
「知ってる」
「中学時代に五十体の獣級幻魔を斃してたんだってね」
「頭おかしいんじゃねえの」
「よく言われたよ」
幸多は、なんともいいようのない顔でこちらを見る九十九兄弟を見遣りながら、笑うほかなかった。




