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第百九十五話 特別

「つまり、きみは特別なのさ」

 めぐみが、前方に展開した複数の幻板げんばんの中から一つを拡大しながら、いった。その幻板には、幸多の体から採取した細胞に関する報告が記されている。愛にはなにが記されているのか瞬時に理解できるが、幸多には難しいだろう。

「だから、きみの身体に関する詳細で精密で完全な情報が欲しい、とイリアが頼んできたわけだ。無論、私的な頼み事なんかじゃなく、第四開発室長として、公式にね」

「それで、あの検査だったってわけですか」

「そういうこと」

 愛が微笑する。幸多が自分の手を見下ろす様は、どうにも愛くるしい。幸多は童顔ということもあるのだろうが、どうにも愛嬌があった。美由理みゆりやイリアが可愛がる理由の一つがそこにあるのではないか、と、愛は思ったりもした。

「現状、窮極幻想計画きゅうきょくげんそうけいかくは、きみ専用の計画といっていい。であれば、全てをきみのために再調整し、現在開発中の装備も全部きみの身体機能、運動能力に合わせるほうがなにかと効率的で、合理的だ。きみは既に成果を上げているからね」

 妖級幻魔ようきゅうげんまサイレン討伐に、鬼級おにきゅう幻魔バアル・ゼブルとの交戦。

 これは、第四開発室の研究員たちの士気を高める成果として、伝わっている。窮極幻想計画が間違いではなかったということと、現実に通用したという大いなる事実は、彼らのみならず、戦団にとっても大きな一歩となった。

 護法院ごほういんによる認可を得、推進されてきた窮極幻想計画だったが、こと此処ここに至るまで、半信半疑の目を向けるものもいないではなかった。

 魔法社会である。

 世界は魔法を中心に回っていて、央都おうとの人口のほとんどが魔法士ほとんどだ。魔法不能者は人口の一パーセント程度に過ぎない。

 央都の人口が公称通りの百万人ならば、そのうち魔法不能者は約千人ということにある。

 この比率がそのまま通用するのであれば、将来的には何万人、何十万人、いや、何百万人という魔法不能者が誕生することになるかもしれないが、それは、人類復興が成された結果である。

 そんなあるかもしれない将来に備えて、魔法不能者のための戦闘装備を研究し、開発しようなどとは、とてもではないが、正気の沙汰ではない。

 多大な実績を持ち、戦団に限りない貢献を果たしている日岡ひおかイリアだからこそ、護法院を強引にも納得させ、計画を認可させることができたのだ。イリア以外の誰がいっても聞き入れて貰えなかっただろう。

 それくらい、日岡イリアの戦団への功績は大きく、動かしがたい。

 超密度圧縮技術、魔力結晶、擬似霊石、魔力炉、転身機てんしんき――それらはイリアの存在によって得られたものであり、第四開発室を好き放題させても余りあるほどの功績だった。

 だからこそ、イリアが立ち上げた窮極幻想計画は、水面下で動き続けていたのだ。

 そして、ようやくその存在を戦団内外に公表されることとなったのは、幸多が、F型兵装(エフがたへいそう)白式武器はくしきぶきを用いて任務を全うすることができたからにほかならない。それも妖級幻魔を討伐しただけでなく、鬼級幻魔と戦って見せたというのは、極めて大きな出来事といっていいだろう。

 妖級幻魔が撃破できるだけでも優れものだが、鬼級幻魔にも通用することが明らかとなったのであれば、もはや窮極幻想計画を止めるものはいない。F型兵装への懸念も疑問も解消され、第四開発室に投じられた費用も人材も時間も全て無駄ではなかったと証明された。

 後は、窮極幻想計画を完全なものにしていくことにこそ集中していけばいい。

 それば、イリアの考えであり、そのための布石が今回の幸多の全面検査だった。

「きみのための、きみだけの兵装であり、武器だ。どうだい。良い気分だろう」

「責任重大ですね」

「それもそうかもしれないな」

 愛は、幸多の発言に思わず笑ってしまった。

 幸多が責任を感じる必要はないのだが、彼がそう考えてしまうのもむべなるかな、といったところではある。先代最高の技術力を独り占めにしているようなものなのだ。幸多が結果を残せなければ、第四開発室の存在は無駄だったと考え直されてしまうかもしれない。

 そう考えると、確かに幸多の責任は大きい。

 とはいえ、誰も幸多一人に責任を負わせるつもりはないし、そのためにこそ、イリアはさらなる研究と開発を押し進めているのだ。

「……さて、きみの肉体の特別性について、だが」

「特別性、ですか?」

「きみは、完全無能者と診断された。それは間違いではない。きみの体内には一切の魔素がなく、体内で魔素が生産されている様子もない。つまり、生産された魔素が体内に留まることなく体外に排出され続けているわけではない、ということだ。それは、きみが生まれる前からわかっていたこと、だったね」

「はい」

 幸多は、己の手や足を見て、愛に視線を向ける。愛は、空中に浮かべた幻板のいくつかを見比べるようにして、そのうち何枚かを幸多の前に移動させた。それは幸多の体の透視図のようだったが、ただの透視図ではなさそうだった。

「魔素は、通常、肉眼では見えない。しかし、特別な機材を用いれば、その限りではない。このように、ね」

「これは?」

 幸多の全身を映した透視図の隣に、女性の全身を映した透視図が展開されていた。長身の女性の体は、幸多の透明な体とは違い、なにかが満ち溢れていて、いまにもはち切れんばかりに見えた。

「美由理だよ」

「師匠の!?」

「ついこの間検査した美由理の透視図だ。ご覧の通り、魔素に充ち満ちている。これが星将せいしょうの体の作りというわけさ」

 愛に説明されて、幸多は、なるほどと感心し、うなるほかなかった。美由理の全身を映しだした透視図には、確かに溢れ出さんばかりの勢いの魔素で満ちていて、幸多の透視図には、魔素が一切映っていない。

 これが、当代最高峰の魔法士と、完全無能者の差なのだ、と実感できる。

「しかし、そうなると首を傾げるのが、なぜ、きみが生きているのか、ということだ」

「え?」

「きみは、考えたことはないかい。自分がなぜ、どうやって、この世界で生きているのか。どうして、生きていられるのか、死んでいないのか」

 愛の目が、鈍く輝く。

魔天創世まてんそうせい以来、この地上は幻魔の世界と成り果てた。地上に満ちる魔素は何倍、いや、何十倍にもその密度、濃度を増し、結果、地上の生き物は死滅した。人類とて例外ではない。優秀な魔法士たちですら、生き残れなかった。膨大な魔素を内包しているものたちですら、だ。わたしたちがこうして地上で生きていられるのは、魔導強化法まどうきょうかほう――異界環境適応処置のおかげだ。人体が生成する魔素の量を増大させ、身体能力を向上させ、生命力を高めたそれがあればこそ、この地獄のような世界に適応できている。だが、きみはどうだ」

 愛に射貫かれるように見つめられて、幸多は、ただただ言葉を失った。

 確かに、ありえないことだ。

 この地上には膨大な魔素に満ちていて、だからこそ、魔導強化法による人体強化が必要不可欠だということは、誰もが知っていることだ。

 地上奪還部隊がネノクニから地上に上がる事が出来たのだって、地上の環境に適応できる肉体を得られたからだ。旧世代とは比較にならない肉体を持つ新世代人であればこそ、地上奪還は成り、央都のいしずえが築かれた。

 生まれながらにして魔素を一切持たなかった幸多は、赤羽あかば医院の院長・赤羽亮二(りょうじ)の機転によって、生まれ落ちることが出来た。特製の生体調整槽に入れられ、そこで一年を過ごすことによって環境に適応できるようになったのだ、と説明された。

 それを信じて、今日まで生きてきた。だが。

「きみは、魔素を一切持たない。そんな存在がこの地上に在ること自体、おかしいことだ。ありえないことだ。あってはならない。自然の理に反している。だからあたしも、きみのことを徹底的に調べたかったのさ」

「……調整を受けたから、じゃないんですか」

「そう、なのだろうね」

 愛は幸多の言葉を否定せず、別の幻板を幸多の手前に移動させ、先程まで展開していた幻板を閉じた。複数枚の幻板には、毛髪やらなにやらよくわからないものが映っていた。

「これは?」

「きみの体から採取させてもらったものたちだよ。毛髪、細胞、体液――まあ、いろいろだ」

「これが、どうかしたんです?」

「まあ、見ていたまえ」

 そういって、愛が端末を操作する。

 すると、幸多が思わず目を丸くする光景が展開されたのだった。




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