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第百九十四話 超精密検査

 医療棟は、全体として白い、という印象がある。

 外観もそうだが、内装も全てが真っ白、白一色という感じがするのは、白く塗られた面積が圧倒的であって、ほかの色の面積が狭いからにほかならない。完全な真っ白というわけではないということは、よく見ればわかるものだ。

 それでも、白一色に感じてしまうくらいには、真っ白だ。

 たとえば、いま幸多こうたがいるこの部屋、検査室もそうだ。検査着を構成する全ての要素が白で塗り潰されている。

 幸多が、なぜ、検査着を身に着けているのかといえば、朝から長時間に及ぶ検査を受けていたからだ。

 朝、訓練でもしようかと戦団本部に顔を出した幸多は、唐突に医務局に呼ばれ、医療棟に足を運んだ。そして、医務局長・妻鹿愛めがめぐみに言われるまま、検査を受けることになったのだ。

 当然だが、幸多に拒否権などはなかった。

 幸多が受けた検査は、多種多様なものであり、自分が一体どのような検査を受けたのかもはや覚えていないほどだった。目が回るくらいに様々な検査を受けた結果、訓練よりも疲れる羽目になってしまったのは、冗談のような気分だった。

 身ぐるみを剥がされるようにして素っ裸にされ、全身をくまなく検査され、詳細に調べられたようのだが、その理由も目的も内容も、幸多には皆目見当もつかなかった。

 ようやく検査が終わったことで検査着を羽織ることができたのが、つい先程のことだ。それまでは真っ裸だった。検査のためとはいえ、なんともいえない気分だったのは、いうまでもないだろう。

 検査中は、真っ白な検査室の、様々な医療用の機材に包囲された寝台の上に寝かされたことを覚えている。それらの機材が幸多の全身、至る所をくまなく調査し、検査したということもだ。

 さらに別室でも様々な検査を受ける羽目になった。身体能力を徹底して調査するために広い空間を走り回ったりもした。幻想空間ではなく、現実空間での身体測定だ。身体測定といえば、学校での出来事を思い出したものだが、医務局の身体測定は学校のそれとは全く違うものだった。

 身体測定は、専用の全身服を身につけて行っている。

 幸多は、運動能力に関しては昔から自信があったこともあり、張り切ってみせた。すると、医務局の導士たちが唖然とするほどの結果が出たものだから、幸多の自信もさらに深まったのだった。

 そして、最終的にこの部屋に導かれ、またしても裸になった。そのまま寝台に横たわることになり、さらなる検査を受けている。

 最新鋭の機械に取り囲まれた真っ白な空間。

 幸多は、なにもする必要がなかった。ただ、検査を受けるだけで良かったのだ。だから、なにもなければ暇を持て余して仕方がなかったのだろうが、幸いにも、愛が話しかけてくれたこともあって、そういう事態にはならなかった。

 愛は、幸多の暇潰しとして、様々な話題を提供してくれたのだ。

 その話題の一つは、愛の星央魔導院せいおうまどういん時代の話であり、その話の中心に取り上げられたのは、伊佐那美由理いざなみゆり日岡ひおかイリアの二人だった。愛にとって美由理とイリアは、親友と呼ぶことのできる数少ない相手であり、故に言いたい放題に言えるのだ、と、彼女はいった。

 幸多は、美由理の学生時代には多少なりとも興味があったので、愛が暇潰しに提供してくれた話題に感謝したりもした。

 そのおかげもあって、美由理とイリアのひととなりを多少なりとも知ることが出来たのだから、なにもいうことはない。

 そして、検査室での全ての項目が終了したという愛の声が、室内に備え付けられた拡声機から伝えられ、ようやく検査着に袖を通す事ができたのだ。

 それまで全裸だったことを思い出すと、急激に気恥ずかしくなって、幸多は素早く検査着を身につけたものである。

 それからしばらくして、検査室の扉が開き、幸多を外に出るように促した。

 幸多は、促されるままに医療機器だらけの部屋を後にすると、白衣の医務局導士に先導された。

 検査室に隣接した一室に案内され、その室内に足を踏み入れれば、妻鹿愛がこちらに背を向け、なにやら機材を操作している様子が窺い知れた。後ろ姿だけで彼女と断定できるのは、特徴的な白金色の頭髪のおかげだろう。

 愛の前方には、無数の幻板げんばんが浮かび上がっているのだが、そこにはおそらく一連の検査に関する結果などが表示されているのだろう。

皆代みなしろ幸多導士をお連れしました」

「御苦労さん」

「では、失礼します」

「はいよ」

 愛は、そんな風に気楽な返事を浮かべつつ、端末の操作に忙しい。幸多を先導した導士が室内を後にする間も、打鍵音だけんおんが室内に響いていた。いつものことなのだろう。導士も、なんとも想わないどころか、惚れ惚れとするように愛の後ろ姿を見ていたものだった。

 医務局の導士の多くは、局長のそんな立ち居振る舞いに惚れ込んでいるようだ。

 幸多は、そんな導士たちの気持ちが少しはわかる気がした。愛もそうだが、仕事に集中する人間の姿というのは、美しさすら感じるものだ。

 美由理が強烈な魔法を使うときの姿など、それはもう、何度だって惚れ直すくらいに凜々しく、美しい。

「もう少しかかるから、適当に座って待ってなよ」

「は、はい」

 愛がぶっきらぼうにいってきたので、幸多は、手近にあった椅子に腰を下ろすことにした。

 広くはないが、決して狭くもない室内。大の大人が十人くらい入っても十分な空間が確保できるくらいの広さはあるだろう。その室内も、全体として白い。壁も床も天井も、真っ白だ。天井照明だけが、その白さを緩和するような淡い青の光を降らせている。

 不意に、愛が座っていた椅子を回転させ、幸多に向き直った。白金色の髪が揺れ、胸も揺れる。相変わらず、豊かな胸の谷間を主張するような制服の着こなし方だった。実際、見せつけているのではないか、と想うほどにその主張は激しい。

「さて、まずは突然の長時間に及ぶ検査に協力してくれて感謝するよ、皆代幸多くん。あたしになにして欲しい?」

「な、なんですか、急に!?」

 幸多が取り乱したのは、愛が突如、想像もつかないほどの妖艶さで微笑みかけてきたからだ。そして、幸多の反応を目の当たりにして、彼女は表情を一変させ、噴き出す。

「冗談だよ、きみは素直で可愛いからね、ついからかいたくなってしまう。そういうところは、師匠に似ても似つかないな」

「そ、そうですかね」

「まあ、美由理も素直すぎるきらいはあるが」

「そうですよ、師匠は真っ直ぐです」

「ああ。真っ直ぐだね、真っ直ぐすぎる」

 愛は、幸多の発言を受けて、遠くを見るように目を細めた。愛の脳裏には、廃墟と化した都市が浮かび上がっていた。その燃え盛る廃墟の真っ只中にあっても、美由理だけは、真っ直ぐだった。真っ直ぐに前を見据みすえていた。

 そんなことを思い出してしまったのは、どういうことなのか。

 愛は、かぶりを振り、意識を目の前の少年に戻す。天井照明の光を浴びて青白くなった検査着姿の皆代幸多は、ちょこんとした様子で椅子に座っている。落ち着かないのだろう。

「きみの師匠の話は置いておくとして、だ。きみの全体精密検査を行うことになったのは、第四開発室長からの要望があってのことっていうのは、話したっけね」

「い、いえ、聞いていないんですが。イリアさんが、ですか」

 幸多は、そうはいいつつも、多少なりとも想定していたことではあった。イリアは、常々、幸多のことを調べ尽くしたいというようなことをいっていたからだ。

「ああ、そうだったか。最初に言っておくべきだったね、すっかり失念していたよ。そう、そのイリアがどうしてもきみの全てを知りたいっていうものだから、医務局としても全身全霊、手練手管の限りを尽くし、きみのことを丸裸にしたわけだ」

「本当に丸裸になる意味、あったんですかね」

「あったよ、あったとも」

 そういって、愛が端末の操作板を手元に移動させると、軽やかに操作して見せた。複数の幻板が愛の前方へと移動し、幸多にも見やすくなるように拡大する。

「先日正式に公表されたF型兵装(えふがたへいそう)は、第四開発室が押し進める窮極幻想計画きゅうきょくげんそうけいかくの根幹といってもいいということは、当然、わかってるね」

「はい」

「魔法不能者専用幻魔殲滅兵装とも呼ばれるそれは、現状、きみしか使い手のいない代物なんだ。当然だね。戦闘部に所属しようだなんていう魔法不能者は、きみ以外いないんだからさ」

 幸多は、愛の話を聞きながら、幻板に映し出されている映像や文字情報を見ていた。そこには、先程まで行われていた検査に関する様々な情報が記載されているようなのだが、幸多がわかることといえば、なにやら幸多の体から採取されたようだ、ということくらいだった。

「いわば、きみだけの、きみ専用の装備というわけだ」

「いまは、ですよね」

「どうだろう。魔法不能者の中で、きみ以外のだれが戦闘部に入ろうとするかね。仮にきみの活躍を目の当たりにした魔法不能者が戦闘部に入ろうとしたところで、門前払いを喰らうだけだろうさ」

 愛は、当然の道理を言っただけのことだ。

 そしてそれは、幸多が特別だということを如実に示す言葉でもあった。


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