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第百九十三話 それを魔法と呼ぶのなら

 幸多こうたが、地上十メートルの高度から真っ逆さまに落下を始めたのは、紛れもなく、愛理あいりが魔法の制御に失敗したからだ。それ以外の理由は考えられない。そこまで上手くいっていたのだ。幸多を浮かせ、高度を上げ、自由自在に動かすこともできていた。

 それなのに。

(失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……!?)

 愛理の頭の中は、失敗の二文字で一杯になった。どうして失敗してしまったのか。失敗している場合ではないというのに。幸多の想いに、愛情に応えなければならないというのに、どうして、どうして制御できなくなったのか。

 愛理は、混乱する。頭の中が真っ白になってなにも考えられなくなる。

 その間にも、幸多は落下している。ゆっくりと、しかし確実に、地面に近づいている。

 愛理は、焦った。

 焦っても仕方がないというのに、焦燥感が彼女の意識を飲み込んでいく。なんとかしなければならない。でも、なにをすればいいのかわからない。どうすればいいのだろう。どうすれば、この状況を打破できるのか。

 ふと、愛理は、幸多と目が合った。落ちてくる幸多の目は、真っ直ぐ、愛理だけを見つめていた。そこには失望の色はなく、最初から変わらない優しさがあった。愛理の全てを包み込んでくれるような、柔らかい光がそこにあったのだ。

 愛理は、自然と、法器ほうきを握る手に力を込めていた。そして、無意識のうちに集中していた。

 するとどうだろう。

 幸多の落下が急停止した。

 地面まであと一メートルもない高さだった。

 幸多は、逆さまで宙づりになったような状態で、目の前の愛理に片目をつぶって見せた。

「ほら、出来た」

「出来……たの、かな」

 愛理は、半信半疑になりながらも、幸多を包み込む飛行魔法を制御し、体を半回転させた。逆さまの状態から頭が上の状態に戻し、さらに上空へと浮かばせる。

 制御は、効いている。

 集中力も切れていない。

「出来てるから、落ちなかったんだよ」

「落ちたよ、落ちたもん。でも」

「落ちきらなかったよ。ぼくはこの通り、傷ひとつ負っていないじゃないか」

 幸多が、自分の全身を見せつけるように両腕を広げる。確かに学校の制服を身につけた彼の体には、傷ひとつ見当たらなければ、地面に衝突した痕跡は一つとして存在しない。砂埃一つついていないのだ。

 落ちきり、地面に激突しなかったのだから、当然だ。

 愛理は、そんな幸多の全く以て不安を感じていない様を見上げながら、自分自身は集中を斬らさないように、制御を失わないようにと神経を研ぎ澄ませることに全力を上げている。

 飛行魔法は、幸多を空中高く浮かばせ、愛理の想うままに飛行させていく。

 すると、またしても幸多が落下を始めたが、今度は、愛理も冷静さを失わなかった。自分自身になにが起きているのかはわからない。が、制御に失敗したとしても、そこで諦めて投げ出してしまわない限り、なんの問題もないのだということが理解できた。

 また、制御しなおせばいいだけのことだ。

 愛理が再度制御すると、幸多の落下は止まった。三度、空に浮き上がり、愛理の想うままに飛び回る。

 そのようなことを何度も繰り返す内に日が暮れた。

 夕焼けが西の空を紅く染め上げる頃には、愛理も、もはや飛行魔法の制御とその失敗に慣れてしまっていた。

 最後の方には愛理自身が飛行魔法で空を飛び回ったのだが、やはりというかなんというべきか、制御の失敗が起きた。しかし、愛理は、焦ることなく制御を取り戻し、瞬時に挽回して見せた。もはや、失敗を前提とした魔法の使い方ができるようになりつつあったのだ。

 本来、失敗するはずのない魔法の制御が出来なくなる理由は、相変わらずわからないし、解決できたわけでもない。

 けれども、愛理は、もう恐れることも悲しむことも苦しむことも悩むこともなくなっていた。

 どれだけ集中し、全神経を研ぎ澄ませていても、魔法の制御に失敗してしまうと言うのであれば、失敗すればいい。失敗した上で、再び、制御し直せばいい。挽回すればいいだけのことだ、と、愛理は根本的な部分で考え方を変えることができるようになった。

 恐怖が、消え去った。

 たった一日、それも数時間足らずで、だ。

「それもこれもお兄ちゃんのおかげだよ!」

 愛理は、空中から身を投げ出すようにして、幸多に飛びかかった。

 幸多は、そんな愛理の暴挙ともいえる行動に慌てつつも抱き留める。愛理が幸多の腕の中で満面の笑みを浮かべるものだから、幸多もなにもいえない。

 魔法制御の失敗に関する問題そのものの解決には、至っていない。

 愛理は相変わらず魔法の制御に失敗し続けている。

 しかし、愛理が絶望的な苦悩から解放されたというのであれば、なにもいうことはなかったし、実際、それこそが重要だった。

 愛理が胸を張って前に進む事が出来るのであれば、それに越したことはないのだ。

 たとえ魔法制御の問題が解決したとしても、愛理が嘆き悲しむようであれば、意味がない。

 結局、幸多がしたかったのは、彼女を苦しみから解放することであり、愛理が前向きでいられることだ。

 いま、愛理は、昨日逢ったときとは比べものにならないほど明るい顔をしていて、全身から幸福感を発している。

 それはとても素晴らしいことだ、と、幸多は想うのだ。

「これならきっと、試験も合格できるよ!」

 愛理は、幸多の腕の中で、確信を込めて、いった。

 もちろん、もっと練習しなければならない、とも想っている。この方法で試験に合格するには、制御の失敗を失敗と判断されないようにしなければならず、いついかなるときでも冷静さを欠かない、完全無欠な魔法の制御法を身につけるべきだ、と、愛理は考えていた。

 そのための訓練は、幸多がいなくてもできることだったし、そんなことのために幸多に時間を使わせるつもりもなかった。

 昨日と今日の二日間だけでも、とんでもないことだ、と、冷静になって考えてしまう。

 いま一番勢いのある新人導士を独り占めにしてしまっているこの時間ほど、素晴らしく、大切なものはない。

 愛理は、幸多の腕の中から解放されるのを多少嫌がりつつも、仕方なく彼の意向に従って地面に降りた。幸多に嫌われたくはない。

「合格、出来るよ。愛理ちゃんならきっと」

「お兄ちゃんのおかげだね!」

「それは違うよ、愛理ちゃん。これは、愛理ちゃんが常日頃から努力してきたからだ。その結果が結びついただけのことで、うん、そうだね。ぼくがいなくても、いつかきっと、解決したに違いないよ」

「そんなことないよ」

 愛理は、幸多の謙遜ぶりには苦笑するしかなかった。幸多は、愛理のことを想い、そういってくれたのかもしれないが、そんなことは断じてないと、声を大にして言いたかった。

 時間が解決する問題、というのは、そうなのかもしれない。が、そんな時間的余裕など、愛理にはなかったのだから、幸多の発言は間違っている。

「だって愛理、ずっと悩んでたんだもん。ずっと、ずーっと、苦しんでたの。それをお兄ちゃんが解決しちゃった」

 愛理は、幸多の手を取って、握り締める。愛理の手よりもずっと大きな手は、両手でも包み込めない。

「まるで魔法だね」

 愛理が笑いかけると、幸多は、その笑顔に引き込まれるような感覚に包まれた。銀色の瞳が、心の底から笑っている。

「そうだよ。お兄ちゃんは、愛理にとっての魔法使いなんだ……!」

 愛理は、幸多の手だけでなく、腕に掴まるようにして、いった。

「魔法使い……か」

 幸多は、そんな彼女の言葉を小さく反芻はんすうする。

 それは、魔法不能者にして完全無能者の幸多には無縁の言葉だった。

 魔法不能者が魔法を使うことなど、ありえない。

 それが絶対の理であり、この世の法だ。

 しかし、それを魔法と呼ぶのなら、幸多も、魔法使いと呼ばれても悪くはない気がした。



「上手く行った? たった一日で、か?」

 さすがの美由理みゆりも驚いたようで、目を丸くしたのは、幻想空間でのことだった。

 総合訓練所ではなく、第四開発室の幻創機げんそうき・夢幻を用いた幻想訓練には、幸多と美由理だけが参加している。そしてその様子は、第四開発室の研究員たちによって視聴されているのだ。

 幸多は闘衣とういを身に纏い、手には二十二式両刃剣にじゅうにしきりょうじんけん斬魔ざんまを握っていた。

 対する美由理は、導衣どういを身につけた上で、ROD型(ろっどがた)法機ほうきを手にしていた。

 幸多が得物えものを持つ以上、美由理も得物を手にしなければ、訓練にならないという判断からだったし、この訓練は、武器を巧みに扱えるようになるためのものだからだ。

「解決には至りませんでしたけど、糸口は見えたかな、という感じです」

「だとしても、随分と早いな」

「愛理ちゃんが自分で解決策を見つけちゃったんですよ。ぼくはなにもしてません」

 幸多は、斬魔の柄を両手で握り締め、青眼せいがんに構えている。

 対する美由理は、杖を右手に握り、半身に構えていた。

 二人の間の距離は、およそ五メートル。

 とても近接戦闘の距離ではないが、しかし、二人にとってはこの程度の距離は、はっきりいって意味がなかった。

 両者、同時に飛ぶ。

 幸多の剣が美由理の杖と触れ合い、激しい音を立て、閃光を散らした。

「彼女は、そうは想ってはいまいよ」

 美由理は、幸多の謙遜ぶりに苦笑しつつ、その剣閃けんせんの鋭さに舌を巻く。

 幸多の斬撃のはやさは、凄まじい。


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