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第百九十二話 きみのためにできること(八)

 魔法は想像の具現である、と、魔法の発明に大きく関与し、始祖魔導師しそまどうしと謳われた人物、御昴直次みすばるなおつぐはいった。

 魔法は、人間の想像力に起因する力であり、技能である、と、断言したのだ。

 想像力の欠如するものには具現することは難しく、それ故に魔法不能者と判定されるものも少なからず存在した。

 魔法士まほうしにとって想像力こそが全てであり、それ以外は、想像力を補う付属品でしかない、といわれてさえいる。

 想像が、形になって表れる。

 それが魔法だ。

 故に発動した魔法を途中で維持できなくなって失敗するというのは、想像が歪み、崩れていくのと同義だということになるのだろう。

 幸多こうたは、そのように考える。

 愛理あいりの場合がそうなのだ、と。

 愛理は、魔法の発動には何度となく成功している。幸多が知っているだけで三度、魔法の発動そのものを成功させていた。

 一度目は、高度制限ギリギリまで飛んでいたようだったし、二度目もかなりの高度を飛んでいた。三度目も、空高く舞い上がることに成功して見せた。

 魔法の発動には、成功している。

 問題は、維持できない、ということだ。

 それはつまり、想像し続けられない、ということ。そしてそれこそが万能症候群と総称される症状なのだろうし、精神的、心理的な個人の問題に起因するのだろう。

 幸多には、愛理の苦悩をくみ取ってやることしかできない。愛理がなにを苦しみ、なにに悩み、なにを求め、なにを望んでいるのか、その全てを完璧に理解することなど、他人である自分にできるわけがないのだ。しかし、それでも手を差し伸べてあげることはできるはずで、力になってあげることくらいできて然るべきだ。

 人間とは、昔からそうやって生きてきた生き物であるはずなのだ。

 苦しいときは助け合い、寄り添い合って、今日まで歴史を積み重ねてきたのだ。

 それに幸多は、導士どうしだ。

 導士とは、導くものという意味である。

 少女の苦悩一つ救えず、なにが導士か、と、彼は想うのだ。

 愛理が、魔法を唱え、発動させた。

飛天スカイハイ

 それは、彼女が手にしているBROOM型(ブルームがた)法器ほうきの機能を起動するための言葉、起動言語である。起動言語を発することによって、法器はその機能を起動させ、魔法の発動を補助する。

 法器は、魔法を発動するための三つの段階の内、二つの段階を省略させる。

 故に魔法士の補助輪などとも呼ばれ、ある程度魔法が使えるようになった魔法士には軽蔑の対象となったりするのだが、魔法の熟練者であればあるほど、法器を有り難がるようにもなる。

 魔法を簡易的に発動できるということは、それだけで極めて大きな利点となるからだ。

 一方、魔法巧者(ごうしゃ)を自称するような程度の魔法士の中には、法器に頼るのが格好悪く見えたり、情けなく思えたりするようだ。

 戦団最高峰の魔法士である星将せいしょうたちすら法機を用いるのを躊躇ためらわず、むしろ積極的に活用しているというのに、だ。

 法器や法機を用いることは、なにも恥ずかしいことではないし、むしろ極めて合理的なことだ。

 法器が省略してくれるのは、魔力の練成と律像りつぞうの形成と呼ばれる段階だ。

 法器が、使用者の体内の魔素まそを魔力へと練成し、さらに律像を電子情報化したものである紋象もんしょうを脳に焼き付けるようにして想像力を喚起し、半ば強制的に律像を形成させる。それが法器の役割である。

 魔法発動のために必要な三つ目の段階である真言の発声は、起動言語が代替しているといっていい。つまり、起動言語を唱えることによって、魔力の錬成、律像の形成、真言の発声までも行うことになるということであり、捉えようによっては、魔法発動のための三段階全てを省略しているといっても過言ではないだろう。

 よって、魔法はあっという間に発動へと至り、愛理の魔法が幸多の全身を包み込むまで時間はかからなかった。

 飛行魔法は、体内の魔素に働きかけるものではない。対象の周囲の魔素に働きかけ、浮力と推力を生み出すのが飛行魔法である。故に、完全無能者の幸多を対象にすることも可能なのだ。

 ただし、魔法の使用者でもない幸多には、発動した飛行魔法を制御することはできない。

 幸多は、愛理の魔法の発動とともに、自分の体が、自分の意に反し、さらに重力のくびきを断ち切るようにして、ゆっくりと浮き上がっていく感覚を久々に味わっていた。

 子供のころ、統魔の魔法の実験台になったことが何度となくあるのだが、空に飛ばされたことも多々有った。

 精神魔法、身体魔法と呼ばれるような対象の精神、身体に直接作用する魔法というのは、完全無能者が故に一切効果がなかったものの、それ以外の魔法は幸多にも作用する上、幸多の体が並外れて頑丈だったこともあり、統魔は幸多を実験台にしたのだ。そしてそのたびに統魔が両親に叱られたのは、当然といえば、当然だろうが。

 そんな記憶が、幸多の脳裏を過ぎった。

 空を、浮かぶ。

 この全身を包み込む浮遊感の頼りなさというのは、やはり、自分で魔法を使っていないからなのか、どうか。もし、魔法士たちも飛行魔法を使いながら、頼りなく感じているのだとすれば、相当な精神力の持ち主でなければ浮かび続けることなどできないのではないか、と思えた。

 足が地面を離れ、一メートル、二メートルと高度を上げていく。

 愛理は、法器を構え、全神経を集中させるようにして、幸多を見据えていた。

 実際、愛理は、今までにない集中力を以て、幸多に魔法を使っている。

 幸多の想いに応えるには、ここで失敗なんてするわけにはいかなかった。もう失敗なんてしたくない、二度と失敗するものか、と、愛理は、強い意志で魔法を唱え、魔力を込めている。

 幸多の体がゆっくりと、しかし確実に浮き上がっていく光景を目にしながら、一切気を緩めない。まだ、飛行魔法も発動したばかりで、序の口も序の口だ。本番はこれからなのだ。

「その調子その調子」

 幸多の声は、穏やかで、平常そのものだ。たとえ愛理が魔法の制御に失敗したとしてもなにも気にしないとでもいわんばかりの優しさに溢れていて、それだけで彼女は泣きそうになる。

 つい昨日知り合ったばかりなのに、見ず知らずの赤の他人で、一方的に知っていただけの相手なのに、どうしてここまでしてくれるのだろう。どうして、ここまで力を尽くしてくれるのだろう。

 愛理は、不思議でならないし、幸多のそんな優しさにこそ、結果で応えなければならないと想うのだ。

 幸多を空高く浮かせる想像。

 幸多は、まるで天使のようだ、と愛理は想う。愛理を救うため、天から舞い降りてきた存在。でなければ、愛理のためになど、時間を割いてくれるのはおかしいのではないか。

 導士は多忙で、日々任務に明け暮れているという。

 そんな導士が、愛理個人のために時間を費やし、力を尽くしてくれている。

 だからこそ、愛理は、幸多がより高く浮かばせられるようにと集中し、念じ、想像を巡らせる。破綻はなく、幸多は浮かぶ。五メートルを超え、さらに上がっていく。

 やがて、地上十メートルの高度へと至ると、幸多が両手で制するようにしてきた。

「この状態で動かせるかな?」

「や、やってみるね!」

 愛理は、幸多に提案されるまま、飛行魔法を制御していく。

 魔法は想像の力だ。想像が形となって具現し、現実のものとなる。一度発動した魔法も、維持し続ければ、想像を加えることによって形を変え、動きを変える。

 飛行魔法を筆頭に、持続型、継続型などと呼ばれる種類の魔法は、常に想像を働かせなければならないという点で、ある意味難易度が高い、といえる。特に長時間に渡って飛行し続けたりするとなれば、魔力の消耗も相俟あいまって、維持し続けるも困難になってくるものだ。

 とはいえ、愛理が失敗してきたのは、そのような段階の話ではなかった。

 もっと、早く、ある程度の高さまで浮かび上がった途端、愛理の飛行魔法は破綻し、急転直下に落下した。

 何度も、何度も、数えるのも難しいくらい何度となく。

 心が折れそうになっていた。

 自分は天才で、親も周囲も期待しているのに、と、愛理は何度想ったことか。しかし、どれだけそんな風に想ったところで、なにも改善しなかった。

 空中の幸多をゆっくりと動かしていく。それは、自分が対象とする飛行魔法を制御するよりも、余程難しかった。

 自対象魔法と他対象魔法の難易度の差は、魔法の種類にもよるものだ。攻撃魔法ならば他対象のほうが簡単だというし、治癒魔法や補助魔法は自対象のほうが楽だと言われている。

 治癒魔法にせよ、補助魔法にせよ、繊細かつ精密な制御が必要だからだ。

 そして、だからこそ、幸多は、愛理に自分に魔法を使うようにいったのだ。

 愛理が自分自身に使うよりも余程神経を磨り減らし、集中しなければならない、他対象の飛行魔法のほうが、彼女の問題を克服するために有用だろう、と、結論づけた。

 それになにより、仮に愛理が制御に失敗し、落下する羽目になったのだとしても、幸多の体は頑丈だ。高高度から地面に直撃したところで、なんの心配もいらないのだ。

 場合によっては闘衣とういを身につけてもいい。

 だから、安心していいのだ、と、幸多は、暗に言っている。

 愛理は、そんな幸多の気持ちを理解しているが、だからといって失敗したくなんてなかった。

 高度は、十メートル。

 その十メートル上空を浮かぶ幸多の体を前や後ろ、左へ右に動かして、大きく旋回させていく。

「おお、凄いじゃないか」

「そ、そんなことないよ!」

 愛理は、上空から降ってきた賞賛の声にそう返すのが精一杯だった。全神経を集中させて、魔法を制御しているからだ。

 それは、彼女にとって今までにないほどの集中力であり、自分自身想像だに出来なかったほどのものだった。

 これだけ集中できたことがなかった。

 今の今までだ。

 これまでの短い人生を振り返っても、ここまで集中したことがない。

 魔法が上手く使えていたときでも、そうだ。これほどまでに集中しなくたって自由自在に魔法が使えていたのだから、当然と言えば当然かもしれない。愛理にとっての魔法とは、呼吸も同然だった。息を吸うように魔力を生み、息を吐くように魔法を使った。

 それが突然、出来なくなった。

 愛理が絶望的な気分になるのは、当然だった。

 それは万能症候群である、と、幸多は言う。

 言葉の意味するところはわからない。

 けれども、それがありふれた症状ならば、解決策は必ずあるに違いない、とも想うのだ。そしてそのためにこそ、幸多は、時間を割き、愛理に逢いに来てくれた。愛理を助けるためだけに、この場に来てくれたのだ。

 その想いに応えなくてはならない。

 そう想った矢先だった。

 愛理は、はっとした。

 幸多が突如落下を始めたのだ。

 制御に失敗した。



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