第百九十話 きみのためにできること(六)
そして、幸多は、学校帰りに寄り道をした。
対抗戦部は、いつの間にやら活動を再開しており、その主軸となっているのは、魚住亨梧だった。北浜怜治とともに対抗戦部を盛り上げていくと、奮起しておりようであり、圭悟や蘭、真弥に紗江子も協力的だった。
圭悟は、もう対抗戦部の中心にはいられない、として、幸多が辞めて空席になっていた部長の座を俄然やる気を見せている亨梧に譲った。
「皆代もいねえし、張り合いもねえから、本当は辞めるつもりだったんだけどな」
とは、圭悟。
結局、対抗戦部に残ることに決めたのは、天燎高校が校風としての対抗戦への熱量の薄さが、今年の大会で優勝したことで一変したこともあれば、どうやら彼の家族からの反響も良かったことも影響しているようだった。
蘭と真弥、紗江子は、相変わらず、対抗戦部の雑用係とやっていて、新入部員の対応をしているようだった。
新入部員は、六名もいた。
今年の優勝の熱気に当てられ、来年の対抗戦に出場したいといって入部希望者が殺到したというのだが、その中から選び抜かれた六名である。
天燎高校のこれまでの校風を考えれば、十分すぎるほどに多い数といえるし、それ以上の入部希望者がいたというのが驚きを隠せないことでもあった。
幸多たちが対抗戦部を立ち上げたときには、全学生から白い目を向けられたものだし、鼻で笑われていたものだ。
そうした空気が変わっていったのは、日々の猛練習が二ヶ月も続いていた中でのことであり、対抗戦決勝大会を経て、明確に変化した。優勝したのだから、当然と言えるのかもしれない。
黒木法子と我孫子雷智は、幸多に協力するという名目で対抗戦部に入ったこともあり、優勝後、速やかに退部届を出していた。
そして、法子の子分に成り果てていた亨梧が、なぜ、部長を務めているのかといえば、法子に対抗戦部のことを任されたからだ、という。
法子としても、対抗戦部の今後が多少なりとも気がかりだったようで、気心の知れた子分に任せておけば、当面の心配は要らないと判断したようだ――というのは、圭悟たちから聞いた話だ。
対抗戦の大きな大会というのは、年に一度、六月に開催されるの予選大会と決勝大会になるが、それ以外の期間に全くなにもないわけではない。
学校間の交流試合もあれば、秋にはリーグ戦もある。
対抗戦部が活動を再開したのは、リーグ戦に向けてのことであり、そのための練習をそろそろ本格的に開始しなければならない時期だったからだ。
幸多は、そんな対抗戦部の様子を一目見て、そこに青春の残光を見た。
対抗戦を終えたのは、少しばかり前のことだ。だというのに、もはや遠い過去のように感じてしまうのは、もうそこにはいられない立場の人間になってしまったという自覚があるからだろう。
導士としての自覚が、幸多の心を引き締める。
彼らの青春の日々を、安穏たる日常を護るためにこそ、この命を使わなければならない。この命を燃やさなければならない。
そういう意味では、対抗戦部の部員たちが練習に向けて話し合いをするという、かつての自分を垣間見るような光景を見ることが出来たのは、大きかった。
自分の立場、役割、使命を再確認したような感覚があった。
彼らのためにも、前進を続けなければならない。
そうして、幸多は圭悟たちに別れを告げ、対抗戦部の部室を後にした。
総合運動場に隣接した部室棟から抜け出すと、頭上から影が降ってきたので、透かさず見上げ、即座に両腕を差し出す。すると、降ってきた人影は、幸多の両腕の間にちょうど収まった。両腕にかかった重量は、大したものではない。
「見事だ、皆代幸多」
などと、幸多の腕に収まるように舞い降りてきた黒木法子が、当然のような表情で賞賛してきたものだから、幸多はなんともいえない顔にならざるを得ない。
「さすがねえ」
拍手などをしながら背後から現れたのは、我孫子雷智だ。
幸多は、相変わらず意味のわからない行動をしてくる法子に振り回されるのを自覚しながら、彼女が颯爽と腕の中から飛び降りる様を見届ける。
「なんです?」
「なんでもないが」
「なんでもないのにこんなことを?」
「では逆に聞くが、なにかあればこんなことをしてもいいと?」
「うーん……」
「いつであれ、困るだろう」
なにやら胸を張って言ってくる法子に対し、幸多は、頭を抱えたくなるのだが、彼女が突拍子もなければ理解しがたい言動を行うというのは、いつものことではある。
「激励よ、ゲ・キ・レ・イ」
雷智が、助け船を出すようにして言ってきた言葉が、それだ。幸多は、困惑する。
「激励って」
「これからも導士として戦い続けるきみを激励するにはどうすればいいかとわたしはわたしなりに考えたのだが、その結果がこれだ」
「はあ」
幸多には、法子がなにをいっているのか、皆目見当もつかない。激励という言葉と先程の出来事に繋がりがないのだ。発想が飛躍しすぎている。
それも、法子ならばいつものことなのだが。
「どうだ、激励になっただろう」
「いやあ、どうでしょう」
「なぜだ?」
「なぜかしら?」
法子と雷智が顔を見合わせ、小首を傾げる様を見て、幸多は、いつも通りの二人の世界が形成されていることに不思議な安堵感を覚えたものだった。
そんな風なやり取りを経て、二人とも別れ、学校を後にする。
放課後、部活動をしないとなると、早い帰宅になるが、天燎高校においては別段珍しいことではない。むしろ、部活動に勤しんでいる学生の方が珍しいくらいである。
天燎高校は、言わずと知れた天燎財団系企業の社員を育成するための学校といっても過言ではないのだ。多くの学生が関連企業に就職するために通っており、部活動に汗を流すよりも勉学に時間を使うほうが正しいといえる。
もちろん、部活動に精を出すことも間違いではないし、奨励されてもいるのだが。
下校する数多くの生徒に紛れて、幸多も家路についた。
が、真っ直ぐ家に帰るつもりはなかった。
目的地は、決まっている。
未来河の河川敷へ。
七月だ。
下校時間とはいえ、まだまだ日は高く、眩しいばかりの陽光が未来河の水面に反射し、無数に輝いていた。時折吹く風は微弱だが、夏の熱気を運ぶようにすり抜けていく。
河川敷を彩る草木が揺れ、夏の風景を色濃く演出するかのようだった。
河川敷からサイクリングコースに沿って北へ向かう。厳密には、北東へ、だが。
鞄を背負って駆け抜ければ、あっという間に目的地に辿り着いた。
幸多にとっての軽い駆け足というのは、常人の全力疾走よりも早く、それでいて疲労も少ない。幸多が超人的身体能力の持ち主といわれる所以だ。
幸多が目的地としたのは、昨日、砂部愛理と話し込んだ場所だ。
愛理は、一度町中で落下して以来、この近辺で魔法の練習をしているという話だった。
なぜ、ここで練習をしているのかといえば、家族や友人知人に見られる可能性が少ないと思ったから、らしい。
魔法が制御できなくなったという事実は、家族にも友達にも打ち明けることも出来なければ、知られたくもない以上、人目につきにくい場所を探すのは、当然のことだろう。
だから、こんな場所で一人練習をしては、失敗を繰り返していたのだ。
そんなとき、偶然幸多が通りかかったのは、彼女にとって運が良かったのか、どうか。
それがわかるのは、これからのことだ。
(これが、ぼくがきみのためにできることなんだ)
幸多は、広い広い河川敷に設置された長椅子に腰掛け、愛理が来るのを待った。
愛理は、毎日練習しているといっていた。それはそうだろう。早期入学試験まで時間がない。
早期入学試験は、七月二十日。
当日まで、もう二週間もなかった。
やがて、それほどのこともなく、愛理がやってきた。
制服のまま、最小限に収縮した法器を鞄に入れて走ってきた彼女は、長椅子に座った幸多を発見するなり、顔を輝かせて手を振った。
「来てくれたんだ!」
愛理は、幸多に駆け寄ると、飛び上がって喜びを爆発させた。
幸多は、そこまで喜んでくれるとは思っていなかったのでたじろいだものの、それだけ心細かったのだろうとも思った。
愛理は、今日に至るまでたった一人で戦い続けていたのだ。
それはさながら、両親以外話し相手もいなかった幼い頃の自分のようで、だから、親近感が湧くのだろうし、助けたいと想ったのかもしれない。
きっと、そうだ。
それは、きっと、過去の自分への自分なりのけじめなのだ。




