第百八十九話 きみのためにできること(五)
翌日、幸多は、学校に行った。
天燎高校の正門前で圭悟たちと合流すると、すぐさま大騒ぎとなった。登校中の生徒たちが幸多を取り囲んだからだ。
いまや幸多は天燎高校一の有名人となっていて、幸多を魔法不能者と蔑むものはひとりとしていない。現代魔法社会において、魔法不能者に対する差別が表面化することというのはあまりなかったし、学校内で幸多が馬鹿にされるようなことはなかったが、とはいえ、魔法士と魔法不能者の隔絶というのは大きい。
しかし、天燎高校においける幸多の存在感が、他に類を見ないほどに大きくなっているらしいということが、周囲の反応でわかった。
誰もが注目しているのが、幸多の胸に輝く星印だ。幸多が制服に星印をつけているのは、身分を明かすためであり、それは戦団導士としては当たり前の対応である。学生でありながらも導士であるという立場を明確にしておくことは、重要なことだ。緊急事態に直面した場合、真っ先に頼られることになるだろうし、そうした状況に遭遇した場合の講習も受けている。
いざというとき、一般市民が真っ先に頼るのは、戦団の導士である。そのときのためにこそ、常に身分を明かしておくのだ。
自慢するためなどでは、断じてない。
閃光級三位を示す星印は、幸多がいくつもの階段を一足飛びに飛び越えて昇級したことを示しているし、幸多がそれだけ戦団に貢献したことを意味していた。
幸多の昇級に関する報道は、今朝、様々な情報媒体を席巻していた。
同時期に昇進したのは、草薙真であり、彼は灯光級二位に上がっている。それも異例の昇進速度ではある。
草薙真ほどの魔法士ですら一段階ずつ昇級するものであり、幸多がいかに前例のないことをしでかしたのかわかるというものだ。
天燎高校の生徒たちが幸多を取り囲むのも無理からぬことだったし、圭悟を筆頭とする幸多の友人たちが、そんな手のひらを返したような生徒たちの反応に難しい顔をするのもわからないではなかった。
幸多は、といえば、どういう反応をすればいいのかわからず、愛想良く笑い返すことで無難に切り抜けようとしたのだった。
そんなわけで、幸多は、騒然とする学校で過ごすこととなった。
アルカナプリズム事件から、二日が過ぎている。
当然、幸多と友人たちとの間で繰り広げられた話題といえば、それになる。
法子や雷智たちも巻き込んで、あの日の騒動について根掘り葉掘り聞かれたのだが、当然、一般市民に全てを明かすわけにもいかず、しどろもどろになりながら言葉を選び、ときには沈黙せざるを得なかった。
導士には守秘義務がある。
戦団が公表している情報以上のことは、口外禁止なのだ。
圭悟たちは、幻魔の襲来と、その直後に起きたアルカナプリズムのボーカル、ヒカルの急死とそれに伴う幻魔の現出までは覚えていた。妖級幻魔サイレンのどこか美しくも妖しくもある姿は、あの場にいた全ての人達が目の当たりにし、そして、歌声に意識を奪われたのだ。
圭悟たちが意識を取り戻したのは、全てが終わった後のことだった。
当然、彼らは天地がひっくり返るくらいの驚きを覚えたという。
なにせ、自分たちがいた会場が、あの絢爛豪華な野外音楽堂が根こそぎ消滅していて、巨大な大穴になっていたのだ。まかり間違えば、自分たちも野外音楽堂もろともに消し去られていたかもしれない。
その事実を認識すれば、背筋も凍るというものだった。
それから事の詳細を知ったのは、幻災隊の導士たちに説明を受けたからだ。
あのとき、一体なにが起きたのか。
妖級幻魔サイレンが暴れ回ってあのようになった、というのは、さすがに想像できないし、あり得ないことだ。妖級幻魔である。野外音楽堂を破壊し尽くすことくらいは容易くとも、空間ごとくり抜いたような大穴を開けることなどできるとは、到底、考えられない。
では、なにが起きたのか。
妖級幻魔サイレン討伐後、さらに鬼級幻魔バアル・ゼブルが現出し、三名の星将が投入されたことによって激闘が繰り広げられ、ついには野外音楽堂が飲み込まれて消えた――という話を聞いたときには、圭悟たちも絶句せざるを得なかった。
「そのときの活躍もあって閃光級三位って、すげえよなあ」
圭悟が幸多の胸元に輝く星印をまじまじと見ながら感心したのは、昼時だった。
幸多が天燎高校の学生食堂に来るのは、なんだか久々な気がした。いつも通りの賑わいを見せる食堂の中だが、幸多はいつも以上の熱気を感じずにはいられなかった。というのも、友人たちと取り囲んでいるテーブルの周囲を大勢の生徒たちが遠目に見守っているという有り様だったからだ。
誰もが、幸多の一挙手一投足に注目している。今や幸多は学校一の有名人だったし、央都でもそこそこの知名度を誇る人物になっているのだ。校内にそれだけの有名人がいれば、注目するのは当然のことだろう。
さすがに携帯端末で撮影し、ネット配信しているようなものはいない。何度も注意され、いまでは校則に明記されるようになったかららしいが。
「初任務から一週間で閃光級三位なんて、史上初じゃない? 統魔様以上の昇級速度よね?」
「そうですね、本当に皆代くんは常識外れとしかいいようがありません」
「うんうん、凄いよ、凄すぎる!」
真弥や紗江子、蘭までもが手放しで賞賛してくるものだから、幸多は、どうしようもなく照れくさくなった。皆が星印に注目している。まるで自慢しているような気分になってきて、罪悪感さえ覚え始めるのだが、しかし、必要なことだと自分を納得させる。
そんなことを考えながらも、幸多の本音はといえば、友人たちに見せたかったのもあった。見せびらかす、というのとは少し違う。自分が導士になることができたのは、この友人たちのおかげであり、だからこそ、いまこうして閃光級三位になれたことを直接伝えたいと想ったのだ。
それは幸多にとって、彼らが極めて大切な存在であることを示していて、こうして逢うたびにその事実を再認識するのだ。
央都で日常を生きる一般市民である彼らの笑顔をこそ、護りたい。
そのために導士になったといっても過言ではなかったし、故にこそ、閃光級三位に特例ではあるが昇級できたことは喜ばしく、誇らしかった。
「それに、闘衣だっけ? あれもかっこよかったね」
「本当だよ! なんなの、あれ!?」
真弥が、どこかうっとりとした様子で、誰とはなしに同意を求めると、蘭が大きく頷き、幸多を見た。
闘衣を始めとするF型兵装に関する情報は、昨日のアルカナプリズム事件に関する報道を皮切りとして、戦団が公表したものだ。
観客の全員が意識を失っている中で行われた幸多たちと妖級幻魔サイレンの戦闘の模様は、しかし、映像として記録に残されており、その映像が各種情報媒体を通して央都市民の目の当たりにするところとなっている。
その際、幸多が使用した武装について、戦団は、ある程度の情報を開示したのだ。それがF型兵装、あるいは幻型兵装と総称する装備群であり、闘衣と白式武器に関する情報である。
魔法不能者たる皆代幸多が如何にして妖級幻魔サイレンを斃したのか、世間は、そこに大きな関心を寄せ、戦団が開発した新兵器の数々に興味津々だった。
幻型兵装の実態に迫る、などという特集が様々な情報媒体で組まれては、的外れな性能予想が世間を賑わせていた。
そんな最中にあって、幸多は、友人たちも当然のように幻型兵装に興味を持っているのだと改めて理解した。
「闘衣もそうだが、武器も、なんだありゃ? 幻魔にゃ通常兵器は効かないんじゃなかったのか?」
「だから、さ。通常兵器じゃないんだよ、あの武器」
「うん?」
「幻魔に通用するのは魔法だけだっていわれてるし、あの武器もきっと、魔法となにか関係があるんじゃないかな。どう?」
「どう、って言われても、ねえ」
幸多は、蘭の両目が爛々《らんらん》と輝く様を見て、顔を思い切り逸らした。幻型兵装に関する詳細な情報など、幸多が迂闊に話していいものではない。
「だよねえ。答えられるわけないかあ」
蘭は、幸多に迫るため浮かせていた腰を椅子に戻すと、思い切り残念そうに息を吐いた。
幸多は、蘭のために答えてやりたいと思ったが、しかし、ここは心を鬼にするべきなのだ、とも、考え直した。話したところでどうなるものとも思えない。超周波振動など説明したところで一般市民にはどうしようもなければ、企業が再現できるものでもないのだろうが、とはいえ、戦団の最重要機密である。幸多が友人たちに漏らすことなど、許されることではない。
戦団が明らかにしていない情報ならば、尚更だ。
幸多は、全自動配膳機・膳自動くんが運んできた料理に目を向けながら、そんなことを想った。
閃光級三位に昇級したことについては、昨夜、統魔からも詰られたことを思い出す。
統魔は、破竹の勢いで昇級に次ぐ昇級を繰り返し、現在の階級にまで上り詰めている。八ヶ月あまりで輝光級三位に昇級したのは、統魔が初めてだった。戦団結成後、階級制度が設けられて以来最速の記録である。
そんな統魔の昇級間隔を塗り替えようという勢いなのが、幸多だ。
入団から一週間と少しばかり。
そんな短期間で一気に閃光級三位まで昇級した導士は、過去に一人としておらず、まさに超新星のようだ、と、統魔はどこか呆れるように言ったものだ。
超新星という言葉は、圧倒的な速さで昇級し続けた統魔を言い表すものとして、央都市民の間で用いられていた。
「早く上がってこいとはいったが、それにしたって早すぎだろ」
しかし、一方でなんともいえない嬉しそうな表情も見せるのが、統魔だった。
「ま、おまえなら申し分ないけどな」
統魔は、そういって、いつになく満面の笑みを浮かべたのだった。




