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第百八十一話 昇進

 昇進。

 執務室に足を踏み入れるなり、伊佐那美由理いざなみゆりが開口一番に告げてきた言葉には、幸多こうたも当惑せざるを得なかった。

 挨拶をしようとした矢先のことだ。

 美由理は、いつも通りの鋭いまなざしで幸多を射貫いぬくように見つめながら、一枚の幻板げんばんを彼の前に移動させた。端末によって出力され、空間に投影される情報板は、空中を自在に移動させることができるし、変形させることも、固定させることができる。

 幻板には、美由理の発言通り、幸多の昇進を伝える文面が記載されており、戦団総長・神木神威こうぎかむいの署名もあった。

「戦団上層部は、きみが閃光級三位に値する導士どうしである、と認定したのだ」

「閃光級三位……ですか」

「そうだ。不満か?」

「ま、まさか、そんな……」

 そんなことあるわけがない、と、幸多は強くいいたかったが、それ以上の驚きがあって、言葉を喉に詰まらせてしまった。

 幻板に表示された辞令は、確かに皆代みなしろ幸多の閃光級三位への昇進を示すものだった。

 導士の階級は、灯光とうこう、閃光、輝光きこう煌光こうこう星光せいこうという五つの階級あり、星光級を除く四つの階級には、三位から一位までの位がある。星光級は、最上位の階級であり、同時に星将に任じられるためなのか、煌光級以下の階級と同じような位はなかった。

 全ての導士は、灯光級三位から導士としての道を歩み始めることになり、任務を積み重ね、戦功を積み上げることによって、戦団上層部による厳正なる審査の元、昇位、あるいは昇級することができるのだ。昇位、昇級を昇進と総称することもある。

 導士になったばかりの幸多は、当然、灯光級三位であり、その階級を示すのが制服の胸元に輝く星印である。星印は、所属部署と階級によって形状と色が変わるのだが、いま幸多が身につけている星印は、戦務局所属を示す黒色で、灯光級三位を示す一つ星の形をしている。

 通常、昇進といえば、一つの位ずつ、と相場が決まっているものだ。

 異例の速さで輝光級まで上り詰めた統魔とうまだって、灯光級三位から、二位、一位と上がっていき、閃光級三位となったのだ。それからさらに昇進を重ね、いまでは輝光級二位である。

 これは戦団史上最速の昇進速度と言われており、実際その通りなのだが、それはつまり、それだけ統魔が活躍したという証明でもあった。

 幸多は、幻板に表示されている戦団上層部からの辞令を見つめながら、冷静さを取り戻していく。

「きみは、入団以来、下位獣級幻魔(じゅうきゅうげんま)二体、下位妖級(ようきゅう)幻魔一体を撃破し、また、昨日の事件では、大人数の救助を行っている。戦団戦務局戦闘部は、実働部隊であり、幻魔と戦うことこそが本分とされるが、それが全てではないことはきみも知っているだろう。央都おうとに生きる市民の、人々の命を守ることこそ、もっとも重要な役目であり、我々の存在意義だ。きみが昨日、あれだけの人数を助けたことは、とても素晴らしいことなのだよ」

「でもそれは、師匠の力があればこそ、ですよね」

「それはそれだ。いっただろう、わたし一人では、全員を助けることは不可能だった、と。きみがいて、きみがあれだけの力を発揮してくれたからこそ、誰一人死なせることなく、あの場を収めることができたのだ。確かにわたしがいたからこその結果だが、きみがいなければならなかったのもまた、事実だ。きみが評価されるのは、当たり前のことであり、正当なものだよ」

 それに、と、美由理は別の幻板を幸多の元へと送り込み、続ける。

「きみは、戦団に入るまでに何十体もの幻魔を討伐している。いずれも獣級下位だが、幻魔討伐は幻魔討伐だ。それらはきみが魔法不能者であるが故に、表向き魔法士まほうしの手柄として処理されているが、戦団上層部は、これらの事実を明らかなものとし、きみの戦功とすることを決めた」

 幸多の手前に移動してきた幻板には、戦団上層部が幸多の戦功に組み込まれた数々の戦歴が記されていた。幸多が、戦団に入るために必要なこととしてやってきた数々の幻魔との戦い、そのほとんど全てだ。それは必ずしも幸多一人の戦果ではない。幸多が止めを刺しただけのものもあるのだが、とはいえ、概ね間違っていなかった。

 幸多は、一般市民のころから、幻魔と戦ってきていて、数多の獣級幻魔を屠ってきていた。だからこそ、獣級下位の幻魔を相手にして、強気でいられたのだ。

 美由理がそれらの情報を知ったのは、今年の四月上旬のことであり、それまでは知る由もないことだった。当然のことだ。多忙の身である軍団長には、一般市民の魔法不能者の活躍など、知りようがなければ、その必要もない。

「どうも、戦団上層部――特に総長だが――は、きみを一刻も早く輝光級にまで昇進させたいようだ」

「それは……」

 幸多が言い淀んだのは、戦団総長・神木神威から直接伝えられた考えの数々を思い出したからだ。

 魔法不能者であり、幻魔との戦闘においてなんの役にも立たないどころか、ただ足を引っ張るだけの存在であろう幸多を率先して小隊に引き入れようという奇特な導士などいない、というのが、神威の意見だった。そして、小隊に入ることが出来なければ、主立った任務に出ることなど出来るわけもなく、昇進することも夢のまた夢だ。

 どれだけ幸多の身体能力が高かろうと、その能力を発揮することが出来なければ意味がない。ましてや、そのための小隊を組むのは、幸多自身が小隊長にならなければならない、と、総長は断言した。そしておそらく、それが道理であり、実情なのだろう。

 だが、小隊長になるには、輝光級以上の階級に上がるしかない。

 これは、並大抵のことではなかった。統魔ほどの実力を持った魔法士であっても一朝一夕になれるものではないし、完全無能者の幸多ならばなおさらだ。

 だからこそ、神威は、幸多の過去の戦績を適用し、幸多を早急に昇進させるというようなことを考えている、といった。

 そうすることで一刻も早く幸多を小隊長にさせ、小隊を組ませようというのだ。

 それは、幸多の能力を発揮するためであり、生存率を高めるためであるとともに、他の小隊に所属する導士たちの足を引っ張らないようにするためでもあった。

 そして、F型兵装(えふがたへいそう)

 これも総長からその存在を匂わされたものであり、幸多は、そのおかげで幻魔と戦う力を得たのだから、神威には頭が上がらない気分だった。

 幸多は、そのことを掻い摘んで美由理に伝えた。すると、美由理が虚を突かれたような顔を見せた。氷の女帝には、めずらしい表情だった。

「なに? 総長から直接聞いていただと? なぜそれを早くいわない?」

「それは……F型兵装の話もありましたし……」

 幸多は、美由理に睨めつけられ、しどろもどろになりながら言い訳をした。

 美由理には、神威と手合わせしたということは話したし、そこでイリアの話を聞いた、ということも話しているのだが、神威との会話の中で聞かされた幸多の取り扱いに関する物事については、なにも伝えていなかった。

「でも、いきなり閃光級三位って、いいんですかね?」

「……前例はないが、なければ、きみが前例になればいい。それだけのことだろう」

 美由理は、事も無げにいって、幸多を茫然とさせた。幸多には、憧れの対象であり師でもある彼女の言葉は、誰よりも強い衝撃を伴って響くのだ。

 激しく、強く、胸を打つ。

「魔法不能者の戦闘部導士という前例になったように、魔法不能者でありながら妖級幻魔を討伐したという前例になったように、な」

 美由理は、無責任にいったわけではない。幸多が既にいくつもの前例を作ってきたという実績を踏まえて、いったのだ。幸多は、ただの魔法不能者ではない。完全無能者という特異かつ希有な存在である。例外というほかないのだ。 

 だからこそ、美由理は、彼を支えなければならない、と、思っている。

「きみはいま、道なき道を歩んでいる。きみの進む先は、常に例外ばかりだ。何事にも前例はなく、故にきみが先駆者となる。きみが最先を行くのだ。きみの切り開いた道に続くものが現れるのかどうか、それは、きみの活躍次第だろうが」

「ぼくが先駆者……」

 幸多は、拳を握り締め、美由理の言葉に感じ入っていた。胸の奥が熱くなる。尊敬する師であり、憧れの導士である美由理にそこまでいわれれば、やる気も出ようというものだ。

 美由理は、椅子から離れると、幸多に歩み寄った。

「これからはこちらを付けたまえ。閃光級三位の証だ」

 そういって、美由理が幸多に手渡したのは、星印である。戦務局所属を示す黒基調なのは変わらないが、閃光級を示すように二連星となっている。

 ちなみに、輝光級は三連星で、煌光級は四つの星が四角形を形作るようになっており、星光級――つまり星将の星印は、五芒星である。

 幸多は、胸元の星印を外すと、代わりに美由理から受け取った閃光級三位の星印を付けた。

 それだけで、なんだから力が湧いてくるような気がしたのは、きっと気のせいだろうが。

「うむ。いいな」

 美由理は、星印を付け替え、背筋を伸ばした幸多を見て、微笑んだ。


 そして、それから、幸多は再び第四開発室に戻り、幻想訓練に勤しんだ。

 昨日の実戦で、はっきりと理解したことがあった。

 幸多自身が武器の扱いに慣れていないという覆しようのない現実だ。

 F型兵装白式武器には、様々な種類の武器がある。それら武器の内、もっとも使いやすそうなのは剣型の武器だが、その剣もただ振り回していればいいわけではない。

 全力で振り回したところで当たらなければ意味がなかったし、避けられれば大きな隙になる。

 幸多は、これまでの人生で、武器を使うということなど考えたこともなかった。人間相手ならばまだしも、幻魔相手に武器が通用するわけがないという常識があり、前提があるからだ。

 ならばどうやって幻魔と戦うつもりだったのかといえば、いまとなっては頭を抱えたくなる問題なのだが。

「F型兵装を用いた訓練が総合訓練所でも行えるように準備中だから、それまではここで我慢してくれ」

 とは、伊佐那義流(ぎりゅう)の弁。

「我慢だなんて、そんな」

 幸多は、研究員たちに気を遣わせているような気分になって、なんとも言えない顔になったものだった。

 幻魔の再現体を相手に剣を振り回し、槍を扱い、斧を叩きつけ――とにかく、武器の扱い方というものを体に馴染ませていく。

 もちろん、我流であり独学だったが、それでは良くないこともわかっていた。

 とはいえ、この魔法社会において、武器の扱い方を教えてくれる人間などいるものだろうか、などと、幸多が考え倦ねていると、幻想空間に現れた人物がいた。

 美由理である。

「師匠?」

 幸多は、突然、なんの前触れもなく現れた師の姿を見て、思わず見惚みとれてしまった。美由理の美貌が完璧に再現された幻想体は、それこそ、圧倒的な魔力を持っていたのだ。導衣の着こなしも美しいが。

「伊佐那流魔導戦技(まどうせんぎ)は、魔法の本流にして武芸百般ぶげいひゃっぱんに通ず。わたしがきみに戦い方の基礎を教えるのは、師として当然のことだろう」

 美由理は、幸多の反応などお構いなしに、無数の立方体で構成された戦場に降り立つなり、魔法の剣を生み出した。


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