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第百八十話 あまりにも突然の

「きみの身体能力って、本当に凄いわ」

 日岡ひおかイリアが幸多こうたに賞賛の言葉を贈ったのは、第四開発室でのことだった。

 事件から一夜明け、アルカナプリズムのライブコンサートで起きた一連の幻魔げんま災害は、央都おうとの秩序及び平穏を乱しかねない重大な事件として、大々的に報道され、一般市民を不安に駆り立てていた。

 誰もが幻魔災害の恐ろしさを再認識することになったのは、大社たいしゃ山頂野外音楽堂が周囲一帯の施設丸ごと消滅し、山頂に巨大な穴が穿たれたからだ。その映像を見れば、鬼級おにきゅう幻魔の力の強大さを実感できるというものだろう。

 もっとも、央都市民ならば、幻魔災害の恐ろしさそのものは理解しているはずだった。

 ほとんどの市民は、幻魔と遭遇したことはなくとも、しかし、幻魔災害の発生に伴う警報音を聞き、非難したことはあるはずだった。幻魔災害に巻き込まれた人も少なくはないだろうし、家族や友人を幻魔に傷つけられたり、殺されたりした市民も数多い。

 だが、幻魔災害が日常的に発生するようになり、戦団が早急に討伐し、解決するものだから、どこかで感覚が麻痺していたということもあるに違いなかった。

 その結果、昨夜から今朝にかけての大混乱がある。

 ネット上には、様々な情報が錯綜していて、中には戦団を非難する声もあった。戦団が鬼級幻魔を取り逃した結果がこの有様なのではないか、という糾弾である。

 もっとも、今回の幻魔災害に関する戦団の対応は適切だったと考える市民の数のほうが圧倒的であり、非難の声は押されつつある。

 戦団よりも、昂霊丹を販売していた製薬会社・新星しんせい薬品への非難のほうが強烈なものになりつつあり、昂霊丹の販売を認可した央都政庁への批判も高まっている。

 昂霊丹の大量服用が天野光あまのひかるの死因であることは、関係者の証言などから明らかだったし、そもそも、天野光は、昂霊丹の服用を公言していたのだ、という。昂霊丹のおかげで魔法不能障害を克服し、復帰することができたとインタビューで語っており、昂霊丹の開発者と親しげに語り合っている記事も、ネット上に上がっていた。

 新星薬品が天野光を殺したのだ、という過激な意見が出れば、それを後押しする熱烈なファンたちが世論を形成していく。

 そして、昂霊丹の服用を止めなかった所属事務所ミューズハートに対する批判へと至り、現在、ネット上は混迷を極めている。

 一方、幸多は、そのような問題とは無縁のところにいるのだが、注目を浴びてもいた。

 元より、魔法不能者の戦闘部導士(どうし)ということで注目されていた幸多だが、初任務で獣級じゅきゅう幻魔ケットシー二体を討伐したことで、俄然関心を持たれるようになっていた。

 そこへ、今回の事件である。

 幸多が、魔法不能者の身の上でありながら、戦団の最新装備を用い、妖級ようきゅう幻魔サイレンを討伐したという事実は、大々的に取り上げられ、報道されていた。映像も上がっている。幸多が九十九つくも兄弟との連携によってサイレンを撃破した動画は、様々な反響を呼んでいた。

 戦団の広報部の仕掛けでもあるのだろうが、幸多の活躍に関する報道の多さはとんでもないものであり、幸多の携帯端末は、友人たちからの通知で鳴り止まないくらいだった。

 圭悟けいごたちは、もちろん、無事だった。あの場にいた観客の一人として負傷していないのだから当然だが、幸多は、彼らの無事な姿を見て安堵したものだった。

 あの後、意識を取り戻した圭悟たちは、現場に到着した幻災隊げんさいたいの導士たちに連れられていったため、幸多と言葉を交わす暇もなかった。

 圭悟たちが幸多の活躍を知ったのは、その事実が報道されてからのことだったのだ。

 だからこそ、幸多の携帯端末は鳴り止まず、夜中の間中、友人たちと話し込むことになったのだ。

 そして、統魔とうまとも話し込むことになったのは、いうまでもない。

 統魔は、現場から遠く離れた葦原市あしはらし南海区なんかいくにいたこともあり、急行することができなかった、と、済まなそうな顔をしていた。

 当然だが、統魔に出動命令は出ておらず、彼が謝ることなどなにもないのだが、そう言わざるを得ないという気分だったのだろう。

 逆の立場ならば、幸多もそういって謝ったかもしれない。そして、統魔に罵倒されるのだ。幸多に助けられることなどありえない、と。

 統魔ならば、幸多を助けられる。

 実際、助けられている。

 だからこそ、幸多は、幻魔と戦える力を欲しているのだし、第四開発室の全面的な支援に感謝しているのだ。

 統魔と並び立てるだけの力が欲しいが、それが無理でも、せめて、足手纏いにならない程度にはならなくてはならない。

 その最低条件を満たすことが出来そうなのが、このF型兵装(えふがたへいそう)であり、白式はくしき武器である――と、幸多は、第四開発室の一角に設置された調整機に横たわりながら、幻板げんばんに表示されている様々な武器を見て思うのだ

 白式武器とは、F型兵装における武器群の中でも、近接戦闘用の武器群のことをいう。二十二式両刃剣にじゅうにしきりょうじんけん二十二式大太刀にじゅうにしきおおだちがそれに当たる。

 ちなみに、白式の白とは、白兵戦から取られており、二十二式というのは、作られた年であるらしい。今年は魔暦二百二十二年だから、二十二式なのだ。

「きみがいま使ってる闘衣とういが試作品なのは、説明した通り。きみのために作ったものでもなければ、まだ色々と調整不足なのも否めないわ。昨日の戦闘では、きみ自身の能力の高さが大いに発揮されたというわけよ」

 イリアは、手元の端末を操作することで、室内を満たす様々な機械に命令を送っている最中だった。目の前の幻板に表示されているのは、昨日の実戦において闘衣が取得した情報であり、幸多の身体能力の高さが窺えるものばかりだった。

 幸多の身体能力が極めて高いということは、とっくにわかりきっていたことであったし、だからこそ、彼が窮極幻想計画きゅうきょくげんそうけいかくの一端を担う人材として認められ、戦闘部に入ることも許可されたわけだが、それにしたって凄まじい数値といわざるをえない。

 魔法によって身体能力に補正のかかる魔法士とは違い、幸多は、素の身体能力、動体視力、反射が極めて優秀なのだ。この点において、幸多に敵う人間は、いないだろう。

 星将たちですら、魔法を用いず正面からぶつかり合えば、どうなるものか。

 それだけの身体能力があっても、一定以上の等級の幻魔には歯が立たない。

 当然だ。

 幻魔には、通常兵器は通用しない。どれだけ強靭な肉体を持ち、身体能力が高かろうと、全く以て意味を為さない。

 故にこその窮極幻想計画であり、F型兵装なのだ。

「そして、きみは、F型兵装の実用性を実証した。妖級幻魔を討伐して、鬼級幻魔にも通用することを証明して見せたわ。それは、開発室に籠もっているわたしたちには出来ないことで、素晴らしいことよ」

 イリアは、幸多を手放しに賞賛する。

 幸多は、闘衣を身に纏い、白式武器を手にして、幻魔に立ち向かった。妖級幻魔サイレンを撃破し、特別指定幻魔弐号こと鬼級幻魔バアル=ゼブルに攻撃を叩き込んだのだ。

 それも数字と情報だけで構成される幻想空間ではなく、現実世界で、だ。

 もちろん、F型兵装は、開発が開始されてからというもの、幻想空間での実験を何度も繰り返してきており、現実世界においては、幻魔の死骸を利用した実験を行ってきていた。そうした数々の実験の成功によって、実用にたると判断されたからこそ、幸多に試作品を提供したのだ。

 とはいえ、実際に生きている本物の幻魔を相手に使用したことはなく、本当に通用するものかどうかは、使ってみるまではわからなかった。

 数々の実験結果は、絶対に通用すると証言しているが、幻想空間と現実空間、死骸と生体ではなにかしら違いがあるかもしれず、その差違がF型兵装にとって致命的なものになる可能性も考えられたからだ。

 だが、通用した。

 イリアを筆頭とする第四開発室が組み上げた理論は正しかったのだ。

 超周波振動によって魔晶体ましょうたいが構造崩壊を起こすことが立証され、F型兵装の実用性の高さを確かなものとした。

 それを証明したのは、紛れもなく幸多であり、第四開発室は、昨日の戦闘結果を知るなり、歓喜に包まれたものだった。

 誰一人として第四開発室の理論や、それを元に作り上げたF型兵装に疑念を抱いてなどいなかったが、それでも不安がないわけではなかったのだ。

 幸多がサイレンを撃破し、バアル・ゼブルと交戦した上で生き残ったことで、その不安が吹き飛んだ。

 以来、第四開発室の研究者たちのやる気は俄然膨れ上がっており、いつにない意欲と興奮、昂揚感が開発室全体を包み込んでいた。

 そうした空気に包まれた開発室に幸多が姿を見せたのは、つい一時間ほど前のことであり、そのとき、研究員一同、幸多を取り囲み、感謝さえしたものだった。

 幸多は、そんな研究員たちにこそ感謝をしたかったものだから、なんともいえない不思議な気分になった。第四開発室とF型兵装のおかげで昨日の戦いを切り抜けることができたのは、疑いようのない事実だった。

 もし、F型兵装がなければ、幸多はサイレンをたおせなかっただろうし、バアル・ゼブルに殺されていたのではないか。

 闘衣は、幸多の身体能力を大きく引き出していた。とても試作品とは思えないほどの性能であり、そのおかげで一命を取り留めたのは間違いなかった。

「ぼくがいまこうして生きていられるのは、きっと、F型兵装のおかげです。感謝したいのは、ぼくのほうですよ」

「ふふ、お互い様ってことね」

「そう……ですね」

「これからもよろしくね、幸多くん。わたしたち第四開発室は、きみを全面的に支援するから、大船に乗ったつもりでいてくれていいわよ」

 イリアが胸を張っていった言葉は、幸多にはこの上なく心強いものに感じられた。

 幸多のような魔法不能者が幻魔と戦っていくには、やはり、それ相応の準備が必要であり、支援者、協力者が不可欠なのだ、と、彼は実感するのだった。

 そして、イリアを始めとする第四開発室の研究員たちへの感謝を心の底から思うのだ。

 人は、一人で生きていける生き物ではない。

 そんな当たり前のことを確信する。


 それから、幸多は、第七軍団兵舎に向かった。

 軍団長にして師匠である伊佐那美由理いざなみゆりに呼び出されていたからだ。

 第四開発室では、今頃、昨日の戦闘情報や幸多の生体情報を元にしたF型兵装の再調整が行われているのだろう。再調整したF型兵装が使えるようになるまで数日はかかるようだが、それまでは現在の装備を使えばいいだけのことだ、という話だった。

 幸多は、氷の城の門を潜り抜けて兵舎に入り、真っ直ぐに軍団長執務室へと赴いた。

 室内に招かれると、美由理は、執務机に向き合っていた。端末を操作し、幻板と睨み合っている。いつも通りの氷のような表情だが、それが美しい。

 美由理が顔を上げ、幸多を確認するなり、口を開いた。

「上層部が、きみを昇進させると言ってきている」

「はい?」

「昇進だよ、昇進。嬉しくないのか?」

「あ、いえ……そういうわけではなくて」

 あまりにも突然のことで、幸多は、どういう反応をすればいいのか分からなかった。


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