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第百七十九話 結末(二)

 アルカナプリズム復活祭は、最悪の形で結末を迎えた。

 二年に及ぶ休止期間を経て、熱烈なファンたちの待ちに待った復活は、央都おうと全体を熱狂に包み込むお祭り騒ぎの様相を呈していた。ファンですらない央都の一般市民ですら、その熱狂に飲まれるようであったし、様々な情報媒体が、アルカナプリズムの復活を煽り、期待し、興奮するかのように差し向けていた。

 アルカナプリズムは、央都市民の誰もが知るロックバンドであり、音楽業界の革命児であり、革新をもたらす存在とうたわれるほどの人気と実力を兼ね備えていたという事実もあるのだろうが、業界全体が彼らを利用していたという側面もあるに違いない。

 しかし、この二年余り、復活を待ち望まれ、応援され続けていたというのも紛れもない事実だ。

 そして、その結末がこのような形になることなど、誰一人望んでいなかったことだろう。

 復活記念ライブが行われた野外音楽堂が跡形もなく消滅し、その場に巨大な穴が穿たれているだけの映像や写真がネット上に出回り、また、各種情報媒体、報道機関で取り扱われた。

 鬼級幻魔おにきゅうげんまバアル・ゼブルの現出に伴う戦団導士(どうし)との戦闘の結果である、と、戦団は公表し、報道された。この戦闘における死者は、導士八人。一般市民の死傷者は一人としていなかった。

 アルカナプリズムのボーカル、ヒカルこと天野光あまのひかるは、幻魔によって殺されたわけではないため、幻魔災害の死者に含まれなかった。

 彼の死因は、昂霊丹こうれいたんの大量服用に伴う魔力の暴走によるものであると断定され、公表された。

 元より昂霊丹の服用者が突然死する事例が相次いでいたこともあり、この報道によって、昂霊丹の発売元である製薬会社・新星しんせい薬品への非難が爆発的に増加することとなった。

 ただでさえ死者が出ていたというのになんの対策もせず、注意喚起すら怠っていたという事実が、新星薬品への非難のみならず、誹謗中傷までも加熱させる理由となった。

 だが、アルカナプリズムが復活することができたのは、ヒカルが昂霊丹を服用していたからであり、それによって魔法不能障害を乗り越えることができたからだという事実もある。そのため、ネット上には様々な意見が飛び交っており、新星薬品を擁護する声も、少ないながらも存在した。

 戦団情報局は、そんなネット上の意見とは無関係に新星薬品の調査を行い、昂霊丹に関連する資料を押収、関係者の事情聴取を行っている。

 そして、その結果、戦団情報局は、大いに頭を悩ませる羽目となっていた。

「一体、どういうことだ? なにがどうなっている」

 上庄諱かみしょういみなは、上がってきた情報に目を通し、頭を抱えたくなるような気分になっていた。机上の端末が出力する幻板げんばんには、新星薬品への調査によって明らかになった情報の数々が克明に記されている。

 昂霊丹の開発責任者から、新星薬品の社長に至るまで、関連する全ての人間への事情聴取は、素早く執り行われた。

 そして、その結果、明らかになったことと言えば。

「まったく、わかりませんな」

 城ノ宮明臣(じょうのみやあきおみ)も、渋い顔で、局長執務室の豪華な机の上空に浮かぶ無数の幻板を見ている。

「これはどういうことなのでしょうな」

 明臣は、幻板の一つを睨み据える。

 そこには、昂霊丹の開発責任者、開発チーム主任・三代沢剛みよさわつよしの証言が記述されているのだが、その証言というのは、要領を得ないものだった。

 昂霊丹は、魔法不能障害の治療薬を研究し、開発を進めた上で誕生したものである、と、認めているものの、だれがいつどうやって完成に漕ぎ着けたのか、まったくわからない、というのだ。

 無論、新星薬品の社内資料には、昂霊丹の開発者の名は記されているのだが、開発者たちの証言も同様に不明瞭であり、正確性に欠けるものばかりだった。誰もが己の記憶に自信がないとでもいうような反応なのだ。

 不明瞭な証言の数々から考えられるのは、彼らの記憶が混濁しているということだ。そして、その原因として考えられることといえば、一つしかない。

「……魔法による精神支配」

 諱は、数々の証言と情報を精査した結果、その結論を導き出した。

 魔法は、万能に極めて近い技能だ。火を起こし、風を生み、水を流し、大地を揺らすことくらい朝飯前だったし、心に作用するような魔法も存在する。

 それこそ、魔法による精神支配だ。

 俗に精神魔法とも呼ばれる、他者の精神を支配し、思うままに操る魔法は、魔法時代の黎明から今日に至るまで、二百年以上の長きに渡って研究されてきている。そして、精神魔法を利用した魔法犯罪は、過去から現在に至るまで数多く記録されていた。

 魔法によって精神を支配された人間は、その支配が解かれた瞬間、支配されている間の記憶を忘却することがある。少なくとも、定かではなくなるということが多いのだ。

 新星薬品の昂霊丹関係者の証言の数々は、それを裏付けるものであり、そしてそれは、アルカナプリズムの所属する芸能事務所ミューズハートの関係者にも通じるものだった。

 アルカナプリズムがデビューしたのは、およそ四年前、魔暦二百十八年のことだが、アルカナプリズムのメンバーがミューズハートに所属したのは、六年前のことである。その直後からプロジェクト・アルカナプリズムとして動き出したというのだが、いずれの関係者の証言も不明瞭かつ曖昧であり、まるで煙に巻かれるような感覚に陥るものばかりだった。

 誰もが、アルカナプリズムのことを正確に覚えていないのだ。

 アルカナプリズムのメンバーですら、自分たちの活動を思い出せないような、そんな有り様だった。

 通常、ありえないことだ。

 あり得ないことだが、情報局が全力を上げて調べ上げた結果がそれなのだから、認めるしかない。

 それが、事実なのだ。

 諱は、難しい顔をしながら、端末を操作する。このアルカナプリズム復活祭の予期せぬ結末によって暴かれた真実は、今後、さらなる発展を見せる可能性があった。

「ミューズハートのプロジェクト・アルカナプリズムも、新星薬品の昂霊丹も、一つの目的のために動いていた、と考えれば辻褄が合う……が」

「そんな大それたことをできる魔法士まほうしが、この央都にいるかといわれると、難しいところですな」

 明臣は、幻板に映し出されている情報の数々を見つめながら、嘆息した。

 精神支配の魔法は、極めて高度な魔法である。並大抵の魔法士に使えるものではなく、使えたとしても、一人二人を同時に支配するので精一杯だろう。三人以上の人間の精神を同時に支配できるのだとすれば、それは並外れた魔法技量の持ち主といっていい。

 星将級とはいわないまでも、極めて高位の導士に匹敵するだろう。

 しかし、今回の事件には、三人どころでは済まない数の人間が関わっている。数十人単位の人間の精神を同時に支配するなど、人間業ではない。

 少なくとも、それだけの魔法技量を持った人間がいれば、戦団が見逃さないわけもなく、声をかけないはずもなかった。

 そして、もし戦団への勧誘を断られたとしても、要監視対象となっているはずだ。

 央都には、そのような監視対象が何人もいて、常にその動向を注視している。

 戦団に所属しない極めて優秀な魔法士には、そういう対応をせざるを得ないのだ。

 それもこれも央都の治安のため、秩序のため、市民の平穏のためである。

 そのような要監視対象の過去の活動を精査しても、ミューズハートや新星薬品との関連性を見出すことはできなかった。

 そもそも、これほど大規模な精神支配魔法を使うことの出来る魔法士など、想像もつかない。仮にできたとしても、一時的なものだ。長期間、何年もの間に渡って支配し続けるなど、ありえない。

「ではやはり、幻魔……か」

「ほかに考えられませんが……」

 諱は、明臣と見つめ合い、互いに渋い表情をした。

「だとすれば、最悪だな」

 諱の結論に明臣も頷くほかなかった。

 特別指定幻魔壱号(いちごう)の暗躍が確認されるようになって、十年以上が経過した。

 その間、特定壱号ダークセラフが幻魔災害を発生させていることがわかり、戦団は、ダークセラフ討伐のために全力を上げてきた。しかし、一向に成果は上がらず、幻魔災害の発生頻度は上がり続けている。

 ダークセラフを捉えることは至難の業なのだ。

 ダークセラフは、その固有波形が観測された直後には姿を消し、幻魔災害を引き起こしていることがほとんどだった。長時間、その場に留まると言うことがない。だから、捉えられない。

 そして、そんなダークセラフ打倒のために常に一定以上の戦力を央都に確保しておかなければならないのは、戦団にとって、いや、人類復興にとっての大いなる損失にほかならない。

 ダークセラフは、鬼級幻魔に類別される。並大抵の導士では太刀打ちできない。最低でも煌光級以上の導士が望ましく、できれば星将を当てたいところだ。それも複数名の星将が最善だろう。

 故に、戦力の多くを外征に割くことができず、人類の版図を拡大することができずにいるのだ。

 さらに最近、特定弐号が増えたことも戦団の頭痛の種になっている。

 特定壱号や弐号のように、央都の闇に潜む鬼級幻魔がほかにいたとしても、おかしくなくなってしまったからだ。

 また、天使型幻魔という存在もある。

 この世は、幻魔の世界だ。

 魔天創世まてんそうせい以来、地には幻魔が満ち溢れており、鬼級幻魔の数も増大しているのだ。幻魔にとって餌でしかない人間の住処である央都に隠れ潜んでいたとしても、なんら不思議ではなかった。

 そしてそれは、ダークセラフとバアルの存在が裏付けしてしまった。

 だからこそ、戦団は、さらなる厳戒態勢を央都全土に敷いているのだが、それでも、既に鬼級幻魔が暗躍していたという事実には、戦慄を覚えざるを得ない。

 魔法によって精神支配され、使い魔とされた人々が、いまも幻魔のため、なんらかの目的のために活動している可能性は捨てきれなかった。

 央都の闇に蠢く事態が、もはや深刻極まりないものとなっているのだとしても、なにもおかしくはない。

「かくなる上は、一度、全てを洗い出す」

「……御意に」

 明臣は、諱の覚悟と決意を受けて、首肯するよりほかなかった。

 新星薬品やミューズハートのように精神支配を受けている企業や組織、集団が、ほかにも央都に存在し、活動している可能性があるのだ。

 そうである以上は、諱の言う通り、あらゆる情報を洗い出し、全てを徹底的に調査するしかなかった。

 そうしなければ、情報局に安穏たる日々は来ない。

 


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