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第百七十一話 復活祭(五)

 サイレンの歌声は、まさに七色だ。

 超低音から超高音まで自由自在であり、それらが幾重にも折り重なるようにして収束し、幸多こうたを襲った。舞台を蹴って飛び上がった幸多の全身に叩きつけられたのは強烈な音波であり、闘衣とういを浸透し、体を突き抜け、臓腑へと至る。

 そして、貫通していった。

 幸多は、といえば、何事もなかったかのように、サイレンの美しくさえある肢体を捉えている。

 サイレンの双眸そうぼうが大きく見開かれ、赤黒い輝きが増す。音波攻撃が通用しなかったことに驚いたのだろうが、幸多は、そんな反応などどうでも良かった。

 相手は、妖級幻魔ようきゅうげんまだ。

 ただ、たおさなければならないという一心で飛びかかっている。

 そして、幸多は、サイレンの喉元を狙って両刃剣りょうじんけんを突き入れようとしたが、幻魔の頭部に生えた翼が、その進路を塞いだ。二枚の翼を重ねるようにして盾とし、斬魔ざんまを受け止めたのだ。激突の瞬間、衝撃が幸多の両手に伝わった。

 二十二式両刃剣・斬魔が刀身から発生させた超周波振動が、その一撃を、サイレンの強固な翼の盾をも貫かせた。

 幸多は、その瞬間、構造崩壊とはこのことかと理解した。妖級幻魔の堅牢な魔晶体を刀身が突き破ったのだ。通常兵器では考えられないことだ。

 が、しかし、斬魔の切っ先は、サイレンの喉元に触れることができただけで終わった。サイレンが思い切り翼を開くことで、強引に幸多を弾き飛ばしたからだ。

 幸多は、舞台上に叩きつけられたが、すぐさま跳ね起きて、その場から飛び退った。衝撃波が舞台に大穴を開ける。

『サイレン、気絶音波から破壊音波に切り替えよった。幸多くんには気絶音波が通じんことがわかってしもたんやね』

 木村果奈子きむらかなこがサイレンの切り替えの速さに感心する中、幸多は、幻魔が空中を飛び回る様を見ていた。高度を上げ、幸多との距離を取る。

 地上十メートルほど。

 まだまだ幸多が飛びかかれる高さではあるが、距離がどんどん開いていく。

『サイレンの魔晶核ましょうかくの位置、わかってるやんな? 喉の奥やで』

「はい、わかってます」

 だから、最初に喉を狙ったのだ。

 戦団が集めた幻魔に関する情報は、一般市民でも確認することができたし、幻魔の能力や弱点、つまり魔晶核の位置も詳細に知ることができた。

 幻魔の能力を知っておくことは、幻魔災害が発生した際、遭遇した場合の生存率をわずかでも高めることに繋がるからだ。

 そのおかげで、幸多は、サイレンの急所を知っている。

『さすがうちらの希望の星や!』

「は、はい!」

 床を蹴って左に飛べば、先程立っていた場所が衝撃波によって撃ち抜かれ、穴が開いた。衝撃波の威力はとてつもなく強力であり、気絶音波とは比較にならないものだ。

 木村果奈子が気絶音波と呼称した攻撃は、つまるところ、人間を昏倒させることを目的とした魔法攻撃だろう。だから、人体そのものを破壊するのではなく、人体を構成する魔素に作用し、意識を奪うのだ。

 一方、破壊音波は、対象を破壊することを目的とした魔法攻撃だ。当然、魔素に作用するのではなく、触れるものを破壊するため、幸多にも効果覿面こうかてきめんだ。

 触れれば、ただでは済まない。

 サイレンが、声を上げる。

 金切り声が破壊的な奔流となって襲いかかってきたとき、幸多は、滑るように低空を飛んで舞台の壁に足をかけた。そこを足がかりに再度跳躍し、サイレンへと向かう。破壊音波が、舞台の床や壁に激突し、強烈な破壊音を響かせる中、幸多は、サイレンを眼前に捉えている。

 狙うは、喉。

 サイレンの魔晶核。

「おおおっ!」

 吼え、斬魔を振り下ろす。

 サイレンが、再び二枚の翼を前面に展開し、幸多の斬撃から身を守ろうとした。蒼黒の刀身が一閃し、サイレンの翼を寸断する。通常兵器が通用しないほどに堅牢なはずの魔晶体の翼が、何事もなく切り裂かれると、愕然としたサイレンの顔が幸多の目の前にあった。

 サイレンが、絶叫した。

 物凄まじい衝撃波が幸多を捉え、吹き飛ばす。

 幸多は、全身を激しく強打し、さらに背中から野外音楽堂の壁に激突して、一瞬、呼吸ができなくなった。体中が強烈な悲鳴を上げている。だが、闘衣は無事だったし、体も動いた。

 気づくと、目の前にサイレンの姿があった。

 頭の翼の切断面から、新たな翼が生えた。翼から生えた翼の数は多く、いずれもが巨大化している。サイレンの細い腕が幸多に向かって伸びてきて、さらに巨大な無数の翼がその周囲もろともに包み込むようだった。

『あかん! 逃げて!』

 木村果奈子の叫びを聞きながら、幸多は、壁にめり込んだ体をどうにかして引っ張り出そうとしたが、それよりも早く、サイレンの歌声が響いた。幸多だけを狙い撃ちにする収束破壊音波。

 甲高く、破滅的な歌声。

 それは、一瞬にして幸多の全身を包み込み――弾けた。

 驚愕に見開かれるサイレンの双眸だったが、つぎの瞬間、さらなる衝撃が幻魔を襲った。幸多を包み込もうとしていた翼の数々が撃ち砕かれ、ばらばらになっていったからだ。

 サイレンの翼を粉々に破砕したのは、導士どうしの魔法に違いなかったし、なにより、幸多を収束破壊音波から護ってくれたのもまた、導士の魔法だった。

九十九つくも兄弟が起きたみたいや!』

「九十九兄弟?」

 幸多は、木村果奈子の興奮ぶりについていけなくなりながらも、壁にめり込んだ状態から立ち直り、サイレンをにらんだ。

 サイレンは、遠方からの魔法攻撃に怒りを露わにし、凄まじい形相になっていた。歌声を響かせ、魔法そのものを撃ち落としている。

 そんなサイレンの横顔を見つめつつ、幸多は、壁から飛び離れた。一直線にサイレンに向かい、もはや一切こちらを見ていないその細い首に、剣の切っ先を突き入れる。刀身が激しく振動した。超周波振動が発生し、魔晶体に構造崩壊を引き起こさせていく。

 サイレンが、こちらを見た。

 双眸が紅く黒く、燃えるように輝いていた。

 そこに幸多の姿が映り込んでいたのかもしれないが、幸多は、そこまで見ていない。

 剣を突き入れることに全身全霊を込めていて、切っ先が喉の奥の魔晶核を捉えたのを確信したことで、ようやく、安堵することができた。魔晶核を突き破り、破壊する。サイレンの両目から莫大な光が生じた。それは幻魔の体内に満ちていた魔力が拡散していく有り様であり、断末魔の絶叫が音の嵐となって吹き荒れ、幸多は、空中高く放り出されていた。

「えっ?」

 幸多は、思わぬ事態にきょとんとした。一瞬、なにが起こったのかわからなかったからだ。空高く吹き飛ばされ、野外音楽堂が遥か彼方に遠ざかっていく。そのときだ。

「おっ、と」

 なにかにぶつかって、幸多の急上昇は止まった。見れば、魔法の光が幸多を包み込んでいて、すぐ側に法機ほうきに乗った二名の導士がいた。

「やれやれだ」

「間に合って良かったあ」

 白髪の導士と黒髪の導士が、それぞれ異なる反応を見せているが、その容貌には見覚えがあった。対抗戦決勝大会に現れた幻魔の群れを掃討するべく動員された導士たちだ。

 そしておそらく、彼らが九十九兄弟なのだろう。二人の髪色こそ違うが、顔立ちはそっくりだ。

「ありがとうございます、助かりました」

 幸多は、一先ず、感謝の弁を述べた。すると、白髪の少年がにやりとした。

「そうかしこまんなって」

「そうですよ、ぼくたちなんて下っ端も下っ端なんだし」

「ぼくも下っ端ですけど」

 彼らの導衣の胸元に輝く星印を見れば、二人とも灯光級三位であることがわかる。幸多も、灯光級三位だ。導士になったばかりなのだから当然だったし、だとすれば、二人も最近導士になったばかりなのかもしれない。

「この状況でふんぞり返られるほど、おれらは落ちぶれちゃいねえよ」

「兄さんの言うとおりだよ」

 その発言から、黒髪の少年のほうが弟なのだと知れる。

 二人は、幸多を魔法で掴んだまま、地上に向かって降下した。

 地上では、気絶状態から復帰した導士たちが速やかに活動を再開していた。

 観客も、舞台上のバンドメンバーやライブ関係者も気を失ったままだ。

 九十九兄弟を始めとする導士たちが気絶から立ち直ったのは、やはり、鍛え方が違うというのもあるだろうが、導衣どういを身につけているということも大いに関係しているようだった。

 導衣により気絶音波の影響を軽減し、さらに導衣の生命維持機能が回復を早めたのだ。

 だからこそ、幸多は、窮地を脱することができた。

「きみ、皆代みなしろくん、だよね? 対抗戦最優秀選手の皆代幸多くん」

「え、あ、はい、そうですけど」

「ぼくたち、あの会場にいたんだよ。あのときは試合をじっくり見てる余裕なんてなかったけど」

「まったく、会場の警備なんてやるもんじゃねえぜ。試合を見る暇なんてねえんだからな」

 九十九兄弟が、口々にいう。

 それは要するに二人がそれだけ真剣に会場の警備をしていたということであり、彼らが導士として並々ならぬ決意と覚悟を以て任務に当たっていることの証明でもあるだろう。

 幸多は、九十九兄弟の真摯しんしさ、真っ直ぐさになんだか熱いものを感じていた。

 彼らは、きっと、良い導士になれるだろう。

 そんな確信すらも抱いた。

 地上は、目の前だ。



呆気あっけないものだな」

 アザゼルは、ひとり、つぶやく。

 暗澹あんたんたる闇の中、野外音楽堂の現在の光景を映し出す水晶球を覗き込みながら、アスモデウスの悪趣味が一瞬で終わりと告げたことに苦笑を禁じ得なかった。

 アスモデウスが何年も費やした結果が、これだ。

 せっかく誕生した幻魔がたかだ妖級下位のサイレンであり、その能力を使い切る間もなく、滅ぼされてしまった。

 これでは、なんの意味もない。

 時間も労力も無為に帰した。

「どう思う?」

 アザゼルは、問いかけたはずの相手がこの闇の居城から姿を消していることに気づき、憮然とした。

「まったく、誰も彼も……」

 彼は、再び、水晶球に視線を落とした。


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