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第百六十五話 アルカナプリズム(二)

 幸多こうた一行は、大社山頂たいしゃさんちょう野外音楽堂に併設された飲食店で昼食を終えると、しばらくした後、会場に向かった。

 復活祭を目前に控え、会場周辺は物凄まじい熱気に包まれており、夏の暑さがいや増すようだった。

 一万人もの観客が収容可能な野外音楽堂の入場券が即座に完売したというのだから、この地に少なくとも一万人が集うということになる。実際、すでに相応の人数の観客が押し寄せてきていて、どこもかしこもアルカナプリズムのファンで溢れていた。

 これほどの人気を持ったロックバンドは、央都おうと史上、アルカナプリズムだけだといわれている。

 幸多にはわからないことだったが、会場前の熱気を見れば、実感として理解できた。

 飲食店も満員であり、幸多たちが席を取れたのは幸運以外のなにものでもなかった。それほどまでの人数がこの山頂に集まっている。

 野外音楽堂は、大社山の山頂に作られた施設だが、音楽堂以外にも様々な施設が併設されており、それら施設の客を目当てにした飲食店が乱立していた。その飲食店群が全滅するほどの客足は、山頂施設群が開店して以来最大級といっても過言ではないのだろう。

 幸多たちは、人混みではぐれないように一塊になって移動していたが、それでも危うく弾き飛ばされそうになったことが何度もあった。

 それだけの熱量が、音楽堂近辺に渦巻いている。

「本当、凄い人気なんだね、あるぷり」

「どれだけ音楽に疎くても知ってるくらいだからな。皆代みなしろだって、名前くらいは聞いたことあっただろ?」

「うん」

「知名度は抜群だし、楽曲も知られてる。二年間の活動休止期間は、元々高かったファンの熱量をさらに高めることになったんだよ」

「なるほどねえ」

 幸多は、圭悟けいごらんの話を聞きながら、人混みに飲まれ、皆とはぐれないようにだけ気をつけた。

 蘭が確保した席は、野外音楽堂の主舞台正面、中央付近に固まっており、離れ離れになることはないということだった。その点においてはひとまず安心できている。そこに至るまでの道程は遠く、人混みもあって中々に辿り着けなかったが、問題はない。

 七時間にも及ぶライブコンサート。

 夏の高い気温こそ、野外音楽堂の設備が下げてくれているが、水分補給のための飲み物は必須であり、誰もが飲み物を多めに持ち込んでいた。幸多たちもだ。無論、ライブの間には、休憩時間も設けられているのだが、それでも確保しておくべきだろう。

 会場入り口から続く長蛇の列は、会場内に一歩足を踏み入れた瞬間に四方八方に拡散し、一万人分の席を徐々に埋めていく。

 幸多たちも指定された席に向かって歩いて行った。

 七月七日日曜日。

 正午である。

 夏の太陽が中天にあり、燦々《さんさん》と輝いてその光と熱を野外音楽堂の会場内に降り注がせている。しかし、会場内の気温は、会場の外とは比較にならないほどに涼しく、冷ややかですらあった。

 会場の設備として利用されている魔機が、会場全体の気温を下げてくれているのだろう。おかげで熱中症になる心配もなければ、汗だくになる可能性を考慮する必要もなかった。仮に天候が悪く、雨が降ったとしても、この野外音楽堂でのライブコンサートは開催されたに違いなく、それもまた、会場の設備が雨から会場全体を護ってくれるからだ。

 魔法の普及に伴う魔法科学の発展は、魔法社会全体に多大な恩恵をもたらしている。

 そうした恩恵は、完全無能者の幸多も日々感じるものだ。

「あと三十分か」

 圭悟が、携帯端末の時間表示をちらりと見て、いった。

 時に十二時三十分。

 開演予定時刻は、十三時ちょうど。

 幸多は、どきどきと高鳴る気持ちを抑えられなかった。

 ロックバンドのライブコンサートに参加するのは、幸多にとってこれが人生で初めてのことだ。映像で見たことくらいはあるが、自分が観客の一人となって参加する日がくるなど、考えたこともなかった。単純に興味がなかったからであり、それよりも鍛錬に時間を割くほうが有用だと思っていたからだ。

 しかし、圭悟たちと知り合い、仲良くなっていく中で、こうした時間も重要なのではないかと思うようになっていった。友人たちと言葉を交わす時間、触れ合える時間というのは、限られている。

 限られたこの時間をこそ、全身全霊で堪能するべきだ、と、幸多は考えるようになった。それもこれも気の良い友人たちと巡り会えたからだったし、だからこそ、幸多は圭悟たちからの誘いに応じたのだ。

「あと、三十分……」

 幸多は、巨大な幕に隠された主舞台を見つめながら、昂ぶる気持ちを隠さなかった。

 そんな幸多の様子を横目で見て、圭悟は、なんだか安心した。圭悟だけではない。幸多の周囲にいるだれもが、彼の興奮気味に主舞台を見遣る姿に安堵したものだった。

 皆、幸多のことが心配で堪らなかったからだ。



「夢を見たよ」

 夢から覚めて、まぶたを開くなり、ヒカルは、だれとはなしにそういった。控え室内にバンドメンバーや関係者が集まっていることはわかっている。誰もがライブの開演を待ち侘び、興奮と緊張の真っ只中にいるのだということも、想像がつく。

 それは、二年前まではいつものことだった。

 二年前、歌を失うまでは。

 だからこそ、彼は、いう。

「夢の中でおれは、やっぱり、ここを目指していた」

「ここ?」

「この野外音楽堂を、夢の到達点にしていたんだ」

 ヒカルが体を起こすと、控え室内にいた全員が彼を注目した。バンドメンバーの三人も、マネージャーも、広い控え室内にいた全ての関係者が、彼の一挙手一投足から目が離せないといわんばかりだった。

 彼こそが、このアルカナプリズムという一大プロジェクトの中心人物であり、核だからだ。彼がいなければ始まらず、彼がいたからこそ、これほど巨大な存在となったのだ。

 そのヒカルが語る夢。

「おれは、ネノクニ人だ。央都に上がってきたのは十年以上前のことで、人生の大半は央都で過ごしている。けれども、おれの根底にあるのは、やっぱりネノクニで生まれ育ったという変えることのできない事実であり、現実なんだと突きつけられる」

「それは別に悪いことじゃないだろ」

「そうだね。なにも悪いことじゃない。だけれど、おれはネノクニ人で、みんなは央都人だ。その違いを痛感するのはさ、こういうときなんだよ」

 ヒカルは、央都生まれのバンドメンバーやマネージャー、関係者たちを見回しながら、静かに続ける。開演目前にするような話ではないのかもしれないが、だからこそ、という想いが、彼の中に渦巻いていた。

 夢を見た。

 夢の中の景色が、脳裏に焼き付いていて、離れようとしない。

 思いの丈をぶつけるのは、今しかなかった。

「ぼくが央都に上がってきて最初に見たのは、建造中の野外音楽堂だった。語弊のある言い方だけれども、ぼくの央都に関する一番最初の記憶が、それなんだ」

 それこそ、ヒカルにとっての原風景だ。

 全ての始まりといってもいい。

 父親の仕事の関係で央都に上がって間もなくのことだった。その仕事というのが、建築関係のものであり、彼の父親は、大社山頂野外音楽堂の建造において中核を成す人材だったようだ。だから、だろう。

 彼は、建造中の野外音楽堂を見学する機会に恵まれた。

 父の腕に抱えられ、まだまだ作りたての、骨組みだけの音楽堂を見て回った。主舞台の上に立ち、なにもにない観客席を見渡した。そこに一万人分の観客席が用意されるという話を聞いた。子供心にも埋まるのかと心配になるほどの人数だった。

 当時の人口は、央都とネノクニ合わせても百万人を超えていたのか、どうか。

 それくらいの時期にそれだけの人数を収容できるコンサート会場を作ろうというのは、文化振興のためとはいえ、大それたことだったに違いない。見果てぬ夢と嘲笑うものもいたようだ。

 なにせ、人類復興は、まだまだ始まったばかりであり、道半ばという状況ですらなかったのだ。そんな状況下で央都政庁が文化振興を推進することに対し、疑問を持つものがいたとしてもおかしくはなかった。

 ただ、幼かったヒカルには、その夢を現実のものにしたいという欲求が芽生えるには、十分すぎるほどの力を持っていた。

 だれもいない、なにもない、ただ広大な観客席を、一万人の観客で埋め尽くしたい。

「それがおれの夢さ」

 ヒカルが語った夢の内容は、この場にいる全員が何度も聞かされたことだ。それこそ、バンド結成時の目標が、大社山頂野外音楽堂を一杯にすることだったのだ。だから、聞かされずともわかっている。

 そこにネノクニ人と央都人の違いとやらを見出すことは、ヒカル以外の誰にも出来ない。ヒカルの特別な感性こそが見出す差違なのだろう、と、彼らは考え、受け止め、納得する。

 これまでがそうであったように。

 これからも、そうであるように。

 彼らはただ、ヒカルという才能をありのままに受け入れ、認め、許容し、抱きしめるのだ。それでこそ、アルカナプリズムは、七色の光を放ち続けることができる。

「いままさに叶おうとしている」

「そうだね、ヒカルの夢、叶ったね」

「あたしにとっては、あんたの夢があたしの夢だからね。そう、あたしの夢も叶ったってわけさ」

「……ありがとう、皆」

 ヒカルは、控え室内にいる全員に心からの感謝を述べた。それは、誠心誠意の感謝の言葉であり、本音であり、本心だった。

「それもこれも、皆がいてくれたおかげだ。おれひとりの力なんかじゃない。アルカナプリズム全員の力があればこそ、今日まで走り続けることができた。夢の頂きに辿り着くことができたんだ」

 夢の頂き。

 舞台袖の控え室には、満員の観客が発する声や音が響いてきていた。

 一万人の観客席が埋まっているのだ。

 それはまさに彼が夢見た状況であり、だからこそヒカルは、感無量だったのだ。魂が震えている。歓喜の声を上げている。身も心も燃え上がり、熱を帯びていく。

 ヒカルは、椅子から立ち上がると、声を励まして、いった。

「さあ、行こうか。最高の演奏を、最高の歌を、皆に届けよう」

 アルカナプリズムの復活を告げるために。

 夢の先へ、進み出すために。


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