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第百五十七話 窮極幻想計画(十)

 分散して配置された五体のフェンリル、その一体に向かって突っ込んでいった幸多は、幻魔げんまが生じさせた冷気の渦のど真ん中に到達するよりもはやく、槍を突き入れていた。

 槍は、長柄ながえの武器だ。当然、その利点は攻撃範囲の長さ、広さにある。素手ならばフェンリルの懐に飛び込まなければならないし、口の中に手を突っ込む必要があったが、槍ならばそんな危険なことをする必要がなかった。

 無手よりも、剣より離れた距離から攻撃し、突き刺すことができる。そして、両手に響く振動が、幸多にさらなる確信を与える。この振動こそが、幻魔の魔晶体ましょうたいに痛撃を与えているのではないか、と。

『通常兵器は、魔法の普及とそれに伴う技術的革新、技術的進歩によってさらなる進化を遂げ、劇的な進化は、新兵器の開発競争を煽ったわ。けれども、通常兵器に分類される武器、兵器は尽く、幻魔には通用しなかった。一切ね。正確には、魔晶体には、だけど。魔晶核は、通常兵器でも傷つけることができたし、損壊することだって可能だった。幸多くんが素手でして見せたように』

『とはいえ、あれができるのは幸多だからだろう』

『そうね。普通の魔法不能者が真似をしても、怪我をするどころか、殺されるだけよ。幸多くんの身体能力と強靭な肉体、圧倒的な生命力があればこそよ。お勧めしないわ』

『それに、一部の幻魔にしか通用しない戦法だ』

 美由理みゆりのいう通りだ、と、幸多は冷静に認める。

 幸多のこれまでの戦い方は、獣級下位の中でも一部の幻魔にしか通用しなかった。あのような戦い方で戦団に貢献するには、もっと積極的に魔法士たちの支援がいるだろう。魔法士が魔法で幻魔の魔晶核ましょうかくを露出させ、それを幸多が破壊する、という戦法を取るのだ。

 しかし、そんな戦法を取るくらいならば、魔法士同士で連携したほうが格段に楽であり、確実かつ効率的なのはいうまでもない。

 故に、幸多は必要とされないし、邪魔者扱いされ、足手纏いと認定されたとしても不思議ではなかった。

 戦団総長・神木神威こうぎかむいが、早急に小隊を組めるようにしたいと言い出すのも無理からぬことだ、と、冷静になった今ならば思う。

 幸多が小隊長ならば、小隊員の魔法士たちとの連携の中心になることも不可能ではないだろう。そんな幸多主体の戦法に不満を持つのであれば、小隊を抜ければいい。小隊を選ぶのは、導士の権利だ。そして、幸多の小隊に入るということは、幸多主体の戦法を受け入れるということでもある。

 でなければ、わざわざ無能者が隊長を務める小隊になど、入ろうとはしないだろう。

 幸多は、三体目のフェンリルを槍の薙ぎ払いで切り倒しながら、考える。魔氷狼の咆哮が吹雪となって吹き荒れる中、露出した魔晶核に穂先を突き刺し、飛び退けば、幻魔の死骸が完成する。

 あっという間に三体のフェンリルが死んだ。以前の戦法では考えられないことだ。

『魔晶体には、魔法しか通用しない――それは必ずしも正しい認識ではなかったわ。魔力を帯びていれば、通用したもの。強大な魔力を帯びた打撃が、魔晶体を打ち砕く光景はいくらでもあったでしょう』

『ああ』

『だから、擬似魔力を用いた兵器が幻魔に通用するのではないかと期待されたのよね。けれども、擬似魔力を帯びた武器は、魔晶体を傷つけることしかできなかった。わずかばかりの傷は、瞬く間に塞がれ、意味を為さなかったのよ』

『所詮は擬似魔力と言うことか』

 擬似魔力とは、その名の通り、擬似的な魔力であって、魔力とは似て非なるものだ。

 練魔動力炉れんまどうりょくろによって生み出されるそれは、魔法時代黄金期に発明されて以来、新たなエネルギー資源として人類の隆盛に大きく貢献した。擬似魔力は、大気中の魔素まそから生成され、大気にかえる。つまり、循環するということだ。

 消耗することなく循環する無限のエネルギー、それが擬似魔力である、とされる。

 ただし、擬似魔力を用いて魔法を使うというようなことはできなかったし、魔法のような強大な力と生み出すには至らなかった。

 擬似魔力は、現在、電力に変換されて利用されることが大半だ。央都おうとを巡る電力は、全て、擬似魔力を元にしている。

『でも、わたしは諦めなかった。魔晶体の構造を徹底的に研究し、分析し、解析し、そしてついに突き止めたのよ。なぜ幻魔に通常兵器が通用せず、魔法が通用するのか。なぜ魔晶体は魔法に弱いのか』

 幸多は、さらに武器を召喚した。次に現れたのは、巨大なつちだった。槍と同じく長柄の武器だが、突いたり斬ったりする槍と違い、叩きつけ、粉砕することに特化している。巨大な打撃部分は蒼黒色で、重量感もたっぷりだった。実際、今までのどの部位よりも重い。

 しかし、幸多の筋力ならば余裕で振り回すことができた。闘衣の補正もあるのだろうが。

『実際には、通常兵器は、魔晶体に通用していなかったわけではなかったのよ。傷つけることができていた。けれども、魔晶体は、瞬時に再生し、復元してしまうから、通常兵器が通用しないと認識されていた』

『似たようなものだな』

『そうね。でも、傷つかないのと、傷つくけれど回復するのとでは、全く意味が違うわ』

 幸多は、巨大な鎚を担ぎ上げると、一足飛びに魔氷狼に向かった。フェンリルがえ、その前方に巨大な氷壁が誕生する。幸多は、鎚を全力で振り抜き、氷壁を粉砕して見せた。フェンリルが飛び退くのに追い着き、その獰猛な顔面に鎚を叩きつける。頭蓋が粉々に砕け散る。

『ではなぜ、魔晶体に魔法が通用するのか。それは、魔法が、いえ、魔力が、魔晶体の結晶構造を崩壊させ、再生速度が劇的に低下するからだったのよ。だから、魔法は、幻魔に致命的な一撃を与えることができるというわけね。わたしは、この現象を構造崩壊と命名したわ』

『なるほど?』

『通常兵器、擬似魔力兵器が通用しないのは、構造崩壊を起こすことができないからだった。逆説的に言えば、構造崩壊を起こすことさえできれば、どんな武器だって通用する、ということでもあるのよ』

『それがあの武器群、というわけか』

『そ。そして、その要こそ、超周波振動なのよ』

『超周波振動?』

 幸多は、五体目のフェンリルの胴体ごと魔晶核を粉砕した鎚の破壊力に震えるような想いをしながら、最後の一体となる獣級幻魔リヴァイアサンを仰ぎ見た。

 大量の水気を帯びた大蛇のような幻魔は、空中に浮かび、大地を睥睨へいげいするようにして、こちらを見下ろしている。赤黒い目が頭部に無数にあり、ぎらぎらと輝いていた。

『超周波振動は、擬似魔力の固有波形の周波振動数を極限まで高めることによって到達することのできた領域よ。そこに至るまでの苦労は今度ゆっくり聞かせてあげるとして、いま重要なのは、幸多くんに試してもらっている武器全てにその機能が備わっているということ』

『苦労話はいらないが』

 なるほど、と、幸多は、新たな武器を召喚しながら思った。剣、双機刀そうきとう連機刀れんきとう、槍、鎚、いずれの武器も、直撃の瞬間、確かにわずかな振動を感じた。それは、直撃の反動などではなく、武器そのものの振動だったのだ。

 だから、違和感を覚えた。

 だが、その違和感こそが幻魔の強靭な肉体を破壊するものだというのであれば、なにも恐れることはない。

 幸多は、巨大な斧の柄を両手で握り締め、大上段に構えると、蒼黒の斧刃ふじんの先にリヴァイアサンの巨躯きょくを捉えた。リヴァイアサンが巨躯をうねらせ、大量の水球を生み出す。ケットシーの群れの非ではない。圧倒的な数の水球が、豪雨の如く降り注ぎ、幸多を押し潰すかのようだった。

 しかし、幸多は、驟雨しゅううのように降ってくる数多の水球の間を素早く擦り抜け、かわし、飛び越えて、リヴァイアサンの顔面を目の前に捉えた。

 リヴァイアサンの無数の目が大きく見開き、赤黒い輝きを膨大化させていく。

「おおおおお!」

 幸多は、全力の気合いとともに大斧を振り下ろし、リヴァイアサンの顔面に叩きつけた。両手に直撃の手応えと、それとは別種の振動が伝わる。斧を伝う擬似魔力とやらが超周波振動によって魔晶体を切り裂いていく感覚が、なんとはなしに理解できる。感覚を研ぎ澄ませていたからこそだろう。

 リヴァイアサンが吼えた。周囲の水気が渦を巻き、洪水となってなにもかもを飲み込もうとする。が、そのときには、幸多は真っ二つになった幻魔の頭部を足がかりにして、再度跳躍していた。リヴァイアサンの頭の上を駆け抜け、魔晶核を目指す。

 リヴァイアサンの魔晶核は、後頭部の奥深くにあるという。

 幸多は、リヴァイアサンの叫び声を黙殺し、後頭部目掛けて大斧を振り下ろした。魔晶体を両断し、魔晶核をも斬りつける。奇怪な断末魔が響き渡る中、幸多は大きく跳躍することで、はげしく逆巻く嵐を回避した。

 上位獣級幻魔リヴァイアサンの巨躯が、ぐらりと揺れながら地上に落下し、衝突とともに轟音を上げた。

 幸多は、その光景を見つめながら、沸き上がる感動を抑えられなかった。


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