第百五十六話 窮極幻想計画(九)
『武器を変えましょうか』
「はい! 召喚!」
幸多は、イリアの提案に応じるようにして、双機刀を手放し、新たな武器を召喚した。召喚と唱えるだけで、転身機が新たな武器を勝手に呼び出してくれるのは便利だった。おそらく今回だけの特別仕様なのだろうが。
転身機の放つ光の中から現れたのは、一振りの刀だ。蒼黒色の刀身は長大で、やはりやや分厚い。大きめの鍔は金色、柄は白く、両手で握り締めても余る長さだ。柄頭には、これまでの武器と同様に星を模した意匠があった。
『二十二式連機刀・払魔。刃渡り百センチ、重量六キロ。刀としては長めね』
『さっきの剣とそこまで変わらないな』
『まあ、見ていなさい』
幸多は、刀を軽く振って重量感を確認すると、次の標的をガルムに定めた。三体のガルムが火の息を吐きながら、こちらを睨み据えている。禍々しい赤黒い目も、現実のそれとは違って脅威がない。
そこが、現実と幻想空間の違いであり、本物の幻魔と幻想体の幻魔の差だろう。
本物の幻魔ならば、その視線だけで人間の神経を磨り減らさせ、対峙するだけで精神的に消耗させるものだ。幻魔によっては、目にするだけで恐怖が喚起され、身動きひとつ取れなくなるほどだった。
それほどまでに人間の遺伝子に刻みつけられた幻魔への恐怖というのは、強烈なのだ。
だからこそ、導士たちの比類なき勇敢さについては、央都市民の誰もが知るところであったし、喝采を上げるのだ。そして、戦団が必要不可欠だということも身をもって理解している。
一般市民には、幻魔に立ち向かう気概など、持ちようはずもなかった。
地を蹴るようにして、前へ飛ぶ。空脚と呼ばれる真武の基本技術。低空を滑るが如くガルムとの間合いを詰めれば、魔炎狼たちが咆哮を発した。だが、ガルムが熱気を燃えたぎらせたときには、幸多の斬撃がその巨躯を切り裂いている。
轟然と燃え上がりながら、その巨体の中に魔晶核の鈍い輝きを覗かせる。その好機を逃す幸多ではない。素早く刀を振り回し、次々と魔晶核を斬りつける。
魔晶核を破壊されれば、ガルムも断末魔をあげざるを得ない。そして、活動を停止し、死骸と化す。
残すところは、カラドリウスのみだ。
カラドリウスは、白い小鳥のような幻魔だ。それが三体、空中高く飛び回りながら、幸多との距離を測っている。
『連機刀にも変形機構が組み込まれているわ。もちろん、副室長の趣味でね』
『なにがもちろんなんだ』
「どうやればいいんです?」
『念じればいいのよ、変形しろってね』
「念じる?」
幸多は、イリアの言うとおりに念じてみた。するとどうだろう。蒼黒の刀身に無数の光線が走ったかと思うと、刀身がばらばらになった――かに見えたが、なにか帯状のもので繋がっており、振り回すと鞭のようだった。
『その状態だと三倍以上の攻撃範囲になるわ』
『ふむ』
「なるほど」
イリアの説明を受けて、カラドリウスが実験対象に選ばれた理由を悟った。カラドリウスは高空を飛び回りながら、遠距離攻撃をしてくる幻魔だ。魔法士ならばともかく、幸多には、攻撃を当てるのも困難な相手だ。
しかし、鞭形態の連機刀ならば、より遠くの敵を攻撃することができることもあって、カラドリウスを捉えやすくなるはずだ。
幸多は、カラドリウスに向かって、飛びかかった。三体のカラドリウスは、空中で散開する。連機刀を振り回せば、長く伸びた刀身が鞭のようにしなりながら二体の小鳥の羽を斬りつけて、地に叩き落とすことに成功する。即座に幸多は刀を振り回してその二体に止めを刺すと、残りの一体に向かって跳躍した。白い小鳥は、幸多に向かって毒素の塊を降り注がせてきたが、最大限に伸長した刀身がその胴体を魔晶核ごと真っ二つに切り裂いた。
そしてその場を飛び離れれば、毒塊の直撃を受けることもない。
連機刀を振り回したのち、変形を念じることにより刀形態に戻す。
そして、周囲を見回せば、物言わぬ幻魔の死骸がそこかしこに転がっていた。
幻想空間とはいえ、あり得ない光景だった。
少なくとも、幸多一人では、このような戦果を挙げることなど不可能だ。
幸多は、これまで数多くの下位獣級幻魔を斃してきた。ケットシー、カーシー、ガルム、アーヴァンクといった獣級下位は、一対一ならば、幸多の身体能力だけで斃すことができたからだ。
しかし、それもこれも一対一であり、不意を突ければ、の話だ。
完全無能者の特性を活かすことによって、幸多は、幻魔の不意を突くことが出来た。幻魔は、完全無能者を認識しない。出来ないのではなく、しないのだ。なぜならば、魔素を持っていないからであり、魔素以外に興味がないからだ。
幸多が身につけている衣服に宿る魔素程度では、幻魔の興味を引くには至らない。だからこそ、幸多は幻魔に不意打ちを食らわせることが出来るのであり、その不意打ちから魔晶核の破壊へと繋げることで、数十体もの獣級下位を撃破してきたのだ。
警戒感たっぷりの幻魔複数体を相手に一方的に攻撃を押しつけ、撃破することなど、幸多一人で成し遂げられることではなかった。
ありえないことだ、と、幸多は、連機刀を握り締めながら、思う。両刃剣、双機刀も見遣り、それぞれの感覚に想いを馳せる。
『……想定通りの結果ね』
『想定通り、か』
『ええ。これまで何度となく検証を重ねてきたもの。その通りの結果にならないはずがないわ。わたしたち、優秀なのよ』
『そこに疑いを持つものはいないよ』
『あら、ありがとう』
『きみが天才だと言うことも、きみ率いる第四開発室がなにを企んでいようと、それが戦団にとって大きな意味があるということも、誰も疑ってはいなかったさ。しかし、それがまさか魔法不能者用の武装とは想いも寄らなかったが』
『あなたは、気づいてたんじゃないの』
『……まあ、な』
イリアと美由理の会話が幻想空間に聞こえてくるが、話の内容から、幸多には入り込みづらいような気がしてならず、黙っていた。二人の信頼関係の深さや絆の強さが感じられもする。
連機刀を振り回し、再び変形させる。刀のように、鞭のように、二通りの使い道を持つ連機刀は、使い方次第では様々な戦い方ができそうだ。
が、そもそも武器の使い方を学んでもいない幸多には、まず、それぞれの武器の基本的な使い方を体得しなければならないのではなかろうか、と、一人考えていた。
今回の検証では、ただ力任せに振り回していただけに過ぎず、そのため余計な力が加わっていたり、無駄な動きをしていたのは疑いようがなかった。もっと技術を磨き、無駄な動きを減らさなければ、せっかくの武器が真価を発揮できないのではないか。
『しかし、どういう原理なんだ? 通常兵器は、幻魔には通用しない。それはずっと昔からの定説だろう』
『定説というか、道理よ』
幸多の周囲に変化が起きる。幻魔の死骸が消滅し、無数の立方体が出現したかと思えば、それらが集合し、またしても複数の幻魔を形作っていく。
獣級下位フェンリルが五体、獣級上位リヴァイアサンが一体だ。
フェンリルは、魔氷狼と呼ばれるだけあって、全身が氷で覆われたような狼にも似た幻魔である。
一方のリヴァイアサンは、海蛇竜と呼ばれる一方、超巨大質量などともいわれるだけあって、とにかく巨大な幻魔だ。英霊祭の夜に現れたのは、もはや遠い過去のようだった。数十メートルはあろうかとう巨躯、その全身から大量の水滴をしたたらせる姿は、獣級に類別してもいいのだろうかというほどの威圧感を覚える。
『幻魔は、心臓たる魔晶核を内殻と外殻で覆うことでその肉体を形成しているわ。魔晶核は極めて純度の高い魔力の結晶と考えて良くて、だから、決して堅くはないの。むしろ、脆いくらいよ』
『だから、魔晶体で全身を覆う必要があった』
『御名答。大抵の生物がそうであるように、幻魔も、外敵から命を守るために必要な肉体を形成していったのよ。それが魔晶体。魔晶体には、通常兵器は通用しない。これは、定説であり、常識であり、道理。どんな兵器であっても、一切通用しなかった。核兵器ですら、幻魔は耐え抜いたというわ』
幸多は、二人の会話を聞きながら、連機刀を手放した。
召喚を試みると、やはり新たな武器が転身機の光の中から現れた。今度は、一振りの槍だ。長柄の槍で、穂先から柄頭まで含めると幸多の身長以上の長さになる。当然、槍など使ったこともない幸多には、全く未知の代物だが、両手で握り締め、フェンリルに向かって突っ込んでいく。
もはや幸多は、F型兵装に全幅の信頼を寄せていた。