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第百五十五話 窮極幻想計画(八)

『あの剣、見覚えがあるな。あの部屋に飾られていたものか』

『その通り。あの武器庫にあるのは全て試作品だけど、その情報は全部この幻創機に入力してあるのよ。そしていままさに幻想体として具現したというわけ。ということで、幸多くん、やっちゃいなさい!』

『だ、そうだ』

 イリアの説明から得られた情報だけでは、この剣の凄さ、性能については全く想像がつかなかったし、そんなものを渡されるだけ渡されて使ってみろといわれても、幸多こうたには戸惑いしかなかった。しかも幸多は、剣の使い方も学んだ覚えがない。それはそうだろう。幻魔には通常兵器が通用しないのだ。武器の使い方を学ぶ意味がない。

 しかし、幸多は、言われるままにイフリートに向かっていくほかなかった。考え込んでも、途方に暮れても、なにも解決しない。時間が答えをくれるわけもない。

 ならば、突き進むしかない。

 空脚くうきゃくによって地を滑るように低空を駆け抜け、降り注ぐ火の雨の真っ只中へとおどって行く。

 不意に、イフリートが、咆哮とともに両腕を振り下ろした。その最中、巨大な二本の腕が一つになり、燃え盛る炎の鎚となって降ってくる。

 幸多は、燃えたぎる炎の塊を見据みすえ、飛び上がった。気合いとともに剣を振り抜く。ただ、全力で振り切っただけだ。使い方もなにもあったものではない。が、効果はあったようだ。剣の柄を握り締める幸多の手に、反動があった。それはさながら微振動のようであり、青黒い剣閃がイフリートの炎の鎚を縦一文字に切り裂いていく。

 斬撃が、通った。

 幻魔げんまの肉体、外骨格たる魔晶体ましょうたいに、だ。

 通常兵器にしか見えない剣の一撃が、確かに届いたのだ。通用したのだ。炎と魔晶体の塊を真っ二つに切り裂き、幸多の眼前で左右に分かれて降り注ぐ。それでも凄まじい熱量が襲いかかってくるが、直撃を受けるより遥かにマシだ。

 それになにより。

「届く……!」

 幸多は、炎の渦の真っ只中へと勇躍し、切り裂かれた両腕で押し包もうとしてくるイフリートの懐へと入り込んだ。轟々と燃え盛る巨人の腹が眼前に迫る。幸多は、さらなる気合いを込めて、両手に握った剣を突き出す。照り返される切っ先が、真紅の腹に蒼黒の軌跡を刻みつけるようだった。幻魔の強固な外骨格を突き破ったのだ。そのとき、幸多は確かに両手が震えるのを感じた。それはまるで衝撃のように全身を駆け抜けたが、イフリートの体を突き破った反動とは思えなかった。

(なんだろう?)

 疑問に思いつつも、露出した魔晶核の赤黒い結晶体そのものの外見をその目に焼き付けながら、剣を振り抜く。魔晶核は、決して堅くはない。幸多の手で握りつぶせるほどだ。そもそも、魔晶核が魔晶体以上に堅いのであれば、魔晶体で覆い隠す必要がなかった。全力で守らなければならないからこそ、堅牢強固な外骨格を作るのだ。

 幸多がただ力任せに振り抜いただけのでたらめな斬撃は、しかし、確実に魔晶核を切り裂き、イフリートの全身を烈しく震わせた。断末魔の咆哮が幻想空間そのものを崩壊させるのではないかというほどに重く強く響き渡り、幸多は、熱波とともに吹き飛ばされていた。

 だが、空中で身を翻し、着地には成功する。両足にかかる負荷はあまりにも小さく、逆に平衡を見失いかけたが、なんとか踏み止まる。

 魔法士が身体能力強化の魔法を使いたがらない理由がわかるような気がした。

 魔法で身体能力を強化することそのものは、比較的簡単だという。しかし、余程使い慣れていなければ、高めた能力に脳の処理が追い着かなくなるという弱点があるのだ。

 幸多は、それを実感したような気がした。

 闘衣とういによって向上した身体能力に、脳の処理が追い着いていない。

 そして、イフリート。

 心臓を破壊され、もはや動くことのなくなったただの死骸は、燃え盛る炎の渦の中心に聳え立っている。

『見てみなさいよ、幸多くん、たおしたわよ。イフリートを』

『ああ……斃したな』

 イリアと美由理みゆりの声を聞きながら、幸多は、剣を見下ろした。蒼黒の刀身を持つ両刃の剣。刀身は分厚く、鍔も大きめだ。柄は握りやすく、しっくりとくるくらいだった。柄頭には、星の意匠がある。

 この剣は、一件するとただの剣だ。通常兵器と呼ばれる類の剣にしか見えない。しかし、幻想空間とはいえ、完璧に再現されているはずの妖級ようきゅう幻魔イフリートに通用した。それどころか、撃破まで出来てしまった。

 幸多の手で、妖級幻魔を斃したのだ。

『しかし、どういうことだ? 魔晶体には通常兵器は通用しないはずだろう』

『そうよ。通常兵器は、通用しないわ。つまり、あれは通常兵器ではないということ。それくらいわかるでしょ』

『ああ……』

『幸多くん、別の兵装を試して見ましょうか。剣を離してから召喚してみて』

「は、はい! 召喚!」 

 幸多は、イリアに言われるまま、剣を手放し、転身機の召喚機能を使用した。転身機が放った光が両手に収斂しゅうれんし、二本の短刀が具現した。二刀一対というべきか。まったく同じ形状の短刀が二本、幸多の手の中にある。刀身は、剣と同じ蒼黒でやや厚め、鍔が大きく、柄は白。柄頭には星の意匠がある。

二十二式双機刀にじゅうにしきそうきとう双閃そうせん。二刀一対の短刀で、刃渡り四十センチ、重量三キロ』

『その説明はいるのか?』

『いるわよ』

『そうか』

 美由理の納得しがたいというような声が聞こえる中、幸多の前方の空間に変化が起きた。幻魔の死骸が消滅したかと思うと、新たに無数の立方体が集合し、変形していったのだ。そして、獣級じゅうきゅう下位の幻魔が多数、出現する。

 ケットシー、カーシー、ガルム、カラドリウスの四種が、それぞれ三体ずつ、広範囲に渡って散らばるようにして布陣した。いずれもが幸多を端から敵と認識しているのが、幻想空間ならではといったところだろう。

 幸多は、完全無能者であるが故に幻魔に認識され難いという特性を持つ。鬼級おにきゅう幻魔ですら、幸多を認識するのに多少のコツがいるようだったのだ。獣級以下の幻魔ならば、尚更だ。しかし、幻想空間では関係がない。

 そして、そんなことは、どうでもいいことだ。

 幸多は、両手にそれぞれ握った短刀を適当に構え、眼前のケットシーの群れへと突っ込んでいった。三体のケットシーが唸り、立ち上がるとともにその全身から水気を迸らせる。ケットシーたちの周囲に無数の水球が生じたときには、幸多はその獣級幻魔の群れの真っ只中に到達している。

「はあっ!」

 幸多は、声を張り上げて、両手の短刀を振り回した。水球ごとケットシーの魔晶体を切り裂き、胃袋辺りに収まっていた魔晶核を露出させる。そして、追撃でもって魔晶核を斬りつければ、それだけで勝敗は決まった。

 あっという間だった。

 三体のケットシーが唸りながら死んでいくのを飛び退きながら見届ける。そして水球が爆ぜた。

 幸多は、闘衣による身体能力の向上と、二刀一対の短刀の攻撃力を確かに実感した。さらに、先程の剣で斬りつけたときに感じた振動もだ。

(あの振動)

 両手の短刀を見下ろす。斬りつけた瞬間に発生した振動が、幻魔に通用する原理と関係しているのではないか。

『双閃は、柄頭の部分で合体することもできるわ』

「合体?」

 幸多が両手の短刀の柄頭を見ると、確かになにか断面のようになっており、柄頭の部分を重ね合わせると、音を立てて合体した。

『その機構に意味はあるのか?』

『さあ?』

『さあって、おい、責任者』

『あなたのお兄さんの趣味だから』

『兄さんの?』

『変形合体は男の浪漫、だそうよ』

『随分と時代遅れな……』

 幸多は、美由理の呆れ果てているような表情を想像しながら、両方の先端に刀身を持つ長柄の武器へと変貌したそれを軽く振り回した。

 確かに、格好いい、と、幸多は想う。この双閃とやらの設計に関わったのだろう伊佐那義流いざなぎりゅうとは、趣味が合いそうだ。

 そして、その双機刀を手にした幸多は、カーシーの群れへと突撃した。カーシーたちが一斉に反応し、大気を震わせる。風の刃が飛来するが、紙一重でかわして見せて、幻魔の懐に入り込む。双機刀を回転させることでカーシー三体の胴体を瞬時に切り裂き、魔晶核を露出させることに成功すれば、幸多は、目を光らせた。

 続けざまに追撃が決まり、カーシーたちは一瞬にして絶命した。

 幸多は、その場から飛び離れることでカーシーの魔法の暴発を見届けると、F型(えふがた)兵装の手応えを実感したのだった。

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