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第百五十四話 窮極幻想計画(七)

『おい、本当にこんなことに意味があるのか?』

『ないわよ』

『なんだと!?』

『だって、彼の実力についてはとっくにわかっているんだもの。でも、彼自身が知っておく必要はあるのよ』

『なにをだ』

『自分自身の力と幻魔の力の差について、ね』

『そんなこと、いわれずともわかっているだろうに』

『そうかもしれないけれど、必要なことよ』

 美由理みゆりとイリアの口論が遠くに聞こえたのは、幸多こうたの聴覚が狂わされたからかもしれない。

 イフリートが大火球となって降ってきたかと思えば、地面と衝突した瞬間に大爆発を起こした。それは幸多の想定外の出来事であり、爆風だけで大きく吹き飛ばされるほどの威力があった。

 その際、すさまじい爆音が耳朶じだを貫き、聴覚に狂いが生じたのだとしてもなんら不思議ではなかった。

 そして、何度も地面に叩きつけられた幸多だったが、幸いにも導衣がその衝撃から身を守ってくれていた。導衣の衝撃吸収能力は極めて高い。導衣を身に着けているのといないのとでは、生存率が極端に変わるといわれているし、実際にそうなのだろうと実感する。

 幸多は、立ち上がり、視界に広がった赤を見た瞬間、左に飛んだ。紅蓮に燃え盛る巨人の左腕が、奔流となって伸びてきたのだ。幸多を掴むためだろう。

 幸多は、素早くその場を離れると、イフリートを見遣みやった。イフリートの巨躯から伸びた腕は、それ自体が意思を持つかのように動き回り、幸多を追った。炎を噴き出し、撒き散らしながら迫り来る炎の腕は、それだけで脅威としか言い様がない。

 幸多には、対抗手段がなかった。

 イフリートの攻撃は、導衣がある程度は防いでくれるかもしれない。しかし、幸多の攻撃は、どうか。イフリートの体は、幻魔特有の外骨格たる魔晶体に覆われている。拳を叩きつけても意味はなく、蹴りつけても徒労に終わる。

 幸多が下位獣級幻魔をたおすことができるのは、その魔晶核が手の届く範囲内に存在するからであり、強引にも掴み取り、握り潰すことができるからだ。

 イフリートの魔晶核は、腹の中にある、という。

 当然だが、幸多がイフリートの口の中に手を突っ込んで届くわけもない。口の中から体内に入り込もうとするには、イフリートの体は小さい。そして、そんなことができるとは、考えにくい。

 イフリートが、右手を頭上に掲げた。燃え盛る手のひらから火柱が立ち上ったかと思えば、その頂点から小さな火球がばら撒かれた。それはまさに火の雨となって辺り一帯に降り注ぐ。

 幸多は、イフリートの腕から逃れるように移動しながら、火の雨にも注意しなければならず、為す術もない状況へと追い込まれているのだと再確認する。

 現状、どうしようもない。

 打つ手なしとはこのことだ。

 これが現実なら絶望しかねないほどの劣勢ぶりだ。

 魔法士ならばまだなんとか打開策を考えようとするのだろうが、幸多は、魔法不能者だ。無能者には、この状況を脱しうることはできない。

 イフリートの双眸が爛々と燃え盛っている。

 幸多を殺すための方法を考えているようにも見えた。

 そのときだった。

『……幸多くん、転身機を使って』

「はい?」

『いいから、転身機を使うのよ。使い方はわかるでしょう』

「そりゃあ……」

 もちろん、知らないわけがない。

 が、幸多は、イリアからの突然の指示に困惑を隠せなかった。転身機を使うといっても、既に導衣を身につけている。つまり、転身機を使用した状態なのだ。そこにさらに転身機を使うということは、導衣とは別の衣服に着替えるだけではないのか――などと考え込んでいる場合ではない、と、幸多は悟り、叫んだ。

「転身!」

 起動言語を唱えた瞬間、導衣の何処かに忍ばされていたのだろう転身機が起動し、眩いばかりの閃光が幸多の全身を包み込んだ。そして、導衣が消滅し、別のなにかが体を覆う感覚があった。それは一瞬。刹那にも満たない、ごくわずかな時間に起きた出来事だ。

「これは……」

 光が消えると、幸多は、見たこともない装備を身につけていた。感覚としては導衣に近いが、導衣以上に隙なく体を包み込んでいることがわかる。足の爪先から手の指先、首元、項辺りまで覆う漆黒の全身装備。頭部は、額から後頭部、そして顎の辺りまでを覆う防具に包まれている。

『F型兵装の一種で、闘衣とういと呼称しているわ。導衣をリチュオルローブとも呼ぶように、ブレイブスーツと呼んでも構わないわよ』

 イリアの説明を聞きながらも、幸多は、イフリートの猛攻に対応しなければならなかった。そして、瞬時に理解する。闘衣とやらは、導衣よりも幸多の体質に合った装備だということが感覚的に把握できたのだ。

 地面を蹴って飛び上がる。それだけの動作が、導衣の時よりも遥かに強力なものとなり、想定以上の速さと高さで空中を舞い上がっていた。

 火の雨が降り注ぎ、炎の腕が迫り来る中を、悠然と飛び越えていく。猛然たる熱気を吹き飛ばしながら、だ。

『導衣は、魔法士専用の装備だもの。魔法不能者用に調整されていなければ、魔法不能者がその真価を発揮することも出来ないことはきみも知ってるでしょう。でも、闘衣は違うわ。闘衣は、魔法不能者のため、いわばきみのために設計され、開発され、調整された装備よ』

『確かに導衣のときよりも身のこなしが良くなったように見えるな』

『そう見えているだけじゃないのよ。本当に、そうなのよ。導衣も、装着者の身体能力を補正し、向上させるわ。でも、魔法士に必要なのは、運動能力よりも魔法士としての能力を向上させる方向性でしょ。だから、導衣の身体能力強化は、必要最低限。それで十分だもの』

『魔法が使えるからな』

『そういうこと。でも、魔法不能者は、幸多くんは、そうじゃない。魔法が使えない以上、高位の幻魔と戦うのは、導衣程度の身体能力強化では駄目なのよ。より強く、より高く、よりはやく、より深く。闘衣は、装着者の身体能力、動体視力を限りなく高めてくれるわ。それこそ、魔法のように』

 幸多は、イリアの言葉の一つ一つをしっかりと聞きながら、肉体が思い切り躍動する感覚を実感として認めていた。イフリートの巨躯を大きく飛び越える跳躍から着地したのだが、足には衝撃さえ伝わってこない。足の裏から伝わるはずの衝撃が吸収され、軽減され、拡散し、消えて失せている。

 全身を包み込む材質不明の防具の一部は、金属製の装甲に覆われているのだが、それら装甲は、胸部や前腕、脚部など、特に攻撃を受けやすい部分に集中しているようだった。全身を装甲で覆い尽くさないのは、可動範囲が狭くなるからだろうし、動きが鈍くなるからというのもあれば、重量も大いに関係しているに違いない。

『当然ながら、防御性能も高いわよ。導衣同様、耐熱耐冷耐電耐圧耐刃――あらゆる攻撃に強い耐性を持っているし、各部位は魔法金属製の装甲に護られている。生命維持機能も完備。その点は流光りゅうこうと同じだけれどね』

『魔法不能者に相応しい防具であるということは、理解した。しかし、それだけではこの状況を打破することはできないぞ』

 美由理の指摘通りだった。

 幸多は、闘衣を身に纏ったことにより、戦場を縦横無尽に駆け回り、イフリートを翻弄することができるようにはなった。イフリートも左腕で追いかけ回すのを諦めたほどであり、イフリートは、右手で火の雨を降らせ、左手で火球を放つようになっていた。

 それらを回避しながら肉薄し、手甲に覆われた拳で殴りつけて見たが、やはり魔晶体は堅牢であり、傷ひとつつけられなかった。逆に幸多の手が骨折する、などということも起きなかったが。それが鬼級幻魔の魔晶体と妖級幻魔の魔晶体の差なのか、導衣と闘衣の差なのかはわからない。

 しかし、これでは時間稼ぎにしかならないのは明白で、どちから先に力尽きるのが早いかといえば、幸多であることもまた自明の理だ。

『慌てないの、せっかちは嫌われるわよ』

『いってる場合か』

『幸多くん、召喚して』

「召喚……あ、はい。召喚!」

 幸多は、イリアに指示されるまま、起動言語を発した。戸惑いこそしたが、指示は理解できる。転身機の召喚機能を使え、ということだ。

 転身機は、なにも瞬間的に導衣に着替えるためだけのものではない。設定された魔具まぐ法機ほうきを呼び出すための超小型物質転送機でもあるのだ。

 幸多を除く全導士は、そちらの機能も大いに利用しているのだろうが、幸多には利用価値がなかった。なぜならば、魔法不能者にとって法機など無用の長物であり、打撃武器にしかならないからだ。そして、打撃武器として使用したところで、幻魔には一切意味がない。

 幻魔には、通常兵器が効かないからだ。

 転身機が光を発し、その光が幸多の右手の中に収斂しゅうれんしていく。一条の光が掴み取れと言わんばかりに主張するものだから、幸多は、咄嗟にそれを握り締めて、その場から飛び離れた。轟然たる炎の渦が、幸多の立っていた場所を舐め尽くす。

 幸多は、その光景にぞくりとしながらも、握り締めた手の中から感じる重みに感じるものがあって、目を向けた。イフリートから大きく遠のきながら、手の中のそれを確認する。

 それは、一振りの剣だった。

 第四開発室の隠し部屋に保管されていた武器群の一つだということは、一目でわかる。刀身がやや分厚い両刃の剣であり、全体として黒を基調としており、刀身はさらに青みがかっている。星を模したような意匠が所々に施されていた。

二十二式両刃剣にじゅうにしきりょうじんけん斬魔ざんま。刃渡り八十センチ、重量五キロ。真魔練鋼しんまれんこうをふんだんに使った逸品よ』

 イリアが、どこか誇らしげに、その剣の名を告げた。




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