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第百五十一話 窮極幻想計画(四)

 日岡ひおかイリアが真の第四開発室と呼んだ研究施設は、戦団本部技術局棟の地下深くに存在する。

 驚くほどの白さが特徴的な地上の開発室とは正反対の黒さが、地下開発室の特徴と言えば特徴になるのだろう。天井も床も壁も黒く、故に暗い。そんな天井や床には淡い緑の光線が走っていて、光が流れるように移動している。光源は、淡い天井照明とそれくらいのもので、だからこそ余計に暗く感じるのだろう。

 複雑な迷宮染みた通路の先にあったのは、広い空間だ。

 その空間内には、技術局の研究員たちが様々な作業に従事していた。誰もが熱意を込めて、それぞれが担当する役割に目を光らせている様子が伺える。

 伊佐那義流いざなぎりゅうも、そんな熱量を持った研究員の一人であり、挨拶もそこそこに本来の作業に戻っていった。端末を操作し、なにやら機材を動かしている。

「ここが真の第四開発室よ」

「だとすれば、地上の第四開発室はなんなんだ。偽りの第四開発室とでもいうのか」」

「地上は地上で必要だし、偽りでもなんでもないわよ。あれも本物なの」

 イリアは、美由理みゆりに説明するのも面倒になって投げやりに答えながら、部下たちの働きを見遣った。室内には多数の研究員たちが忙しなく動き回っていて、彼らの働きに応じるようにして、無数の幻板げんばんが乱舞している。様々な映像や資料、情報が幻板の中を彩っていた。

 幻板に流れていく一件意味不明な無数の文字列も、イリアには一瞥いちべつしただけで理解できるものだ。それはさながら高度な魔法を成立させるための呪文のようであり、実際、似たようなものだった。

 イリアたちは、ある意味において魔法を使おうとしている。

「さて、あなたたちに見せたいものは、こっちよ。ついてきて」

「まだ歩くのか」

「さっきから文句ばっかりだけど、地上に帰る? わたし一人でも幸多こうたくんに教えることくらいできるけど。手取り足取り、ね」

「馬鹿を言うな」

 美由理は、憤然ふんぜんとしながら、イリアの後に続いた。

 イリアと美由理のやり取りから二人の仲の良さを理解しつつも、しかし、どうにも烈しくぶつかり合っているような剣呑けんのんさも感じ取って、幸多はそわそわした。

 二人がなぜぶつかり合っているのか、幸多には皆目見当もつかない。

 イリアは、開発室の奥へと通じる扉を開き、さらにその先に伸びる通路を進んだ。そして、奥の一室の扉を開き、入室する。

 すると、手に持った小さな端末を操作していた研究員が、彼女を出迎えた。若い男だった。赤茶色の頭髪が目が隠れるほどに伸び放題になっているのだが、しかし、清潔感が損なわれているわけではない。制服の上から白衣を身につけているものの、華奢さを隠しきれるものではないらしい。

「おや、日岡局長、今日はこちらになにようですかな。しかもそちらは伊佐那星将(せいしょう)に、なんと皆代みなしろ幸多導士じゃあないですか」

 特に幸多を見て大仰な反応を示した研究員には、幸多も怪訝な顔にならざるを得なかった。

「どうしてぼくのことを?」

「いやはや、きみはとっくに有名人ですよ。とくに我々の間ではね」

「どういう……?」

 幸多は、イリアに解説を求めて目を向けた。

 イリアは、室内の壁に掛けてあった小型の端末を手に取りながら、幸多の疑問に答える。

窮極きゅうきょく幻想計画は、幻想を現実のものにするための計画よ。そしてその幻想とは、きみのような魔法不能者が、魔法士と対等以上の力を持つということ」

「魔法士と対等以上の……力?」

 幸多は、イリアの言葉を反芻したものの、全く想定すらしていなかった回答のせいで大いに混乱した。理解が遅れる。

 イリアが端末を操作すると、部屋の奥の壁が左右に分かれ、隠されていた小部屋に入れるようになった。小部屋には、遠目にも飾り棚のようなものがいくつも見受けられる。

「つまりきみは、幸多をその計画に携わらせようというのか?」

「わたしだけの意思じゃないわよ。総長が、彼にわたしを紹介させたのでしょう。ということはつまり、それは戦団の意思ってこと」

「戦団の意思……」

 美由理は、イリアの発言の意図を理解し、噛みしめるようにつぶやく。

 美由理は、戦務局戦闘部第七軍団長という立場にあり、戦団上層部と呼ばれる幹部の一人だ。幹部会議が開かれれば出席しなければならず、戦団の意思を決定することもあった。しかし、窮極幻想計画など聞いたこともなければ、そこに幸多を関わらせるなどという話も、上層部の会議では出なかった。

 それはつまり、上層部よりも上に存在するものたちの意向によって決まったことだ、ということだ。

 護法院ごほういん

 それこそが、戦団の最高意思決定機関なのだ。

 そして、その決定には、美由理が逆らうこともできなければ、そんなことをする意味もなかった。ただ、大切な弟子の人生を左右することだ。話を通してくれるくらいはあってもいいのではないか、と想うのだが、それは師弟関係に重きを置きすぎた考えなのかもしれない。

「二人とも、そんなところで突っ立っていないで、こっちに来て頂戴」

「あ、ああ」

「はい!」

 美由理は、幸多とともにイリアのいる小部屋に急いで向かった。

 いつの間にか、イリアは、飾り棚のある隠し部屋の中にいて、なにやら端末を操作している。飾り棚が音を立てて開放されていく様が遠目にも見えた。

 二人が隠し部屋に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、飾り棚のように見えた台座の上に置かれた物々しい武器の数々だった。

 武器。

 そう、武器だ。

 今や幻の存在になり果てたといっても過言ではない様々な武器が、隠し部屋の各所に保管されていたのだ。

 短剣、剣、刀、斧、槍、鎚――いずれも、魔法時代が訪れる以前にはすでにほとんど実戦で用いられることのなくなっていた代物ばかりだ。銃火器の登場と普及、発展によって、そうした武器は、過去の遺物と成り果てていた。さらに追い打ちをかけるようにして魔法時代が到来すれば、それらの武器が見られるのは創作物の中だけとなるのは必然だっただろう。

 魔法時代においても美術品、芸術品としての価値こそあったものの、魔天創世を経た現代において、そういった美術品の数々は幻魔の世界に消えて失せた。魔天創世によって失われたのは、生物の命だけではない。

 この地球上において密度の増した魔素は、非生物にも多大な影響を与えている。

「これは……」

「魔法不能者用幻魔殲滅兵装群、通称・F型えふがた兵装よ。F型のFはファンタジーのFね。幻型げんがた兵装でもいいけど」

「窮極幻想計画から、か」

「そゆこと」

 イリアが保管庫に収められた武装の数々を一つ一つその目で確かめながら、頷く。

 いずれの武器も、過去に存在した武器を模した、最新型の兵器である。性能も強度も重量も、なにもかもが過去の遺物とは比較にならない。

「F型装備は、先にもいったように魔法不能者専用なの。だから、表立って研究も開発もできないってわけ」

「なるほど」

 美由理は、イリアがこの地下深くの研究施設こそに真の第四開発室といった意味が、ようやく理解できた。

 魔法不能者専用の武器や防具の研究や開発が行われていると知れ渡れば、それこそ時間や人材、ありとあらゆる資源の無駄だと叩かれ、否定され、拒絶されるだろう。戦団がこれまで築き上げてきた信頼を根底から崩壊させかねない。

 魔法社会だ。

 央都百万市民のうち、大半を占める魔法士をこそ優先するのは当然のことであり、千人に満たない魔法不能者のために最新鋭の機器を使い、新たな装備を研究開発するのは、あまりにも無駄が多すぎる。

 それならば、その費用や人材を魔法士専用装備の研究開発に注ぐべきだ、という意見が巷に溢れかえることだろう。

 そしてそれは、圧倒的な正論でもある。

 幻魔災害に、幻魔に対抗できるのは、魔法だけだ。幻魔には、通常兵器が一切効かない。過去存在したあらゆる兵器が通用しなかった。幻魔現出以降開発された数々の兵器もまた、幻魔に効果を発揮しなかった。

 幻魔をたおすには、その心臓たる魔晶核ましょうかくを破壊しなければならない。そのためには、幻魔の肉体を覆う外骨格・魔晶体ましょうたいを損壊させ、魔晶核を露出させなければならない。あるいは、魔晶核ごと魔晶体を貫通することだ。

 それは、魔法でなければ成し遂げられないことだと考えられてきた。

 幻魔現出以来、幾度となく繰り返されてきた研究、実践、そして実戦が、それを証明している。

 魔法だけは、幻魔の堅牢強固な魔晶体を傷つけ、破壊することができるのだ。

 なればこそ、魔法士のための、魔法士の戦いを補助するための装備を開発することに全力を注ぐべきだという意見が真っ当であり、正論であり、極めて合理的なのだ。

 しかし、イリアは、第四開発室を挙げて、F型装備群の開発を押し進めている。

 それは、なぜか。

 美由理は、どうにも魔法社会に不釣り合いな武器の数々を見回しながら、イリアに問うた。

「これは幻魔に通用するのか?」

「もちろんよ。じゃなかったら、総長が彼に使わせようだなんて考えるわけないでしょう」

「それは……そうだが」

 美由理も、イリアにそういわれてしまえば、返す言葉もなかった。

 戦団総長・神木神威こうぎかむいほど、導士のことを想っているものはいない。



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