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第百四十九話 窮極幻想計画(二)

 戦団本部敷地内には、いくつもの建物が混在している。

 もっとも巨大な建物は、中心に聳える本部棟だ。本部棟内には、大食堂や会議室、戦団を構成する各部局の領土たる専用区画などがあり、総長室や副総長室などもある。

 十二軍団の兵舎がその本部棟を大きく取り囲むように配置されているのだが、その兵舎と本部棟の間には、総合訓練所や医療棟があり、幸多がいままさに目の当たりにしている技術局棟もまた、その異様な雰囲気の外観を見せつけるようにして存在している。

 種々様々な外観をした兵舎群ともまた趣を異にするのが、技術局棟だった。

 その名の通り、戦団技術局が管轄する建物であり、技術局が様々な研究や武装などの開発を行うための設備が整っている建物である。

 技術局には、第一から第四までの四つの開発室があり、幸多こうた美由理みゆりに紹介を頼んだ日岡ひおかイリアは、第四開発室の室長である。

 第四開発室は、最近新設されたばかりの部署であり、技術局棟の歪に膨れ上がった外観を見れば、そこが第四開発室のために増設された部分だということがわかるだろう。

 美由理は、颯爽とした足取りで技術局棟へと進んでいくので、幸多はその後を追いかけた。

 技術局棟内部は、外観のような複雑さはなく、あっさりと目的地へと辿り着けた。

 美由理が第四開発室内に足を踏み入れれば、広い室内で作業中の技術局員たちの姿が散見された。いずれの技術局員も作業用の服装である。様々な機材に向き合い、なにやら熱心に作業しているが、幸多には、それがどんな作業なのかまったくわからない。

「室長に連れられたわけではないというのは、めずらしいな」

 不意に、美由理に話しかけてきたのは、技術局員の一人だ。戦団の制服の上から白衣を羽織っているという点が、戦闘部の導士と大きく違う。牡丹色の頭髪が特徴的な男で、美由理に対して妙に馴れ馴れしいという点からして、中々類を見ない人物のように幸多には思えた。

「そういうときだってたまにはありますよ、兄さん」

「それもそうか、そうだな」

 呵々《かか》と笑った男の名は、伊佐那義流いざなぎりゅうという。

 伊佐那麒麟(きりん)の養子の一人であり、美由理にとっては兄に当たる人物だ。

 幸多は、義流の存在について多少なりとも知っているが、それはごくごく一般的な知識としてだ。

 央都における魔法の名門である伊佐那家は、麒麟とその養子たちによって構成されている。もっとも有名な養子は、星将せいしょうにして軍団長を務める美由理だが、ほかの養子たちも戦団で様々な職務に付き、央都のため、戦団のために心血を注いでいるということは有名な話である。

 だからこそ、伊佐那家は、央都市民に慕われ、敬われるのだ。

 義流の目が、美由理から幸多に移る。

「彼が、噂の弟子か」

「はい。皆代みなしろ幸多といいます」

「皆代幸多くん、だね。いろいろと話は聞いているよ。おれは伊佐那義流。知っているかもしれないが、一応、名乗らせてもらおう」

「は、はい、存じ上げております!」

「緊張しなくていいぞ。兄さんは優しいからな」

「優しいから緊張しなくていい、というのは、どうかと思うが……まあ、いいや。それで、師弟連れ立って、なんの用事だ、なんて、聞くまでもないな。室長なら執務室だ。昨夜から籠もりっぱなしでね」

「ありがとう、兄さん」

 気さくに振る舞う義龍に対し、美由理が丁寧に頭を下げたので、幸多も深々とお辞儀をした。

 それから、美由理に付き従うようにしてその場を離れる。

 第四開発室内の入り組んだ通路を進み、やがて突き当たりの一室に辿り着くと、そこには室長執務室という表示板が張り出されていた。

「入るぞ」

 美由理が有無を言わさず扉を開くと、決して狭くはないが広いとも言い切れない室内には、無数の幻板が展開されていて、様々な映像や数多の文字列が浮かんでいた。それらを見ても、幸多にはなにがなんだかまったくわからない。

 室長こと日岡イリアはというと、執務机に突っ伏していた。美由理と幸多が室内に足を踏み入れても、近づいても、まったく反応がないところをみれば、どういう状態なのかわかるというものだ。

 美由理が、静かに嘆息した。

「やはりか」

「やはりって?」

「イリアが一晩中執務室に籠もっているというのは中々ないことだからな。こうなっていると思っていた」

 不意に猫の鳴き声が聞こえたかと思うと、イリアの足下から黒猫が飛び出してきて、机の上に飛び乗った。そして、前足でイリアの頭を小突き始めたものだから、幸多は少しばかり驚いた。

 毛並みの艶やかな黒猫は、真っ直ぐにイリアを見ている。綺麗な翡翠色の目は、宝石のようだった。

 野生の動物など存在しない世界だ。央都で生まれ育った猫に違いない。イリアが愛情を込めて面倒を見ているということが一目でわかるくらい、眩いばかりの溌剌さが黒猫の全身に満ちている。

「イリアの愛猫あいびょうのソフィアだ。イリアは人に心を開かないが、動物にだけは心を開くようだ」

「ちょっと、人聞きの悪いことを言わないでくれる?」

 イリアがおもむろに上体を起こすと、美由理に半眼を向けた。蒼黒色の髪が揺れる中、胸の谷間が覗き見える。制服の胸元を大きく開いているからだ。羽織っているだけの白衣では、胸元を隠すことはできない。

「起きたのか」

「起きてたわよ、ずっと」

「寝てただろ」

「寝てません」

 どう考えてもイリアの反論には無理があったが、幸多はなにもいわなかった。美由理とイリアの二人が気の置けない間柄だということは、この数度の会話だけでも手に取るようにわかる。距離感が近く、交わす言葉も素っ気ないながら、互いを理解し合っているような、そんな感じがあった。

「涎が」

「え、うそ!?」

「冗談だ」

「みゆみゆー……!」

「その呼び方はやめろ、やめてくれ」

「あなたが悪いのよ、質の悪い冗談をいうから」

 イリアは、美由理が頭を抱え込む様を見て愉快そうに笑った。それから空中に魔法の鏡を作り出し、身だしなみを整える。鏡に向かって笑顔さえ決めると、彼女は確信した。その美貌に崩れはない。

「よし、なんの問題もないわね」

「一晩中ここに籠もっていたのなら、問題だらけだと思うが」

「ふふん、お風呂なら入ってるわよ、ちゃんとね」

「なんで誇らしげなんだ」

 美由理は、イリアの調子に巻き込まれざるを得ないという自覚とともにつぶやいた。イリアがいると毎度こうなってしまう。もはや抗うのは諦めていた。

 イリアは、黒猫のソフィアが膝上の領地に戻っていくのを見届けてから、視線を美由理に戻した。そして、美由理の後ろに立つ少年に目が行く。黒髪に褐色の瞳の、少年染みたあどけなさを隠すことの出来ない導士。

「ああ、きみ。皆代幸多くんね。美由理の初めての相手の!」

「どういう言い方だ」

 美由理の言葉は、席を立って、一足飛びに幸多の前に現れたイリアによって黙殺された。

 ちなみに、膝の上に丸まっていたはずのソフィアは、イリアの肩の上に移動しており、その身のこなしの軽やかさのおかげで振り落とされずに済んでいた。

 幸多は、イリアの長身を仰ぎ見た。美由理といい、イリアといい、ふたりとも幸多よりも上背があり、ある種の迫力もあった。

「初めまして! わたしは日岡イリア。技術局第四開発室の室長を任せてもらっているわ」

「は、初めまして、皆代幸多です。その、よろしくお願いします」

「はい、お願いされました」

 イリアは、にっこりと微笑むと、深々とお辞儀をした幸多の頭を撫でた。そんなイリアと幸多のやり取りに、美由理は思わず口を挟む。

「なんなんだ」

「なに? 愛しい弟子を取られて嫉妬しちゃった?」

「どこをどう見たらそういう結論に至れるのか、きみの頭の作りが本気で心配になるぞ」

 美由理が、なぜか勝ち誇るイリアを見てなんともいえない顔をするが、彼女はまったく気にしないようだった。

「それで、美由理はなんの用事なの?」

「どういうことだ」

「だって、わたしに用事があるのは、幸多くんでしょ。美由理は、幸多くんをわたしに引き合わせてくれるためだけの儚い存在じゃないのかしら」

「儚い存在とはどういう言い方だ」

 美由理は、大きく息を吐いた。

「まあ、半分は事実だが、わたしも師として知っておく必要はあるだろう」

「そうね。それは正論よ。そして大正解。花丸あげちゃう」

 イリアは、美由理が乗ってこないので、幸多の手を取った。幸多が困惑する中、その手のひらに指先で花丸を描く。魔法の光が花となって咲いた。

「あなたたち二人とも、知っておくべきことではあるわ。我が第四開発室が押し進めている、窮極きゅうきょく幻想計画について」

 イリアは、幸多の手のひらから魔法の花を掻き消すと、右手を虚空にかざした。

 室内に展開していた全ての幻板が消失する。

「行きましょうか。真の第四開発室へ」

 そして、執務室そのものが小さく揺れて、動き出したものだから、幸多と美由理は思わず顔を見合わせた。


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