第千四百八話 竜の心臓(二)
それを視たとき、義一が我が目を疑ったのはいうまでもない。
思わず麒麟に目を向けたが、麒麟もまた、義一と顔を見合わせた。
当然だろう。
ブルードラゴンの魔晶核、その位置を探し出すことが義一と麒麟の使命であり、そのためにこそ、明日良と幸多は宇宙へと飛び立ち、レイライン・ネットワークとエーテリアル・ネットワークを結び、地宙間情報通信網を復活させた。
かつて地球を取り巻いていた情報通信設備の一部が復旧し、それによって宇宙の声が地上に届き、地上の声が宇宙に響いた。
幸多の視覚情報が映像となって地上に届けられれば、竜級幻魔と竜級魔法士の全力の戦いを目の当たりにすることとなり、それによって、二体の竜が宇宙へ飛び出した理由を思い知ることとなる。
地球上で二体の竜が全力でぶつかり合えば最後、この星そのものが致命的な損害を被りかねない。
亜空の断裂と呼ばれる宇宙の傷痕。それを復元するために消費されるのは、宇宙に満ちた魔素であり、宇宙の魔素総量が変動しないという説が正しいのであれば、二体の竜が戦い続けることによって、宇宙の寿命が縮まることも判明した。
一刻も早く戦いを終わらせるには、神威がブルードラゴンの魔晶核を破壊する以外に道はない。
ブルードラゴンの勝利など、あってはならないのだ。
だから、義一と麒麟の出番だ。
ふたりの異能、第三因子・真眼ならば、魔晶核の位置を特定することは容易い。
特定したところで、破壊できるかどうかは別問題だが、そこは、神威を信じるだけだのことだ。
神威ならば、必ずや為し遂げてくれる、そう信じるしかない。
そして、ふたりは視た。
ブルードラゴンの魔晶体、旭桜を模したその姿のどこにも魔晶体は見当たらなかった。六本の角も、十二枚の翼も、長い尾も、装甲のどこを視ても、魔晶核がない。
では、幻躰なのか。
違った。
殻石が生み出す幻躰と、魔晶核を根源とする魔晶体は、本質的に異なるものなのだ。そして、その本質は、真眼によって見抜くことができる。
ブルードラゴンの魔晶体は、本物だ。
だが、魔晶核は、ブルードラゴンの中にはない。
ならば、どこにあるのか。
ブルードラゴンの魔晶体が神威によって木っ端微塵に破壊され、復元していく中で、確かに視た。
神威の竜眼から流れゆく莫大な動態魔素を目の当たりにしたのだ。
そして、竜眼をよくよく視れば、魔晶核の特性そのものがそこにあった。
蒼竜の命の根源が、神威の右眼に埋め込まれていたのだ。
これには、義一も麒麟も絶句するほかなかったし、自分の目を疑うのも道理だっただろう。
ブルードラゴンは、バビロン戦役終結後、旭桜の死を、死によって生じた莫大な魔力を苗床として発生した竜級幻魔だ。その現出は、地上奪還部隊の全員を絶望させたのはいうまでもない。鬼級幻魔リリスでさえ斃しきれず、霊石化による封印でどうにかできただけのことだ。
そこに現れた竜級幻魔がもたらすのは、絶対的な死であり、滅び以外のなにものでもなかった。
だが、生き残った。
神威がひとり立ち向かい、撃退に成功したのだ。
なぜ、どうやって撃退できたのか、いまとなっては奇跡と呼ぶしかないし、神威の記憶を覗き見ても、正確な情報は得られなかった。ただ、神威はそのとき右眼を失い、ブルードラゴンも右眼を失ったということだけは間違いない。
互いに右眼を失う、痛み分け。
鬼級ならばまだしも、竜級相手にそのようなことが起こりうるのか。
地上奪還部隊が人類復興隊となり、戦団へと再編成されてからも、神威とブルードラゴンの戦いに関する検証と研究、調査は続けられてきた。が、結局、答えは出ていない。
ただひとつ、わかったことがある。
ブルードラゴンが、神威から右眼を奪った際、その眼窩に力を植え付けていったということだ。
それは時間とともに神威の魔素を吸収し、成長、やがて眼球状の結晶体を形成した。
竜眼である。
それをなぜ竜眼と呼ぶようになったのかといえば、神威本来の左眼とは明らかに異なる代物であり、幻魔特有の結晶構造をしていることが判明したからだ。そして、その結晶体には、莫大な魔素が宿っていることもわかった。
いや、違う。
竜眼の魔素生産量が膨大極まりなかったのだ。
神威は、その力を使えば、戦団の勝利に役立てるのではないか、と、考えた。戦団が掲げる人類復興、幻魔殲滅の悲願を達成するための一助となるのではないか。
だが、不可能だった。
神威が竜眼の力を使えば、どこからともなくそれは現れ、暴虐の限りを尽くした。
ブルードラゴンである。
神威がただ魔法を使うだけでも、ブルードラゴンを呼び寄せてしまうことがわかると、技術局は急ぎ、竜眼の制御装置を開発、眼帯として神威に提供した。
神威は、眼帯型制御装置を身につけることによって、魔法の行使すらも制限し、そうすることによって人類に貢献した。
ブルードラゴンの襲来など、百害あって一利なし。
ブルードラゴンを呼び寄せないことのほうが、神威が竜眼を用いることよりも余程利益があった。
「閣下の竜眼が、ブルードラゴンの魔晶核……だと?」
「ありえるのでしょうか? そのようなこと」
「あってたまるか、という気分だが……しかし……」
「麒麟に義一、真眼の使い手がふたりして見間違うはずもない」
「ですね」
「はい。わたしたちの眼が見通すのは、真実。そして、閣下の右眼こそ、竜眼こそが、ブルードラゴンの魔晶核だということもまた、真実」
「ぼく自身、信じがたいことですけど」
だが、義一は、自分の真眼が嘘をつかないことを知っている。
まさに真実を視る眼だ。
実際には、魔素を視ることのできる眼でしかないのだが、しかし、幻魔の魔素の源泉たる魔晶核の在処を見つけ出すのにこれほど適した眼はない。
麒麟と義一は、これまで何度となく殻石の在処を真眼によって発見、戦団の勝利に貢献してきた。
恐府攻略作戦が成功裡に終わったのも、義一の真眼がオトロシャの殻石を見つけ出すことができたからにほかならない。
「ってことは、閣下は、ずっとブルードラゴンの心臓と生きてきたってことか?」
「それが本当だとしたら、とんでもないね」
統魔もルナも、義一たちの導き出した驚くべき結論に唖然とするしかない。
この五十余年、神威は、戦団総長として、導士の中の導士、英雄の中の英雄として、人類史上最高の魔法士として、在った。
その功績は限りなく、栄光と名誉もまた、比肩するものなし。
だれもが彼をして、この世の希望と見ていた。
そんな神威が、人類にとっての絶望そのものとともに今日まで生き続けてきたという事実は、恐るべきことではないか。
無論、だからどう、ということはないのだが。
「しかし……なぜだ? なぜ、ブルードラゴンは、閣下に魔晶核を? 閣下の右眼が傷つけば最後、それだけでブルードラゴンは死にかねないのだぞ」
「それは、本人に聞くよりほかありませんよ」
「うむ」
そして、神威もまた、同様の疑問を口にしていた。
遥か宇宙、混沌にも似た静寂の中で。
《ついに、やっと、ようやく……》
ブルードラゴンは、その桜の花弁の翼を見せつけるように広げながら、いった。
《辿り着いたのね》
神威の右手の上で脈打つ己が心臓を見る蒼竜のまなざしは、神威からすれば、なにを考えているのかまるでわからない。
まさに幻魔の神の如く、超越者にして絶対者の如く、超然と、すべてを理解しているかのようだ。
《この五十余年。命に限りのない幻魔にとっては短くとも、生まれ立てのわたしにとっては、あなたたち人類と同じだけの時の流れを感じたわ》
桜の花弁が舞い続けるも、それらには一切の攻撃的な意志はなく、破壊力もない。神威を包み込むだけであって、それ以上にはなにもしない。
神威が握り潰せば最後、それでブルードラゴンの命脈が絶たれるということもあるだろうが。
《もちろん、百年でも、千年でも、待ってあげるつもりではあったけれど》
ブルードラゴンは、神威の右眼に空いた穴を見て、そして再び竜眼に視線を戻す。
己が心臓へ。
魔晶核へ。




