第千三百九十一話 竜と竜(十三)
《そして、一度目覚めてもなお、彼は再び眠りについた。地球全土を巻き込んだ未曽有の人類の愚行の中にあっても、眠りにつき続けた。竜の目覚めは、世界の滅び。竜の声は、終わりの声。混沌の名を冠する竜は、しかし、だれよりもこの世の理、魔の法に精通し、故に暴れ回ることはなかったのよ》
「……理解したよ」
神威は、蒼竜を睨み据えながら、静かに告げた。
なるほど、竜たちが眠り続けるわけだ。竜たちは、自分の力の強大さを完全に理解し、把握しているのだ。自分たちの一挙手一投足が、周囲のみならず、地球全体に与える影響の大きさがわかっているから、動くに動けない。故に眠る。眠り続ける。
地球に生まれ落ちた幻魔の神は、生まれ育った天地を離れることなく、また、壊すことなく、ただ、そこに在り続ける。
楔だ。
地球に打ち込まれた楔は、引き抜こうとすれば最後、破滅的な事態を引き起こしかねない。
だから、竜には触れるべきではない。
鬼級幻魔が立ち向かおうとしないのは、その摂理そのものたる存在を本能的に理解しているからなのだろう。
無論、力の差も、だが。
そして。
「おまえは、ほかの竜たちとは違う」
《それはそうでしょう。わたしはあなたを愛しているわ》
蒼竜は、旭桜の声でそう嘯くと、神威へと殺到した。超神速飛行によって、一瞬にして神威の頭上へと到達した蒼竜の右の踵が稲妻の如く降ってくる。対する神威は、右腕を振り上げて弾こうとするも、右手の甲が粉砕され、竜気の爆発に飲まれた。
爆圧によって吹き飛んでいく神威に追撃の流星群が放たれるも、それらには、多重結界が対応する。爆砕に次ぐ爆砕の乱舞。だが、幾重にも展開する竜気の結界は、簡単には突破できない。
だからこその接近戦。
互いに星装を纏い、それによって竜気の多重結界を展開、維持しているが故に遠距離魔法攻撃の撃ち合いになると、痛撃になりにくい。
だが、至近距離まで肉迫すれば、互いの結界が干渉、中和し合い、打撃が通るようになるのだ。無論、ただの打撃ではない。竜気を帯びた猛烈な一撃。場合によっては勝敗を決める、致命的な威力を持っている。
「ふざけるなよ、ブルードラゴン」
《ふざけるな? ふざけているのは、あなたよ、神威》
蒼竜は冷ややかに告げ、翼を広げた。さらに無数の流星を発射すると、それらは間髪入れず神威に肉迫、物凄まじい弾幕が形成された。が、神威は、黙殺する。虚空を蹴って飛び立ち、弾幕の中を加速すれば、爆光の狭間に蒼竜の顔を見た。竜鱗の装甲、その表面を奔る無数の律像が、破壊的な魔法の発動を告げてくる。
《真・桜花連咲》
両腕を神威に捧げるようにして唱えた真言は、竜気の花を開かされた。まるで桜の花が咲き誇る様が連続し、神威の全身を打ちのめす。破壊の連鎖。それでも神威は止まらない。
「おれがふざけている、だと?」
《そうでしょう? だって、あなたはまだ、星髄に至ってもいないじゃない》
「星髄――」
横っ面を殴りつけられたような感覚は、事実として、現実として、神威の側頭部への踵の一撃によるものであり、神威は、つぎの瞬間、光となって宇宙を吹き飛んでいった。
頭蓋が打ち砕かれ、脳髄も灼き尽くされかねないほどの痛撃。竜眼があればこそどうにか生き残っているものの、そうでなければとっくに絶命していたに違いないと確信する。
とはいえ、確信した瞬間には頭部の復元は完了しており、神威の竜眼が閃光となって迫り来る蒼竜を、その虹色に輝く眼を捉えていた。
《ただ星極に到達しただけの星象現界は、〈星〉の表層を現しているだけ――それがあなたの優秀な部下たちが導き出した結論なのでしょう? そして実際、星象現界にはさらなる先があった。あなたもそれを目の当たりにしているはず》
神威は、六枚の翼による姿勢制御でもって蒼竜を迎え撃つ。超至近距離の両者の間で繰り広げられるのは、多重結界など意味を為さない、近接戦闘であり肉弾戦。熾烈としか言いようのない、打撃の応酬。
《わたしが確かに感じ取ったように》
「感じ取った……か」
《だから、逢いに来たのよ》
「そうか」
神威は、蒼竜の竜眼に映る己が表情の冷ややかを認めた。もはや蒼竜が旭桜の姿をし、彼女の声で語りかけてくることなど、どうでもよくなっていた。
竜と竜の戦いにおける重大にして致命的な事実を知り、蒼竜の真意を理解すれば、冷静さも取り戻そうというものだ。
「だから、か」
《……でも、なんだか残念ね。あなたは、結局、竜眼の力に頼っているだけ。使いこなせてすらいないもの》
「はっ……」
神威は、蒼竜の手癖のような踵落としを手刀で払うと、右脇腹に拳を突き刺した。竜気を炸裂させ、星装を破壊する。蒼竜が目を見開いたのは、一瞬。つぎの瞬間には、回し蹴りが神威の腕を切り離しており、竜気の旋風が両者の間に逆巻いていた。
わずかに距離が離れると同時に、両者の流星群が激突し、閃光が乱舞する。しかし、それで肉弾戦が終わるわけもない。再び衝突し、凄まじい打撃の応酬が行われる。
その間、巨大な竜気の激突が宇宙空間に亀裂を生じさせ、またしても周囲の魔素を吸い上げて修復していく光景が何度もあった。
「勝手に植え付けたのはどこのだれだ」
《勝手に生み出したのは、どこのだれかしら》
「おまえ自身が勝手に生まれたんだろうが」
《じゃあ、そういうことにしておいてあげましょう》
「なにをいっている?」
神威の掌打が空を切り、桜の花弁が舞った。竜気の塊であるそれらが連続的に炸裂する中、神威は飛び退いて蒼竜を目で追った。
星々瞬く宇宙空間を自由自在に飛び回る蒼竜。その光の尾を曳く様は、圧倒的だ。一瞬にして遥か彼方へと離れていったかと思えば、つぎの瞬間には、眼前に迫っている。そして、打撃。竜気を帯びた踵落としは、やはり、拳で受け止め、粉砕される。
肉体の強度は、蒼竜のほうが遥かに上だ。
当然だろう。
相手は生粋の竜級幻魔であり、神威は、人間なのだ。竜眼の力でどうにか戦えているものの、根本からして次元の異なる存在なのだ。
まともに戦って勝てる相手ではない。
だが、勝たねばならない。
斃さねばならない。
滅ぼさねばならない。
でなければ、蒼竜が人類を滅ぼしかねない。
蒼竜は、他の竜たちとは明らかに異なる存在だ。他の竜たちが己が力の大きさのあまり、一切の行動を起こさず、眠りにつき続けているのに対し、蒼竜は、事あるごとに神威の前に現れ、蹂躙してきた。
神威が竜眼ごと滅び去れば、竜の在るべき姿、正しい在り方になるとでもいうのか。
(それは期待できないな)
蒼竜は、星象現界の存在を把握し、星髄すらも理解していた。戦団に関する情報収集を怠らず、戦団が戦力を整えつつある状況をも知っていた。
つまり、神威が死ねば、神威に変わる導士を対象として付きまとい始めるのではないか。
そして、そのときには、再び、竜眼を植え付けるのではなかろうか。
やはり、神威が決着をつけるしかない。
だが、どうやって。
現状、神威の全力を駆使しても、蒼竜には敵わない。食い下がれてこそいるものの、決定的な一撃を叩き込むには至らないし、勝ち筋が見えない。
やはり、星髄なのか。
星髄に至り、真の星象現界を開眼するしかないのか。
(いや)
神威は、胸中、頭を振った。打撃の応酬によって破壊される己が肉体を認め、相手の肉体の損傷状況を把握する。互いに竜気を込めた猛攻である。一撃一撃が重く、破壊力抜群だ。鬼級幻魔ならば一瞬にして消滅するであろう打撃ばかり。
それらの攻撃に一切の隙は見当たらない。
瞬くは、〈星〉。
星象現界の、星装の輝き。
竜鱗が煌めき、律像が奔る。
「絶・屠龍輪」
神威を中心に展開する多重の光輪が、ブルードラゴンの星装をずたずたに切り裂き、肉体をばらばらにした。




