第千三百八十六話 竜と竜(八)
星象現界・滅龍神威。
竜眼の力を完全解放した状態のみ発動可能なそれは、竜気による星象現界であり、型式としては武装顕現型に類別されるだろう。ただし、ただの星装ではない。
竜気の衣を全身に纏っているだけではなく、肉体の構造そのものを竜気によって作り替えているのだ。その上から青白き竜鱗を装甲として身に纏い、頭部からは三対六本の角が、別々の角度に向かって伸びている。鎧から伸びた尾のような装飾と、背後に浮かぶ光輪から広がる光の翼――まさに人型の竜とでもいうべき姿だった。
ブルードラゴンが、羽撃いた。三対六枚の翼で、だ。衝撃波が幾重にも生じ、神威に襲い掛かってきたが、星装を纏う彼には牽制攻撃にすらならなかった。竜鱗の鎧が生み出す力場が、その程度の攻撃ならば弾いてくれるからだ。
直後、宇宙を游ぎ始めた竜を追うべく、彼もまた、羽撃く。光輪の翼が、膨大な光を発した。
互いに蒼白の光を発するのは、力の源が同じだからだろう。
蒼竜は、宇宙空間を自在に飛翔していく。羽撃くついでに流星群を神威に降り注がせるも、それらが神威に到達することはない。神威もまた、無数の光弾を発射し、粉砕して見せたからだ。
蒼竜が神威を一瞥したが、止まらない。加速し、どこかへと移動し続ける。
宇宙空間。
方向感覚が狂わずに済むのは、地球がすぐ側にあるからか。
神威も、加速した。蒼竜の乱射する魔法の数々を突破し、その懐へと急接近すれば、さしものブルードラゴンもこちらを見た。目を見開いたのは、神威の拳によって脇腹を貫かれたからだ。
「絶・破龍掌」
莫大な竜気を帯びた掌打による一撃は、ブルードラゴンの巨躯に巨大な穴を開けた。同時に生じた爆発的な竜気の拡散は、蒼竜の反撃。神威は思わず両腕で顔を庇ったが、それが徒となった。蹴り飛ばされ、宇宙空間を激しく流れていく。
蒼竜が、脇腹の大穴を修復するのに時間はかからない。そしてそのまま、目的地へと飛んでいく。
「あれは……」
神威は、蒼竜の向かう先に気づかされた。
月だ。
超光速で飛行するブルードラゴンの前方には、月が浮かんでいたのだ。
なぜ、蒼竜は月へと向かうのか。月で決着を付けようとでもいうのか。それとも、月になにかがあるというのか。
神威には想像も付かないが、蒼竜が月に到達しかけている以上、追い掛けるしかない。竜気を噴出して、宇宙空間を突き進む。
魔法士にとって、宇宙空間に滞在することは、いまや大した問題ではない。
魔法時代黄金期には、魔法士単身による宇宙遊泳が記録されており、それ以来、魔法技量が一定水準に達すれば、だれでも可能であると考えられるようになっていた。
竜気を纏う神威ならばなおさらだ。酸素があろうがなかろうが、潤沢な魔力が命を保持し続ける。
そして、神威は、蒼竜が月面に着陸する瞬間を目の当たりにした。遥か前方、月面に大穴が開き、爆風が周囲一帯のなにかを消し飛ばしていた。
神威が月の表面に辿り着いたころには、ブルードラゴンの力による被害はさらに拡大しており、一方的な殺戮劇が繰り広げられていた。
「幻魔か」
神威は、月の表面を覆い尽くすほどの怪物の群れを認めて、目を細めた。
「新発見だな。月も、幻魔の領土だったか」
霊級、獣級、妖級、そして鬼級――あらゆる等級の幻魔が、群れを、いや、軍勢を成して、月の秩序への乱入者、破壊者に対抗しようとしていた。
「だが、地球ほどじゃない」
地球は、幻魔によって環境そのものが作り替えられ、幻魔以外の生物が死滅してしまった。幻魔による幻魔のための世界の構築と維持。それがなされたのが地球ならば、月はどうか。
月は、宇宙進出に成功した人類にとって重要な拠点だったはずだ。宇宙進出の象徴であり、聖域。月にも都市が作られ、人々が暮らしていたはずだが、この数の幻魔を見れば、生存者は絶望的だった。
地平の彼方まで埋め尽くす幻魔が、津波のように押し寄せてきている。
「竜……竜だと!?」
「いったいどういうこと!?」
「竜は地球で眠っているはずじゃないのか!?」
「せっかく月を手に入れたというのに……!」
愕然とした声は、おそらく鬼級幻魔たちの反応。
それら反応を見る限り、彼らは竜級幻魔が神の如く君臨する地球を離れ、月に自分たちの楽土を築き上げていたのではなかろうか。
竜のいない月ならば、思う存分、好き勝手に暴れ回れるとでもいうのだろう。
竜が存在する以上、地球上での戦いは制限される。
少なくとも、竜の眠る地での戦いは禁忌とされているに違いなかったし、竜を目覚めさせることの危険性については、鬼級幻魔たちが理解していないはずがなかった。
その禁忌が、いままさに目の前に現れたのだ。
「馬鹿な、ありえぬ!」
「なぜ、こんな……!」
鬼級たちの悲痛な叫びは、蒼竜が無慈悲にもその力を振り回しているせいでもあるだろう。
ブルードラゴンの一挙手一投足が、幻魔にとっての死の宣告であり、滅びの通牒である。
具体化した破滅といっていい。
「なぜ!」
「せめて、地球の衛星なんかよりももっと遠い星に行くべきだったな」
神威は、多少、鬼級たちを哀れに思いつつも、蒼竜に倣って幻魔たちを薙ぎ払った。星装の尾を振るうだけで竜気の波を起こし、それによって幻魔の大軍を消滅させる。
そのころには、鬼級たちは混乱から立ち直ったようであり、配下の幻魔を二体の竜に差し向けると、自分たちは月から脱出するべく、飛び立ち始めていた。
「それは困る」
告げたのは、もちろん、神威。
ブルードラゴン討滅が最優先事項ではあるが、ここで月の鬼級たちを逃す道理はない。彼らがこれからどこへ向かうのかなど皆目見当もつかないが、地球に降り立つ可能性がわずかでもある以上、見逃すことはできない。
月から別の星へ活動拠点を移すにしたって、その星に宇宙移民が、人類がいないとも限らない。
ならば、ここで、月の幻魔を殲滅するべきだ。
すると、竜が、吼えた。
咆哮とともに発生したのは、巨大な重力場。月全体を覆うほどの重圧が、月から飛び出そうとした鬼級幻魔たちを捉え、月の表面に叩きつける。
まるでブルードラゴンが、神威と同様、月の幻魔殲滅に乗り出そうとしているかのようだ。
そして、流星群。
神威ならば防ぎきれる竜気の光弾の雨は、鬼級幻魔たちには逃がれようのない死の嵐であり、絶望そのものだった。
鬼級たちは、抗いに抗った。藻掻き、足掻いた。持ちうる限りの魔力を駆使し、独自に星象現界に到達するものもいたほどだ。神威の星象現界を目の当たりにしたからだろう。〈星〉を視、星極に達することができれば、星象現界はだれにでも発動できる。
たとえ幻魔であっても。
何体かの鬼級が星極に至り、星象現界を発動するも、それらが月の世界に混沌を導くようなことはなかった。
最初から最後まで一方的だった。
神威も何体かの鬼級を撃破したものの、数千体に及ぶ鬼級を撃滅したのは、ブルードラゴンであり、流星群の魔法だけで為し遂げたのである。
神威が難なく防いできた魔法の威力がこれでわかっただろう。
竜級幻魔ブルードラゴンが頻繁に行使する魔法なのだ。威力、精度、範囲、効果――あらゆる部分でずば抜けている。
ただし、竜級同士ならば、話は別だ。
月面全土を青白く塗り潰した流星群によって、ついに月から幻魔が一掃されると、蒼竜は、神威に向き直った。
「月のお掃除、ご苦労さん。これで人類は、当面の間、月の心配をしなくて済む」
無論、ブルードラゴンが親切心でこのような真似をするわけもないことくらい、理解していない神威ではなかった。
ただ、邪魔だったのだろう。
神威との戦いに。
蒼竜は、神威との戦闘を望んでいる。
命懸けの戦いを。




