第千三百八十三話 竜と竜(五)
「あれが閣下の本気というわけか」
「それってつまり、ぼくらとの組み手は全部手を抜いてたってことですやん」
「当然でしょう。幻想空間上とはいえ、竜眼を解放した閣下の真の力を完璧に再現できるはずもないわ」
瑞穂が呆れるようにいいながら、天に翳した海神三叉に力を込める。
かつて雷神の庭と呼ばれた大地は、殻石の霊石化、〈殻〉の霊石結界化に伴い、人類の領土となった。人類生存圏にして、央都の一部である。恐府はいまや完全に滅び去り、恐王の圧倒的な力も存在感も消えて失せた。
しかしながら、長く深い幸福な夢から強引に目覚めさせられたような感覚は、寝覚めの悪さとともに意識の奥で揺らめいていて、あらゆる感覚が安定していない。
が、いまは、全力を振り絞らなければならなかった。
遙か上空で、神威とブルードラゴンが激突している。
激突の度に生じる余波が、この央都第五霊石結界に衝突し、全体を震撼させているのだ。どちらかの攻撃が逸れ、直撃を受けるようなことになれば、それだけで霊石結界そのものが消滅しかねない。
故に、星将たちは、眠りから叩き起こされるなり、すぐさま星象現界を発動、星神魔法による結界の構築に全力を尽くした。
霊石結界全域を覆うほどに巨大な結界を作るには、やはり、力が足りない。
雷神討滅軍には、八幡瑞葉、麒麟寺蒼秀、新野辺九乃一、味泥朝彦、竜ヶ丘照彦という五名もの星将が投入されているものの、この五人が星神魔法を組み合わせたとしても、この広大極まりない霊石結界を覆い尽くす魔法壁を張り巡らせるには至らない。
そこで、九乃一と照彦には黒禍の森へと移動し、播磨陽真と合流、地霊の都の伊佐那美由理、朱雀院火倶夜との協力によって合性結界魔法の構築を試みようとしていた。
星将はだれもが消耗し、疲弊している。が、中でも雷神討滅軍の星将たちほど力を使い尽くしたものはいまい。
トール討滅がため、死力を尽くした結果だ。
本来ならば、恐府攻略は、日数を掛けて行うものであり、各方面を順次攻略、オトロシャ軍の戦力を削ぎ落としながら、オトロシャとの決戦を迎える予定であった。
それが、一日足らずで終わってしまったのもそうだが、その直後、ブルードラゴンが襲来するなど、想定外としか言い様がない。
「まあ、そらそうなんですけれども、なーんか、気を使われているみたいですやん?」
「気を遣っているのだ」
「システムにね」
「なーるほど」
不承不承といった体で納得して見せた朝彦は、遥か頭上でぶつかり合う青の光を見ていた。
激突の度に降ってくる衝撃波は、この恐府跡地のみならず、近隣にも多大な影響を及ぼしているのではないか。央都四市は無事なのか。霊石結界だけで守れるのか。
情報官に問い質せば、いまのところ無事であるらしいのだが。
不安は、残る。
「なんだか夢を見ていたみたいですね」
静かに息を吐いたのは、上庄字。
皆代小隊の面々がそれぞれに目を覚ましたのは、遥か頭上から降ってきた破壊音のせいだった。頭の中に爆弾が放り込まれたかのような感覚の中で飛び起きたのは、新野辺香織だが、そんな彼女が落下した地点にいたのは高御座剣である。
鳩尾に香織の頭を受け止める形になって、大袈裟なまでに呻きながら覚醒した剣は、敵の急襲でも受けたのかと思ったほどだった。もっとも、敵の急襲ならばこの程度の痛みで済むはずもない。
「オトロシャの星象現界か」
六甲枝連は、防型魔法の律像を編み上げつつ、前方を睨み据えている。情報官からの通達によって、彼らは自分たちが置かれている状況を理解した。
恐府攻略作戦は、オトロシャの殻石を霊石へと転換するという最大最高の形で幕を閉じたのだという。そのため、オトロシャの星象現界・夢幻抱擁の影響は、軽微どころか皆無といっていいほどだった。
夢幻抱擁は、星域内に存在するオトロシャ以外の敵味方すべてを対象とし、眠らせ、夢を見せる星象現界だった。故に、発動中に決着がつけば、だれひとり傷つけられることも、失われることもなく、終わってしまう。
オトロシャがその気になれば導士たちをひとりでも多く殺戮するどころか、星将を皆殺しにすることも可能だったはずだが、そうしなかった。
「良い夢、見れた?」
「まあね、ハッピーな夢だったよ」
「そんなハッピーたかみーの夢の中のあたしは、どうだったのかな?」
「――さて、ぼくたちのやるべきことは、と」
「たかみー……!」
香織と剣がじゃれ合うのを横目に見つつ、字は、情報官の指示通り、皆代小隊を展開した。小隊長たる統魔が不在ならば、副隊長の字が指揮を執らなければならない。
雷神の庭の遥か前方、恐王直轄地との境界辺りからこちらに向かって移動中の幻魔の群れが見えた。雷属性の幻魔を主体とする混成軍は、オトロシャ軍の残党である。
それらは、支配者たる殻主オトロシャを失い、寄る辺たる〈殻〉を失い、そして、霊石結界によって存在そのものを否定され、故に結界の外へ移動しようとしているのだ。
そして、それらが進路上に人間を発見すれば、攻撃してくることは疑いようがなく、故に戦闘態勢を整えておく必要があった。
星将たちが力を合わせ、合性結界魔法を構築しているのだ。そのおかげで、竜級同士の死闘の影響を限りなく受けずに済んでいる。
星将たちの邪魔をさせてはいけない。
「皆代小隊、準備は良い?」
字が問えば、枝連も香織も剣も、力強く頷いた。
黒禍の森に急行した九乃一と照彦は、問題なく陽真と合流することができた。
寝惚けまなこの第三軍団長は、九乃一と照彦の形相の凄まじさにも半ば茫然としているようであり、なにがなんだかわからないと言いたげだった。
「まだ半分以上寝てるのかな?」
「だとしても、おかしくはありませんが」
「いやいや、いやいやいや」
軽く小突いてきた九乃一と照彦に慌てた様子の陽真だったが、やはり、反応は鈍い。
つい先程まで夢を見ていたのだ。
その夢の幸福度たるや、それが現実ならば良かったのにと思うほどのものであり、覚醒とともに訪れたのは、どうしようもないほどの虚しさだった。
とはいえ、星将である。
状況を把握すれば、瞬時に対応に動こうというものだ。
「合性結界魔法ね」
陽真は、九乃一たちの提案にうなずき、星象現界を発動した。星神魔法による合性魔法の発動は、並大抵のことではない。
元より、合性魔法は高等技術である。
それを星神力によって行おうというのだから、並外れた魔法技量が必要だということはわかるだろう。
しかし、星将たるもの、それくらいできなければならない。
導士の規範にして目標たるべきもの。
導士たちをも導く星。
故に星将。
「もうしばらく寝ていたかったのが本音だが」
「そういうの、全部終わってから言ったほうがいいと思う」
「ですね」
「まあ、いいじゃないか。減るもんじゃなし」
「うーん、どうかな」
「部下が聞いていたら、減るんじゃないですか?」
「なにが?」
「星将への憧れとか、評価点とか」
「まあ……そうかも」
そんな他愛のない話をしつつ形成するのは、結界魔法の律像。複雑にして精緻なる幾何学模様の波紋が幾重にも広がり、三人の間で重なっていく。
合性魔法は、律像を重ね合わせることから始めなければならない。
意識を集中し、精神を統一し、すべての感覚を研ぎ澄ます。
すると、遥か頭上から響く破壊音が脳天に直撃し、意識を貫くのだが、それを耐え、より高密度の合性魔法を練り上げていく。
竜と竜の戦いは、高度を上げ続けている。
だが、だからといって、安心してはいけない。
あれほどの力が地上に向かって放たれれば最後、それだけでこの地は壊滅しかねない。
故にこそ、死力を尽くし、合性結界魔法を展開するのである。




