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第百三十四話 鬼級幻魔(二)

 統魔とうまは、こちらに向かってくる幻魔げんまを睨み据えていた。

 幸多こうたを殺そうとした相手だ。睨まずにはいられなかった。怒りが、憎しみが、激情が、統魔の全身を貫き、突き動かしている。だから、痛みなど感じないし、自分がどうなろうとも構わない。

 幻魔が、眼前で手をかざした。灰色の掌が統魔の視界を覆う。

「そして、死んでも覚えておけ、おれ様の名は、バアル。鬼級おにきゅう幻魔のバアルだ」

「なにを……」

「貴様の死は無駄にはならんだろ」

 バアルと名乗った幻魔が発した言葉の意味を理解したとき、統魔は、遥か頭上に雷光が瞬くのを認めた。視界を遮る灰色の掌よりも、頭上から降り注ぐ雷光のほうが余程強烈だった。 

 そして、眩いばかりの雷光は、音もなく降ってきたかと思えば、バアルの頭頂部に激突し、爆ぜた。轟音とともに、極めて強固なはずの魔晶体が大きくひしゃげ、幻魔の体勢が崩れる。

 統魔はバアルの力から解放され、地面に叩きつけられたが、そのときの衝撃を痛みとして感じることはなかった。昂ぶりすぎていて、脳が痛みを認識しないままだった。

 バアルの長身にさらなる打撃が叩き込まれ、大きく吹き飛んでいく光景は、痛快というべきなのか、どうか。

 統魔は、青白い雷光に包まれたまま降り立った人物を見上げて、安堵を覚えた。

「間に合って良かった」

 第九軍団長にして統魔の師匠である星将せいしょう麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうが、強烈な雷光を帯びているせいか、普段オールバックにしている黒髪を逆立たせていた。莫大な魔力が雷光となって全身から迸っていて、その姿は雷神さながらだ。彼が発する強烈な圧力は、しかし、圧倒的な安心感となって統魔を包み込む。

 統魔だけではない。

 その場にいた、時間稼ぎのために動員された全ての導士たちが、統魔と同じ気分だったに違いなかった。

 この場にいる誰一人として、蒼秀の実力に疑いを持っていなかったし、彼を超えられると思っているものもいなかった。

 すると、無数の爆撃音が轟いたものだから、統魔はそちらを見遣った。魔法の砲火に曝されているのは、当然、バアルと名乗った鬼級幻魔だ。

 超高火力の魔法の連打は、並大抵の魔法士の技量ではない。

「ええ、本当に」

 ふわりと、蒼秀の側に降り立ったのは、第二軍団長の神木神流こうぎかみるだった。バアルへの魔法による集中砲火は、間違いなく神流の仕業だろうということは、統魔でなくとも理解できたはずだ。

 あれほどの圧倒的な火力を瞬間的に多量に叩き込むことができるのは、戦団でもそういるものではない。

 戦闘部の星将くらいのものだ。

 そして、鬼級幻魔の出現を感知した作戦部は、即座に二名の星将を投入することを決めたということが、これによって判明する。

 本来ならば統魔が知らないわけのない事態だった。導衣の通信器を通して聞かされていたはずなのだが、統魔は、幸多のことで頭がいっぱいだったこともあって、聞き逃していたのだ。

 鬼級幻魔が複数名の星将を投入しなければならないほどの相手だということは、わかりきったことだ。

 だれもが学び、知っている。

 人類の天敵たる幻魔の中でも飛び抜けて凶悪な存在、それが鬼級幻魔なのだ。

 故に、もし万が一、巡回任務等の通常任務中に鬼級幻魔に遭遇することがあれば、応戦するのではなく、時間稼ぎに徹するべきだとされていたし、その場から逃げたとしても不問にされることも少なくなかった。

 煌光級未満の導士ならば、なおさらだ。

 それほどの相手だ。

 星将級の魔法士でもなければ、対処できない。

 統魔は、己の未熟さを痛感しながら、体を起こした。全身が激しく痛む。しかし、この痛みが生きていることを実感させた。

「ぎりぎりですけど」

 統魔は、蒼秀の言い分に反抗するようにいった。

 蒼秀は、そんな弟子の意見に対し、にやりとした。そういえるだけ元気があるということだ。

「だが、間に合った」

「ここから先は、わたしたちに任せてください。皆さんも、被害の拡散を防ぐことに全力を上げるように」

 神流の命令に周囲に展開していた導士たちが首肯しゅこうする。

 敵は、鬼級幻魔バアルただ一体。しかし、その一体とまともに戦えるのは、星将二名だけだ。それ以外の導士たちが攻撃しても、足手纏いになるだけでなく、星将たちの足を引っ張りかねない。

「なるほど、時間稼ぎか」

 バアルは、納得するとともに陥没した頭頂部を復元し、折れた背骨を治し、体中の焼け跡を再生した。全身に痛撃を受けた。これほどの攻撃を受けたのは、何十年ぶりだろうか。少なくとも、リリスとの死闘以来なのは間違いない。

 リリスが人間たちに敗れたのがおよそ五十年前。

 それ以来、バアルは、安住の地を求め、場所を転々としてきたのだ。そうしてこの人類の楽土にこそ、バアルにとっての安住の地を見出した。

 ここに彼の敵はいない。

 人間など、雑魚ばかりだ。

 どれだけ束になろうとも、彼の相手にはならない。

 少なくとも、空中を漂い、彼を包囲するような格好だけをしている導士たちでは、どれだけ力を合わせても、彼の敵にはならなかった。

 だが、敵が現れた。

 敵と定めることのできる強力な魔法士たちが、立ちはだかった。

 それも二名。

 人間風情が、などとはいうまい。

 バアルは、リリスが人間に敗れ去ったことを知っている。リリスだけではない。アルゴスも、タロスも、イブリースも、この地にいる人間たちによって敗れ去り、その楽土を奪われた。

 人間を見くびってはならない。 

 見くびった結果が、リリスであり、アルゴスであり、タロスであり、イブリースの末路なのだ。

 だから、彼は、視線だけで導士たちを牽制しながら、右手で虚空に触れた。虚空に赤黒い亀裂が生じ、亜空間が口を開く。そこはバアルの領土であり、楽土だ。

「逃げるつもりか!」

 統魔は、バアルが虚空の裂け目に手を差し入れる様を見て、喉が張り裂けるほどの大声で叫んだ。

「そうとも。おれ様は逃げる。無駄な戦いはしない主義なんだ。貴様等とは違ってね」

 バアルが亜空間の断裂に踏み込みながら、統魔を振り返る。

「逃げるなよ! おまえの相手はおれだ!」

「はっ」

 バアルは、鼻で笑った。嗤うほかなかった。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。人間の、負け犬の遠吠えに聞く耳を貸すほどのお人好しは、幻魔にはいない。

「逃げるなといわれて逃げない奴がどこにいる。そもそも、貴様におれ様の相手が務まるとでも? 戦うというのか? その体で?」

「ああ、そうだよ!」

 統魔は、無意識に飛び出していた。蒼秀と神流が制止することすらできないほどの速度で、バアルに殺到している。バアルすら、統魔の接近を許していた。

 バアルは、視界一杯に肉薄してきた統魔に対し、向き直って対応する。

「馬鹿め」

 吐き捨てるように告げて、左手を掲げる。彼が虚空を撫で付ければ、それだけで亜空間の亀裂が生じ、口が開く。

「わかってんだよ!」

 統魔は叫び、亜空間の亀裂を左手で押さえ込んだ。亀裂が大口を開こうとするのを封じ込めたのだ。

「なに!?」

 さすがのバアルも驚いたが、それも一瞬のことだ。その場から飛び退り、統魔の特攻を回避する。統魔は、バアルが開いていた亜空間の穴に飛び込みかけて、即座に転進する。

 バアルは、さらに距離を取りながら、次々と亜空間の亀裂を生み出していく。

「まったく、馬鹿馬鹿しい!」

 バアルは、怒声を張り上げた。凄まじい速度で飛行しながら、無数に展開する亜空間の亀裂を躱し、彼に向かってくる導士は、常軌を逸しているというほかなかった。

 そうとしかいえない。

 それ以外評価のしようがない。

 そして、その魔力がさらに増幅し、跳ね上がり続けているという事実にも、目を見張るものがあった。

 だが、バアルの相手には、ならない。


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