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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
魔界の無能少年

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第千二百八十話 神流の火(十五)

 気づけば、頭上には雲ひとつない空が広がっていた。快晴としかいいようのない天候。だが、雨が降っている。青白い光の雨。それら一粒一粒が情報子そのものであり、この世界を構成する根源的な要素なのだろうということは、なんとはなしに理解できる。

 この世界。

 なにもかもが青ざめた町の中。

 立ち並ぶ建物や入り組んだ道路など、その風景には見覚えがあった。記憶に刻まれた町並みが不確かに再現されているのだろう。おそらくだが、きっとそうに違いない。

 幸多こうたは、そんな町中にそびえ立つ雑居ざっきょビルの屋上にいた。

「まあ……やれるだけのことはやったんじゃないかな」

 話しかけてきたのは、もう一人の自分。

 幸多の顔をした何者かは、幸多のことを心配するような素振そぶりをして、側にいた。本当に心配しているのかもしれないが、幸多にはわからない。

 ここは、心象しんしょう世界。

 幸多の心の奥底に広がる領域であり、精神の深層とでもいうべき場所だ。だからこそ、彼らがいる。幸多の姿をし、幸多の声で話す、精霊せいれいたち。精霊としか表現しようのない彼らは、この世界のどこにでもいた。

 記憶から再現された町並みのそこかしこで、幸多のことをじっと見つめている。

「どこが」

 幸多は、精霊に反論しつつ、強化樹脂製の柵を握り締めた。座り込んでいた体を起こし、精霊に向き直る。鏡を見ているような感覚に陥るのは、精霊が現在の幸多そのものの姿をしているからだ。頭の天辺てっぺんから足の爪先に至るまで、完全無欠に模倣している。

 だが、違和感がある。

 表情が違うのだ。

 いまこの瞬間の幸多が、そのような穏やかな表情をしていられるはずがない。絶体絶命の窮地きゅうちであり、切羽詰まっているのだ。

「ぼくはまだ、なにもできていないよ」

「……だとしても、いまはこれでいい。これでいいんだよ」

「うん? どういう意味?」

「幸多。きみにはきみの使命がある。この世に生まれた意味そのものたる役割が」

「……なにを、いっているのかな」

 幸多は、精霊の言葉に違和感を覚えた。その顔を睨み付ける。

 幸多の心象世界に宿る彼らを精霊と呼ぶのは、奏恵かなえがそう呼んでいたからにほかならない。本当の意味での精霊などではないことは最初から明らかだったし、そんなものが内在していることそれ自体が異様だ。幸多がただの人間ではないことを証明しているかのようですらある。

 彼らは、幸多と同じ姿形をして、同じ声で言葉をつむぐ。ときには、意識を失った幸多の代わりに幸多を演じ、奏恵を始めとする周囲の人々を安心させてくれていたというし、そういう部分は感謝しているのだが。

 しかし。

「きみは、ぼくが何者なのか、知っているの?」

「……知っている。知っているとも。知らないわけがないだろう」

 精霊は、少し考える素振りを見せたあと、静かに言い切った。その目は、まっすぐに幸多を見つめている。瞳に映る幸多の顔は、やはり、鬼気迫っていた。

「だって、ぼくたちは、きみとともに生まれ落ちたんだ。きみが生まれたとき、ぼくたちは目覚めた。きみの意識の奥底で。この心象世界で。きみの成長とともにぼくたちもまた、成長した。ぼくたちは、きみの半身であり、きみの影であり、きみの鏡像きょうぞう

 精霊の瞳に青白い燐光りんこうが流れた。情報子の光だ。それは彼の全身をあっという間に包み込み、彼自身を情報子へと分解してしまった。そして、膨大な情報子が幸多の隣に収束し、再び彼の形を成す。

 柵に腰を下ろした彼の横顔は、頭上を仰いでいた。降り注ぐ情報子の雨は、先程よりも激しくなっている。雨の音は聞こえない。けれども、なにか、世界が壊れるような音が響いた気がした。

「だったら、教えてよ。ぼくが一体何者なのか。なにか使命を持っているというのなら、なにか役割があるというのなら、全部、教えて欲しい。この完全無能者であるぼくにどんな使命があると? 悪魔をたおすことじゃないのか?」

「……いまはまだ、話せない」

「どうして?」

「話せないんだ」

 困り顔で苦笑する精霊に対し、幸多は、不信感がつのっていくのを止められなかった。自分の中に宿る彼らが、自分や周囲の人々のために行動していることは、わかっている。その行動原理が愛情に基づくものであるということも、理解できる。しかし、幸多に対し隠し事をするというのであれば、話は別だ。

 幸多が知らない真実を知っているというのであれば、尚更だ。

「話せないって、どういう……」

「……時間だ」

「時間?」

「随分と早い」

「なにが……?」

 精霊は、幸多の反応などお構いなしに天を仰ぎ見ていた。情報子の雨が勢いを増し、世界を塗り潰していく中で、青ざめた空に亀裂きれつが生じていた。この心象世界そのものを引き裂くかのような亀裂。その向こう側に莫大な魔素が渦巻いていた。

《幸多、聞こえますか! 幸多――!》

 切羽詰まった声が、天から降り注いでくる。亀裂の彼方から。現実世界から。

神流かみる様……」

「呼んでるよ」

「わかってる。でも……」

 幸多は、精霊の顔を見た。使命だの役割だのといってこの場に留まらせようとしていた彼が、いまは幸多の背中を押そうとしている。理屈が合わない。

「ぼくたちとしては、きみにはここに留まって貰いたいんだけどね。状況がそれを許さない」

「仕方ない?」

「まあ、そういうことだよ。きみの主権は、きみにある。ぼくたちは、ただ、きみに付き従うだけ。きみが望むのなら、ぼくたちは――」

《幸多!》

 神流の声が幸多の意識を貫いたとき、目の前に女神の如き星将せいしょうの顔があった。星神力の輝きが、その全身を包みこんでいる。

「神流……様?」

「ああ……! 幸多……! 良かった……!」

 神流は、幸多がベルフェゴールの棺から解放されたことを心の底から喜び、彼の体を抱き締めた。

 ベルフェゴールの触手のひつぎに閉じ込められた幸多を救出するために神流が試したのは、全身全霊の力を込め、星神力を流し込むという方法だった。幸多を少しでも傷つける可能性のある方法を試すことなどできるわけもなく、であれば、ただ、力を流し込み、幸多に呼びかけるしかなかった。

 幸多の意識が反応し、幸多がその異能を駆使してくれれば、必ずや脱出できるはずだ――そんな神流の思惑は、当たった。

 触手の棺を破壊したのは、幸多自身なのだ。幸多の異能が、源理の力が、棺の触手を焼き払い、その全身を解放した。

 神流は、きっかけを作ったに過ぎない。

 幸多の意識に呼びかけ、その覚醒を促しただけのことだ。

 そして、それで十分だった。

「す、すみません、神流様。どうやらぼく、意識を失っていたみたいで」

「いいえ、むしろ謝るのはわたくしたちのほうです。あなたがこの戦いの要だというのに、守り切れなかったのですから」

 神流は、幸多を支えながら立ち上がる。

 ベルフェゴールは、なぜか、幸多を殺さなかった。幸多を棺に封じ込めるだけで満足し、それ以上、傷つけることすらしなかったのだ。理由はわからない。が、その判断のおかげで幸多を救出し、戦線に復帰させることができたのだから、いうことはない。

「戦えますね?」

「もちろんです、神流様」

「よろしい」

 神流は、幸多の決然たるまなざしに目を細めた。幸多は、すっかり歴戦の猛者の顔つきになっている。

「わたくしたちが……いえ、わたくしが、血路を開きます。幸多、あなたが仕留めるのです。あの悪魔を。ベルフェゴールを」

「はい……!」

 幸多は、神流が握り締めていた手を惜しむように離すのを見届け、頷いた。神流の星神力を全身で感じている。この身を包み込み、意識を叩き起こしたのが、神流の星神力だ。その熱量たるや物凄まじいものであり、全身が燃えるようだった。

 いや、燃えているのかもしれない。

 見えない炎が、幸多を包み込んでいる。

「まあ……なんだ」

 ベルフェゴールが、こちらを向いた。その背後に陽真と万里彩が倒れ伏している。全身、ずたずたに引き裂かれ、いまにも絶命しそうな状態だった。満身創痍どころの騒ぎではない。致命傷。瀕死。そんな言葉が神流の脳裏のうりを過る。

「星将如きがおれに敵うわけがないんだがな」

「そうですか」

 神流は、悪魔の異形、その燃えるまなざしを睨んでいた。


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