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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
魔界の無能少年

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第千二百六十六話 神流の火(一)

「……ふむ」

 男がひとり、虚空を見遣みやっている。その後ろ姿は充実感に満ちており、なにか大業たいぎょうを成し遂げたとでもいわんばかりだった。

 だが、せない。

 死に、滅び去ったはずの意識が、なぜ、こうしていまもなお存在しているのか。死とは絶対的なものであるはずだ。絶対の決別。永遠の断絶。無――。

「ここは……」

 そして、この意識は一体なんなのか。なんだというのか。彼にはまるで理解できなかったし、その豊かな想像力を最大限に駆使しても、深淵を覗き見ることすらかなわなかった。

坩堝るつぼだ」

「坩堝?」

 聞き知った声に振り向けば、女が立っていた。異形いぎょうの矛を手にした女。城ノ宮日流子(じょうのみやひるこ)。その目に映るのは、大柄な男。見ようによっては、雷魔将らいましょうトールに見えなくもない。面影はほとんどないが、原型は見受けられる。

 原型。

 元型。

 鬼級幻魔トールの元型たる人間、その姿。その目が見開かれたのは、日流子を目の当たりにしたからだ。歓喜踊躍かんぎゆやく。男の顔は、満面の笑みとなる。

「おお……! その身、その姿は、我が女神――」

 男の意識がそこで途絶えたのは、その胸を女の矛によって貫かれ、すべてが完全に破壊されたからだ。霧散し、消滅していく。

「ここは……坩堝。なぜ、わたしはここに?」

 ウリエルは、己が身に生じた変化を認めつつも、虚空へと視線を向けた。ここは坩堝。深淵の闇の中、濾過ろかされざる情報の奔流が止めどなく流れている。無尽蔵に。

 その膨大極まる情報の螺旋に一条の光が昇っていくのが見えた。

「なるほど……」

 その瞬間、ウリエルは、なぜ、自分の意識が坩堝と同期したのかを理解した。

 またひとつ、星が落ち、天に昇る様を見せるために違いない。


 意識。

 そう、それは意識と呼べるものだ。

 自我とも、知覚ともいう。

 己を認識したことで、五感が冴え渡っていくのがわかる。五感。幻魔にそのようなものがあるのか。あるのだろう。少なくとも、幻魔にも特有の視覚があり、触覚があり、嗅覚があることは判明している。無論、聴覚も、味覚すらも有している。

 幻魔は、完成された生物だと自称している。万物の霊長にして、究極生命体。

 それが正しいのか、間違っているのかなど、どうでも良かった。

 ただ、自分が幻魔なのだと認めるだけのことだ。

 目の前の暗闇が払われ、現れるのは、黄金の光。まるで太陽そのものだった。太陽の擬人化とでもいうべきものが、前方にいる。

 ここは、天界。

 地上とは隔絶された領域であり、天使たちのその。決して楽園にはなり得ない場所。地獄ではないが、似たようなものかもしれない。

 なぜか、知っている。

「……もう、大丈夫」

 それは、静かに口を開き、彼女を受け入れた。

「哀しみも、苦しみも、ここにはないよ」

 天軍の主にして、天使長たる熾天使してんしルシフェルは、ロストエデンに現れた新たな熾天使を目の当たりにして、そのすべてを抱き締めるようにいう。

「哀しみ……苦しみ……?」

 ロストエデンの新たな住人は、ルシフェルの言葉を反芻はんすうし、小首を傾げた。彼がなにをいいたいのか、まるで理解できない。それがなにを意味するのか、どういう意図があるのか。

「きみがここにいるということは、つまり、そういうことなんだよ」

「ルシフェル様」

「ああ……そうだね。生まれたばかりのきみは、まずはゆっくりと、ここに慣れていくことのほうが大事だったかな。そうだろう、ミカエル」

「ミカエル……」

「それがきみの名前だ」

 ルシフェルは、紅蓮の炎のような衣を纏う熾天使を見つめ、告げた。色の頭髪は長く、浅葱あさぎ色の瞳は、困惑に満ちている。この状況に戸惑っているのだろう。翼は、三対六枚。天使の象徴たる光輪は、冠のように頭部を巡っている。炎を象ったかのような冠であり、光輪。

 天軍四大の一翼にして、火を司る熾天使。

 名を、ミカエル。

 ある死が、彼女の生の始まり。



 黒禍こっか攻撃軍の戦いが激化したのは、雷神の庭の余波を受けてのことだったのか、どうか。

 雷神の庭にて雷魔将トールが星象現界せいしょうげんかいを用いた挙げ句、その力を増幅した結果、黒禍の森にまで影響が出ていたのだ。

 情報によれば、黒禍の森どころか、恐府きょうふ全域がトールの結界に覆われたのだという。地霊ちれいの都も、恐府の中心も、どこもかしこも。

 天を雷雲が覆い、稲妻が雨のように降り注いでは、敵味方関係なしに攻撃し、巻き込んでいる。

「こんなの酷すぎない!?」

「本当だよ!」

 冬芽ふゆめ秋葉あきはがだれとはなしに非難ひなんの声を上げるのも無理からぬことだったが、そんなことを言っている場合ではないこともまた、だれもが理解していた。

 黒禍の森に展開する旧オベロン軍の幻魔は、雷の雨が降り注ぐ中、急激に活性化したのである。まるで、雷の雨に力を貰っているかのように、だ。

 元より強烈だった攻勢をさらに強めてきたものだから、式守しきもり小隊も護りを固めざる得なかった。

 式守小隊の護りの要は、防手ぼうしゅたる冬芽である。冬芽が展開する防型魔法、その暗黒の結界の中から外部に向かって攻型魔法を放ち、それによってどうにか耐え凌いでいるという有り様だ。

 妖級幻魔フェアリーとピクシーの大軍が、式守小隊を包囲していた。まさに苦境だが、このような状況に陥っているのは、なにも式守小隊だけではない。最前線に展開中の大半の小隊が、似たような戦況であり、故にこそ、杖長じょうちょうたちによる打開を期待するしかなかった。

 杖長たちが星象現界を駆使し、それによって妖級幻魔を一掃してくれるのを待つのだ。

「まったく……無様ぶざまだな」

「なにをいうのよ。わたしたちの実力なら、こんなものでしょ」

 夏樹なつきが落胆を隠さないのは、巨大な火球でフェアリーたちを攻撃するも、一体も撃破できなかったという事実を受けてのことだ。だが、そんなことは、わかりきったことではあった。

 春花はるかたち式守小隊は、輝光級以下の導士だ。煌光こうこう級の杖長たちと実力で肩を並べられるわけもなければ、妖級幻魔に手間取るのも無理はない。小隊が力を結集させてようやく下位妖級幻魔を一体、撃破できる程度だ。

 幻魔と人間の戦闘能力の差というのは、それほどまでに大きい。

 一方、杖長たちは、星象現界を用いることで、妖級幻魔の大群を相手に大立ち回りを演じている。その戦いぶりたるや、さすがは杖長というほかなく、その一助になることができれば、それだけで満足できるだろうこと請け合いだった。

 春花は、そう考えている。

 自分たちにできる最善と最良だけを追い求めるのであり、実力以上の結果を出そうとは考えない。そのような無理をした結果、弟妹ていまいを失うようなことになれば、立ち直れなくなるだろう。

 だから、というわけではないが、決して無理をしないよう弟妹の手綱たづなを引くのが、彼女の役割だった。夏樹も秋葉も無茶をしすぎる傾向にある。

 いまもそうだ。

 夏樹が全力の攻型魔法を放ち、フェアリーを攻撃していた。そこに秋葉の放った雷撃が突き刺さり、致命傷を与えることに成功するも、フェアリーが後退すれば、撃滅げきめつの機会を失う。

「くそが」

『冷静になりなさい』

 通信機越しに神流かみる叱責しっせきが聞こえてきたから、夏樹は、はっと顔を上げた。爆光が彼方に閃き、轟音が響き渡る。吹き飛ぶのは、大量の幻魔。妖級、獣級、霊級を問わず、その爆砕に飲まれたすべての幻魔が息絶えた。

 一瞬にして、だ。

 神流の星神せいしん魔法。

 黒禍攻撃軍の使命は、黒禍の森に展開中の幻魔を引き受けることだけであり、そこに勝利はない。いや、雷神討滅軍の勝利こそが勝利というべきか。それは、地霊攻撃軍も同じだが、地霊攻撃軍の場合は、勝利条件が変更されることになる。

 雷魔将トールを討滅すれば、つぎは、地魔将クシナダを討滅しなければならない。

 でなければ、オトロシャ討滅がために動けないのだ。

 後顧こうこの憂いを断ち、動員しうる限りの全戦力を投入する。

 そのためにこそ、トールとクシナダの討滅が必須なのであり、黒禍攻撃軍の役割もまた、重要なのだ。

「夏ちゃん、負けてられないね!」

「いや、負けていいだろ、あれは」

「ええ!?」

 夏樹の反応の冷ややかさに大仰に驚いて見せたのは、冬芽。彼女の防型魔法・女王の玉座(ダークネススローン)は、幾重にも折り重なるようにして構築される結界魔法だ。闇そのものを具現したかのようなそれらが、式守小隊に殺到する数多の魔法を受け止め、分解している。

 そして、夏樹と秋葉が、幻魔を攻撃している。

 無論、春花もだ。

「師匠に敵うわけがないんだよ」

「そんなの、夏ちゃんらしくないよ!」

「そーだそーだ!」

「おれ、どんな奴なんだよ」

「いつだって自信に満ちていて、だれにも負けない気概の持ち主、かな」

「そういう風に見えてるのか」

「そういう評判よ」

「へえ……」

 姉からの評価を受けて、夏樹は、自分の在り方を見つめ直すべきなのではないかと思ったりした。他人の評判などどうでもいいが、姉弟っきょうだいたちにまでそのように認識されているのは考え物だ。

 そうこうしている間にも、幻魔の攻勢は激化していく。頭上から降りしきる稲妻も、激しさを増し続けている。

 冬芽の防型魔法は、落雷対策でもあった。間断なく降り注ぐ稲妻は、敵味方の区別なく襲いかかり、直撃とともに大被害をもたらす。護りを固めなければ、杖長といえども致命傷を負いかねない。

 それほどの事態。

 それだけの戦場。

 春花は、自分がまだまだ星将や杖長のようにはなれないと自覚しつつも、しかし、わずかでも力になりたいと思うのだ。補手であり、補型魔法の専門家である自分が、星将、杖長に届くには、やはり、星象現界しかないのではないか。

 だが、星象現界など、だれもが容易く発動できるものではない。

 ならば――。

「こうなったら、いくわよ、みんな」

「本当に?」

「本気?」

「まじか」

 弟妹たちがたじろぐのも無理はない。

 春花がこのように前のめりになる事自体、極めて珍しいことだったし、ましてやこの激戦の最中、身を乗り出すとはとても思えなかったからだ。

 とはいえ、式守小隊が状況を打開しつつ、黒禍攻撃軍の戦いに貢献しようというのであれば、姉の考えは正しい。

 式守四姉弟が得意とする、特異なる合性ごうせい魔法。

 その発動がため、四人の周囲には律像りつぞうが浮かび、それらは複雑に重なり合い、絡まり合った。

四天招来してんしょうらい嵐王らんおう――」

 春花の真言は、まさに嵐を呼んだ。

 予期せぬ、想像を絶する大嵐を。



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