第千二百六十四話 星々煌めき、雷轟く(十四)
「いったい、なにが起きている?」
神威が怪訝な顔になるのも無理からぬことだった。神威だけではない。この戦いの中継映像を見ているすべての導士が同じような感想を抱いたはずだ。
五星将と雷魔将トールの死闘。
いや、それはもはや死闘と呼ぶには生温いのではないか。
だれもが死力を尽くし、だれもが己が命を灼き尽くさんとしているかの如く、星神力を放出し続けている。
まず、トールが星象現界を駆使するだけでなく、星髄に至っていたという驚くべき、恐るべき事実があった。予期せぬ、想像しようもない事態は、トール討伐に割り当てた五名の星将を瀕死に追い遣り、雷神討滅軍そのものを崩壊させかけた。
あのまま状況が推移すれば、壊滅は免れなかっただろう。
そしてそれは、戦団のみならず、人類そのものにとっての甚大な被害となって降り掛かってきたに違いない。
だが、どういうわけか星将たちは立ち直り、それどころか五人が五人、星髄へと至った。
ヤタガラスが観測した魔素質量の飛躍的な増大及び星象現界の変異から見ても、それは間違いない。
「なにが……」
戦況を見守る戦団最高幹部のだれもが、愕然とするほかなかった。
戦線に復帰した途端、なんの前触れもなく星髄に至り、星象現界の真の力を発現した星将たちは、それまでとは比べものにならない力を発揮し、トールとの戦闘を同等以上のものとしていた。
それまでが一方的すぎたというのもあるが、それにしたったなにもかも上手く行きすぎではないか。
なにか、不思議な力でも働いているのではないかと思わざるを得ないのだが、そんなことがあるはずもない。
ヤタガラスのカメラが捉える映像だけが事実であり、現実なのだ。
つまり、雷魔将トールがその星象現界に似せた〈殻〉でもって恐府全土を覆い尽くし、それによって恐府を己が〈殻〉にしようとしている中、戦団史上最大規模の死闘が繰り広げられているということだ。
神威は、最悪の事態に備え、空間転移の準備を進めていたが、いまとなっては星将たちの勝利を信じ、見届けることべきではないかと考えを改めた。
それほどまでに戦況が激変したのだ。
そして、トールの咆哮が、カメラ越しにも聞こえるようだった。
「おおおおおおおおおっ!」
トールの雄叫びは、まさに天地を晦冥させる雷鳴の如く、その衝撃波だけで朝彦と瑞葉を吹き飛ばした。衝撃波は雷気を伴い、星将たちの手足をわずかに痺れさせる。それだけだ。それだけなのだが、しかし、用心するに越したことはないだろう。
それはつまるところ、トールの攻撃が銀河守護圏の堅牢強固な防御を初めて突破したということを意味するのだ。
トールの魔晶体から満ち溢れるのは、莫大な星神力。限界を知らないといわんばかりの力の増大には、朝彦も眉間に皺を寄せた。顔面が引き攣るのは、雷気の痺れが残っているからだ。
(感電しとるな)
感電と呼ばれる魔素変異は、その呼称のままに体内の魔素が電荷し、働きが阻害されている状態のことをいう。そして感電は、肉体強度の低下を招く。
つまり、防御力の低下だ。
雷魔法が特に破壊力が高いとされる所以が、そこにある。
瑞葉も、全身が電気を帯びている感覚に苛まれながらも、矛の切っ先を雷神に向けた。
「気をつけてください。銀河守護圏も絶対無敵というわけじゃありませんから」
「んなもん、いわれんでもわかっとるわ」
「そうね。そうよね」
照彦の忠告に朝彦は悪態を吐き、瑞葉は納得する。銀河守護圏は、星髄に達した照彦の星象現界であり、その防御性能たるや、これまでに瑞葉が認識したあらゆる防型魔法、星象現界を陵駕するものだ。トールの強烈な打撃、攻撃魔法の直撃を受けてもなんともないのだから、間違いない。
だが、所詮は魔法だ。
絶対無敵などありえなければ、完全無欠もまた、ありえない。
「そしてそれは、トールも同じ」
「せやな」
朝彦は、瑞葉がなにを言いたいのかを理解して、うなずいた。真海神三叉の穂先から海流が溢れ出し、大津波がトールの巨躯を飲み込む。だが、トールの全身から放たれる雷気の前で霧散してしまい、瑞葉は目を見開いた。そこへ、朝彦の星霊が飛びかかる。剣の形をした星霊たち、天下五剣。
それはもはや星装といっても過言ではないのではないかと思えたが、星霊に定形はなかったし、ひとの形をしていなければならないという規則もない。
そもそも、星象現界の三形式は、類型に過ぎず、厳格に定められたものでもないのだ。
たとえば、朝彦が天下五剣を手にして戦うのであれば、星装と呼ばれるに違いない。
だが、いまのところ、天下五剣は、朝彦の命令に従い、自動的に戦闘行動を取っている。それを星霊そのものと呼ばずして、なんと呼ぶのか。
(どうでもええわ)
朝彦は、胸中で笑った。
「まだだ、まだ足りぬ! もっと、もっとだ! 我を愉しませよ! 我を喜ばせよ! そして我とともに高みへと至ろうではないか!」
「あほ抜かせ」
トールが天下五剣を軽々と弾く様を見て、吐き捨てる。地を蹴り、その場を飛び離れたのは、雷撃が降ってきたからだ。周囲一帯を爆砕する稲妻。その余波ですら、感電した肉体には痛撃になりかねない。幸い、銀河守護圏のおかげで助かったが。
そのまま、トールとの距離を詰めれば、雷神が半歩、踏み出した。三十メートルもの巨体だが、その機動力、敏捷性は、星将たちと大差ない。故にこそ、恐ろしい。
超神速といっても過言ではないほどの速度で、互いに戦場を動き回っている。
それだけで、その余波だけで、この雷神の庭全体に及ぼす影響は凄まじく、破壊的だ。
トールは、巨体が故に走り回るようなことはないものの、しかし、その反応速度たるや、星将たちが瞠目するほどのものであることは間違いなかった。しかも、それが徐々に加速しているようなのだ。
「だれが好き好んでおまえと戦うっちゅうねん」
「そうね。わたしたちは、ただ、使命を全うするために、幻魔殲滅に大願のためだけに、あなたを斃すのよ」
そこに一切の感情はなく、だからこそ、瑞葉も朝彦も照彦も蒼秀も九乃一も、五星将全員が一丸となって、事に当たることができているのではないか。
意志の統一。
意識の共有。
覚悟の一致。
「ならば、我を越えて見せることだ!」
「いわれるまでもありません」
照彦は、告げ、銀河守護圏をトールの足元の一点に集中した。銀河守護圏は、防型の星域。その防御用の力のすべてでトールの足を拘束すれば、さしもの雷神も身動きが取れなくなるはずだったし、事実、その通りになった。
この機を逃す朝彦と瑞葉ではない。
朝彦が天下五剣と星神魔法で畳みかければ、瑞葉が真海神三叉の全力によって大洪水を起こし、トールの全身を水没させた。重力など黙殺するかのようにして天高く聳える大洪水、その狭間に無数の光芒が走り、トールの魔晶体が崩壊していく。
しかし、それでは終わらない。
「この程度で我を斃せると思うたか!」
「まさか」
照彦は、トールの魔晶体が破壊の渦の中で復元していくのを認めながら、視線を移した。
偽日流子と死闘を演じるのは、九乃一と蒼秀。戦団最高速度を誇る九乃一は、星髄に達したことで、もはや照彦の目にも映らないほどの速度を発揮していた。偽日流子にも捉えられない超神速。影から影へと飛び移り、そのたびに偽日流子に致命的な一撃を浴びせていく。そこへ、雷霆神と蒼秀の雷撃が畳みかけられる様を見れば、偽日流子が圧倒されているのはだれの目にも明らかだ。
もちろん、偽日流子も、ただ一方的にやられるばかりではなかった。天之瓊矛を振り回し、土砂や岩石を操っては、九乃一や蒼秀を攻撃するのだが、それらには銀河守護圏が対応した。
照彦は、トールに視線を戻す。
「あなたは、この雷霆神宮殿を〈殻〉とした。〈殻〉には、殻石が必要不可欠。殻石とは、魔晶核。あなたの心臓。故に、あなたは無敵であり、滅びることはない。その魔晶体は、ですが」
「そうとも! 我が〈殻〉雷霆神宮殿ある限り、我は不滅! 我は無敵! 我は最強!」
「……殻石の隠し場所は、あそこでしょう」
照彦が視線で示したのは、トールの星霊。
城ノ宮日流子を寸分の狂いもなく再現された星霊は、雷光を帯び、神々しく輝いていた。
「女神と敬い、尊び、信仰すらしているというのであれば、己が命そのものたる殻石を、魔晶石を安置する場所に選ぶのも正しい。ですが、その正しさが、真っ直ぐさが、純粋さが故に、あなたは滅び去るのです」
トールの雷鎚が、銀河守護圏を突き破り、照彦へと達した。
閃光が、すべてを塗り潰す。




