第千二百六十三話 星々煌めき、雷轟く(十三)
「見違えたぞ、星将よ!」
完全復活を遂げたトールは、その万全なる肉体を見せつけるようにして拳を振り上げた。全身から迸る雷光が右手に収束し、雷鎚が形成されていく。雷神トールの武器、ミョルニルを模した魔法。その破壊力の凄まじさは、星象現界の深化、星髄に達したことによって倍増していると見ていい。
直撃には、さすがの星将たちも耐えきれないだろう。
「哀れなもんやで、ほんま」
朝彦は、天下五剣を前方に展開、その向こう側にトールの顔面を捉えていた。その獰猛極まりない面構えは、雷神というよりは、闘神、戦神の類といったほうが相応しい。トールの双眸が、朝彦を捉える。瞬間、激流がトールを飲み込み、その脇腹を抉った。
瑞葉の星神魔法・激水投槍。
星将たちは、星髄に到達したことにより、同じく星髄に至ったトールに食い下がれるまでになった。それも五人が同時に、だ。圧倒的でしかなかった戦力差は、五分、あるいはそれ以上のものとなったのではないか。
だが、その事実はトールにとってむしろ喜ばしいことであることは、疑いようもない。魔晶体を復元するトールの表情は歓喜に満ちており、全身が打ち震えていた。闘争こそが生き甲斐だとでもいわんばかりの反応。
しかし、そのような反応すらも、朝彦には哀れみの対象とならざるをえない。
「〈殻〉を〈殻〉で上書きして、オトロシャをも支配して見せるという意気込みさえも、結局は、オトロシャの意のまま、手のひらの上なんやからな。おまえには、確固たる自分なんてものはないんや」
「突然なにを言い出すのかと思えば……妄言よ!」
「はっ」
猛然と雷槌を殴りつけてきたトールに対し、朝彦は、冷ややかな目線を送った。巨大な雷気の塊は、朝彦に激突する寸前、光の指先に遮られ、炸裂する。その余波すらも朝彦を悩ませない。そして、それと同時に五本の光剣が無数の軌跡を描き、トールの巨体を切り裂いていく。
さすがに容易くはない。
トールの魔晶体は、超高密度の星神力の塊だ。接触の瞬間、凄まじい反発があり、火花が散った。星神力同士の衝突。天下五剣とトールのぶつかり合いは、周囲の空間を歪めるほどのものとなっていく。激震が、戦場の果てまで波及していく。
さらに大量の水塊がトールに殺到し、破壊の連鎖を起こしていくのだが、トールは、笑っている。この状況を心底楽しんでいるといわんばかりだ。
「我は、トール! 雷神トールなり! この地に満ちる雷気は、我が物! そして、雷気に覆われた天地万物は、我が物と知れ!」
「それこそ、妄言だわ」
降りしきる稲妻が意志を持っているかのように渦巻き、多角的に攻め立ててくるのだが、しかし、それらはすべて銀河守護圏によって防がれるため、瑞葉たちは傷つく心配すら必要なかった。トールに意識を集中させ、攻撃に専念することができる。
それは、星霊・日流子を相手にしている蒼秀と九乃一も同じだ。星霊・雷霆神と蒼秀、九乃一と、星霊・日流子による三対一の攻防は、一瞬たりとも気の休まる暇はない。その余波だけで周囲一帯に壊滅的な被害をもたらすほどだ。
もっとも、主戦場は、とっくの昔に壊滅状態なのだが。
壊滅した戦場をさらに破壊し、粉砕し、消滅させていくかの如き死闘。
星霊・日流子の矛が唸れば、地形が激変し、大地が隆起した。日流子は、地属性を得意とした。日流子を模した星霊も当然のように大地を操るのだが、しかし、その力の源は、雷属性である。星霊・日流子の操る岩塊も土砂も、すべて雷気を帯びており、雷魔法によって制御していることはだれの目にも明らかだった。
対応するのは、雷属性を得意とする蒼秀だ。蒼秀と雷霆神の雷魔法によって、星霊・日流子の雷魔法を相殺し、その攻防一体ともいえる戦法を妨害、九乃一が猛攻を畳み掛ければ、あの圧倒的な力を見せた星霊も押され始めた。
「天衣無縫」
星霊・日流子が天之瓊矛を振り抜き、無数の斬撃を九乃一に浴びせるも、切り裂いたのは、影。九乃一の星神力が生み出した質量を伴う残像である。本物の九乃一は、星霊・日流子の影にその姿を現し、背後から胸を貫いて見せた。だが、偽日流子は表情を変えない。星霊に命はない。あるのは、星神力が尽きるまで戦い続けるという命令。
振り向き様、星霊が矛を振るう。同時に、地中から無数の岩石が突出し、九乃一に殺到するも、それらは光の指先に遮られた。九乃一が、星装の袖を矛の柄に絡みつかせて星霊の動きを止め、蒼秀が真言を紡ぐ。
「天津黒雷」
蒼秀と雷霆神が生み出した極大の黒き雷が、偽日流子に直撃、その頭部を消し飛ばした。が、その程度では致命傷にならない。あっという間に失った頭部を再生する星霊が、九乃一を蹴りつけて飛び離れ、頭上に矛を振り翳す。
「天地開闢」
偽日流子から迸ったのは、雷気の波動。それは一瞬にして遥か地上に達し、広範囲の地面に影響した。瞬時に、大地そのものが動き出し、電流を帯びた大量の土砂が渦を巻き、蒼秀たちの空域へと至る。そして、大量の土砂が、彼らを包囲した。
「天上天下」
偽日流子が矛の切っ先を向けたのは、蒼秀。渦巻く土砂に波紋が広がり、無数の奔流が蒼秀へと殺到する。が、蒼秀には届かない。雷霆神がその身に負った光背を輝かせたからだ。破壊的な雷光が、土砂を吹き飛ばす。
「よいぞ」
トールの口から漏れるのは、無上の喜び。
この死闘を心底楽しんでいるのが伝わってくるものだから、瑞葉は、むしろ冷ややかになっていくのを認めた。冷静に。冷徹に。冷酷に。トールの圧倒的な力をどうにか耐え凌ごうとしていたころとはことなり、互角に戦えているという事実が、瑞葉の感情を制御している。
日流子を女神と仰ぎ、偽物の星霊すら生み出したトールへの憤りは、もはや形を潜めた。
あるのは、トール討滅の意志だけだ。
そしてそれは、ほかの星将たちも同じだろう。
トールが一歩踏み込めば、それだけで地上の被害は拡大し、戦場に与える影響は甚大だ。だが、そんなことはどうでもよかった。トールの一挙手一投足に対応できているという事実のほうが、星将たちには大きい。
これまで――星髄に至るまで、ただ一方的に斃され、敗れ去っていたのだ。
それがいまや、トールの行動のすべてが見えていた。トールの放つ雷撃も、トールの振るう雷鎚も、数多の雷魔法も、雷霆神宮殿の稲妻も、すべてに対応できている。
戦えている。
「とはいえ、この状態がいつまで持つか」
「ただの星象現界ですら長時間の運用は禁則事項でっせ。ましてや星髄ならなおさらでっしゃろ」
「でしょうね」
朝彦が天下五剣でもって雷鎚を切り飛ばすと、トールが嬉しそうに目を細めた。雷光を拳に纏い、朝彦を殴りつける。朝彦は、光の指先に護られたまま、地上に叩きつけられた。透かさず、大量の稲妻が朝彦に集中し、大爆発が起こる。
「もっとだ! もっと、戦え! 我と戦うのだ!」
「……雷神というよりは、戦神とか闘神といったほうが正しいのでは?」
照彦は、銀河守護圏の維持に意識を集中させつつも、機を見ては、トールに攻型魔法を叩き込んだ。極大の光芒がトールの左肩を抉り取る。トールが照彦を見た。やはり、笑っている。
喜悦満面。
この死闘こそが至上の喜びといわんばかりだ。
「ただの戦闘狂やで、あんなん」
濃密な爆煙の中で立ち上がった朝彦は、冷ややかに吐き捨て、トールを睨んだ。視界に満ちる爆煙の彼方に、トールの巨躯が覗く。星神魔法の爆撃によって、その超巨大な魔晶体は何度となく致命的な状態に陥っているのだが、そのたびに瞬時に回復している。
その復元速度たるや、凄まじい。
「さすがは、鬼級やな」
「ただの鬼級じゃありませんよ、あれは」
「せや」
「星髄に至った鬼級……か」
そんなものがこの世に存在するなど、想像したこともなければ、想定外の事態なのは間違いない。星将五人を投入して、相手にならなかった。
いまこうしてまともに戦えているのが、奇跡だ。
なんといっても、朝彦たちは、一度死にかけたのだから。




