第千二百六十一話 星々煌めき、雷轟く(十一)
「時間稼ぎには……なったか……」
視野が急速に狭窄していく中で感じ取ったのは、星神力の増大だ。瀕死の重傷を負っていた星将たちがやっとのことで立ち直り、戦線に復帰しようとしているらしい。それら星神力が発する温かさ、優しさ、柔らかさが、そう確信させるのだ。
美乃利ミオリが、星象現界・天衣織女の能力でもって星将たちを治療していたが、それが間に合ったからなのか、どうか。
統魔には、はっきりとはわからない。
わかっているのは、自分がもう持たないという事実だ。圧倒的な、覆しようのない現実。歴然たる真実。
全身全霊の力を尽くし、どうにかしてトールに一矢報いようとしたが、敵わなかった。
全力の一撃を叩き込んでもびくともしなかっただけでなく、強烈な反撃を受けてしまった。肉体こそ辛うじて原形を保っているものの、全身が電熱に貫かれ、灼かれている。意識が朦朧としていた。遮断している痛覚だけでなく、体中の感覚がなくなりつつあるのだ。
だが、不安も恐怖もなかった。
星将たちの光が、視界を覆おうとする闇を払い、統魔の肉体を包み込み、意識をも染め上げていったからだ。
「もう、大丈夫」
統魔に向かってそう囁いたのは、きっと、ルナなのだろうが。
「……なんだか息を吹き返した気分だわ」
瑞葉は、己が全身に満ち溢れる星神力の膨大さに圧倒されながら、つぶやいた。つい先程まで意識を失っていたという事実を思い知るのは、周囲の景色が様変わりしていることによって、だ。徹底的に破壊され尽くした地形は、原形を留めていない。
止むことを知らない雷の雨と、トールの攻撃、それらが組み合わさったことで、主戦場を中心とする超広範囲の地形がでたらめに破壊されているのだろうが。
瑞葉が意識を失う前よりも余程酷い有り様だ。
「実際、瀕死だったんだから、間違ってはいないかな」
九乃一が、完全に復元した手足の感覚を確認しつつ、告げた。満身創痍、瀕死の状態へと追い込まれた挙げ句、意識を失ってしまったのだ。失態も甚だしい。だが、生きている。これほどまでに死の気配を身近に感じたことはないというのに、だ。
星将たちが意識を失ったあと、トールが手を下さなかった理由は、想像もつかない。
想像しようとも、思わない。
「だが、生きている」
蒼秀もまた、己の状態を確認すると、充溢する星神力に意識を向けた。気絶する寸前、消耗し尽くしたはずの星神力が回復しているどころか、倍増しているような感覚すらあった。ありえないことだが、しかし、実感を否定する方法もない。
この感覚は、錯覚ではない。ましてや、幻覚などではない。断じて。
つまり、現実だということだが。
「ええ。どういうことなのでしょう」
照彦も首を傾げるしかなかったし、疑問ばかりが沸き上がってきた。トールによって止めを刺されることもなく、失ったはずの体の一部が完全に元に戻っているのだ。消耗した星神力も、なにもかも。
もはや、万全といっても過言ではない。
「はてさて……なんでっしゃろな」
朝彦がまず見たのは、統魔が倒れ伏している様子であり、上空に浮かぶルナの姿だ。統魔はもはや立ち上がることもままならないようであり、ルナは、どういうわけかトールと睨み合っている。
そのとき、トールの双眸が見開かれた。瞳孔が開ききり、赤黒い眼光が強烈なものとなる。
「ほう……! 復活したか、星将たちよ……!」
歓喜踊躍とはまさにこのことだといわんばかりに大音声を上げるトールは、その喜びのままに雷鎚を振り翳した。星将たちと闘ったときよりも何倍にも増幅された雷鎚が、さらに雷光を吸い上げ、巨大化し、天を覆っていく。
ルナは、それを一瞥し、星将たちに視線を向けた。そして、彼らの無事な姿を認めると、速やかに統魔の元へ転移する。傷だらけの体を抱き抱え、さらに空間転移。激化するであろう主戦場から遥か遠方へと移動したのである。
そして、雷鎚が振り下ろされ、地面に叩きつけられると、凄まじいまでの星神力の爆発が起きた。天地を震撼させるほどの爆砕。雷球が膨れ上がり、爆ぜ、大気中の魔素を灼き尽くしていく。
五星将を巻き込み、同時に打ちのめす超範囲攻撃。その威力たるや、余波にすらほとんどのものが耐えられまい。
ましてや爆心地にいたのであれば、たとえ星象現界を使っていたとしても、致命的な結果になるはずだ――が。
「凄まじいな」
「まったく」
「なにがどないしたらそうなんねん。話が違うっちゅーねん」
「まあ、わたしたちが入手したトールの情報は、火倶夜、日流子との戦闘情報だけだから」
「だからといって、これほどまでの力を持っているとは、想定外も甚だしいでしょう」
爆心地にありながら、星将たちは、悠然と、吹き荒ぶ雷光の渦を目の当たりにしていた。以前ならば、この一撃で意識を失っていただろうが、今回は、そうはならない。
「とはいえ、それはぼくたちも同じこと」
照彦が、己が星域の中心に佇み、トールを仰ぎ見ていた。雷鎚を振り下ろし、星将たちを爆殺したと確信していたのだろう鬼級幻魔は、傷ひとつ負っていない照彦たちを目の当たりにして、ようやく驚いていた。
「銀河守護圏」
照彦が告げたのは、この星域の名だ。
化身具象型星象現界・銀河守護神《G・ガーディアン》は、空間展開型星象現界へとその形を変えた。光の巨人から、光の結界へ。本来ならば超広範囲に及ぶ星域だが、範囲を狭めることによってその強度を最大限に引き上げている。よって、トールの雷鎚の直撃をも受けきることができたのだ。
銀河守護圏には、銀河守護神の名残があり、光の巨人の上半身が星域の上に浮かんでいる。
「国、ねえ」
「随分と大仰ね」
「命名法則から大きく外れとるし」
「いいじゃないですか。いま、思いついたんですから」
「まあ、そうだな。そうだろうとも」
照彦が苦笑交じりに言い返すのを見て、蒼秀は静かにうなずいた。
星象現界の深層へ、星髄へと至り、星象現界が真の姿を見せたばかりだった。星象現界の名を考えている暇もなければ、余裕もない。
しかし、魔法の名は、重要だ。
魔法とは、想像力の具現である。
想像力とは、無限の広がりを見せるものであり、とりとめのないものだ。ただ想像を巡らせるだけでは、いまその瞬間に求めている魔法とは異なる結果になることも少なくない。
故に、魔法に命名するのであり、それによって魔法と想像を紐付けるのである。
いままさに発現した星象現界に命名することも、その能力を存分に発揮するために必要不可欠な儀式といっていい。。
では、蒼秀は、どうか。
「征け、雷霆神」
蒼秀は、背後に具象していた星霊をトールの元へと差し向けると、みずからも星神魔法の律像を編み始めた。
蒼秀の星象現界は、本来、武装顕現型だ。蒼秀が得意とする八種の攻型魔法をその身に宿すようにして、星装としていた。
しかし、星髄に達したことによって、彼の体から星装が剥がれ落ち、星霊へと変化した。雷霆の化身そのものにして、雄々しき星霊は、一瞬にしてトールの眼前へと至ったものの、敵星霊の迎撃を受けた。星霊・日流子の猛撃。雷霆神と星霊・日流子の間で、物凄まじい星神力の衝突と爆発が起こる。
拮抗している。
星霊・日流子に一方的にしてやられた先程までとは段違いだった。
蒼秀は、確かな手応えを感じた。
「児雷也地獄変」
告げたのは、九乃一。化身具象型星象現界・児雷也もまた、星髄に至ったことによって、星装へと変化していた。つまり、児雷也の黒装束を九乃一自身が纏った状態であり、蒼秀とは正反対の結果になったということだ。
星髄に至った星象現界がどのような変化を起こすのかは、未知数だ。
星象現界は、三種の型式に分類される。
武器や防具を現す武装顕現型、術者の分身ともいえる霊体を生み出す化身具象型、なんらかの力を持つ結界を構築する空間展開型。
それら型式に変化が起きるだけではないということは、トールを見ても明らかだ。
トールは、空間展開型と化身具象型を同時に発動している。おそらく、それがトールの星髄であり、真の星象現界なのだろう。
一方、瑞葉の星象現界の型式そのものには、に大きな変化はなかった。
「真海神三叉」
瑞葉が、真言とともに星象現界の新たな名を告げた。手にした三叉矛そのものに変化はない。変化は、彼女自身に起きている。その身を包み込むのは、群青の衣。それはさながら海そのもののようであり、渦潮や海流が瑞葉を抱きしめているようだった。
その周囲に渦巻くのは、水気であり、冷気。莫大かつ絶大なそれは、この地に満ちた雷気を押し退け、反発し、小さな爆発を起こし続けていた。




