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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
魔界の無能少年

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第千二百五十九話 星々煌めき、雷轟く(九)

 トールの星象現界せいしょうげんかい雷霆神宮殿ビルスキルニルが雷神の庭を覆い尽くす過程で、雷神討滅軍の損害そんがいは加速度的に拡大していった。

 天を覆う雷雲から絶え間なく降り注ぐ稲妻は、そのひとつひとつが星神せいしん魔法であり、直撃を受ければ最後、余程強固な防型魔法で身を守っていなければ、致命的ちめいてきな結果にならざるを得ない。

 その上、一部の幻魔がその雷を浴びることによって狂暴化し、導士たちを蹴散らし始めたのだ。それは妖級幻魔の強化個体の戦闘能力をさらに引き上げ、杖長たちをも圧倒していく。

 雷神討滅軍が護りを固め、後退したところで、どうなるものでもない。

 戦線は、既に伸び切っている。

 雷神の庭に攻め込み、領主たる雷魔将らいましょうの居城へと突き進んだ結果が、これだ。だが、こうするよりほかに方法はない。トールのみと戦い、決着をつけることなどできるわけもないのだ。

 故に、このような状況に陥ってしまったのも、致し方のないことだと割り切るよりほかはない。

 戦況は、最悪。

 星将せいしょうたちが倒れたいま、杖長じょうちょうたちがトールの足止めがために動いているのだが、かなう相手ではないことはだれの目にも明らかだった。自分たちよりも遥かに強力なはずの星将たちが敗れたのだ。いくら副長、杖長のほうが数が多いとはいえ、その全戦力を結集したところで、どうなるものでもあるまい。

 力量差は、絶望的。

「たとえ明白でも」

 ミオリは、擬似星装ぎじせいそう星霊せいれい天衣織女あまのいおりめとともにトールの眼前へと飛び出した。

 優に三十メートルを越えるトールの巨躯は、それだけでも凄まじい迫力があり、押し潰されそうな感覚さえあるのだが、それ以上に圧倒的な力の差を実感する。絶大極まる魔素質量と、その練成と昇華によって生み出された星神力が、ミオリの意識をただただ圧倒するのだ。

 見れば、トールの周囲に倒れ伏した星将たちは、だれひとりとして意識を保っている様子はない。満身創痍まんしんそうい。だれもが体の一部を失っており、死に瀕しているのは明白だ。止めどなく流れる血が、その命を奪い尽くそうとしている。

 だからこそ、ミオリなのだ。

 星将たちをこの窮地から救うことができるのは、ミオリの天衣織女をおいてほかにはいまい。過信ではない。自負であり、覚悟だ。しかし。

「その意気いきやよし! いかに矮小わいしょうであろうと、惰弱だじゃくであろうと、我への挑戦者に貴賤きせんなし! 我は、全力で応じよう! それこそが我が女神の教えなれば――」

日流子ひるこ様を侮辱するな!」

「侮辱? 違うな! これは我が偉大なる神への賛美さんびというものだ!」

 トールは、猛然と突っ込んできたミオリに対し、軽く右手を掲げた。雷光の波動がほとばしり、ミオリの小さな体を吹き飛ばす。そんな彼女を受け止めたのは、別の導士。第五軍団杖長・福里文雄ふくさとふみおは、他の杖長たちとともにミオリに追従ついじゅうしてきたのであり、トールへの無謀な挑戦にも同行したのである。

 無謀。

 そう、無謀だ。

 だれもが、この挑戦を無謀だと認識していたし、否定しようとも思わなかった。

 勝てる見込みなど万に一つもない。結果は、わかりきっている。絶対に、負ける。打ち負かされ、大敗を喫し、絶望の中で死ぬだけだろう。

 だが、それでも、挑まずにはいられない。

 星将という希望は、この絶望の先にこそあるのだから。

「我は、城ノ宮(じょうのみや)日流子に魔法の真髄しんずいを見た。魔法とは、想像力の具現。想像力とは、感情の発露はつろ。怒り、哀しみ、喜び、楽しみ――あらゆる感情が、魔法の根源。我は、知った。我は、理解した。我は、悟った。我は、強くなった。それもこれも、我が女神のおかげ。女神との邂逅かいこうのおかげ。うぬら戦団のおかげ」

「ふざけるな!」

 人丸真妃ひとまるまひめが激怒しながら星霊・影狼かげろうを突っ込ませれば、大黒詩津希おおぐろしづき二見昴ふたみすばる別所晴樹べっしょはるきが多方向から飛びかかる。

 さらに多数の星神魔法による爆撃がトールを襲ったが、しかし、つぎの瞬間、杖長たちは地に伏していた。電光を帯びた砂塵が、彼らの目に焼き付いている。

 星霊・日流子だ。

 星霊・日流子の攻撃が、杖長たちを一掃し、星神魔法を打ち払ったのだ。

 文雄とともに吹き飛ばされたミオリは、どうにか立ち上がったが、体中が悲鳴を上げている事実に歯噛みした。トールと星霊の攻撃を受けた、ただそれだけで、もはや全身に力が入らなくなっている。多重魔法防壁を展開していたから肉体が形を保っているものの、そうでなければ原型を失っていたことはいうまでもない。

 それほどの力。

 それほどの差。

「わたしは、まだ――」

「まだ戦えるというのであれば、何度でも戦おうぞ。我は、雷神にして闘神なり! 闘争こそが我がすべてよ!」

 雷鳴の如きトールの大音声だいおんじょうが響く中、ミオリは、杖長たちがもはや立ち上がることもままならない状態だということを認め、顔を上げた。トールの顔は、遥か上空に合って、その双眸の赤黒い輝きがミオリだけを見つめている。

 禍々《まがまが》しくも邪悪としかいいようのない光。だが、それが極めて純粋なものだということも、認めざる得なかった。

 ただ純粋に闘争をたのしんでいるのだ。

 そこに一切の邪気はなく、他意もない。

 闘争のみがすべてだからこそ、倒した相手がどうなろうと、星将たちがそのまま死に絶えようとも、知ったことではないのだろう。

 そして、そこにのみ、勝機があるのではないか。

 ミオリは、ただ、トールを睨む。その彼女の遥か後方では、天衣織女が光の糸を紡いでいた。星神力によって作られる光の糸は、大量にして無数に分かたれ、星将たちを包みこんでいく。

「汝からこぬというのであれば、我からくぞ!」

 そして動いたのは、星霊・日流子。瞬間的にミオリの眼前に現れた星霊は、異形の矛を振りかざす。その姿形のみならず、矛の握り方、振り方に至るまで、ミオリの知る城ノ宮日流子そのものであり、憤然とするほかなかった。

 ミオリの中の日流子の記憶が、蹂躙じゅうりんされ、けがされていく感覚――。

 矛が閃き、凄まじい衝突音と衝撃波がミオリの体を浮かせた。余波に吹き飛ばされかけるも、なぜか、体が浮いている。天衣織女ではない。なにかがミオリの導衣どういを掴んでいて、それがなんであるか、彼女が理解するまで多少の時間を要した。

 最初、瞬間的に想像したのは、他の杖長だ。ミオリたちの無謀な突撃を見ていただろう杖長の中には、この惨状に参戦し、星将たちを救出しようと試みるものもいたのではないか。しかし、杖長が星霊の矛の一撃を受け止められるわけもなければ、ミオリを掴み取れるほどの余裕があるはずもなかった。

 翼が、視界を覆っている。そしてそれがさらなる余波がミオリに直撃するのを防いでいるようだった。

「ほう! 天使ではないか!」

 トールの声が少しばかり甲高くなった。

「先程のとは違うようだが、天使であることに違いはあるまい? それも、大天使!」

熾天使してんしだ」

 ミオリの導衣を掴むものは、冷ややかに告げた。

「我が名は、熾天使ウリエル。ラファエルが動いたといのであれば、わたしが動いても問題はあるまい」

「なにをいっている?」

「こちらの事情だ」

「……ならば、関係ないな!」

「そうだ。貴様にはなんの関係もない」

 ウリエルは、なにやら破顔するトールに対し、淡々と告げた。そして、瞬時に襲いかかってきた星霊の猛烈な連続突きを、槍を旋回させてさばききる。矛と槍の衝突のたびに、凄まじい衝撃波が生じ、天地が唸った。特に大地の揺れが大きい。

 ウリエルは、星霊が着地した瞬間、その足元に地割れを起こした。星霊は瞬時に跳躍しようとしたようだが、遅かった。星霊が地割れの中に落ちた瞬間、大地の亀裂を塞ぎ直し、閉じ込める。

 ミオリが解放されたのは、その後だ。星霊とウリエルの攻防による余波が収まり、吹き飛ばされる心配がなくなったことにより、その場に下ろされたらしい。

 ミオリは、熾天使ウリエルと名乗った存在の後ろ姿を見ていた。琥珀こはく色の衣を纏う熾天使。三対六枚の翼を背に生やし、左肩に光の輪があった。頭髪は、灰色。そこで、熾天使がこちらを一瞥いちべつした。顔立ちがはっきりする。

 人間に酷似した鬼級幻魔である熾天使は、やはり、人間とほとんど変わらない容貌をしている。芸術品の如く完成された美貌の持ち主であり、その青ざめた虹彩こうさいは、他の幻魔とは全く異なる存在であると主張しているかのようだった。

 ミオリは、その顔をずっと見ていた。なぜか、目を離すことができなかった。ウリエルの存在は、知っている。戦団が認識し、記録した鬼級幻魔の情報は、全導士に共有されるものだ。副長たる彼女が情報の更新を怠るはずもない。

 だが、記録映像で見るウリエルと、直接肉眼で見るウリエルとでは、なにかが違った。

「どうした?」

「え……いや……その……ありがとう……ございます」

「幻魔に感謝するか。珍しい人間もいるものだ」

 ウリエルは、ミオリの反応を受けて、やはり淡々と告げた。幻魔は、人類の天敵とされる。人類の守護者を名乗る天軍の天使たちだが、人類に受け入れられようと思っているわけでもなければ、否定されて当然だという考えを持っていた。だから、ミオリのような反応をされるほうが困惑するのである。

 そして、彼女に構っている暇はない。

 トールの足元の地面が盛り上がったかと思うと、先程地の底に落としたはずの星霊が姿を見せたのだ。その姿には、ウリエル自身、どうしようもないほどの既視感を覚えている。

 異形の矛にも、だ。

「城ノ宮日流子か」


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