第千二百四十九話 星象乱舞(九)
統魔は、星象現界・万神殿の力を存分に振るい、幻魔の大群を薙ぎ払い続けた。そして、ついにトールの居城と思しき大神殿を眼前に捉えることに成功する。
もはや声も届きそうな距離だった。
そしてそれはつまり、魔法士にとっては至近距離に等しく、故に統魔は、呼吸を整え、意識を集中した。想像力を巡らせ、星域を自分を中心に展開、星霊たちを結集する。
トールの攻撃は、止んでいた。
統魔への攻撃は完全に防がれ、埒が開かないと踏んだのだろう。
では、別の導士を攻撃対象にするのかと思えば、そんなことはなく、統魔が多少拍子抜けする結果になったのだが、それはいい。
トールの不可解な判断のおかげで、難なく肉迫することができている。
トールの大神殿、その前面に展開していたのは、大量の幻魔。妖級幻魔ばかりが揃っており、強化個体も大量に配置されていた。
精鋭中の精鋭たち。
トールの親衛隊とでもいうべきか。
「さすがに骨が折れたな」
枝連が、大きく息を吐くのも無理はない。
皆代小隊のほとんど全員が、ここまでの激戦で消耗しきっていた。香織も、剣も、字も、星装から供給される星神力を駆使する際には己の魔力も大量に消費しており、その結果、途方もない疲労感に襲われていた。
「こんなに疲れたのは初めてかも」
「確かに……」
「ですね」
皆、疲労を隠すことすらできない状態だった。統魔は、既に後方に下がるように命じている。消耗しきった状態では、如何に星装を纏っていようとも不安が付きまとう。
足手纏いにさえなりかねない。
皆代小隊で元気なのは、統魔とルナだけだ。
とはいえ、統魔も無尽蔵に星神力を有しているわけもなければ、消耗し続けていることに代わりはない。万神殿の発動と維持、能力の駆使によって、力は無限に消耗されていくのだ。
こうして意識を保っていられるのが不思議なほどに、力を使っている。
「統魔は、大丈夫?」
「ああ。なんとかな」
「なんとかじゃ駄目だよ。相手は鬼級なんだから」
「ああ……そうだな。これじゃあ、駄目だな」
ルナの気遣いに、統魔は、眉根を寄せた。並み居る幻魔の大軍勢を撃破し、ついに大神殿を目前捉えることができた。そのために力を使い果たし、トールと見えることすらできないかもしれない状態になるというのは、素直に喜べることではない。
無論、鬼級との戦闘となれば、星将たちに任せることになっていたのだが。
それでも、鬼級に挑戦し、力の差をはっきりと認識しておきたかったというのが本音だ。
「このままじゃあ、駄目だ」
だから、統魔は、すべての力を結集することにした。
「え?」
「うん?」
「お?」
「隊長?」
香織や枝連たちは、自身を包み込んでいた星装が消失し、星霊へと変化するのを見た。その瞬間、比類なき疲労感に飲み込まれ、気を失いかけるものも現れたが、どうにか後方へと下がり、本隊との合流に成功する。
皆代小隊の役割は、終わった。
後は、星将たちに任せればいい。
だが、統魔は、まだ最前線にいて、全十五体の星霊を集めていた。それら星霊たちが発する星神力の輝きは、宇宙に鏤められた星々の如くであり、それが統魔の星装に融合していく様は、神々しくも破壊的だ。
星神力の集中と超重力場の形成。
大神殿周囲に展開する妖級幻魔の大軍勢が、統魔に攻撃を集中させる。グレムリンが雷撃を降らせ、ベルセルクが飛びかかり、ヴァルキリーソードが無数に殺到し、エインへリアルの放つ数多の光芒が収束していく。
そんな集中攻撃に対し、統魔は、微動だにしない。全十五体の星霊を己が星装と一体化させることにより、戦闘能力を限りなく高めることができたという確信があるからだ。
元々、統魔の星霊は、星装の光輪に宿っていた。だが、一度解き放たれ、星霊と化したそれらは、光輪に戻るのではなく、星装そのものと一体化したのである。
統魔の星装は、黄金に光り輝く衣だったが、星霊たちが融合したことで、色とりどりにして複雑怪奇としか言い様のない意匠に変化していた。だが、輝かしい。まばゆいばかりの光輝が、統魔を包み込んでいる。いや、統魔から発散されている。
五感がいままで以上に冴え渡り、力の充溢を感じる。細胞が熱を帯び、血が滾り、意識が拡張されていくような、そんな感覚。星象現界を発動し、星装を纏ったとき以上の能力の拡大。
統魔の背後の光輪が複雑に変形し、周囲に幾何学模様が浮かんだ。律像の如きそれは、幻魔の魔法に反応し、光を放つ。雷撃を魔法の帯で絡め取り、ベルセルクたちを激流で飲み込み、ヴァルキリーソードを暗黒球で吸い込み、数多の魔法を対応する属性で相殺する。
「よし」
統魔は、ひとり納得すると、ルナを横目に見た。つい先程まで多少不安そうだった彼女だが、いまや目を輝かせている。統魔の全身に漲る星神力は、多少の不安など容易く吹き飛ばすのだ。
そして、統魔は、ルナの様子に安心する。彼女は、未だ疲れを知らないのだ。常に莫大な星神力に満ち溢れていて、鈍ることがない。だから、声をかける。
「行くぞ、ルナ。おれたちが切り開くんだ」
「うん! 任せて!」
力強くうなずき、統魔に続く。
統魔は、既にベルセルクの集団を撃破しており、幻魔の大群に向かっていた。その周囲には、十五星霊が得意としていた魔法が炸裂し、あるいは武器が旋回しており、幻魔は、触れるだけで蒸発するように消滅していく。
ルナも負けてはいられない。三日月を弓に見立てて構えると、光の矢を乱射した。星神力を収束して生み出した矢は、幻魔の魔法を容易く破壊し、魔晶体を粉砕していく。上位妖級幻魔であろうと、関係がない。
もはや、統魔とルナに敵はいないといわんばかりの大活躍は、星将たちも感嘆の声を上げるしかなかった。
「さすが、蒼秀の弟子、だね」
「本当に素晴らしい活躍だわ」
「まったくです。非の打ち所がありません」
「おれの弟子だからどう、ということはない。統魔は、彼は、だれが弟子に迎え入れようとも、ああなったはずだ。おれたちは星将だ。星将ならば、彼をあそこまで育てられて当然なんだ」
「そう?」
「そうだとも」
蒼秀は、ほかの星将たちの褒め言葉になんともいえない顔になるしかなかった。確かに統魔の師匠は蒼秀であり、戦団に入ったばかりの統魔に様々に手解きし、今日まで徹底的に鍛え上げてきたという事実はあるのだが、しかし、統魔がいま星将たちすら圧倒するほどの戦いぶりを見せているのは、彼自身の才能によるところが大きい。
それが事実だ。
統魔という原石を見出したのは戦団であり、星央魔導院への入学を勧めたのも戦団ならば、戦団に入った彼がここまで成長するのは、確定事項だったのではないか。
魔導院を飛び級で卒業した彼が、軍団長全員での取り合いになったことを昨日のことのように思い出す。彼が稀有な才能の持ち主にして、だれの目にも眩い輝きを放っていることは、疑いようがなかったからだ。
蒼秀は、運良くくじを引き当てることができただけであって、ほかのだれが彼を弟子にしたとしても、同じように育て上げられたに違いないという確信は、あった。
なぜならば、彼は、勝手に育ったからだ。
もちろん、蒼秀はできる限りのことをしたし、蒼秀が時間の取れないときには、同じ光属性を得意とし、蒼秀の弟子でもあった朝彦に任せることで、統魔の才能を磨き上げることに注力していたのだが。しかし、その程度のことはほかの軍団でもできたはずだ。
統魔の育成に注力するのは、ほかの星将でも同じだろう。
つまるところ、統魔は、己が意思で、己の能力を極限まで磨き上げたのであって、そこに他者の意志が介在する余地はなかったのではないか。
戦団という環境があってこその才能の開花であることに間違いはないのだが、とはいえ、だ。
いままさに妖級幻魔を蹂躙する統魔の戦いぶり、その能力の凄まじさは、彼自身の比類なき貪欲さと、底なしの努力があればこそなのだ。




