第千二百四十七話 星象乱舞(七)
佐比江結月は、第九軍団筆頭杖長である。
前任の筆頭杖長である味泥朝彦が第五軍団長に任命され、第九軍団を抜けた後、空席となった筆頭杖長に選ばれたのが、彼女だ。もちろん、ただ空席を埋めるためだけではない。実力と実績があればこそ、抜擢されている。
戦団において評価されるのは、能力だけではない。実績も人格も込みで評価され、それに相応しい立場を与えられる。
彼女自身、その事実を認識しながらも、自分以上に相応しい導士がいることもまた、認めざるを得なかった。
結月の星象現界・雷神弓から放たれる雷の矢は、無数に分裂し、数多の幻魔を撃ち抜いていく。霊級、獣級、妖級を問わず、視界に存在し、認識したすべての幻魔を続けざまに攻撃したのだ。百発百中。見事、百体以上の幻魔を同時に撃破したが、それでもなお、足りない。
「皆代杖長には敵わないな」
結月の視線の先、つまり雷神討滅軍の最前線に、先日杖長に任命されたばかりの皆代統魔が獅子奮迅の働きぶりを見せている。
まだまだ若く、未完成にもほどがある大器は、その力の片鱗だけで杖長たちを圧倒しているのがわかるのだ。
彼が筆頭杖長に選ばれなかったのは、能力の問題ではないはずだ。それ以外の部分で、まだまだ足りないと判断されたのだろう。
だが、それを差し引いても、彼の能力は圧倒的だ。
全十二軍団の全杖長の中でも最高峰、いや、頂点に君臨する戦闘能力を誇るのではないか。
星象現界を発動すれば最後、彼に敵う杖長はいまい。
三種統合型ともいわれる彼の星象現界は、星装、星霊、星域を同時併用を可能とするまさに規格外の星象現界だ。
万神殿。
彼を中心とする広域に展開される星域は、まさしく神々の集う大いなる神殿であり、立ち並ぶ神像が星域内の導士たちに力を与え、その導士たちが常ならざる力によって幻魔を撃滅していく様は、圧巻だ。
全十五体もの星霊を同時に使役することもまた、万神殿の中で特筆するべき能力だろう。そのうち四体は、彼の部下に星装として貸与されているが、残り十一体は、つい先程まで戦場を飛び回り、幻魔の大群を一方的に殺戮していた。
いまは、統魔を護る盾となっているようだが。
そして、星装。
統魔が纏う光り輝く衣は、太陽の如くこの暗雲立ちこめる戦場を照らしており、その存在を戦場全域に強く知らしめるかのようだった。それだけで存在感があるのだが、星象現界特有の重力場が、彼の現在座標に渦巻いている。
故に、統魔に攻撃が集中するかといえば、そんなこともない。
統魔の星霊たちが彼自身への攻撃を分散させているというのもあるが、他の杖長たちも負けず劣らず星象現界を駆使しているからだ。
つい先日まで、杖長の中でも星象現界を修得したものは、数えるほどしかいないというのが戦団の実情であり、懸案事項だった。星象現界とは、それほどまでに習得が困難な技術だ。戦団魔導戦術の最秘奥にして、極致。究極魔法とも呼ばれる代物だったのだ。
筆頭杖長に選出される条件のひとつとして、星象現界がある。
結月が、朝彦の後任に抜擢された理由もそこにあるのだ。
だが、いまや、戦闘部十二軍団の全杖長が星象現界の習得を果たした。
第九軍団の杖長のうち、雷神討滅軍に組み込まれたのは、佐比江結月、六甲緑、薬師英理子、御所瑠璃彦、皆代統魔の五名である。
結月の星象現界は、星装・雷神弓。その名の通り、雷神の力を宿した弓である。
六甲緑は星霊・西風神、薬師英理子は星装・火竜杖、御所瑠璃彦は星域・瑠璃色宇宙をそれぞれ駆使しており、この戦場の各地で激戦を繰り広げている。
そんな中にあって、統魔の星象現界がだれよりも圧倒的なのは、星将たちですら認めざるを得ないのではないか。
雷神弓の放った矢がヴァルキリーの剣に弾かれるのを見て、結月は、その場を飛び離れた。ヴァルキリーソードが、虚空を切り裂く。
第四軍団筆頭杖長・小久保英知は、空間展開型星象現界・大地護神を展開することで、小久保小隊および小久保大隊の導士たちを支援していた。
大地護神は、地属性の星域であり、広域に展開する結界だ。範囲内の味方に魔法の盾を付与し、敵の攻撃から自動的に護るのが大地護神の能力であり、その防御性能は、他の防型魔法の追随を許さない。星象現界なのだ。多少の攻撃魔法では傷つけることすら難しい。
英知は、この星域の中心に聳え立つ岩塊の祭壇に立ち、それによって結界内で繰り広げられる攻防を見守りつつ、自身も戦闘に参加していた。
魔法士である。
攻撃するために幻魔に接近する必要もなければ、余程離れていなければ魔法の威力が大きく減衰するようなこともない。
「乱岩雨」
英知が真言を発すれば、前方広範囲に岩石の雨が降り注ぎ、大量の獣級幻魔を押し潰していく。星神力による魔法だ。生半可な攻型魔法では、とてもではないが真似のできない威力であり、怪物たちが断末魔を上げ、絶命するのも無理からぬことだ。
この戦いに参加している第四軍団の他の杖長たちも、それぞれ星象現界を発動している。
沢野君江は斧型の星装・黒滅、硯陸翔は星霊・華焔鳳、鷹匠龍之介は星域・天水監獄、弁財天雷は星霊・聖天女神。
いずれも星象現界だけあって強力無比だ。
それらが並み居る幻魔を瞬く間に撃滅していく光景を目の当たりにすれば、雷神討滅軍がトール軍を押しに押しているように感じさせた。
「そうとも、押しているさ」
まるで英知の思考を読み取ったかのように告げてきたのは、火の鳥の背に乗り、戦場を飛び回る硯陸翔であり、その姿の頼もしさたるや英知に過った不安を消し飛ばすものだった。
第六軍団筆頭杖長・本庄正臣は、化身具象型星象現界・大蛇丸との巧みな連携攻撃によって、妖級幻魔ベルセルクの集団と戦っている最中だった。
星霊・大蛇丸は、第六軍団長・新野辺九乃一の星象現界・児雷也の影響を多分に受けて誕生している。由来は、児雷也の宿敵の忍者だが、もちろん、九乃一の星霊と敵対することなどありえなければ、相性は最高にいい。
星霊に意志もなければ自我もなく、正臣の意のままに動くか、指示通りに自動的に戦うかのいずれかだ。そして、正臣が大蛇丸に児雷也の攻撃を命じることなど万にひとつもありえない。
そもそも、正臣は、九乃一をだれよりも尊敬しているのだ。だからこそ、九乃一のような導士に、魔法士になりたいという想いが、己が星象現界に反映されたのだろう。そして、大蛇丸と名付けたのである。
大蛇と人間、その両方の特徴を併せ持つ星霊は、獣皮纏う妖級幻魔ベルセルクを相手にその手を蛇の如く伸ばし、巻き付け、握り潰して見せる。容易く、こともなげに。実際、下位妖級幻魔など、星象現界の相手ではないのだ。
すると、別のベルセルクが吼え、雷光が降り注ぐ。
そこへ暴風が吹き荒んだ。第五軍団杖長・青山奈々子の星象現界・東風神が巻き起こした大風は、ベルセルクたちを空高く打ち上げ、同杖長・赤坂勝の星象現界・神火の槍が放つ熱線に撃ち抜かれた。
同じく第五軍団杖長・御影綺音の星象現界・建御雷、本山陸郎の星象現界・嵐が丘も、それぞれに戦果を上げている。
第十二軍団筆頭杖長・須磨菫の星象現界は、空間展開型であり、名を征風圏といった。広大な結界の内側において、彼女が風の流れを支配しており、意のまま、思うままに世界が動いた。
ときに吹き荒れ、ときに止まり――征風圏の中では、彼女の意を汲まなければ、動くこともままならない。
少なくとも、妖級以下の幻魔ならばそのまま封殺してしまうことも容易く、妖級ですら対応するのも簡単ではなかったはずだ。事実、星域内の幻魔は、身動きひとつ取れないまま、彼女の部下たちに斃されていく。
関守虎の星霊・白虎が飛び回れば、鷹取葉の星霊・玄武が進軍し、千歳更紗の星装・緋雷剣が唸りを上げ、常磐光昇の星装・金剛斧が大地ごと幻魔の大群を粉砕する。
そして、八十八紫と九尾黄緑のふたりもまた、星象現界に目覚めていた。




