第千二百四十六話 星象乱舞(六)
地霊攻撃軍は、恐府西部に横たわるようにして広がる地霊の都、その南西部を進軍していた。
地霊の都を侵攻するには、まず、黒禍の森を突破しなければならず、直接乗り込むことのできる他方面よりも出遅れる羽目になったが、こればかりは致し方がない。
三方面同時攻撃。
これこそが、今回の大作戦の肝だ。
それによって、オトロシャ軍の戦力を分散、その上で、三魔将の残り二体を各個撃破することこそが当面の目標である。雷神討滅軍が雷魔将トールを担当し、地霊攻撃軍が地魔将クシナダを担当するというこの作戦は、戦力配分上、トールの撃滅が優先されていることはいうまでもないだろう。
地霊攻撃軍の戦力では、鬼級幻魔と対等に渡り合うことも難しいのではないか。
が、そんなことは問題ではない。
重要なのは、オトロシャ軍の戦力を分散させることであり、その目論見が果たされているのであれば、十分だということだ。
問題があるとすれば、だ。
「数が多すぎるってこったな」
「うん……」
「でもまあ、今回の作戦で重要なのは、トールを斃すことだからね」
「そうそう、地霊攻撃軍は、その名の通り、地霊の都を攻撃するだけでいいんだ。それでオトロシャ軍の総兵力が激減するだけでも十分なんだからさ」
「だから、ぼくも一緒?」
「だろうね」
幸多は、一二三の疑問を肯定した。彼が、少しずつだが実戦の空気に順応しつつあるという事実には、驚きを禁じ得ない。つい先日まで魔法の基礎すらなっていなかった素人未満の存在が、幻魔を撃破すらしているのだ。
一二三は、戦力になっていた。
持ち前の魔法士としての才能が遺憾無く発揮されているのか、幻魔の大軍勢を前にしても、怖気づくといったことは一切なかった。むしろ堂々と魔法を紡ぎ、唱え、撃破を重ねている。真白や黒乃が度肝を抜かれるほどの戦いぶりは、彼が神木神威複製体だという事実を思い知らせるようだった。
幸多は、裂魔改を振り抜く。二十二式大太刀・裂魔改。白式武器と呼ばれる近接戦闘用の武器の一種だが、幸多がなぜ、撃式武器から白式武器に切り替えたのかといえば、やはり、敵の数が多すぎるからにほかならない。
ここは、敵地。
オトロシャ領恐府の内部であり、数千万体もの幻魔がひしめき合っている場所なのだ。たとえ、地霊攻撃軍が、真星小隊が交戦する幻魔の総数などたかが知れいてるのだとしても、それでも数千発、数万発もの弾丸を浪費するような事態は避けなければならない。
幻魔に通用する銃弾である超周波振動弾は、一発一発が高級品である。ましてや砲弾ともなれば、とてつもなく高価であり、希少であるため、乱発などできるわけもなかった。
資源は、有限だ。
金額だけならばともかく、材料のことを考えると、極力、白式武器で戦ったほうがいいのではないか、という結論に至る。
超周波振動弾を無駄撃ちした結果が、央都の資源を浪費することになっては、本末転倒も甚だしい。
クニツイクサ弐式も、そうだ。銃弾、砲弾を撃ちまくっていたのは最初だけであり、いまは近接武器に持ち替えている。
「そうはいっても、最初の任務がこの大作戦ってのはどうかと思うけどね」
とは、義一。血の繋がらない弟である一二三のことを心から案じていることは、その言動から明らかだ。補手である彼は、特に一二三の動向を注意して見守っており、危うい場面を何度も救っている。
これは一二三が体験する初めての大きな任務であり、戦場だ。一二三は持ち前の能力でどうにか対応しているとはいえ、緊張するのも当然だったし、熱狂と興奮に飲まれかけているのも間違いなかった。
義一だって、戦場の熱狂に当てられかけている。
戦場に満ちる熱気と狂気は、熟練の導士ですら、歴戦の猛者ですら、ときに狂わせ、ときに暴走させる。
それほどの状況。
真星小隊全員が一二三を補助しているからこそ、どうにでもなっている。
幸多も、一二三を中心に動いていたし、真白も彼を重点的に護っていた。黒乃も、一二三に対する幻魔の動向を見ているのだ。
一二三は、といえば、自分がそこまで大切にされているなどとは想像もできないし、自分のことで精一杯だった。
初めての戦場。初めての大作戦。それも、人類の存亡を懸けた戦団史上最大の作戦である。緊張しないわけがない。練り上げる魔力が、紡ぎ上げる律像が、唱え放つ魔法が、戦団の未来を、人類の明日を切り開く一撃となる。
失敗すれば最後、人類は窮地に立たされる。
いや、それどころか、滅亡する可能性すらあるのだ。
そんな戦場のただ中で、一二三は、幻魔の大軍勢と対峙しているのだ。常にとてつもない緊張感が、彼の意識を席巻していた。
「火竜爪!」
一二三が真言とともに右手を振り翳すと、紅蓮の軌跡が彼の視界ごとバロメッツの魔晶体を切り裂き、その体毛代わりの枝葉を焼き払った。バロメッツの悲鳴が魔法となって襲い来るも、真白の煌城がそれを受け付けない。
真白の防型魔法は、同世代どころか第七軍団でも最高峰の防御性能を誇る。
故に、一二三は、安心して攻撃に専念できるというわけだ。
一二三だけではない。
黒乃も、真白の防型魔法のおかげで火力を出すことに集中できているのであり、防手のありがたみを実感せずにはいられなかった。しかも、真白は黒乃の半身だ。黒乃に足りない部分を補って余りある兄の存在ほど、彼にとって心強いものはない。
「疾風槍破!」
黒乃が放ったのは、風属性攻型魔法。風気を圧縮して生み出した槍が、異形の鶏コカトリスを貫き、その魔晶体からどす黒い霧を発散させた。その霧は、コカトリスの体内で生成されており、本来、息吹とともに放出される。触れれば最後、魔素が硬直し、石化していくという性質を持つ。
故に、コカトリスを相手にする場合は、遠距離攻撃に専念するべきであり、距離を取るべきだとされている。
近接攻撃に切り替えた幸多が極力コカトリスとの戦闘を避け、バロメッツやヤトノカミといった別の獣級幻魔を相手にしているのもそれが理由だ。魔素を持たざる幸多が石化することはなくとも、闘衣や鎧套は石化してしまうからだ。
もっとも、コカトリスの霧による石化は、魔法効果であり、魔法で解除できる。
だが、このような大規模な戦闘の最中に石化してしまえば、別の幻魔の攻撃を受け、致命的な結果になる可能性が高く、故にこそ、石化霧のような魔素変異攻撃には細心の注意を払うべきだった。
魔素変異は、石化以外にも、燃焼や凍結、感電といったものがあり、八大属性それぞれに存在している。
それは、ともかく。
「相変わらず派手にやってるねえ!」
頭上から大音声が降ってきたかと思うと、幸多の前方に黒い波動が降り注ぎ、霊級、獣級幻魔の群れが一瞬にして壊滅した。断末魔の声すら上げることもなく、だ。
そこへ舞い降りたのは、ひとりの導士。
第七軍団杖長・荒井瑠衣であり、その背後には二体の星霊がなにやら楽器を構え、見得を切っていた。
「杖長にはかないませんけど」
「そりゃそうだろうさ!」
瑠衣は、幸多の返答に満足げな笑顔を見せると、幻魔の軍勢に向き直った。地霊攻撃軍の進路上には、まだまだ大量の幻魔が待ち受けている。
地霊の都は、原始の樹海の如き黒禍の森とは異なり、近代的とでもいうべき幻魔の都市群である。地霊の都と呼ばれるクシナダの領地全土が都市化されているようであり、幻魔造りの構造物が大地を埋め尽くしていた。
そして、それら建造物の外部のみならず、内部にも大量の幻魔が潜んでいること間違いなく、故にこそ、建造物もろともに破壊して回らなければ、地霊攻撃軍の安全を確保できないのである。
瑠衣が率先して星象現界を使ったのも、そのためだ。
瑠衣の化身具象型星象現界・燃えろわたしの反骨魂によって具象した二体の星霊は、彼女の意のままに旋律を響かせる。攻撃的で破壊的な音色は、そのまま律像となって瑠衣の周囲に渦巻き、歌唱による真言の発声によって魔法を発動させていく。
緩やかに前進する瑠衣の前方には、無数の魔法が炸裂し、それによって幻魔の死骸が山のように積み重なり、また、幻魔建築の塔や家屋が倒壊していく。
地霊の都が地霊の廃墟と化していくかのようだ。
無論、クシナダ軍も一方的にやられているわけではない。
妖級幻魔オーガやゴブリンの群れが現れれば、さしもの瑠衣も慎重にならざるを得ない。
もっとも、だからといって攻撃の手を緩めることもなければ、彼女の部下が合流したことによって、その攻勢はより一層激しくなったのだが。
荒井小隊が地霊攻撃軍の進路を切り開いていく。




