第千二百四十三話 星象乱舞(三)
砕け散ったのは、星霊クロノスの頭であり、統魔は、その光景を眼下に見下ろしていた。そのままクロノスの上半身が吹き飛び、復元し始めるところまでは、見届けない。
戦場の遥か彼方から飛来した超高密度の魔力体との衝突により、それこそ、超高密度の星神力の結晶である星霊が破壊されたのだ。その一撃、その威力の凄まじさたるや、想像を絶するものといっていい。
だが、わかりきったことではあった。
敵は、鬼級幻魔。
妖級や、妖級の強化個体とは比べ物にならない力を持っている。
しかも、星象現界を使えるのだ。魔力が星神力へと昇華されれば、その魔法の威力も数倍から数十倍に引き上げられる。
人間の肉体など、細胞ひとつ残さず消滅しかねない。
しかし、統魔は、生きている。
「と、統魔!?」
ルナが声を上げてクロノスの元へと駆け寄り、すぐさまそれが統魔ではなくなっていることを理解した。安堵とともに統魔を探し、発見と同時に近づく。
「良かった……また、死んじゃったのかと思った……!」
「また?」
「え?」
統魔の疑問に、ルナがきょとんとする。
「また死んだとかなんとかいっただろ」
「そんなこと、いった?」
「いった……と、思う。たぶん」
「なんでよ? おかしいでしょ。また死んだって。統魔はこうして生きているのに」
「……そうだな。おかしいな。きっと聞き間違いだ」
ルナが怪訝な顔をするのも無理はなかったし、統魔も同じ気分だった。確かにその通りだ。一度死に、蘇ったものに対してでなければ、そのような言葉を用いることはない。そして、統魔は生き続けている。
死んだものは、生き返らない。
万能にして全能に等しい魔法を以てしても、死者を完全に蘇生する方法はないのだ。
「聞き間違いだ」
言い聞かせるように告げたのは、確かにそう聞こえたという事実を打ち消すためだ。ルナの声が脳内に残っている。残響のように。それを掻き消すには、強い意志が必要だった。
そしてそれは、そんなものは、すぐにでも手に入る。
前を向けばいいだけだ。
「……いまのは、トールの攻撃だな」
「だよね。統魔の星霊を粉砕するだなんて、とんでもない威力だもの」
「妖級以下の幻魔には真似のできない攻撃ですね」
「新野辺流忍法・変わり身の術のおかげだね、たいちょー」
「なんでもかんでも新野辺流忍法にしない」
「なんでよー、いいじゃーん」
「なにがいいんだか」
「まったく……この状況でよくあんな風でいられるな。緊張感がないというか、なんというか」
「緊張は、しているんじゃないか」
統魔は、枝連が苦い顔をしながらベヘモスの巨躯を殴り飛ばす様を一瞥し、告げた。くだらないことで言い合いしている香織と剣も、戦場を飛び回りながら幻魔の群れを薙ぎ払い続けている。
雷光が尾を引き、暴風が渦を巻き、猛火が爆ぜる様は、圧巻だ。
字も、補手として皆代小隊の状況を確認しつつだが、戦闘を続けている。そんな中、統魔が致命的な一撃を食らったように見えたものだから、愕然としたのはいうまでもない。
だが、香織のいうように、星霊と現在座標を入れ替えることで事なきを得ており、心の底から安堵したものだった。
「うん、きっとそうだよ。かおりんも、たかみーも、皆、緊張してる。不安なの。この戦いは、戦団史上最大の作戦で、人類の未来を決めるものだもの。自分たちが生き残れるかどうかすらわからない。だからといって、生き延びるためにできることなんてないもの」
「戦うしかない」
「うん。戦って、戦って、戦って……幻魔を、オトロシャを斃すしかない」
統魔とルナは、戦場に逆巻く熱狂を肌で感じていた。
オトロシャを斃す。
それ以外の方法で、人類の未来を勝ち取ることはできまい。
たとえ、戦いに敗れながらも生き残ることができたとしても、それは滅びへの第一歩に過ぎないのではないか。
これだけの戦力を投入して敗北するということは、戦団が大敗するということは、人類の未来が暗雲に閉ざされるということにほかならない。
だからこそ、だれもが力を求める。
だれもが、星象現界を望む。
そして、その願望が適い、戦場各地につぎつぎと星が煌めき出した。
だれもかれもが星象現界を発動し、幻魔の軍勢を蹴散らしていく様は凄まじいというほかない。圧倒的で、破壊的な光景。数百倍の兵力差を覆し、トール軍を殲滅しかねないほどの勢いを見せている。
「まずは、トールだけどな」
統魔がそう告げたとき、またしても雷光の塊が飛来していた。一瞬にして眼前へと到達するほどの速度。感知した瞬間には、直撃寸前なのだ。避けようがない。が、問題はなかった。それが統魔に触れようとした刹那、統魔はまったく別の場所に転移しているからだ。
今度は、星霊アルテミスが統魔の代わりとなった。先程よりも威力が増した雷撃は、接触と同時に大爆発を起こし、広範囲に破壊を撒き散らす。
危うくルナが巻き込まれるところだったが、彼女は、三日月を盾とすることで難を逃れた。
「また統魔を狙って……!」
「どうやら、目立ちすぎたらしい」
「それはまあ、しょうがないと思うけどさ」
「……そうはいっても、いつまでも受け続けるのは性に合わないな」
統魔は、遥か遠方、雷神の庭の奥深くに聳え立つ建物を睨み付けた。トールの居場所は、雷光の塊の軌跡を辿ればすぐにわかる。膨大魔力が込められていたのだ。大気中に残留する魔素が、確かな軌跡を刻んでいた。
「あれがトールの居城だな」
「なんだろう? 城には見えないね?」
ルナが小首を傾げるのも無理はない。
幻魔造りの建物は、人間には理解しがたい外観をしているものばかりだ。幻魔の感性が人間のそれとはかけ離れたものなのだから当然なのだが、しかし、トールの居城と思しきその建物は、巨大だが壮麗な建造物であり、人間が設計したものといっても遜色なかったからだ。
とてもではないが、鬼級幻魔の拠点とは思えない。
「神殿か?」
「神殿……幻魔が神様を祀るのかな?」
「まさかな。そう見えるだけだろ」
統魔がそういったとき、三度、雷鎚が飛来した。統魔が星霊と座標を置換するのも、三度目だ。香織が新野辺流忍法・変わり身の術だとかなんとかいっていたが、統魔のそれは、無意識のうちに使えるようになったものであり、星象現界・万神殿の能力である。
万神殿の規格外たる理由が、そこにある。
星装と星霊、星域が密接に結びつき、相互に作用し、補完し合うことによって、それぞれの能力を強化している。
つまり、万神殿の能力は、星域の内側でこそ最大限に発揮できるということだが、いままさにその状態だった。
統魔たちは、万神殿の星域の中にいる。
故に、統魔は、いま、完全無欠といっても過言ではなかった。
だからこそ、傲岸に、不遜に、最前線の上空で仁王立ちし、幻魔の猛攻すらもどこ吹く風と黙殺しているのだ。
「ふう……無事で良かったわ」
聞き慣れた声が背後から投げかけられたものだから、統魔は、前方に星霊を集中させた。トールが統魔を狙い続けてくる可能性は、必ずしも高くはない。既に三度の攻撃を受けているが、効果がないことが判明したのであれば、標的を変えるかもしれなかった。
そして、そのようなことになれば、戦団側も損害を覚悟しなければならない。
トールの雷鎚は、目にも止まらぬ速度で飛翔し、避けようがなかった。直撃すれば最後、生半可な防型魔法では相殺しきれず、破壊され、粉微塵に消し飛ばされるだけだ。
統魔だから、どうにかなっている。
だから、星霊を集め、護りを固めるのだ。星霊の集合は、星神力の集中であり、重力場を形成することに繋がるからだ。魔素質量が幻魔を誘引するのであれば、十一体の星霊を結集させることにより、トールの攻撃をも引き寄せられるのではないか。
とはいえ、鬼級幻魔だ。こちらの誘引策など、お見通しかもしれないが。
「味泥、軍団長」
「いままで通り、味泥はんでええ」
朝彦は、統魔が言葉に詰まったことに笑った。
「そんな呼び方、したことないです」
「せやったっけ? まあ、なんでもええわ。いや、よくないんやけど」
「なんなんです?」
「ああ、いや、トールの話や。トールの攻撃のな」
「あー……」
統魔が意にも介していないような反応をするものだから、朝彦は、頼もしさすら覚えた。相変わらずの自信家だが、それが過信ではないからこそ、安心もする。統魔が並外れた星象現界の使い手だということもそうだが、鬼級幻魔との戦闘経験の持ち主だということも大きい。
トールの必殺の攻撃を目の当たりにしても、まったく怖じ気づく様子もなければ、不安すら感じていないのではないか。
いや、むしろ、昂ぶっている可能性すらある。
統魔の両目が、紅く輝いていた。
まるで燃えているように。




