第千二百四十二話 星象乱舞(二)
岩岡勇治は、己が星象現界とともにあった。
化身具象型星象現界であるそれは、軽く全長十メートルを越える巨躯の星霊である。まさに鉄の巨人とでもいうべき姿形をしており、その頭頂部には、ちょうど彼が立つことのできる場所があった。操縦席ではなく、指揮台というべきか。
そこに立てば、巨体を誇る幻魔の群れすらも矮小に見えたし、妖級幻魔すらも雑魚にしか見えなくなった。
興奮と昂揚、熱気と狂気がそうさせているのは間違いないが、しかし、事実でもあるはずだ。
「征け、大金剛人」
勇治が命名と同時に鉄巨人に号令すると、その巨躯の各所から蒸気の如く星神力が噴き出した。
星象現界は、魔法の原型。魔法とは、想像の産物。であれば、星霊が術者の想像力の結晶であることは疑いようがない。つまるところ、ジ・アースと名付けられた星霊は、勇治が子供のころから夢見ていた機械仕掛けの戦闘兵器そのものなのであり、彼の想像通りに動くのも当然の結果だった。
ジ・アースが唸りを上げて大地を踏み締めれば、周囲に破壊が巻き起こる。一歩。ただの一歩だが、それすらも攻防一体であり、並み居る幻魔を踏み潰し、迫りくる攻撃魔法を弾き飛ばす。
前方から飛来する数多の雷撃には、左腕を掲げることで対応した。左腕が展開して巨大な盾となり、魔法弾の数々を受け止め、あるいは跳ね返す。ジ・アースの進撃は止まらない。あっという間にヴァルキリーを眼前に捉え、右拳で殴打した。ヴァルキリーが盾で受け止めるも、盾ごとその左腕が吹き飛ぶ。
ヴァルキリーが吼え、光剣を形成したが、間に合わない。ジ・アースの右拳による連打が、ヴァルキリーの魔晶体を打ち砕き、破壊していったからだ。断末魔とともに吹き荒れた光の嵐も、ジ・アースに掠り傷をつけただけに留まった。
そして、ジ・アースは、さらに周囲の幻魔を撃破していくものだから、岩岡小隊の隊員たちは、圧倒されるほかなかった。
星象現界は、強力無比だ。
凶悪無比。
星象現界を一言で表すとすれば、それだ。
「なんと名付けようか」
加納陸は、握り締めた斧槍から伝わってくる莫大な星神力が意識を研ぎ澄まし、あらゆる感覚を鋭敏にしていく事実を実感していた。武装顕現型星象現界。または、星装。斧槍の形状をしたそれが自分の魔法の元型だというのであれば、自分が攻撃的な人間だということがはっきりとわかる。
極めて攻撃的で、暴力的な人間なのだろう。
だからこそ、この星装が顕現した。
「地属性の星装で代表的なのは、日流子様の天之瓊矛っすね」
「まさか、同じ名をつけるわけにはいかんだろ。いやそもそも、あれに天之瓊矛は似合わない」
「でっすよねー」
「……そうだな。日流子様も地属性で、矛の形をした星装だったな」
陸は、部下たちの会話を聞きつつ、己が星装を見た。そのままおもむろに振り回すと、地を蹴る。前方、幻魔の群れがいる。ライジュウ、アンズー、グレムリン。いずれも雷属性の幻魔であり、地属性とは決して良い相性ではない。
が、手にしているのは星装である。
「方天画戟」
命名と同時に振り抜けば、眼前の大地が鳴動し、地割れが起きた。ライジュウが大地に飲み込まれるも、アンズーとグレムリンが飛び上がって回避する。虚を突かれたとでもいわんばかりの反応。後方からの魔法弾が幻魔に殺到し、アンズーたちを撃ち落としていく中、グレムリンだけが雷光を纏って飛び回り、陸を翻弄しようとする。しかし、陸には、グレムリンの動きが手に取るようにわかった。
「なるほど」
陸は、納得とともに、グレムリンの頭を方天画戟でかち割って見せると、地割れを閉じ、ライジュウを殲滅した。
星象現界は、ただ強力な魔法というだけではない。
発動と同時にその身に満ちる星神力は、五感を研ぎ澄ませ、身体能力を大幅に向上する。
故に、究極魔法。
「風神封殺界」
第九軍団杖長・六甲緑は、自身を中心とする広範囲に展開した防型魔法を瞬時に攻撃に転じて見せた。風の結界の内側へと乗り込んできたアンズーとライジュウの群れが、一瞬にして圧殺され、断末魔を上げることもままならない。
その背後には、化身具象型星象現界・西風神の姿があり、彼女の意のままに風を起こしている。強大な風だ。彼女目掛けて飛来する数多の魔法弾を容易く弾き返し、殺到する幻魔の大群を撥ね除ける。
星象現界はある種の重力場を生み、幻魔を引き寄せるものだ。
つまり、星象現界の使い手は、幻魔の集中攻撃を受けるものであり、対策を練っていなければ、いかに星象現界を発動していても、簡単に命を落とすだろう。
緑は、防手ということもあり、身を守る術に長けている。己が身を守りながら、攻撃に転ずる方法もいくらでもあった。だが。
「とはいえ……こう数が多いんじゃあねえ」
「もう泣き言? せっかく星象現界を修得したっていうのに、情けないんじゃない」
同じく第九軍団杖長・薬師英理子からの通信に、緑は、苦笑するほかなかった。
英理子も、つい先日、星象現界を修得したばかりだ。
彼女の星象現界は武装顕現型であり、名称を火竜杖という。その名の通り杖型の星装であり、竜をあしらった装飾が特徴的だ。
英理子は、その杖の先端を幻魔の群れに向けていた。竜の飾り、その口腔が大きく開かれ、双眸が煌めく。
「火竜咆!」
英理子の真言とともに杖が咆哮し、その口腔から巨大な火球が飛び出した。英理子の視界を紅蓮に塗り潰したかと思えば、幻魔の大群を飲み込みながら膨れ上がり、大爆発を起こす。
それによって、何十体、いや、何百体もの幻魔が消滅した。
星象現界とは、それほどまでに強力な魔法なのだ。
故にこそ勝機がある、と、彼女は実感する。
いままさに絢爛たる輝きを放つ無数の〈星〉が、この戦場に散らばっているのだ。
それらが力を存分に発揮すれば、トール軍など恐るるに足らないのではないか。
確かにトール軍の総兵力は、一千万以上。雷神討滅軍三千名とは、比較するべくもない。だが、その内実は、霊級、獣級が大半を占めており、主力級とでもいうべき妖級幻魔の数は、百万もいるのかどうかというところなのだ。そして、星象現界を発動した導士にとって、妖級は敵ではない。
少なくとも、英理子はそう実感していたし、他の杖長たちの戦果からも間違いあるまい。
トール軍を殲滅することも不可能ではないのではないか。
英理子がそう考えていたときだった。
遥か前方、統魔が雷光に撃たれた。
「うむ」
トールが重い腰を上げたのは、雷神の庭各方面から届く戦況報告を受けてのことだった。
トール軍一千二百万の兵は、たかだか三千の人間を相手に後れを取っている。
トールの腹心たる三天将も斃れ、数多くの妖級幻魔が、強化体が撃破されているのだ。
たかが人間、されど人間。
トールは、女神像を見つめ、そして、ビルスキルニルの外へと目を向けた。神殿の最奥部、女神の座からは戦場など見えるわけもない。が、彼の目は、断絶した空間の向こう側を見渡しており、戦場の光景をも見通していた。
雷神の庭は、まさに彼の懐なのだ。
トールの右手に魔力が凝縮し、大きな魔力体となり、明確な輪郭を帯びていく。それが巨大な鎚となるまで時間はかからなかったが、その間にもトール配下の幻魔の数が減少し続けている。
雷神の庭に、数多の星が輝いている。
それが星象現界の数々なのだとすれば、トールみずからが動かざるを得ないのは、当然の帰結だった。
星象現界は、人間をして鬼級幻魔と対等に戦うことを可能とする力だ。
その崇高さと偉大さをもっとも理解しているのがトールなのだから、過小評価などするはずもない。
手にした鎚を振りかぶり、投げ放つ。
すると、それは雷光とともにトールの眼前から姿を消した。
「我が雷鎚は、必中必殺――」
そして、トールの目は、確かに、ミョルニルが人間の頭蓋を打ち砕く様を見た。
皆代統魔の頭蓋を、である。




