第千二百三十七話 星象拡散(三)
「人間は所詮人間といったか。だったらおれもいってやる。妖級は所詮妖級。おれの敵じゃあないんだよ」
統魔は、三天将なるヴァルキリーたちを一瞬にして撃滅すると、その魔晶体の残骸が戦場に散らばる様を見た。ただし、見届けはしない。一瞥した直後には、つぎの行動に移っている。
三天将は、強化個体であるというだけでなく、トール軍における指揮官だったのは想像に容易い。事実、三天将が戦場に現れたことでトール軍の動きに変化が起きていたのだ。だが、それも終わった。三天将が全滅したことによって、トール軍の指揮系統に混乱が生じたのが手に取るようにわかるのだ。
当然、この好機を逃す戦団ではない。
統魔は、上空より眼下の戦場を見渡している。
トール軍一千万の大軍勢は、徐々にだが確実にその数を減らし続けており、対する戦団側の損害は極めて軽微だ。少なくとも、戦死者はひとりとしていない。
「さすがは皆代杖長!」
「凄すぎます!」
「杖長に続け!」
「おれたちも幻魔を斃すんだ!」
統魔の大活躍を目の当たりにした第九軍団の導士たちが、俄然、やる気を出す。
統魔は、第九軍団の十杖長の末席に加わったばかりだが、その実力も実績も非の打ち所がなかったし、人格面での問題もなにひとつなかった。故に、第九軍団に所属するだれもが、統魔が杖長になることに異論を挟まなかったのであり、むしろ、当然の結果だと納得していた。
統魔の魔法技量は、頭抜けている。同世代だけでなく、全世代引っくるめても、彼と同等以上の魔法技量の持ち主はそうはいまい。
そして、魔素質量。
星象現界を発動した統魔の魔素質量は、全導士随一といっても過言ではなかった。
そんな統魔の大抜擢に不満を持つものがいるとすれば、余程捻くれた人間か、能力や功績を把握できていないものくらいだろう。
そして、そのようなものが戦団にいるはずもない。
故に、だれもが統魔が杖長としての責務を果たす戦いぶりに興奮し、熱狂するのだ。
熱狂。
戦場特有の熱気と狂気が、雷神討滅軍を飲み込んでいる。
熱狂は、恐怖や不安を吹き飛ばし、戦意と士気を極限まで高めていく。だれもが、己が死を恐れない。人類の天敵たる幻魔の大軍勢を前にして、足踏みすることもなければ、怖じ気づくこともなく、手を止めることもない。
前進し、魔法を唱え、攻撃する。
対する幻魔の群れも、混乱こそあれど、戦い続けている。
雷神討滅軍が、押している。しかし、兵力差は、相変わらず圧倒的だ。広大な戦野を埋め尽くすのは幻魔の大軍勢であり、これらをどうにかしなければ、トールの元へ辿り着けないだろう。
だからこその統魔であり、星象現界なのだが。
「……まあ、そうだな」
統魔は、ひとり納得すると、前方から飛来した魔力体を光剣で切り裂いた。そして、星域を展開する。
星域とは、空間展開型星象現界そのものであり、いわば巨大な結界である。
統魔は、万神殿の星域を前線に展開する第九軍団全体を覆うように設置し、それによって星域内の導士たちを支援することにしたのだ。光り輝く黄金の神像がつぎつぎと具現し、正に神々の集う神殿の如き結界を構築していく。
星域内の導士たちは、なにが起きているのか理解していた。統魔の星象現界に関する情報は、少なくとも第九軍団の導士には伝えられている。でなければ、混乱が生じかねないのが、大規模魔法であり、星象現界というものだ。
特に空間展開型は、広範囲の敵味方を巻き込むようにして発動するものであり、場合によっては敵の攻撃と勘違いする可能性がある。
星象現界ほど大規模かつ高威力の魔法となれば、情報の共有が必要不可欠なのだ。
万神殿の星域がもたらすのは、力。星域内の導士たちは、全身に力が漲るのを感じ取り、これが星象現界なのかと思いつつ、幻魔にその力を振るっていく。
「これが……」
「皆代杖長の星象現界……!」
「うおおおおっ!」
「幻魔なんか相手じゃない!」
「……ああ、そうだ。幻魔なんか、相手じゃない」
統魔は、部下の声を拾い、うなずいた。
この大軍勢を相手に勝ちきるというのは、極めて困難だ。トール軍を全滅させるつもりなど毛頭なく、斃すべきは、雷魔将トールただ一体だけであって、それ以外の幻魔を相手に力を浪費するべきではなかった。
そして、だからこそ、統魔が出るのである。
「聞こえているな。おれたちが風穴を開ける」
統魔は、皆代小隊の面々に通信機越しに断言すると、頭上に右手を翳した。
「はいな!」
「了解!」
「おうっ!」
「はい!」
「はああい!」
威勢の良い返事は、皆代小隊の面々が各地で激戦を繰り広げているとは思えないほどのものだが、五人が五人、星装を纏っているのだから当然というべきかもしれない。
星象現界の使い手であるルナはもちろんのこと、ルナ以外の四人も、統魔の星霊を星装として身に纏うことによって、星象現界の使い手に等しい力を得ている。ということはつまり、皆代小隊六人全員が星象現界の使い手ということになり、皆代小隊が討滅軍最強の小隊になっているといっても過言ではないということだ。
しかし、それでも、鬼級相手は荷が勝ちすぎることは、統魔も理解している。
(まだ、足りない)
統魔は、己の力量を極めて冷静に把握しており、だからこそ、いまここで星象現界を使ったのだ。頭上に掲げた手の先に律像が浮かぶ。雷雲渦巻く空を飲み込むほどの律像。複雑に変形し、破壊的な幾何学模様を描き出す。
「撃光雨」
真言の詠唱と同時に発動したのは、統魔が得意とする攻型魔法。
それは、前方超広範囲を一瞬にして塗り潰す光の雨であり、トール軍の霊級、獣級、そして妖級幻魔をも打ちつけ、粉砕し、殲滅していく。断末魔が合唱のように聞こえ、死に際の魔法が散乱するも、それすらも光の雨に打ち砕かれていく。
降りしきる破壊の雨が、大軍勢の一角に穴を開けたのは、しかし、わずかな時間だけだ。瞬く間に埋まり、隙間がなくなる。
「数だけは多い」
統魔は告げ、さらに律像を練った。束の間、殺気とともに飛来したのは、獣皮纏う幻魔たち。
妖級幻魔ベルセルク。
「三天将を一蹴するとはな!」
「人間とは思えぬ力量!」
「だが、あれらを斃しただけで調子に乗ってもらっては困る――」
三体のベルセルクがほとんど同時に飛びかかってきたものの、統魔がそれらを一瞥することすらなかった。統魔が地上に降り立ったときには、決着がついている。
ルナが投げ放った三日月が、三体のベルセルクを切り刻み、魔晶核を破壊したからだ。
「さすがだな」
「統魔こそ!」
ルナは、統魔に駆け寄ろうとしたが、止めた。声が聞こえる。戦場に渦巻く無数の思念が、声となって、ルナの意識に触れている。無数の思念が織り成す、数多の声。そんなものがなぜ聞こえるのか。
ルナには、理解できている。
自分が人間ではないからだ。ひとならざる、ひとの姿をした怪物。それが自分であり、故にこそ、この戦場に散乱する無数の思念が怒濤の如く押し寄せてくるのを止められないのだ。
受け止めなければならない。
それが自分の役割であり、存在意義なのだから。
(声……)
人間の声もあれば、幻魔の声もある。
幻魔は、純魔法知性体とも呼ばれる存在であり、人類と同等かそれ以上の知性を持っていると考えられている。でなければ、魔法を使うことなどできない。魔法は、想像力の産物だ。いくら幻魔が魔法生命体とはいえ、想像力を具現する魔法の原理には従わざるを得ないはずなのだ。
故に、この戦場に充ち満ちた幻魔の思念もまた、声となって聞こえている。




