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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
魔界の無能少年

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第千二百三十五話 星象拡散(一)

「ふむ」

 トールは、ビルスキルニルの最奥部さいおうぶたる女神の座にあって、女神像と向かい合っていた。

 ビルスキルニル。

 彼の星象現界せいしょうげんかい雷霆神宮殿ビルスキルニルと同じ名を持つ神殿は、あの戦いの後、部下に命じて作らせたものである。その幻魔特有の建造物は、魔界で採掘される鉱物で作られたものであり、堅牢にして頑丈、生半可な魔法では傷つけることもかなわないこと請け合いだ。

 そうでなければ、トールの居所たりえない。

 トールは、隆々たる巨躯を誇るだけでなく、常に雷を帯びている。満ち溢れる魔力が雷光となって絶え間なく全身を流れており、ただ歩くだけでその周囲に破壊をもたらした。

 故に、並大抵の魔法では傷つくことのない頑丈な建材が必要であり、それらをふんだんに駆使したこの神殿は、トールのお気に入りの場所となっていた。

 神殿。

 そう、神殿だ。

 あの戦いの果てに見出した彼にとっての女神をまつるための聖域であり、女神の座と名付けられた最奥部の空間は、ただ広大なだけで、その中心に女神像が鎮座するだけの場所だった。

 神殿そのものは、無数の柱が複雑に組み合わさって構成されており、見るからに手が込んでいる様子がわかるというものだが。

 女神の座は、至って単純だ。

 そして、その極限にまで簡素化された空間に座し、女神像と対話していたのが、トールだ。

「……戦団の大軍勢か」

 トールがつぶやいたのは、報告に対して、である。彼の背後には、ヴァルキリーがかしずいていた。

「どう致しましょう」

「どうもこうもあるまい。迎え撃ち、殲滅せんめつするまでのこと。それが我が主君の望みなれば、我に異論などあるはずもない」

「では……」

「うむ。くがよい。そして、人間どもに思い知らせるのだ。所詮、人間は人間。我ら幻魔の足元にも及ばぬ存在だとな」

「はっ……仰せのままに」

 ヴァルキリーは、トールの威厳に満ちた物言いに満足げな表情をすると、光の速さでその場を辞した。

 女神の座にただひとりとなったトールは、女神の顔を見据えた。

 

「ふふ。トール様らしい命令だこと」

「まったくね。人間如き、トール様に御出馬ごしゅつば願うまでもないもの」

 姉妹たちの反応は、彼女の想定通りのものであり、なんの矛盾もなければ、問題もなかった。異論などあろうはずもなければ、トールの命令通りに動くだけのことだ。

 ヴァルキリーの三姉妹。

 ヴァルキリー。光属性を得意とする妖級幻魔は、北欧神話ほくおうしんわに登場する戦乙女の想像上の姿そのものといっても過言ではない。

 全長三メートルの巨体を誇るものの、幻魔の中では特別大きいほうではない。神々《こうごう》しい鎧兜に身を包んだ美貌の女たち。

 その戦闘能力は、妖級幻魔の中でも際立っている。

 そして、三姉妹。

 妖級以下の幻魔というのは、基本的には個性を持たない――と、される。人類がこれまで確認してきた大量の幻魔の中で、個性や自我と呼べるものを持っているのは、鬼級以上の幻魔であり、妖級以下の幻魔は大量生産されたかのような画一性があった。

 つまり、彼女たちは、特別な存在だと言うことだ。

 事実、トール配下のヴァルキリー三姉妹は、トールに力を与えられた強化個体であり、故に個性を持ち、名を持っていた。

 長女のエイルは、剣の代わりに槍を手にしており、その長大な槍が放つ光の膨大さが、力を誇示するかのようだった。

 次女のソグンは、剣の代わりに杖を手にし、杖から放つ輝きは静かだった。

 末女のスリマは、盾を持たず、両手に剣を持っており、いかにも好戦的に見えた。

 トールの腹心たる三天将さんてんしょうである。

 ヴァルキリー三姉妹は、トールの指示のままに、トール軍を指揮するべく戦場へとおどり出た。

 そして、雷神の庭に展開するトール軍一千万が、たった数千人足らずの人間を相手に拮抗きっこうしているという事実に怒りさえ覚えるのだった。

 ありえないことだし、あってはならないことだ。

 たかだか数千の人間如きに数十倍の兵力差を誇るトール軍が押し負けることなど、万にひとつもあるべきではない。

 ヴァルキリーたちは、顔を見合わせ、それぞれの持ち場へと飛んだ。

 まさに光の速さで。


 雷神の庭の戦況が大きく変化したのは、トール軍の前線にヴァルキリーたちが姿を見せた直後からだった。

 三体のヴァルキリー。それらは、他のヴァルキリーとなにかが違った。姿形はほとんど変わらない。しかし、存在感がまるで異なっており、ただそこにいるだけでトール軍幻魔の士気が高まっているような、そんな気配すらあった。

「あのヴァルキリー、強化個体ね」

「そのようだ」

 瑞葉みずはが断定すれば、蒼秀そうしゅうもうなずくし、情報官からもそのような通達があった。

 オトロシャは、配下の幻魔に力を与え、強化する能力を持っているということが、ここ最近の同時多発幻魔災害で判明している。

 ただの獣級のはずが、妖級並みの力を持っていた場合があり、そのときには、想定外の被害が出たものだった。

 強化個体は、等級を遥かに陵駕りょうがする力を持っており、霊級ならば獣級、獣級ならば妖級に匹敵する力を発揮した。

 では、妖級はどうかといえば、さすがに鬼級に匹敵するほどの力は持っていない。

 当然だろう。

 オトロシャ独自の幻魔強化法で鬼級を量産できるのであれば、それに専念すればいいのだ。それだけでオトロシャ軍は、魔界最強の勢力になり得る。

『だが、オトロシャはそうしなかった。できないからだろう』

 戦団最高会議における神威かむいの断言に、異論を述べるものはひとりとしていなかった。戦団を足止めするために散発的に戦力を送り込んでくるような手段を選ばないものが、鬼級幻魔相当の強化個体を量産しないはずがない。

 それが、道理というものだ。

 よって、鬼級幻魔に匹敵するほどの強化個体は存在しえないと断じたというわけであり、だれもが肯定したということだ。

「妖級の強化個体は、強力やで。しかもあのヴァルキリー、並大抵の魔素質量ちゃうで」

「妖級は妖級。鬼級には遠く及ばない。とはいえ……」

 朝彦あさひこの意見ももっともだ、と、蒼秀は唸る。

 ヴァルキリーの強化個体が前線に現れたことにより、にわかにトール軍の戦意が昂揚したかに見えたのは、見間違いでもなんでもなかった。

 それまで、ともすればこちら側が押している様子すらあったのだが、押され始めたのだ。妖級幻魔が前面に突出し、分厚い魔法壁を張り巡らせたからだ。ヴァルキリーやベルセルク、グレムリンといった妖級幻魔の大群。その後方に控えた獣級以下の幻魔たちはといえば、遠距離攻撃に専念している。

 クニツイクサ弐式にしきの火力ではたおしきれず、かといって獣級以下の幻魔に攻撃するには、魔法壁を突破する以外にはなく、それも遅々として進まない。

「クニツイクサを下がらせよう。オオクニヌシを使うのは、いまじゃない」

「あれは最終手段やもんな」

「ええ」

 瑞葉は、九乃一くのいちの意見に同調すると、機動戦闘大隊クニツカミに指示した。

 クニツカミが弾丸をばら撒きながら後方へ下がれば、代わりに突出するのは、導士たちだ。

 その最前線を突き進むのは、皆代みなしろ小隊。

 統魔とうまの全身が、光り輝いていた。


万神殿パンテオン

 統魔の真言しんごんが耳に届けば、瞬時に血がたぎり、全身が震えるような昂揚感に包まれていく。それは幸福感にも似ていた。彼の真言は、万物を震わせる言霊ことだまであり、宇宙の理すらもざわめかせる魔法の力なのだ。

 統魔の全身から凄まじい勢いで噴出ふんしゅつした星神力せいしんりょくは、超新星爆発を想起させるかのように激しく、鮮烈にして莫大だ。そこにひとつの宇宙が生じたのではないか――そう錯覚するほどの魔素質量。膨大にして重厚。一瞬にして巨大な重力場が形成されていく。

 星象現界せいしょうげんかい万神殿パンテオン

 発動と同時に統魔の全身が光の衣に包まれ、その背後に光輪が出現する。光輪は、十五本の突起を持ち、統魔が命ずるまでもなく飛び出し、膨張、十五体の星霊せいれい具象ぐしょうした。

 そのうち、四体の星霊が枝連しれん香織かおりつるぎあざな憑衣ひょういし、星装せいそうと化した。四人は、己が身に星神力が満ち溢れる感覚に飲まれかけたが、すぐに制御する。研ぎ澄まされた感覚が、戦場の広範囲にまで行き渡るかのようだった。

 そして、

月女神ルナ・アルテミス

 ルナもまた、星象現界を発動し、三日月を背負う星装をその身に纏った。

 皆代小隊の戦力が、一瞬にして数十倍に膨れ上がり、この戦場に存在する小隊の中で最強になったといっても過言ではなかった。


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