第千二百三十四話 進撃(四)
神木神流率いる黒禍攻撃軍は、黒禍の森で戦闘を繰り広げることを目的としている。
黒禍の森を攻撃し、オトロシャ軍の戦力を少しでも分散させることが、各方面を進行中の各群を支援することに繋がるからだ。
オトロシャ軍の総兵力は五千万といわれている。
それはオトロシャ配下の幻魔の総数であり、兵力が戦力に直結するわけではない。が、最下級の幻魔である霊級ですら、人間を凌駕する戦闘能力を持っていると認識してよく、油断は禁物である。
導士にとってしてみれば、霊級は雑兵、獣級でようやく戦力と数えられる存在ではあるのだが、とはいえ、余裕をもって戦える相手などはいない。霊級が高位の導士を殺した例は、いくらでもあるのだ。常に緊張感を保ち、慎重に対応するべきだった。
そして、だからこそ、オトロシャ軍の戦力を分散させる必要があるのであり、黒禍攻撃軍が編成されたのだ。
五千万の兵力が雷神討滅軍と地霊攻撃軍に集中するようなことになれば、この戦団史上最大の作戦が崩壊しかねない。
そんな中、百機のクニツイクサ弐式が弾幕を張り巡らせ、結晶樹を薙ぎ倒しながら幻魔を駆逐していく。霊級は実体化させて粉砕し、獣級は弾丸の雨を浴びせることで魔晶核を破壊、撃滅する。圧倒的としかいいようのない火力が、樹海を飲み込むほどの莫大な敵戦力に風穴を開けていく。
それでも、足りない。
「やはり、数が多いですわね」
「五千万体の幻魔が各方面に分散しているとして、黒禍の森にも一千万体以上の幻魔が集合しているのであれば、当然の結果でしょう」
「故に、わたくしたちがここにいるわけですわね」
「ええ。ここでわたくしたちが一千万体の幻魔を殲滅し尽くせば、各方面の戦力をこちらへ引き寄せられることも考えられます」
獅子王万里彩と神流は、静かに頷きあった。そうなれば、雷神の庭の攻略も、地霊の都への攻撃も、少しは楽になるはずだ。
黒禍攻撃軍の使命は、別働隊の負担を減らすこと。
黒禍の森には、三魔将――鬼級幻魔がいないのだから。
怒濤の如く押し寄せてくる幻魔の群れ。風属性の霊級幻魔スプライトにシルフ、闇の霊級シャドウ、スペクターの大軍勢は、まさに津波の如く樹海を飲み込み、迫り来る。
実体を持たざる霊級は、いまやクニツイクサの相手ではないのだが、とはいえ、撃破するには一手間必要であり、獣級よりもむしろ苦戦する可能性があった。そして、その結果、幻魔の肉迫を許す。
もっとも、そんなものは、脅威にもならない。
吹雪が吹き荒び、霊級幻魔の津波がその根本から凍り付いたのだ。
第二軍団杖長・鍵巴の星象現界・雪白姫。
一千万体以上の幻魔を撃滅しようというのだ。星象現界を出し惜しむ必要はなく、故に、杖長たちがつぎつぎと星象現界を発動していた。
同杖長・猟師千沙子の武装顕現型星象現界・滅殺光弓、同杖長・大江侑花の化身具象型星象現界・風神来臨、緑丘真由の空間展開型星象現界・火天防護陣――。
三名の杖長は、星象現界を体得したばかりではあるものの、星象現界はそれだけで強大無比な力を持っているのだから、発動するだけでも十分過ぎた。その身に満ち溢れる星神力だけで、圧倒的優位に立てるのだから。
故に、杖長たちには星象現界の独断での使用を許可しているのだ。
そして、星象現界が霊級、獣級は無論のこと、妖級幻魔をも圧倒していく様を見れば、神流の判断が間違っていないことを証明していた。
大量の幻魔を瞬く間に撃滅していく多数の星象現界、その間隙を縫うようにしてクニツイクサ弐式たちが滑走し、弾幕を張り巡らせる。
導士たちの魔法もまた、黒禍の森の戦場に色を添えるように乱舞した。
「地霊攻撃軍も黒禍攻撃軍も順調そのもの」
朝彦は、前方の幻魔の群れを睨みつけながら、通信機に飛び込んでくる報告を聞いていた。各方面に展開中の別働隊が、それぞれ予定通りに戦果を上げている。
では、本命である雷神討滅軍の動向はといえば、だ。
「まあ、こっちも同じやな」
朝彦の目が捉えるのは、三百機ものクニツイクサ弐式が張り巡らせる弾幕であり、前方に集中する火線と立ち込める爆煙である。あらん限りの銃弾、砲弾を撃ち続ける機械仕掛けの巨人たちの姿は、壮観にして勇猛であり、見るものに力を与えるようだった。
霊級、獣級が束になろうとも、クニツイクサたちの敵にはならない。
たとえ、獣級が咆哮とともに魔法壁を構築しても、その魔力の結晶ごと粉砕するのがクニツイクサであり、爆砕が爆砕を呼び、幻魔という幻魔が息絶えていく。
そのとき、クニツイクサが砲撃を止め、銃撃のみに切り替えた。
「なんや?」
「弾切れ……でしょうか?」
「さすがに撃ちすぎだと判断したんだよ。きっと。砲弾もただじゃない。むしろとんでもない高級品だっていう話だしね。まあ……敵陣に風穴を開けるには、あれくらいの弾幕は必要だっただろうけれど」
九乃一の分析は、きっと、正しいだろう。
朝彦は、トール軍の陣形に大穴が開いている様を見ていた。だが、トール配下の幻魔の数は、膨大。少なくとも一千万体はいると見てよく、クニツイクサがどれだけ弾幕を張り、幻魔を吹き飛ばそうとも、その一割も削れてはいまい。
事実、トール軍の布陣が立ち所に整っていく。
砲撃が止んだいまならば、陣形を立て直し、人間たちを攻撃する機会を作ることができるのではないか――幻魔たちがそんな風に考えるのかはともかくとして、反撃に動き出したのは間違いなかった。
だが、こちらもただクニツイクサを見守っていたわけではない。
「水谷くん」
「はい、軍団長」
照彦の一言に静かにうなずくと、亞里亞が真言を発した。既に彼女の全身に星神力が満ち溢れており、周囲には律像が幾重にも展開していた。
「闇御津羽」
亞里亞の全身から噴出した星神力が頭上に収束し、人型の輪郭を帯びていく。それは漆黒の衣を纏った女性形の星霊であり、手に一振りの刀を持っていた。黒い刀身が、わずかに光を放つ。
化身具象型星象現界。
その魔素質量には、朝彦も目を細めるほどだった。
「さすが……次期軍団長候補」
「きみがいうか?」
「いいますよ。なんで亞里亞ちゃんじゃなくて、おれやったんやって、何度疑問に思ったことか」
「そこに関しては、まあ、いろいろあるよ。亞里亞じゃ駄目で、朝彦なら良い理由なんて、いくらでもね」
「いくらでも?」
「ちょっと、言い過ぎたかな」
九乃一がそんな風に苦笑したときには、亞里亞の星霊が動いていた。
亞里亞の視線の先、幻魔の大群の眼前へと飛んでいくと、刀を振り抜いたのだ。その瞬間、大津波が起こった。星神力による水属性攻型魔法。それはまさに天変地異の如くであり、瞬く間に大多数の幻魔を飲み込み、断末魔を上げさせることなく滅ぼしていく。
「さっすが」
「負けてられないね」
と、八十八紫と九尾黄緑は、亞里亞の星象現界に目を輝かせた。亞里亞は、九月機関出身の導士の中でも一番の実力者だ。第十二軍団の副長を務めるだけあって、軍団長に次ぐ魔法技量の持ち主だということは、だれもが認めている。
事実、彼女の星象現界がトール軍の陣形に大穴を開け、そのまま大打撃を与え続けているのだ。
その力量足るや、いつ星将になってもおかしくないはずだったし、第五軍団長に選ばれても不思議ではなかった。
だが、選ばれなかった。
きっと、九月機関出身だからだろう。
紫と黄緑は、そう結論づけている。
戦団上層部は、九月機関出身者を重用しつつも、警戒しているのだ。
それは、わかる。
戦団上層部の立場からすれば、当然の判断だったし、黄緑たちから見ても、戦団の判断は正しいとしか言い様がなかった。
九月機関は、生命倫理を蹂躙することに遠慮もなければ、人道を踏み外すことに躊躇いがなかった。そうした研究成果が超級魔法士とでもいうべき自分たちの存在なのだが、だからこそ、黄緑たちは想うのだ。
九月機関など、存在してはならない。
その暴挙を許してはならないし、認めてはならない。
だから――。
「いまは、目の前の敵を斃すことに集中」
「――わかってるわよ」
黄緑の一言に紫が唸った。
黄緑と紫は、輝光級の導士であり、それぞれ異なる小隊を率いているのだが、今作戦においては共同戦線を張っていた。
敵は、大群。
ならば、力を合わせて事に当たるべきだ。
でなければ、目的を果たす前に命を落とすことになりかねない。




