第千二百三十三話 進撃(三)
先陣を切るのは、クニツイクサ弐式の隊列であり、大量の銃火器を装備した機械仕掛けの巨人たちが、物凄まじい弾幕を張り巡らせながら突き進んでいく様は進軍というよりは、侵攻というべきではないかと想わされた。
嵐のように飛び交う弾丸が、幻魔の死骸を戦場に積み上げていく。
幻魔の軍隊を構成するのは、大多数が獣級以下の幻魔だ。
幻魔の総数が数十億、数百億を越えていたとしてとも、妖級以上の割合が獣級や霊級より上になることはないのではないかと考えられている。
無論、幻魔製造工場で各等級の幻魔が大量生産されているという事実もあるにはあるのだが。
ともかく、である。
獣級以下の幻魔に対してはクニツイクサ弐式は、無類の強さを発揮することができていた。
機銃・撃神や機砲・崩神といった超大型の銃砲が天地を震撼させるが如くに唸りを上げ、大量の銃弾、砲弾が戦野に乱れ飛ぶ。
銃弾の一発で絶命する獣級もいれば、砲弾の爆発に飲まれて吹き飛ぶ幻魔もいる。断末魔が響き渡り、死に際の魔法が炸裂する。
恐府西部に広がる雷神の庭は、いままさに地獄のような光景が展開されつつあった。
第四、第五、第六、第九、第十二軍団の精鋭からなる混成軍は、この作戦に先立ち、雷神討滅軍と名付けられている。
雷神の庭を任され、雷魔将の名を冠する鬼級幻魔トールの討滅こそが目的だからだ。
トールは、城ノ宮日流子の死の要因でもある。
となれば、第五軍団の導士たちが息巻くのも当然であり、だれもが率先して先陣を切りたがった。もちろん、その願いは聞き入れられず、第五軍団は、後方に配置されたのだが。
「当たり前やろ、そんなん」
朝彦が、戦場を飛び交う魔法と砲撃の嵐を見遣りながら、告げた。副長の美乃利ミオリを始め、日流子に窮地を救われ、死を看取ることもできなかった杖長たちがここぞとばかりに好戦的になるのも無理からぬことだったし、彼女たちの気持ちも理解できるのだが、とはいえ、そのために前線に出せば最後、死ぬまで戦い続けるのではないかという危惧がある。
死ぬ気で戦うのは、いい。
だが、死ぬまで戦い抜き、命を落とすのは駄目だ。
クニツイクサ弐式が戦野を埋め尽くす幻魔を立ち所に死骸へと変えていく光景は、しかし、朝彦に安心感を与えなかった。
幻魔の軍勢の主力といえば、霊級や獣級ではない。それらは雑兵に過ぎず、捨て駒といっても過言ではないのだ。
見ればわかる。
いまや、獣級幻魔ライジュウの群れが、爆発的な雷光を放ちながらこちらに突貫してきているのだ。
そして、それらライジュウの群れは、クニツイクサの弾幕を擦り抜け、戦団陣地に到達すると、魔法壁に激突、爆発四散した。閃光が視界を塗り潰し、爆音が鼓膜を揺さぶる。大地が激しく揺れた。
「自爆特攻とは、容赦ないな」
「獣級は所詮獣級。幻魔同士の戦争でも、捨て駒扱いが関の山だというが、その通りのようだ」
「……そうね」
瑞葉は、蒼秀の言にうなずきながら、部下に指示を出した。
最前線に出ているのは、三百機ものクニツイクサ弐式。その弾幕によって霊級、獣級を寄せ付けず、それどころか死骸の山を築き上げている。その死骸の山に雷が降り注ぎ、魔晶体を粉々に吹き飛ばす光景も、既に見慣れてしまった。
この雷神の庭は、常に暗雲に覆われており、雷鳴が鳴り響いている。時折、稲光が走ったかと思えば、大地に降り注いでくるそれは、高威力の攻撃魔法そのものだ。
魔界の異常気象によって発生する、天然自然の攻撃魔法。
魔法壁を張り巡らせている限り直撃を受けることはないものの、注意する必要があった。
それ以外は、空白地帯と大差ない平原。つまり、魔界そのものと言っても過言ではないということだ。
その魔界の大地を埋め尽くすのが、オトロシャ軍雷魔将トール配下の幻魔たち。雷魔将の配下だけあって、雷属性の幻魔が多い。つぎに多いのが、火属性、光属性、風属性である。水、氷、地、闇属性の幻魔は見受けられない。
雷属性の獣級幻魔ライジュウやアンズー、サンダーバードが群れを成し、光属性の獣級幻魔ヴィゾーヴニルやスレイプニルが隊伍を組んで突き進んでくる中、それらを指揮しているのが妖級幻魔ベルセルクであり、ヴァルキリーだ。
ベルセルクは、戦乙女ヴァルキリー同様、北欧神話に由来する幻魔である。狂戦士の名をほしいままにする戦鬼たちは、猛獣の毛皮をその身に纏い、剣や斧など様々な得物を手にしている。
そして、妖級幻魔を相手にした場合、さすがのクニツイクサ弐式も一筋縄ではいかないといった様子だった。
黒禍の森は、結晶樹の樹海である。
見渡す限り、どす黒い結晶樹によって埋め尽くされており、それらが発する瘴気のために視界が悪く、敵軍の配置もわかりにくい。結晶樹の影に潜み、導士の背後を衝いてくる可能性も少なからずあった。
黒禍の森の魔素濃度は尋常ではなく、魔素質量だけで幻魔の位置を把握することはできなかった。
「だからこそ、ぼくの出番というわけだ」
「おう、頼むぜ、真眼!」
「頼もしいねえ」
「……なんだかなあ」
隊員たちからの反応になんともいえない顔をしつつも、義一は、真眼を発揮する。
先陣を駆るのは、やはり、クニツイクサ弐式である。
地霊攻撃軍と名付けられたこの混成軍には、二百機のクニツイクサ弐式が組み込まれており、それらが颯爽と結晶樹の樹海を突き進んでいく様は、圧倒的といって良かった。
銃撃、砲撃、爆撃――あらん限りの銃砲火器を用い、黒禍の森そのものをこの地上から消し去ろうとでもしているかのようであり、実際、その方法こそが正しい攻略手順なのではないかと思えた。
結晶樹の影に隠れようとも、結晶樹ごと爆砕すれば、どうしようもない。むしろ、隙だらけの状態で粉砕されるのだから、断末魔を上げることもままならないだろう。
それでも、義一の役割は、あった。
クニツイクサたちが樹海を吹き飛ばす勢いで突き進もうとも、地霊攻撃軍の進軍速度は、上がりようがない。
目的地は、黒禍の森ではない。黒禍の森を東に抜けた先に待ち受ける、地霊の都なのだ。本番は、地霊の都。黒禍の森突破で消耗している場合ではなく、故に慎重にならざるを得ない。
徐々に、黒禍の森を食い破っていくように。
遅々として進まないというほどではないにせよ、ゆっくりと、しかし確実に歩を進めていく。
それが地霊攻撃軍総指揮官たる伊佐那美由理の指示であり、だれもがその命令通りに動いている。
『我々の目的は、地霊の都での戦闘だ。彼の地で戦い続けることが目的であり、使命なのだ。それによって、オトロシャ軍の動きを封殺する――』
美由理の指令が、幸多の脳裏を過る。
幸多は、鎧套・銃王弐式を纏い、千手と縮地改を装着、すべての手に撃式武器を握り締めている。まさに、戦闘準備万端といった状態だ。
火線は、遥か前方に集中している。
先陣を切ったクニツイクサ弐式たちの砲火が、黒禍の森を瞬く間に戦場の熱狂へと叩き込んでいくかのようであり、その爆煙渦巻くただ中へ、幸多たちも足を踏み入れていた。
地霊攻撃軍の先頭は、第七軍団。
そして、その第七軍団の最前線に真星小隊が配置されている。
それもこれも義一の真眼が頼りにされているからであり、その目が捉えた情報は、即座に全軍に共有される仕組みになっているのである。
幸多の視界を覆う万能照準器にも、義一の真眼が捕捉した動態魔素が投影されている。それによってわかるのは、やはり、結晶樹の影に大量の幻魔が潜んでいるという事実であり、クニツイクサの一斉射撃でも炙り出されないくらいに完璧に隠れていたということだ。
『黒禍の森は、いまはなきオベロンの領地。そして、いまもなお、オベロンの代わりはいないようだ。つまり、黒禍の森に配置されているのは、オベロンの配下だった幻魔ということになる』
それも、牽制攻撃部隊の情報によって確定している。
オベロンの得意属性は、闇。光り輝く黄金の蝶の化身を持ちながらも、その本質は闇そのものだったという事実は、夜空の如き星象現界からも明らかだ。
もっとも、その配下には、妖精もどきとでもいうべき妖級幻魔が大量におり、それらの属性が闇ではないということからも、特に拘りはないようだが。
(そんなことは、どうでもいいけどね)
幸多は、左前方の結晶樹に向かって飛電改の引き金を引いた。




