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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
魔界の無能少年

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第千二百二十七話 余震(二)

「こちら皆代みなしろ小隊、幻魔災害げんまさいがいの発生を確認。これより対応する」

『観測したのは妖級幻魔三体です。周囲への被害の拡散には十分注意してください』

「了解」

 統魔とうま大和やまと基地情報室の通信を終えたころには、眼下に幻魔を捉えていた。

 大和市八尺瓊(やさかに)町の中心部からやや南東へ向かえば、高層建築物群が視界を埋める。幻魔災害の直撃が高層建築物を倒壊させるのは当然の結果として、突然の幻魔災害に一般市民が巻き込まれないことを祈るほかなかった。

 市民が逃げるとすれば、地下だ。

 央都おうと四市は広大な地下空間を有しており、そこには無数の避難場所ががある。それらすべては、地下を巡る数多の通路によって繋がっているだけでなく、地上と地下を結ぶ連絡路が市内各所に存在しているし、建物という建物の中にもあるのだ。

 地下への避難路を確保は、央都の建築基準のひとつである。

 民家であろうと、公共施設であろうと、央都に存在するすべての建物には、地下への出入り口があるということだ。

 そうでなければ、この魔界の真っ只中で生きていくことは難しい。

 そして、幻魔災害との共存にも等しいこの現実を受け入れることができないのであれば、地上で生活するべきではない。

 もっとも、ネノクニに逃げ込んだところで、絶対に幻魔災害から逃れられるというわけではないのだが。

 ともかく、だ。

 幻魔災害発生と同時に鳴り響く避難警報を聞けば、市民は即座に最寄りの地下通路へと逃げ込むはずであり、地上を逃げ惑うということはほとんどない。だれもが物心ついたときにはそのように教わり、叩き込まれるからだ。

 しかし、それでも、悲鳴が耳朶ひめいに突き刺さる。

 皆代小隊の六名は、現場に到着すると、速やかに部隊を展開、逃げ惑う市民と咆哮ほうこうする幻魔の間に割り込んだ。

 妖級幻魔ゴーレムが三体、その巨躯を見せつけるようにしていた。全長六メートルほど。石巨人とも呼ばれる幻魔は、その呼び名の通りの姿をしている。つまり、全身が石でできた巨人ということだ。人間のように五体を持つが、そのいずれもが岩石から削り出されたかのような印象を受けるのだ。

 もっとも、それは見た目の印象であって、実際には岩石などではない。

 幻魔の肉体は、例外なく魔晶体と呼ばれるものだ。

 超高密度の魔素の結晶であるそれは、この世に存在するあらゆる物質より硬く、故に通常兵器は通用しない――。

(――と、されてきた)

 統魔は、ゴーレムが唸り声を上げながら、逃げ惑うひとびとに向かって岩石弾を放つ様を見た。だが、つぎの瞬間には、岩石弾を光弾が貫き、ばらばらに砕け散っている。

 統魔の魔法だ。法機に仕込んだ簡易魔法でもって魔力体を撃ち抜き、そして、ゴーレムがこちらに視線を向けるのを待たずして、距離を詰める。

 魔素質量に引き寄せられる幻魔の習性は、戦う力を持たない市民よりも、戦士として鍛え上げられた導士にこそ、敵意を向けるものだ。

「こいつらもオトロシャ軍だよ、たいちょ」

「ああ、そうらしい」

 ゴーレムの右肩に刻まれた紋章を見間違えるはずもなかった。

 オトロシャの刻印。

「まったく、自分が動けないからってさ」

 つるぎが口先を尖らせながら、ゴーレムに突貫した。まさに突風となって殺到する剣に対し、ゴーレムの巨腕が唸りを上げる。が、その反応こそ剣の思う壺だ。雷撃がゴーレムの腕を貫いた。香織かおりの攻型魔法。

 ふたりの素晴らしい連携攻撃を横目に見つつ、統魔は、たったひとりで一体のゴーレムと向き合っていた。

 妖級程度に怖じ気づいている場合ではない。

 統魔は、杖長じょうちょうなのだから。

 


「今日だけで何回目?」

「三回目ー」

「まだまだ三回目だよー」

「まだまだって、なんだ」

「これからもっと起きてもおかしくないってこと」

「そうか?」

「だって、同じ日に三回も起きるなんていままでなかったんだから」

「だったら、四回五回起きたっておかしくないよねー」

「ねー」

「そうかも」

 だとすれば、とんでもない事態だったし、戦団のみならず、市民への負担も凄まじいことになるだろうこと請け合いだ。

 先日から突如として央都四市を襲い続けているこの同時多発的な幻魔災害は、オトロシャ軍による攻撃であり、戦団への挑戦にほかならない。

 霊級、獣級を筆頭に、妖級も多数送り込まれており、そのたびに戦団は全力を上げて対応しているが、被害を完璧になくすことなどできるわけもなく、多数の死傷者が出ている。

 それはそうだろう。

 これほどまでに幻魔災害が頻発ひんぱつしたことは、央都の歴史上、なかったことだ。

 サタンの出現以来、幻魔災害の発生頻度が飛躍的に上がったという事実があるが、それでもこれほどのものではなかった。

 サタンによる幻魔災害は、多くて一日に一度だったし、毎日起こるというものではなかった。週に二度あれば多いくらいだった。

 一日に二度三度、いや、もっと多くの幻魔災害が起きることなど、想定されていない。

(でも、それくらい想定しておくべきよね)

 そして、そのように想定されて、導士たちは訓練されているのだし、疲れを知らず、戦い続けている。

 第二軍団式守(しきもり)小隊も、戦闘部の導士の例に漏れない。

 つまり、水穂みずほ市内の巡回中に三度目の幻魔災害と遭遇、対応しようとしている最中なのだ。

 獣級幻魔ライジュウとアンズーの群れが、河川敷に雷の雨を降らせており、避難中の市民が大声を上げていた。

 その頭上を、法機を駆って飛んでいく。

「いくわよ」

「はーい」

「おっけー!」

「準備は万端」

 春花は、弟妹ていまいの威勢の良い声にうなずきながら、律像りつぞうを練った。


 味泥朝彦みどろあさひこは、妖級幻魔ヴァルキリーの威容を仰ぎ見ていた。

 神話の中から飛び出してきたような神々しさが、この妖級幻魔にはある。それはなにもヴァルキリーだけではない。幻魔の多くが、想像上の存在が実体化したものといっても過言ではなく、故に人間は本能的に恐怖を覚えるのではないか。

「まあ、遺伝やな」

「なにがですか」

「遺伝子に刻まれた本能っちゅうやっちゃ」

「いったいなんの話なんですか」

「こっちの話や」

「独り言ですか」

「せや」

「この状況でよくそんなことができますね」

「まあ……おれがおるからな」

 朝彦の自信に満ちた態度を受けて、躑躅野南つつじのみなみは、むしろ満ち足りた気分になった。

 妖級幻魔ヴァルキリーが一体、すぐ目の前にいるというのに、なんの恐怖も感じない。朝彦が側にいて、その魔素質量の高まりを肌で感じているからだ。なにより、朝彦をだれよりも信頼しているのが、彼女なのだ。

 朝彦さえいてくれれば、なにも怖くない。

「しっかし、就任早々、最悪の気分やで。こちとらろくに全体訓練もできてへんっちゅーのに」

「幻魔がこちらの都合を聞いてくれるわけありませんよ」

「せやな。むしろ、こっちの都合が悪いんが、あっちにとって都合が良いんやからな」

「そうですよ。いまだって、ほくそ笑んでますよ」

「せやろな」

 もっとも、ヴァルキリーの能面のような顔からは、感情をうかがい知ることなどできないし、幻魔の心情を理解しようなどと思ったことはないのだが。

 すると、ヴァルキリーが剣を頭上に掲げた。

 場所は、出雲いずも基地。

 ヴァルキリーは、出雲基地の直上に現れ、故に味泥小隊が対応したのである。そして、だからこそ、出雲基地内はむしろ静まり返っていた。

 朝彦がいるのだ。

 軍団長にして星将せいしょうたる彼ならば、妖級程度に遅れを取るはずがない――だれもがそう確信していたし、朝彦自身、そう認識していた。

 そして、その認識に間違いはなかった。

 ヴァルキリーが魔法の光剣を生み出したそのとき、朝彦の星象現界せいしょうげんかいが発動、光芒こうぼうの如き一閃が妖級幻魔の巨躯を両断し、魔晶核ましょうかくを粉砕したのである。

 一瞬。

 まさに一瞬の出来事だった。

 朝彦は、基地内に落下したヴァルキリーの死骸を見下ろし、部下たちに片付けるように通達した。

「……まあ、この程度は楽勝やな」

「さすがは隊長――あ、いえ、軍団長閣下」

「閣下は余計や。それに隊長でも間違ってへんで。きみらは味泥小隊の一員やからな」

「そうですね。そうですよね」

 南のなにやら安堵したような表情を横目に見つつ、地上に降りていく。

 基地内では、ヴァルキリーの死骸を片付けるべく、導士たちが動き回っていた。さすがに基地内での処理となれば、幻災隊を動かすまでもない。

「しっかし……これからどうなるんやろな」

「なるようにしかなりませんよ」

「……それ、おれの台詞やろ」

「はい。隊長の口癖です」

「口癖いうほどいってるか?」

「はい。間違いないです」

 南が断言するのだから、その通りなのだろう。

 朝彦は、そんな風に思いながら、央都の直面した事態を思った。


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