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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
魔界の無能少年

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第千二百二十五話 実験場にて

 第七防壁拠点の格納庫には、機能試験に投入された十六機のクニツイクサ改修型が座り込んでいる。

白銀の騎士の如き姿をした機械仕掛けの巨人たち。

 度重なる改良、改善によって大幅に強化された彼らは、想定通りの性能を発揮して見せている。それこそ、一般的な魔法士とは比較にならないほどの戦果を上げたのだ。戦団に入ったばかりの新人導士などと比べるべくもない大戦果だ。

 しかし、と、松波桜花まつなみは渋い顔をする。

 大破した機体が二機、小破、中破まで含めると、大半がそうだ。損害は、軽微どころではなかった。

「二十体の妖級を撃滅げきめつするだけでこれだ。本格的な作戦に投入するには、頼りなさを感じずにはいられないな」

「まあ……今回は機能試験ですし。今回取れた情報を元に改善、強化していくというのであれば、期待も持てましょう」

「それはそうなんだが」

 松波桜花は、部下の考えにうなずきつつも、格納庫に並んだ巨人たちを見回していく。

 クニツイクサ改修型は、機能試験にて、オオクニヌシを発動した。それは予定された通りの行動だったのだが、状況に対応した結果でもある。そしてそれによって、二十体の妖級幻魔ヴァルキリーの殲滅せんめつに成功したのである。

 だが、それはオオクニヌシの有用性を示しただけでなく、欠点も明確なものとした。

 オオクニヌシは、クニツイクサ改修型に施された機能制限を解除し、全能力を限界以上に発揮するためのシステムだ。機能制限を解除するだけならば、オオクニヌシを介する必要はないのだが、その場合、クニツイクサは制御不能の暴走状態に陥ってしまう。つまり、暴走状態の機体をどうにかして制御するための機構がオオクニヌシなのであり、想定通りの結果を残した。

 全能力解放状態の改修型が操者そうしゃの思い通りに動いたのは、オオクニヌシがあればこそだ。

 そして、ヴァルキリーさえも一方的に攻撃し、蹂躙じゅうりんすることができたのは、クニツイクサ改修型の戦闘能力の高さが故だろう。

 ただし、その状態で戦える時間は、最大五分。

 動力最大時にオオクニヌシを発動した場合にのみ、五分間、全能力解放状態で戦えるのであり、少しでも燃料を消費すれば、起動時間は激減してしまう。

 今回の機能試験では、三分も持たなかった。

「……オオクニヌシを発動しなければ妖級と対等に渡り合うことも難しいというのに、オオクニヌシが最大五分しか持たないのは難点だな」

「とはいえ、霊級、獣級の掃討だけが役割だった我々が、妖級以上の幻魔と戦うことができるようになったのは、大きな進歩だと思いますよ」

「それも数ヶ月でな」

「はい」

「技術の進歩は、すさまじいものだ」

 桜花は、ただ感嘆しつつ、愛機たる隊長機の特徴的な頭部を見つめた。

 高天技術開発と戦団技術局の協力の下、クニツイクサはさらに強化されていくだろう。

 クニツイクサが鬼級幻魔をも撃滅できるようにするのが両者の目標だというが、もちろん、そんな日が訪れるとしても遥か遠い未来だということは、桜花も理解している。

 いくら技術力が加速度的に進歩しているとはいっても、妖級と鬼級の力の差は、絶対的といっても過言ではない。次元が違うとはまさにこのことであり、故に人類復興にとっての最大の障壁なのだ。

 妖級幻魔を一蹴するほどの力を持つ星将せいしょうですら、束になってようやく食い下がることができるという。

 星将たちの用いる究極魔法に匹敵する兵器でも開発されない限り、対等に戦うことすらできないだろう。

 遠い未来、クニツイクサが人類の希望となって魔界を切り開く光景を脳裏に思い描くのは、いくらなんでも時期尚早だ。

 桜花は、己の想像力の豊かさを苦笑した。



 一色雪乃いっしきゆきのは、白雪はくせつの如き刀身を誇る魔法の太刀を手にしていた。

 武装顕現型星象現界ぶそうけんげんがたせいしょうげんかい宝刀雪風ほうとうゆきかぜ

 雪乃の〈ほし〉の具現であるそれは、莫大な星神力せいしんりょくの結晶であり、猛烈な冷気を渦巻かせ、周囲一帯の気温をいちじるしく低下させていた。

 ここは、幻想空間ではなく、現実世界。

 本来ならば、妖級以上の幻魔との戦闘でもなければ星象現界を使うことなどありえない。が、いま彼女が対峙しているのは、人外異形の化け物ではない。

 第十六屋外実験場。

 葦原あしはら市海上運動競技場と同じく葦原市南部の海上に作られた人工島、その北側に位置する施設は、通常、幻想空間ですべてを完了させる魔法に関する様々な実験を、現実世界で行うための場所として建造された。

 海上の人工島ならば、たとえ魔法の実験に失敗し、大規模な災害が起こったとしても問題はない。余波が葦原市に降りかかることもなければ、市民に害が及ぶことなどありえないからだ。

 この広大な屋外施設ならば、星象現界の全力を発揮しても構わない。

 だから、雪乃は、星象現界を使っている。

 対峙するは、第一軍団の杖長じょうちょうの中でも、星象現界の使い手ならざるものたち。つまりは、杖長のほとんど全員といっていい。

 星象現界の使い手は、戦団の中でも限られた導士だけだ。

 戦闘部の星将ともなれば、全員修得済みであり、完璧に使いこなしているといっても過言ではないが、杖長は違う。杖長に任命される条件に星象現界の修得は含まれない。仮に星象現界の修得を絶対条件とすれば、杖長の数が圧倒的に足りなくなってしまうだろう。

 そもそも、星象現界は、だれもが体得できるものではない――と、されていたのだ。

 だから、星象現界が使えないことを恥じることはなかったし、むしろ、使えることを誇るべきだった。

 しかし。

(……流人りゅうじん。あなたがのこした言葉は、いまもわたしの耳に残っています)

 雪乃は、杖長たちの表情の強張りを見つめながら、過去に想い馳せるのを止められないことに気づいていた。回収された導衣どういに記録された相馬そうま流人の言葉の数々は、雪乃の感情をいまもなお激しく揺さぶり続けている。

 それは遺言だというものがいる。

 それは呪いだ、というものもいる。

 雪乃には、どちらが正しいのか、判断する術がない。自分が正気と狂気の狭間にいることを自覚しているからだ。正気を保つことができているのであれば、容易く判断できるのだろうが。

(流人……)

 彼のことは、幼少のころからよく知っていた。

 相馬家と一色家は、昔から深い繋がりがあった。祖父母が地上奪還作戦の頃からの付き合いであり、仲が良かったのだ。雪乃が生まれたときも、家族同然の間柄だった。そのうえ、雪乃は流人と同い年だ。

 幼馴染みだというだけでなく、半身のような感覚さえ抱いていたのは、彼女だけではないと信じたかった。

 相馬流人。

 相馬流矢(りゅうや)の第二子である彼は、実兄・流天りゅうてんの魔法士としての天性の才能を目の当たりにしたことで、自分に価値がないと考えるようになっていた。自分の存在など、兄に比べればちりのようなもの――そんな流人の考えを否定し続けるのが、雪乃の役割だったといっていい。

 流天がありふれた任務の最中に命を落とすと、流人は、戦闘部の導士になると言い出した。それまで戦闘部以外の部署で働くのもいいといっていた彼が、突如として方針転換したのは、間違いなく、偉大な兄の死が原因だろう。

 自分が兄の代わりになれるものだろうか。

 きっと、流人はそのことを考え続けていたに違いない。

 結論からいえば、流人は、流天の代わりにはならなかった。

 流天とは比較にならない実績を積み重ね、星将となり、軍団長に抜擢されたのが、流人なのだから。

 だが、それでも、彼の心の奥底には、常に暗影あんえいがあったのだ。

 そして、彼はいった。

『死にたかったんだ――』

 流人のその言葉が雪乃の心に刻みつけた傷痕は深く、なげきと哀しみが、想像力を呼び起こす。雪風の刀身から噴き出した星神力が猛吹雪となって渦巻けば、第一軍団の杖長たちは、魔法壁を張り巡らせるのに必死だった。

 現実世界だ。

 どれだけ致命的な一撃を食らおうともなんの問題もない幻想空間とは違って、掠り傷すら致命傷になりかねないのが、この実戦的としか言いようのない訓練の恐ろしいところだ。

 しかし、これが重要なのだ。

 星象現界を身につけるために。

「限界を超えなさい」

 雪乃が告げ、雪風を振りかざした。白銀の刀身が眩く輝いたのは、降り注ぐ陽光を跳ね返したからだ。雪と風が大嵐を呼び、訓練場全域を飲み込んでいく。

 杖長たちは、全力で防型魔法を駆使する。そう、全身全霊、力の限りを込めて。

 そこまでしてもなお、星象現界の圧倒的な力の前では為す術もないのではないかと思えるし、こんな訓練に一体どんな意味があるのかと思ってしまう。

 星象現界の輝きの中に〈星〉をどれだけ見出そうとも、星象現界の発露には至らない。


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