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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
魔界の無能少年

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第千二百二十四話 九月機関の子供たち(七)

「なるほどね。それで失敗作だの不良品だのいわれたら、やってらんないよね。ぼくじゃあるまいしさ」

「……なんつーか、そういう自虐やめろっての。いじりづらいだろが」

「事実だし。なんだったらぼくがこうしてここにいられるのは奇跡以外のなにものでもないんだよ。幸多がいなかったら、幸多が見出してくれなかったら、ぼくはあのまま廃棄処分されていたんだから」

 悪びれるどころか鮮やかなまでの笑顔を見せた少年に対し、真白ましろ黒乃くろのと顔を見合わせるほかなかった。

 哨戒しょうかい任務を終え、第七防壁拠点へと帰投した真星しんせい小隊は、思わぬ人物との再会を果たした。一二三ひふみである。戦団本部にて魔法の基礎教育を受けていたはずの彼がなぜ前線ともいうべき防壁拠点を訪れたのかといえば、理由はひとつしかない。

 真星小隊への合流だ。

 一二三は、魔法の基礎を完璧に体得し、実戦に出ても問題ないと判断されたというのだ。

 彼は、つい先日、魔法を学び始めたばかりだ。魔法局副長にみっちり叩き込まれたとはいえ、それにしたってとんでもない速度であり、類を見ないほどの短期間だったのはいうまでもない。

 それもこれも、元々、魔法士としての素養そようが彼にあったからだ。

 なんといっても神木神威こうぎかむいの複製体なのだ。その体細胞たいさいぼうには、神木神威の魔法士としての経験が刻みつけられているに違いなく、故にこそ、星象現界せいしょうげんかいを開眼し、魔法の基礎も瞬く間に習得することができたのだ。

 そんな彼が己を失敗作というのは、さすがに真白も顔をしかめるしかない。

 確かに、それは一二三にとって重大な事実であり、彼を構成する一要素だ。神木神威複製体百二十三号として産声を上げながら、竜眼の制御に失敗した挙げ句、肉体の大半を失ってしまった。脳だけを残して。

 そんな彼からすれば、真白たちは失敗作などと呼べるはずもなかったのである。

 防壁拠点内の一室。

 兵舎もそうだが、戦団関連施設の部屋は、小隊ごとに割り振られているわけではない。男女混合の小隊も少なくなかったし、そのことでなんらかの問題が生じないこともない。故に、男性導士、女性導士に振り分けられている。

 もちろん、男だけ、女だけの小隊ならば、小隊全員で同じ部屋に集まればいいのであり、真星小隊もそのようにしているというわけだ。 

「まあでも……これでよくわかったよ。あのふたりがなんでおれたちをあんな風にののしってたのかはさ」

「たぶん、ううん、きっと、歯痒はがゆかったんだと思う……。だってぼくたち、問題児だったから……」

むらさき黄緑きみどりからしたら、おれたちなんて失敗作の不良品以外のなにものでもなかったんだ」

 黒乃が目を伏せる様を見つめながら、真白はうなずいた。

 いまにして思えば、紫と黄緑の当たりがきつくなったのは、ふたりが戦団に入ってからのことだった。それまでは、実の兄や姉のように優しかった記憶しかない。だからこそ、その温度差で衝撃を受け、尚更深く傷ついたのだ。

 それからというもの、顔を合わせるたびに罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせてきたのだが、いまならば、ふたりの気持ちが少しは理解できる気がした。

 弟のように可愛がり、期待していたふたりが、第八軍団の気風に馴染めず、周囲と揉め事ばかりを起こしているのを見て、居ても立ってもいられなくなったのではないか。

 九十九兄弟が九月機関出身者の評判を落とし続けるのは、静馬の期待をも裏切り、踏みにじる行為にほかならない。

 静馬を偉大なる父と仰ぐ九月機関出身者からすれば、九十九兄弟の存在ほど許しがたいものはなかったのかもしれない。

 いまならば、そんなふうにも考えられる。

「そうはいっても、言い過ぎじゃない? 失敗作だのなんだのってさ。周囲と折り合いがつかなかっただけでしょ?」

「隊長の言うとおりだね。ふたりには、第八軍団の気風が合わなかっただけだと思う。現に第七軍団に移ってからは、問題なんてひとつも起こしていないし、最初から真星小隊にはなくてはならない存在だしね」

「そうそう。ふたりが力を発揮できる場所じゃなかった。それだけのことだよ。そしてそれはなにも悪いことじゃない。義一ぎいちのいうとおり、軍団にはそれぞれ気風があるからね。ふたりが合わなかったからといって、第八軍団がやりづらいかというとそんなことはないだろうし」

「そりゃあそうだ」

「うん……」

 真白と黒乃は、互いに顔を見合わせた。自然と顔がほころんでいるのは、真星小隊の皆が自分たちのことのように考えてくれているというのが伝わってくるからであり、思いやりの深さを肌で感じられるからだ。

 また、第八軍団といえば、矢井田風土やいだかざと南雲火水なぐもひすいが杖長を務めている。風土と火水にとっては第八軍団ほどやりやすい場所はないという話だったし、だからこそ九十九兄弟を第八軍団に推薦すいせんしてくれたということだった。だからこそ、ふたりは真白たちの面倒を見てくれていたのだが。

 そして、黄緑と紫に対する防壁となってくれたのが、やはり、風土と火水だった。

 そのふたりも、九月機関によって作り上げられた存在なのだ。

 超級魔法士創造計画。

 高砂静馬を筆頭とする九月機関の研究者たちによって立案されたその計画は、次代の魔法士をみずからの手で作り上げるというものだった。そのためならば生命倫理など踏み越えてしまっても構わないし、だからこそ、静馬は戦団を抜けたのだ。戦団の技術者には決して到達することのできない領域であり、境地に、静馬はみずからの足で踏み入った。

 そのための研究には、それこそ、生命倫理を蹂躙したようだ。

 九月機関に黒い噂が絶えない理由が、そこにある。

 だが、戦団は、そんな機関を野放しにしている。

 それはなぜか。

「でも、良かったの? 九月機関の秘密を部外者のぼくたちに話すだなんてさ」

「さすがに所長から許可を得てるさ。っていうか、戦団の上層部は全部知ってたって話だぜ」

「ええ?」

「そもそもさ。九月機関と戦団は蜜月みつげつの関係なんだよ。所長が技術局出身で、戦団を辞めた後も上層部と繋がりを持ち続けていたんだ。で、九月機関の研究成果たる異能の魔法士たちが、導士として提供されてきたというわけさ」

「異能の魔法士……ね」

 真白の説明を聞きながら義一の脳裏のうりに浮かんだのは、水谷亞里亞みずたにありあの姿だ。水属性のみを扱うことができるという特異性は、彼女の活躍とともに話題になったものだ。一属性に特化しているが故に、星将せいしょう級の水魔法を扱うことができる彼女の存在は、九月機関の名を世に知らしめた。

 ついで、矢井田風土と南雲火水。双極そうきょく属性を完璧に使いこなすことのできるふたりは、やはり、入団当初から注目を集めていた。双極属性とは、相反する属性のことである。そして、魔法力学において、双極属性を使いこなすことは不可能とされてきた。その常識を打ち破ったのが、またしても九月機関出身の魔法士なのだ。

 八十八やそや紫と九尾くお黄緑も、ふたつの属性を高水準で使いこなしているという点においては、とてつもない魔法士の素養と魔法技量の持ち主だ。

 そして、九十九真白と黒乃。属性に偏りがないという特性は、八大属性を均等に扱えるという利点だが、同時に欠点でもある。属性を極めることができないからだ。

 魔法の要点は、属性にあるといわれる。

 属性の有無は、魔法の威力に直結するからだ。

 まったく属性を持たないいわゆる無属性魔法というのも存在するが、有属性魔法とは威力が段違いなのだ。故に、だれもが属性魔法を修得し、強化改良を続けていく。

 とはいえ、ある程度の強度までならばすべての属性魔法を使いこなせるというのは、強みにもなり得る。攻型魔法ならば幻魔の弱点を突けるし、防型魔法ならば、双極属性の魔法で護りを固めることができる。

 九月機関出身の異能の魔法士たち。

 彼らがいまや戦団にとって重要な人材であることは、まず間違いないといっていい。

 少なくとも、真星小隊には九十九兄弟が必要不可欠であり、彼らが孤児ではなく、作り上げられた存在なのだとしても、否定する理屈はない。

 むしろ、義一は、ふたりに対する謎の親近感の小隊が判明して、納得していた。

 義一もまた、ひとの手によって作り出された存在だからだ。

「そっか。だったら問題ないのかな」

「おうよ。なんの問題もないぜ」

「うん。ぼくたちのことなら心配ないよ」

「……それなら、いいんだけど」

 幸多は、真白と黒乃の表情と反応から、少しばかり安堵した。ふたりが自分の正体を聞かされて、落ち込んだりしていないものか気がかりだった。ふたりは、大切な仲間なのだ。ふたりがいまなにを考え、どのように思っているのか、知っておくべきだった。

 だからこそ、幸多は、ふたりから話を聞けて良かったと思っていたし、さらに踏み込んだ話をしようとして口を開いた。



『……良かったのかね? きみの計画とは随分と流れが変わってしまっているが』

 突如として通信機に入り込んできた声に対し、静馬は、表情ひとつ変えなかった。九月機関総合研究所本棟の一室。彼を含む所員たちが様々な作業に従事している最中である。故に彼は、魔具を起動し、音声防壁を周囲に張り巡らせた。

「問題はありませんよ。彼らに明かしたのは、戦団上層部すら知っている範囲のこと」

『……まったく、きみは意地が悪いな』

「あなたにいわれたくはない。しかし、よろしいのですか? 謹慎中でしょうに」

 通話相手は、しばし、沈黙した。

 静馬はそれで相手を出し抜けたなどと思いもしないし、この通話がそこで終わるとも思っていない。

 灰の賢人がわざわざ通話してくるということは、それなりの意味があると言うことだ。

 

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