第千二百十九話 九月機関の子供たち(二)
「十分以上……」
「ええ。そして、あなたたちの働きが認められたからこそ、階級も上がり、勲章も授与されたんですよ。それは胸を張っていいことですし、誇りなさい。導士としての誇りが、あなたたちの拠り所となり、力となるのですから」
「誇る……か」
亞里亞の言葉には実感が込められていて、だからこそ真白の心に響くようだった。彼女自身、そうして導士としての自分に誇りを持ち、それによって立場を作り上げていったことは想像に難くない。それに、だ。軍団こそ違えど、常に自分たちのことを注目し、考えてくれていたことは、言葉の端々から伝わってきていた。
亞里亞とは、あまり深い交流があったわけではないのだが、しかし、一番年上の姉であるという感覚は、九十九兄弟の中にもあった。
この会食の席にいる全員が、亞里亞を姉と慕っているし、最上位の導士としての彼女を敬っているのだ。
真白たちとて例外ではない。
言葉は、発するもの次第、受け取るもの次第で、その重みや深さ、意味合いが変わってくるものだ。
たとえば、同じ言葉であっても、亞里亞と黄緑たちとでは、その価値はまるで違ってくる。
だから、真白も黒乃も亞里亞の柔らかなまなざしにほっとしたのだし、黄緑と紫がつまらなそうな顔をしたのだ。亞里亞に割って入られれば、なにも言い様がない。
これ以上九十九兄弟のことをあげつらったところで、亞里亞に窘められるだけだ。
黄緑と紫は顔を見合わせ、肩を竦めた。
「そうだね。きみたちは、昨年入団したばかりだというのに戦団史に残るほどの大活躍をして、いまや押しも押されぬ超新星になったんだ。もっと自信を持っていいんだよ」
静馬は、真白と黒乃の表情を見つめながら、いった。
静馬にしてみれば、ふたりがこれほどまでの大活躍をするとは、想定外もいいところだった。無論、九月機関が総力を上げて調整した魔法士たちだ。将来的には、戦団を牽引するくらいの導士になってくれること間違いないと想っていたし、だからこそ戦団に送り込んだのだが、しかし、入団初年度でこれほどまでの戦果を上げられるとは、とてもではないが想像しようもないことだ。
静馬だけではない。
九月機関のだれもが、九十九兄弟の活躍に驚いていたし、ふたりが破殻星章なる勲章を授与されたときには、総合研究所もその話題一色になったものだ。
「自信を……」
「持つ……」
真白と黒乃は、父の言葉にうなずき、互いに目線を交わした。
自信は、ないわけではない。
特に真白は、元々、過剰なまでの自信家だったし、己が魔法技量に疑いを持ったことがなかった。特に防型魔法の腕前ならば、若手導士の中でも突出していると自負していた。とはいえ、第八軍団での日々は、彼から導士として生きていくための自信を喪失させるには十分すぎるものだったのは、いうまでもない。
周囲との折り合いがつかなさすぎて、自分を見失い始めていた。
そんな折、運命の出逢いがあった。
運命。
そう、運命だ。
真白も黒乃も、そう確信する。
「それもこれも、隊長と、幸多と出逢えたからで……だから、自信とか、そういうのとは違う気がするな」
「うん……兄さんのいうとおりだと想う。ぼくたちが色々な勲章を貰えたのも、全部、真星小隊の一員になれたからで、真星小隊がとんでもない活躍をしたからなんだ。ぼくも兄さんも、やれることをやっただけで……だから……」
「ああ、そうだね。それも重要な要素だろうね」
静馬は、九十九兄弟の考えを否定しない。
テーブルを囲う兄弟たちの複雑極まりない表情から察するのは、九十九兄弟よりも先に導士になりながらも、世間の評価や話題がふたりに集中しているという事実があるからだろう。それも、理解している。それこそ、黄緑や紫などは、その事実が許せなかったりするのではないか。だから、ふたりに噛みついてばかりいる。
(いや……違うかな)
黄緑と紫は、ずっと以前から九十九兄弟に辛辣な言葉を浴びせており、静馬の元にも報告が届いている。そのたびに静馬は黄緑たちを注意しているのだが、聞く耳を持たない。
しかも、困ったことに、静馬がふたりに理由を聞いても、なにも答えてくれないのだ。ただバツの悪そうな顔をするばかりだった。
どうやら黄緑と紫には、九十九兄弟に対する複雑な感情があるようであり、それは、父たる静馬にも決して明かせないことのようだった。
それがいったいどのような感情なのか、想像もつかない。
「しかしね。きみたちが真星小隊の一員になれたのは、幸運なんかじゃないよ。皆代幸多導士がきみたちを必要としたからだ。違うかい?」
問われて、真白と黒乃は、静馬の目を見た。緑色の虹彩は、いつだって穏やかな光をたたえていて、包み込むようにして真白たちのことを見守ってくれている。その目を見るだけで安心できたし、心が落ち着いていくのを感じる。
黄緑と紫がつまらなそうな顔をしているのが、横目に見えたが、それも気にならなくなった。
それから、真白と黒乃が会食の話の中心になったのは、この一年でもっとも大きな変化があったからであり、真星小隊の話題について、興味を持たない導士などいないからだ。
だれもが、真星小隊の内情に興味津々といった様子であり、真白も饒舌に語ったものだ。
そして、会食が終わると、席を立った真白と黒乃の目の前に黄緑と紫が立ちはだかった。九尾黄緑も八十八紫も、その名を体現するかのような容姿をしている。つまり、黄緑は、黄緑色の頭髪と虹彩の持ち主で、紫は、紫色の頭髪と虹彩の持ち主なのである。真白が真っ白な髪を、黒乃が真っ黒な髪をしているのと同じだ。
名は体を表すとはいうが、こういうことではないだろう――とは、九月機関の子供たちの間でよく言い合ったものだ。
それもこれも九月機関独自の生体調整の結果なのだから、致し方がないことであり、なにもおかしなことではない。
「んだよ?」
真白がふたりを睨み付けても、紫も黄緑も一切動じることはなかった。
「話題の中心になれたのは、初めて?」
「随分と楽しそうだったじゃないか。聞いていて寒気がしたよ」
「なんだと?」
「だって、そうだろ。きみたちが語ったことは全部、きみたちの活躍なんかじゃあない。真星小隊の、皆代輝士と伊佐那輝士の活躍のおこぼれに預かっただけの話だろうに」
「本当、話を膨らませるのが上手よね。隊長と副隊長の活躍まで自分たちのものにしてさ。そうまでして、評価されたいのかしら?」
「なにいってんだ?」
「そんなこと……してないけど……」
黒乃は、無意識のうちに真白の手を握り締めていた。黄緑、紫と対面すると、いつもこうだ。ふたりが言葉の限りを尽くして罵倒してくるものだから、兄に助けを求めてしまう。真白も、そんな黒乃の心を護りたいら、手を握り返しつつ、一歩前に出るのだ。
そんな九十九兄弟の反応そのものが鬱陶しいとでもいうかのようにして、紫と黄緑が顔を歪ませる。
「はっ、どうだか」
「実情は、わたしたちにはわからないもの。いくらでも嘯けるわ」
「そもそも、おまえたち失敗作になにができるっていうんだ。第八軍団に入っておきながら、周囲に迷惑ばかりかけて、ついには別軍団に移籍するだなんて、自分たちのことしか考えていないんじゃないのか?」
「不良品はこれだから困るわ。周りの迷惑なんておかまいなしなんだもの」
「不良品だの失敗作だの、なにを言い合ってるんだ?」
と、四人の会話――と呼べるようなものでもないが――に割り込んできたのは、矢井田風土である。見れば、南雲火水とともに困惑した様子だった。
「第八軍団が迷惑だとかいっていたけれど、そんなこと、一切なかったわよ」
とは、火水。
「そもそも、戦闘部内での移籍は、導士の権利だ。軍団の気風が合わなくて実力が出せない、なんてことはいくらでも起こり得るからな」
「実際、真白くんも黒乃くんも、第七軍団に移ってからは実力を発揮できているし、移籍の判断が正しかったってことでしょう。それで戦闘部としての戦力が底上げされるのなら、なにもいうことはないわ。違う?」
風土と火水が理路整然といってくるものだから、黄緑と紫は、肩を竦めた。これでは、どうしようもない。しかし、悪びれることもなければ、反省した素振りを見せることもなく、四人の前から去って行く。
その素早さには、風土と火水こそ、肩を竦めたくなった。