第千二百十一話 新たなる始まりを(二十二)
「就任早々、戦団最高会議っちゅーのは一体全体どういうことやねんと一言いいたいんやけど……まあ、しゃーないわな」
朝彦が小声で愚痴るのは、ある意味では当然と思えた。彼の言葉通り、軍団長に就任した直後に戦団最高幹部が招集されれば、第五軍団の導士たちと親睦を深めることすらままなるまい。
もっとも、即時即刻、団員たちとの関係を深めることなど不可能だということもまた、確かだが。
人間関係というのは、時間をかけて紡いでいくものだ。
それはさておき、戦団最高会議である。
戦団最高幹部が招集される会議の場には、当然ながら、戦団にとって必要不可欠な人物が勢揃いしていた。
戦団本部本部棟大会議室。
頭上から降り注ぐのは、青白い光。極めて人工的で無機的なその天井照明の光に包まれた広い空間には、会議用の机が並べられている。大きく幅広のそれを取り囲むのが戦団最高幹部たちだが、大半は、幻板の向こう側に上半身だけを映している。
最高幹部とは、星将の位を持つ導士のことだ
そのうち、戦団本部で働いている人間はともかく、各市で任務に就いている軍団長や衛星任務中の軍団長が、会議のためだけにわざわざ戦団本部に戻ってくるわけにはいかない。万が一にも任地で大規模幻魔災害が起きた場合には、即座に対応しなければならないのだ。会議よりも、幻魔災害を対処するほうが重要なのは、いうまでもない。
故に、各地で任務に就いている軍団長たちは、幻板を通して、最高会議に参加しているというわけだ。
そのうえ、だ。
第一軍団長・相馬流人が戦死し、空席となった第一軍団長の座には、代理である一色雪乃の姿があった。そして第一軍団は、昨月に続き、衛星任務を当たっており、故に彼女は幻板越しに大会議室の様子を見ている。初めて戦団最高会議に参加する朝彦以上に緊張感に満ちた表情だが、当然だろう。
彼女は、星将ですらない。
朝彦が冗談めかしてつぶやいたのは、そんな雪乃の心情を見越してだということは、朱雀院火倶夜は理解していた。朝彦がこの場にいるだれよりも気遣いに長けていて、だからこそ、日流子の後任に選ばれたのだから。
だから、火倶夜は口を開いた。
「全部、聞こえてるわよ、味泥軍団長」
「そうだぜ、新入り。丸聞こえだ」
乗ったのは、明日良。からかうような口調は、会議が始まる前のとてつもない緊張感を和らげるためだ。
「あのなあ、明日良。軍団長としては新入りやけど、導士としては先輩やねん。そんでいまは同格やで。少しは敬ってくれても構わへんねんで」
「星将としての年季の違いのほうが重要だろが」
「せやけどもやな」
「もちろん、尊敬しているよ、味泥軍団長殿」
とは、麒麟寺蒼秀。明日良の口調に眉根を寄せつつも、新軍団長の朝彦が緊張している様子が伝わってきたものだから、微笑んでいた。
「……相変わらず、どいつもこいつも不遜やで。さすがは星将、戦団の頂点に君臨する方々やわ」
「ついにそこに並んだ感想はどうかね」
「えーと……」
朝彦は、総長閣下が姿を見せたことでより一層の緊迫感を覚えて、肩を竦めた。
「まだ、慣れませんわ」
大会議室に顔を揃えたのは、護法院を始め、戦団の最高幹部とされる面々。星将の位を持つものばかりであり、各部局の局長ばかりでもある。
戦団総長・神木神威。
副総長・伊佐那麒麟。
情報局長・上庄諱。
魔法局長・鶴林テラ。
技術局長・白鷺白亜。
第四開発室長・日岡イリア。
医務局長・妻鹿愛。
総務局長・薬栗飛翔。
財務局長・大国由乃
戦務局長・朱雀院火流羅。
戦務局副長・相馬流陰。
戦闘部長・朱雀院火留多。
第一軍団長代理・一色雪乃。
第二軍団長・神木神流。
第三軍団長・播磨陽真。
第四軍団長・八幡瑞葉。
第五軍団長・味泥朝彦。
第六軍団長・新野辺九乃一。
第七軍団長・伊佐那美由理。
第八軍団長・天空地明日良。
第九軍団長・麒麟寺蒼秀。
第十軍団長・朱雀院火倶夜。
第十一軍団長・獅子王万里彩。
第十二軍団長・竜ヶ丘照彦。
以上が、現在の戦団最高会議の人員であり、招集され、一堂に会すれば、とてつもない重厚感を覚えざるを得なかった。
雪乃の顔面が蒼白になるのも無理はなかったし、朝彦が就任早々と愚痴をこぼすのも当然かもしれない。
そんな中にあって、総長が顔を見せれば、会議室内の空気が引き締まり、幻板越しの面々もまた、態度を改めるのは道理だ。
「それはそうだろうな。だが、慣れたまえ。既にきみは軍団長なのだ。もはや、甘えは許されない」
「杖長時代も甘えたことなんてありませんけどね」
「わかっているとも。だからこそ、きみが選ばれた。軽口ばかり叩いて、冗談ばかりを口にしていたきみが、実は、杖長の中でだれよりも自分に厳しかったのは、周知の事実だよ」
「なんか、辱められてる?」
「まあ、そうかもな」
明日良は、朝彦への同情を禁じ得なかった。神威は、だれかを評価する際、一切の容赦も加減もしないのだ。おかげで、こういう場で評価されると、気恥ずかしさを覚えること請け合いだ。朝彦が身悶えするのも無理からぬことなのだ。
それは、この場にいる大半の人間にとって身に覚えのあることだ。明日良のように。
「……さて、本題に入るとしよう。今日、最高会議を開くことになったのは、先日、戦死した相馬流人に関して、ある重大な事実が解明されたからだ」
「重大な事実……ですか?」
幻板の向こう側で身を乗り出したのは、雪乃だ。予期せぬ議題に熱が入る。
流人の戦死に関して、戦団が把握していないことなどなにがあったのか。流人の死因は、サタンだ。サタンによって別空間に転移させられ、その結果、死亡した。導衣の生体情報記録が、それを証明している。改竄された気配もなければ、そもそも、そんなことをする理由もないだろうし、できるはずもないからだ。
導衣を脱ぎ捨てられた形跡もない。
まず間違いなく、流人は、死亡した。
だから、流人の盛大な葬儀が行われたのであり、軍団長代理が建てられたのだ。
それでも、雪乃は、流人の生存を頑なに信じていたし、どこかで生きているであろう彼との再会だけを考えていた。
つまり彼女は、ある重大な事実とやらが流人の生存に関することなのではないかと想ったのだ。
「日岡博士」
「はい。まず、こちらをご覧ください」
イリアが端末を操作して、幻板を出力する。虚空に投影された幻板に映し出されたのは、複雑怪奇にして不可思議な波形。ひと目見ただけではそれがなにを意味するのか、軍団長たちには理解できなかった。
「これは?」
「なにかの波形に見えるが」
「相馬軍団長の導衣が記録した音声情報です」
「音声情報? そんなものが記録されていたんですか」
「ええ。通常、導衣が記録するものではありませんが、どういうわけか記録されていた。おそらく、相馬郡団長が意図的に記録したもの。わたしたちに伝えるべく、導衣に刻みつけたのでしょう。それも正規の方法ではなかった」
「どういう……」
「正規の方法では、敵に悟られる危険性があったからではないかと」
「敵……」
「サタンか」
「おそらく、ですが」
断定はできない。だが、状況証拠が、そのように結論させる。でなければ、わざわざ導衣に音声情報を刻印する必要がないのだ。
声を聞かれたくなかった、聞かれるわけにはいかなかったからこそ、音声を情報として、導衣に刻みつけた。そして、導衣が戦団の元に辿り着くことを願い、その望みは叶った。
戦団の元へ届き、技術局によって解析、解明された音声情報。
星象現界によって、星神力によって刻まれたそれは、流人の遺言といっても過言ではなかった。
「彼がそうまでして我々に伝えたかったこと。それこそが、今回、最高会議を開いた理由であり、議題だよ」
神威は告げ、イリアに目で促した。
すると、幻板に表示されている波形が縮小され、全体像が映し出された。それによって、音声情報とやらが膨大極まりないものであり、とんでもない情報密度であることが判明する。多層構造にして複雑に絡み合う幾何学模様。それはまさに星象現界の律像の如くであり、ただの音の波形などではないことは、だれの目にも明らかだった。
その場にいただれもが息を呑んだのも、そのためだ。