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第千二百九話 新たなる始まりを(二十一)

「確かに城ノ宮(じょうのみや)軍団長は偉大なひとやった。導士の中の導士と呼べるんはあのひとくらいで、新人に手本にするなら城ノ宮軍団長がええ、って何度いうたかわからんくらいやからな。おれも尊敬しとる。蒼秀そうしゅうはんのつぎに、やけどな」

 とはいえ、朝彦あさひこの師であり、直属の上司であった麒麟寺きりんじ蒼秀に次ぐほどの人物だということなのだから、話を聞いていた杖長じょうちょうたちも悪い気はしなかった。どこか誇らしい気持ちにもなるというものだ。

 城ノ宮|日流子《》ひるこへの尊敬の念は、第五軍団の導士ならばだれもが等しく持つものだ。そして、それは杖長たち幹部からすれば当たり前の感情であり、それによって第五軍団の結束が強くなっていたと認識している。

 だからこそ、と、彼らは思うのである。

 日流子との想い出の場所である兵舎を改装するような人間を、今後、軍団長として尊敬することができるのだろうか、と。

 そもそも、朝彦は、つい先日まで杖長だった。杖長会議でくだらない話ばかりを繰り広げる人物であり、能力こそ杖長の中で飛び抜けていたものの、だからといって上司に据えたい人間かといえば、そんなことはありえないというのが杖長たちの共通認識なのだ。

 そして、兵舎の改装。

 それが戦団最高会議の決定だというのであれば、杖長たちに反論も異論もなく、唯々諾々《いいだくだくと》と従うよりほかはないのだが――感情は、それを認めない。

「軍団制になって、最初の第五軍団長。この五年……第五軍団が城ノ宮軍団長の色に染まってたことは知ってるし、きみらの気持ちは尊重したいと思ってる。でもな。だからというて、第五軍団が城ノ宮軍団長を頂点とする組織であり続けることは許されへんのや」

「それは……そうでしょう」

 朝彦の言に、ミオリは静かにうなずく。

 その通りだ。

 日流子は、戦死した。

 その瞬間、日流子は過去のひとになってしまったのだ。現在を生き、未来を切り開くことに全力を尽くさなければならないのが、戦団の導士だ。特に戦闘部の導士ならば、それこそ、過去にとらわれている場合ではない。

 そんなことは、この場にいるだれもが理解しているはずであり、だから、杖長たちも、朝彦の言葉をただ受け止めているのだ。

「過去に囚われては、現在を生きることも、未来に突き進むこともままならん。せやから、最高会議も兵舎の改装を提案し、指示してきたんやろな」

 日流子を象徴しょうちょうする兵舎を見ては、日流子に想いをせ、朝彦と比較するような導士が続出する――ということはないかもしれないが、たとえわずかばかりであってもそのような導士が出るようなことになっては、せっかく動き出した新体制にケチがつけられかねない。

 想い出と現実の齟齬そごの中で、精神的に苦しむ導士が現れれば、それだけで損失だ。

 皆がそうなるわけではないが、第五軍団の中の何名か、何名か、何十名かがそのような状況に至ったとしても、不思議ではない。

 それは、それだけ日流子が慕われていた証拠であり、そういう意味では素晴らしいことではあるのだが。

 朝彦の第五軍団には、不要だ。

「ま、そうはいうてもや。兵舎の全部を想い出の中に仕舞い込むっちゅうんはあれやからな。みなみ

「はい」

 朝彦の指示に南が端末を操作すると、立体映像が追加された。それは、現在の第五軍団兵舎なのだが、どうにも質感が違う。大きさもだ。

 まるで玩具のようなそれを見て、杖長たちは怪訝けげんな顔をした。

「これは?」

「模型や。百四十四分の一のな」

「模型……?」

「百四十四分の一?」

「大きさは、百四十四分の一と百分の一の二種類で、特殊合成樹脂製や。長持ちすることけ合いやな。十年、いやもっとか。劣化しにくいし、傷つきにくいし、いい事ずくめやな。ただ、完全受注生産やから、欲しかったらすぐに申し込んだ方がええ。もちろん、戦団の人間しか手に入れることのできん、限定品やで」

 突如として商品説明を始めたかのような朝彦に対し、幹部たちは目を丸くしかなかったし、混乱さえしていた。

「……なんなんですか、いきなり」

「想い出は、ただ心に仕舞い込んでおくだけやったらなんか味気ないやろ。だから、形にしたんや」

 朝彦は、想定通りの反応を見て、多少なりとも満足感を覚えた。

 城ノ宮日流子との想い出が詰まった兵舎を全面的に改修するとなれば、日流子を慕う第五軍団導士の心も穏やかではなくなることくらい、朝彦にも理解できる。もしも、朝彦が同じ目にえば、多少なりとも反発を覚えたに違いないのだ。

 兵舎には、軍団長との想い出だけでなく、導士たちの様々な記憶が刻まれている。

 しかし、だからこそ、変えなければならない。

 未来に進むためには、過去に囚われてはならない。

 そして、その未来とは、百年先、千年先の未来なのだ。

 わずか五年間の軍団長との想い出を千年先にまで繋いでいけるかといえば、そんなことあるはずがもなかった。

 百年後ならばまだしも、千年後も生き続けられるわけもなければ、軍団長は何代、何十代、いや何百代と代替わりしているに違いないのだ。

 それは、戦団本部を始めとする様々な建物、施設にもいえることだ。時の流れとともに変化していくのは、なにも人間だけではない。この世のほとんどすべてのものは、時に支配されているのだから。

 第五軍団兵舎が、日流子の象徴のままであり続けることは、断じてない。

「面白いことを考えるんですね」

「面白いんだけが取り柄やからな」

 朝彦とが笑えば、ミオリは、微笑み返した。見れば、既に南の周囲に人集りができている。杖長たちが、兵舎の模型を注文しようとしているのだろう。

 だれもが己の感情に素直で、正直だった。

「……これで、少しは兵舎の改装問題は落ち着きそうやな」

「就任早々、難題でしたでしょう」

「まあな。せやけど、難しいのはこれからやで」

「まあ……そうでしょうね」

「おれは、杖長やったからな」

 筆頭とはいえ、杖長は杖長だ。

 戦闘部十二軍団に杖長は百二十名いる。杖長に選ばれるのは、各軍団における実力者たちだ。そして、杖長の実力は拮抗している。もちろん、星象現界せいしょうげんかいの使い手と、そうではない魔法士の間に隔絶した差があることはいうまでもないが。

「皆を認めさせるのは、大変そうやで」

「簡単ですよ」

「うん?」

「実力を見せつければいい」

「気軽にいってくれるわ」

 まあ、しかし、それ以外に方法はない、と、朝彦はミオリの言葉にうなずくのだ。

「……そういえば、第九軍団の杖長はどうなったのでしょう? 軍団長が抜けられて、席が空いたはずですよね」

「おう。杖長は十人必須やろ。せやから、推薦しといたんや」

「推薦……だれをです?」

「だれやと思う?」

 朝彦は、ミオリに茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせた。


 大和やまと基地本棟の会議室は、いつにも増して緊張感に満ちていた。

(違うな)

 統魔とうまは、胸中頭を振ると、この緊張を感じているのが自分ひとりなのだと考えを改めた。

 会議室には、軍団長を始めとする第九軍団幹部が勢揃いしており、統魔だけがどうにも場違いだった。統魔は、小隊長に過ぎない。そんな人間がなぜ、軍団会議の場に呼ばれたのか。

 皆代みなしろ小隊のだれかがなにか問題でも起こしたのか、と、一瞬、嫌な想像が脳裏のうりよぎったが、それはないと考え直す。そんなことがあれば真っ先に報告があるはずだった。統魔は、隊員たちに全幅の信頼を置いていたし、だれもがその信頼に応えようと全力を尽くしていることも知っている。

 だから、皆代小隊の問題ではない。

 では、なんなのか。

「軍団長、皆、揃いました」

 そういって、麒麟寺蒼秀に促したのは、八咫鏡子やたきょうこ。第九軍団の副長である。

「うむ。では、さっそくだが、皆代統魔。きみに辞令だ」

「辞令……ですか?」

 統魔は、蒼秀のまなざしの厳かさと、杖長たちの視線が自分に集中する中で、目の前に幻板が浮かび上がるのを認めた。それが辞令だということは、幻板に表示される文字列を見ればわかる。そして、愕然とする。

「皆代統魔。きみを第九軍団の杖長に任命する。これは第九軍団幹部の総意だ」

「じょ……杖長!? おれが!? ですか!?」

「そうだ。きみが、杖長だ」

「杖長……」

 統魔は、衝撃のあまり、幻板の文章を目で追いながら、それが頭に入ってこないことを理解した。杖長たちからの拍手や祝福の声が聞こえていても、記憶に残らないくらいだった。驚きと衝撃、困惑と興奮、様々な感情がない交ぜになっている。

 朝彦が第五軍団長となり、第九軍団の杖長の席に空きができた。

 しかし、そこに自分が加わるなど、想像したこともなかったのだ。

 それはそうだろう。

 統魔は、まだ戦団に入って二年目の若手導士なのだ。

 入団二年目での杖長など、前例がない。


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