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第千二百八話 新たなる始まりを(二十)

「そんなわけで、今日から第五軍団長になった味泥朝彦みどろあさひこや。よろしゅう頼むで」

「そんなわけって、どんなわけですか」

「そうですよ、そこのところをちゃんと説明しないとだれも受け入れてくれませんし、慕ってくれもしませんよ」

「まったくです」

「きみら、おれに容赦なさすぎやないか。おれ、一応、軍団長やねんけど……」

「一応じゃなくて、ちゃんとした軍団長でしょ」

「お、おう。せやな」

 朝彦と、彼が第九軍団から連れてきた三人の導士たちとのやり取りは、第五軍団幹部たちを困惑させるものだった。

 この場合の幹部とは、副長と十名の杖長じょうちょうのことである。

 出雲いずも基地本棟の会議室に集められた十一名は、そこで新任の軍団長である朝彦と対面したというわけだ。無論、初対面などではない。別軍団とはいえ、同じ戦団、同じ戦闘部の同僚であり、杖長なのだ。

 特に杖長たちにとっては、顔なじみも顔なじみだ。杖長会議では、何度となく議論を戦わせた間柄なのだ。朝彦のひととなりについては、それなりに知っていなければおかしい。

 関西弁で、白熱する議論に割り込んできては、なにやらボケたりツッコんだりする、お笑い芸人めいた杖長。その際限のない明るさが目立つが、筆頭杖長だけあって、杖長の中でも別格といっていいし、戦績も相応に素晴らしいことは知られている。

 だからこそ、第五軍団長に選ばれたことは、いうまでもない。

 とはいえ、第五軍団の幹部たちは、複雑な心中を隠さともしていなかった。

 副長・美乃利みのりミオリ、筆頭杖長・人丸真妃ひとまるまひめ、杖長・大黒詩津希おおぐろしづき二見昴ふたみすばる福里文雄ふくさとふみお別所晴樹べっしょはるき松江栄美まつええみ明南惠津子めいなんえつこ稲荷陽斗いなりはると青木秀義あおきひでよし、鴨子ヶ原麻弓かもこがはらまゆみ――。

 そんな十一名の視線を受け止めながら、朝彦は、自分が軍団長に任命された経緯けいいを説明した。わざわざ説明するまでもないことだったし、この場にいるだれもが理解しているはずのことだが、しかし、彼の口から語る必要があった。

 これは儀式だ。

 朝彦が、第五軍団長になるための儀式。

 だからこそ、説明しなければならない。

 自分がなぜ、この場にいるのか。

 なぜ、自分が軍団長として、立っているのか。

 自分が本当に相応しいのか。戦団にとって、人類にとって正しい判断だったのか。本当は、もっと相応しい人物がいるのではないか。

 戦団最高会議の決定を受け、任命されたとき、朝彦はまず、混乱した。第五軍団長に選ばれるのは、副長のミオリだとばかり思っていたからだ。ミオリは、実績も能力も人格も、軍団長に相応しい人物だ。だからこそ副長を任されていたのだし、軍団長代行に選ばれたはずだった。

 そのまま繰り上げ当選で良かったのではないか、と、だれもが想うだろう。朝彦も、そう想っていたし、そこに異論を挟む余地はない。

 それならば、第五軍団内で混乱が生じるようなこともなければ、最高会議の判断に不満や疑問を持つものが現れようはずもない。

 だが、選ばれたのは、朝彦だった。

 理由は、単純。

『全軍団の杖長の中で、もっとも相応しいのがきみだった。ただ、それだけのことだ。なにか疑問でもあるかね』

 戦団最高会議の場で、戦団総長・神木神威こうぎかむいの隻眼が朝彦を見据みすえた。その異彩を放つまなざしは、見ているものの意気を容易く吸い込み、圧倒してしまう。筆頭杖長という立場にある朝彦ですら、神威が帯びる重力には成す術もないのだ。

『お、おれよりも美乃利副長のほうが相応しいのでは?』

『美乃利くんか。確かに彼女の能力、人格、実績、いずれをとっても軍団長に申し分ないものだ。軍団長代行としても、よくやってくれている。実際、きみと彼女のどちらがつぎの軍団長に相応しいかで議論が白熱し、激論となった。そしてその結果、きみに軍配が上がったというわけだ』

『なぜ?』

『ミオリくんは、前第五軍団長への想いが強すぎる――』

 朝彦は、ミオリの表情を横目に見て、それから、説明に舞い戻った。説明といっても、大したことではない。戦団最高会議の決定によって、第五軍団長の任を拝命した、それだけのことだ。それ以上でもそれ以下でもなければ、ほかにいうことはない。

所信表明しょしんひょうめい、忘れてますよ」

 耳打ちしてきたのは、みなみ。彼女は、朝彦がいつになく緊張しているのを肌で感じ取っていた。そして、だからこそ、自分も緊張しているのだと自覚する。指先が震えていた。

「……せやな」

 朝彦は、小さく頷き、咳払いをした。

「あー……こうして軍団長に任命され、引き受けた以上は、第五軍団をこれまで以上に最高で最良の軍団へと作り上げていくつもりや」

「これまで以上……」

「せや。きみらも知っての通り、城ノ宮(じょうのみや)軍団長の第五軍団は、最高で最良やったやろ。おれは、城ノ宮軍団長やない。同じやり方、同じ手法、同じ考えでは動かれん。そもそも、おれは蒼秀そうしゅうはん――麒麟寺きりんじ軍団長の薫陶くんとうを受けてこそおっても、城ノ宮軍団長とは、たまにしか話せんかったしな。いくつか学んだことはあっても、それくらいや」

日流子ひるこ様の薫陶ならば、わたしからいくらでもお伝えできますが」

「おう、それもええな」

 朝彦の安請やすういに南たちが戦々恐々《せんせんきょうきょう》とするも、考えすぎだったようだ。

 ミオリは、朝彦の返事に微笑を浮かべていた。

 日流子を最高の軍団長と仰ぐ彼女にしてみれば、その考えを少しでも取り入れる気配を見せてくれるだけでも喜ばしいことらしい。

「なんといっても、おれは軍団長としては新人で、第五軍団については右も左もわからんからな。わからんことがあったらきみらに聞くし、おれに意見があるならなんでもいってくれたらええ」

 朝彦は、そういって、杖長たちの顔を見回した。一癖も二癖もある人材ばかりなのは、周知の事実だ。

「もちろん、その意見を聞くかどうかは、おれが判断するけどな」

「それはそうでしょうとも」

 ミオリが、大きく頷く。

 軍団長とは、まさに軍団の長。第五軍団の支配者であり、指揮官であり、指導者なのだ。どれだけその意見が優れたものであっても、採用するかどうかを決めるのは、軍団長でなければならない。そして、意見が採用されなかったからといって、ふてくされるようなことがあってはならない。

 そんな当たり前のことをいまさら再確認するまでもないのだが。

「で、軍団長としての最初の仕事は、やな。南」

「はい。皆様、これをご覧ください」

「ん?」

「なんだ?」

「なになに?」

 南が朝彦に促されるまま机の上の端末を操作すると、立体映像が出力された。幻板げんばんと同じく、大気中の魔素まそに投影される映像は、戦団本部にある第五軍団兵舎をかたどっている。

 戦団本部には、十二軍団の兵舎が本部棟を取り囲むように並んでいるが、それぞれ軍団の特色が前面に押し出されるような形をしていた。たとえば、第七軍団は、氷の女帝の異名を持つ軍団長に由来する氷の城で、第六軍団は、忍者屋敷とも呼ばれる華やかな建物だ。

 では、第五軍団はといえば、光の塔などと形容される建物であり、それはまさに城ノ宮日流子の人間性や星将せいしょうとしての在り様に着想を得て、設計されていた。

「兵舎を改装する」

「はあ?」

「それはいったい、どういう……?」

「なんでまた」

 杖長たちの反応は、朝彦の想像通りのものだ。反発や反感、否定的な感情ばかりが、彼らの表情に現れている。

「兵舎は、軍団の顔。そして軍団の顔は、軍団長やろ。軍団長が変わったんやったら兵舎も改装するべき――っていうんは、上の意見でな」

「上の……」

「最高会議ですか?」

「せや。戦団最高会議の決定や。まあ、兵舎をどう改装するかは、おれらに任されてるからな。色々、考えていけばいい。納得は……できてなさそうやな」

「できるわけないじゃないですか。兵舎は、日流子様との想い出の場所なんですよ!?」

「そうだそうだ! 日流子様の兵舎を作り替えるだなんて、そんな横暴な……!」

「まあ……せやろな」

 朝彦は、杖長たちが気色けしきばんだ様子を見て取った。彼らの気持ちは、痛いほどわかるのだ。

 彼らが軍団長とともに歩んできた時間は、兵舎とともにあるといっても過言ではない。

 兵舎には、数多の想い出が刻まれている。

 それを形だけとはいえ、作り替えるのだから、反発が起きたとしても仕方のないことだ。

 軍団長とは、軍団の顔であり、兵舎もまた、同じ価値を持つ。であれば、軍団に所属する導士たちにとって、掛け替えのないものであるはずだ。

 だからこそ、作り替えなければならない。

 軍団長が、変わったのだから。


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