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第千二百六話 新たなる始まりを(十八)

 斎場さいじょうからの帰り道。

 空を覆う雲の重さに耐えかねて、世界そのものが沈み込んでいるような錯覚さっかくを抱くのは、結局のところ、想像力が豊かすぎるからだろう。でなければ、起こり得ない現象に思いを馳せたりはしない。

 統魔は、そのように結論づけると、車窓しゃそうからのぞく町並みに目を移した。

 魔暦二百二十三年一月四日。

 年明け早々に起きた第一軍団長の戦死という大事件は、戦団のみならず、双界そうかい全土を震撼しんかんさせるに至っている。戦団内外問わず動揺どうようが広がり続けており、留まるところを知らない。

 戦団は広報部を通じて、様々な情報を発信することで、市民の安堵を図ろうとしているのだが、それでもどうにもならないのが人心というものだ。

 戦闘部の柱が一本、折れた。その事実を知れば、現状を悲観するひとびとで溢れたとして、当然といっていい。

 合同葬儀がり行われたのもそんな最中であり、重々しく、そして沈鬱ちんうつとしかいいようのない空気が会場を包みこんでいたものだ。

 多くのひとびとが、相馬流人そうまりゅうじんの死を受け入れられないでいる。

「それで、隊長はどう返したんだ? 返しようのない質問に思えるが」

「ん……」

 輸送車両の車内には、皆代みなしろ小隊が勢揃いしていて、全員が統魔とうまの思い出話を聞いていた。

 統魔の、相馬流人に関する記憶は、それが最初だ。無論、直接対面した際の記憶である。それ以前から流人のことは知っていたし、星央魔導院せいおうまどういんで鍛えてもらったことがある。

 なにより、軍団長なのだ。

 統魔のように戦闘部の導士になろうという人間ならば、人並み以上の知識を持っていて当然だった。

「質問の意図がわからないって、いったよ。どういう意味なのか聞き返したんだ」

「さっすがたいちょ。軍団長相手でも気後きおくれしないんだから」

「褒めるとこ?」

「まあ、統魔らしいかな」

 ルナが統魔の左腕に自分の右腕をからませながら、香織かおりの意見を肯定こうていする。

 車両は、自動操縦だ。指定した目的地へ至る最適な進路を自動的に判断し、法定速度を遵守じゅんしゅして、走行している。今現在、双界で流通しているすべての自動車に搭載とうさいされているのが、この自動操縦機能だ。

 魔法時代が幕を開け、だれもが空を飛び回れるようになってからも、自動車が主要交通機関の座に君臨し続けた。

 飛行魔法による移動は、確かに便利だ。魔法が不得意な人間でも法器のような補助具を用いれば、簡単に、そして自由自在に空を飛び回れるのだ。飛行魔法は、地形にほとんど左右されることのない移動手段である。だが、しかし、魔法の専門家でもなければ、長時間飛行魔法で飛び続けるだけの魔力を用いることすら困難であり、ましてや毎日の移動に用いるなど、とてもではないが考えられない時代が続いた。

 いまも、そうだろう。

 法器を用いれば、自分以外に一人二人乗せて飛び回ることも不可能ではないが、主要交通機関に飛行魔法を用いようというのは正気の沙汰ではない。持ち運ぶ荷物の少ない用事や、学校への登下校などに用いる市民は多いが、しかし、いまもなお、自動車が優勢であったし、これからもそれは変わらないだろう。

 魔法士たる一般市民のだれもが、導士に匹敵するほどの魔法技量を獲得したのであれば、話は別だが。

 ともかく、自動操縦機能のおかげでひまを持て余した結果、統魔が昔語りをする羽目になってしまったのである。

 目的地は、今月の任地である大和やまと基地だ。つまり、葦原あしはら市から大和市までの数時間を車内で過ごすことになる。暇を嫌う香織が皆で雑談しようと言い出すのも、自明の理だった。

 それは、皆代小隊にとっての日常風景。

「……相馬軍団長は、笑っていたよ」

 統魔の脳裏のうりに流人の透明とうめいな笑顔が浮かぶ。

 戦団本部総合訓練所内にある休憩所。第九軍団の軍団長と筆頭杖長ひっとうじょうちょうが激戦を繰り広げているということもあり、休憩所内は導士たちで溢れかえっていた。だから、流人が紛れ込んでいても気づかれなかったのかもしれない。

 だれもが、蒼秀そうしゅう朝彦あさひこ星象現界せいしょうげんかいがぶつかり合う光景に興奮していたのだ。

 統魔だって前のめりだった。訓練とは名ばかりの死闘を食い入るように見ていたのだ。流人に声をかけられなければ、周囲の音すら聞こえなくなるくらいに集中していたに違いない。

 いまや、そのときの結果すら思い出せないが。

『これは失礼。確かに、不躾ぶしつけな質問だったかな。済まない。どうやらこういうところがあるようなんだ、自分には。ゆきのに知れたら、どやされるな』

『別に気にしていませんよ。軍団長には軍団長の考えがあるんでしょうし』

『ないよ』

『はい?』

『そんなもの、あるわけがないだろう』

 幻板の向こう側で、八雷神やくさのいかづちのかみの輝きがいや増し、秘剣陽炎ひけんかげろうが閃いたのは、記憶に残っている。雷の星装せいそうと、光の星装。両者ともに目に痛いくらいの光を放ち、激しくぶつかり合う様は、凄まじいとしか言い様がなかったはずだ。音は、聞こえない。

 休憩所に流れているのが、映像だけだからだが。

『自分は、非才だからね。ごくごく平凡な魔法士に過ぎない。そんな人間に高尚《こうしょう」》な考えなんてあるわけがないんだ』

『はあ……』

 統魔は、流人の発言がにわかには信じられず、茫然ぼうぜんとした。なにをいっているのだろう、と、想ったものだ。

「なんといっても、相手は軍団長だからな。非才だの平凡だのいわれても、説得力がない」

「確かに……」

「だよねー。軍団長なんて、才能がなかったらなれるわけないよー」

「そもそもさ。戦闘部の導士になれるのは、才能のある魔法士だけなんだよ」

「……うん」

 つるぎは、統魔の断言に静かにうなずいた。剣は、己の才能のなさを理解し、向き合っているからこそ、その言葉には納得できない部分があるのだ。だが、統魔が自分の才能を信じてくれていることもわかっているから、うなずくしかない。

 香織は、そんな剣の横顔を見ている。

『だから、気になるんだ。きみのように物心ついたときにはある程度の魔法を使いこなしていた大天才が見た景色がさ。きっと、違って見えるんじゃないかってね』

『……たぶん、変わりませんよ。みんなと、同じ世界が見えているはず』

『……そうか。きみは、そうなのか。だったら、安心かな』

『はい?』

『きみは、安心だ』

 そういって、流人は、穏やかに微笑むと、統魔の前から去って行った。その澄みきった笑顔が、いまもなお、統魔の記憶の奥底で輝きを放ち続けているのは、それほどまでに印象的だったからだ。

 優しい、穏やかなひと。

 とても戦闘部には向かない性格の持ち主だったのではないか。

 いまならば、そんな風に考えてしまう。

「なにそれ。意味わかんない」

「おれも、わからなかった。わからないまま、時間ばかりが過ぎていったんだ」

 ルナの怪訝けげんな顔を見つめながら、統魔は、記憶の奥底から掘り起こした感情になんともいえない表情になるのを認めた。

「……相馬軍団長には、四つ上の兄がいたんだ」

「相馬流天(りゅうてん)だな。名前は、聞いたことがある」

「あー、聞いたことあるかも」

「だろうな。相馬軍団長に関する記事なんかで見たんだろう。おれも、そうだ。深くは知らなかったし、調べようともしなかった。そりゃそうだ。だれだっていまを生きるのに必死で、過去の人物について詳しく知ろうとはしない」

「流天さんは、過去のひと?」

「ああ。過去のひとだよ」

 ルナの疑問に、統魔は静かにうなずいた。それから、相馬流天のひととなりに触れた。相馬流陰(りゅういん)の家系で、相馬流矢(りゅうや)の第一子。生まれながらにして魔法の才能を感じさせる子供だったといい、物心ついたときには、既に基礎魔法を使いこなしていたという。

 まさに神童であり、長じて天才児と呼ばれるようになった。

「統魔みたいに?」

「おれは……どうだろう。持てはやされた記憶はないからな……たぶん、だからなんだと想う」

「だから?」

「おれの子供のころの記憶の最初はさ、皆代家なんだ。父さんと母さんが、おれを家族に迎え入れてくれたのが、最初。もちろん、幸多こうたも一緒にさ」

「五歳のとき、だったよね」

「うん。そのときの記憶が、おれの最初。実の両親のことは、なにも覚えていないんだ。父さんと母さんにいわせると、聖人としか言いようのないひとだったらしいんだけどさ」

「たいちょの御両親だもの。聖人でもおかしくないよねー」

「まあ、そうかも」

「どういう評価だ」

 統魔は、隊員たちからの自分の評価の高さになんともいえないむずがゆさを感じながら、苦笑した。ルナがつられて笑顔になる。

「……話を戻すとだな。おれが皆代家に迎えられたのは、五歳のとき。そのころにはある程度の魔法を使えてたけど、でもまあ……色々あったからな。おれを神童だのなんだのと持ち上げるようなひとは、周囲にはいなかったんだ。幸多くらいかな」

「お父様、お母様も?」

「幸多の手前があるからな」

「なるほど」

「もちろん、ガキのころのおれは納得してなかったけどな。そうはいっても、周囲が冷静におれのことを見てくれていたおかげで、魔法の才能に溺れるようなこともなければ、増長するようなこともなかったんだと想う」

 そして、幸多が隣にいたこと。

 幸多の目線に立って、世界を見ることができたということも、きっと大きいのだろう。

 統魔は、そう考える。

 魔法だけが世界のすべてではないということを、幸多の存在が証明していた。

 この魔法原理主義とでもいうべき世界にあって、幸多の存在だけが、そのすべてに反旗を翻していたのだ。


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